9.鉱夫たちの鬱憤
森のなかで一晩を明かし、エリアルの翼でさっさと街道へ戻り道に沿って進むこと半日、バウディカデア鉱山町にたどり着いたのは昼を少し過ぎた頃合いだった。
鉱山を中心として発展した鉱夫たちの町は言ってしまえば掘っ立て小屋が多い。
大体が出稼ぎに来ている鉱夫によるもののため、というのがその原因だとアラクネは言っていた。
確かに、銀の採掘が終わってしまえばあとは打ち捨てられるものである以上、定住するには向かないのだろう。
その為他の店についても出稼ぎなどで一定期間仕事についたあと町へ戻っていく、常に住人たちが入れ替わっている場所なのだそうだ。
《ロジックロック王国の踏破率が規定値を超えました、エミリア・レムリアのキャラクターセレクト制限が開放されました。固有スキル、想いの調律を使用可能になりました》
久しぶりに脳内に響いた音声に思わず足が止まる。
流石にもう慌てるようなことは無いが、ステータスウィンドウを開いてみるとたしかに新しい固有スキルが追加されていた。
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想いの調律
ロジティカルマスターのベーシックスキル。
パーティメンバーと特性を共有する事ができる。
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懐かしいなぁ。
この国、ロジックロックの元となったゲーム、ロジックギアにはあるパーティを必須とするルールがあった。
それが完全属性縛りとそれを無効化するための想いの調律というベーシックスキルだ。
キャラクター作成時に8属性から一つを選択してメイキングすると、それ以降は課金アイテムでも使わない限り属性の変更が行えない。
そしてその属性は、有効属性にしかダメージが通らないのである。
その制限を一時的に打ち消すのが想いの調律というスキルで、有効属性のメンバーとパーティを組んでいることで一時的に有効属性化するという形でシステムはパーティ活動を推奨していた。
のだが、それに馴染めないユーザーは尽く弾かれることになり、私もその例にはもれなかったというわけだ。
臨時パーティという形もあったが、どうにもそういったものに馴染めず、かと言って属性の異なる七人の友人を作るというのもなかなかに敷居が高く、結局しばらくしてすぐにプレイをやめてしまった。
のだが、このスキルだけを見れば結構使い勝手は良さそうだ。
一時的にでも手を出していた当時の自分を褒めるべきだろう。
「リーシア、何をぼうっとしてるの?」
「あ、ごめんごめん。今行く」
ちょっとばかり思い出していた昔のことを頭からかき消して、先行するアラクネの後を追う。
町の様子は少し寂れているというか、雰囲気──空気とでも言えばいいだろうか、それが悪い感じがする。
昼だと言うのにそこかしこで酒を飲んでいる鉱夫がいたり、食い物屋にたむろしている様子だ。
昼休みはすでに終わっている頃合いだと思うのだが……。
「なんか、雰囲気悪いねぇ」
「採掘が止まってるからでしょう。鉱山ていうのは基本的に採掘がすべての基点になってる、そこが止まってしまえばすべての運動が停滞してしまうのよ。今この町で仕事があるのは飯屋ぐらいじゃないかしらね」
「あー……なるほど」
これはさっさと事を解決させてあげねばなりませんな。
ギルド、バウディカデア支部に足を運びドアを開けた瞬間に飛び出してきたのは罵詈雑言だった。
あまりの声の大きさに耳がキーンとするぐらいなのだが、当事者はそんなこと知らずか怒鳴り声でギルド職員と思わしき女性に対してまくし立てるのをやめない。
職員の女性も涙目で、見ているこっちが辛くなってくるよ……。
「だから! 一体何時になったら採掘を再開できるんだ! 本家とギルドは何してんだ!」
「そ、そろそろ依頼を受けたという冒険者の方が来る予定なんです。お願いですからもう少し待ってください」
「だったらその冒険者ってのは──」
「ていっ」
細身で小柄で眼鏡で半泣きの女性職員を見るに見かねて、怒鳴り声でまくし立てている大柄な鉱夫の足を軽く掬ってやった。
突然のことに受け身すら取れなかったのか盛大に転倒してくれる。
その場に居た全員があっけにとられたようで随分と静かになったのをこれ幸いと職員に声をかけると、職員さんも転倒した大柄な男と私を見比べてオロオロとしている。
これは単純に場数が少ないんだろうな、実地研修とか、経験を積むために送られてきたっぽい。
「シルバークロック家からの依頼を受けて来た、リーシア・ルナスティアよ。連絡は届いてるかしら? 鉱山の責任者に話を通すように言われているのだけれど」
「あ、え……は、はいっ! ギルドからの連絡は受けていますが……えっと……」
「どうしたの?」
「……責任者は、今貴方がすっ転ばしたそこの……えっと」
「……あら?」
少々お互いの関係がこじれて話し合いの席につくまでに時間がかかったのはまあ、仕方ないことだと思ってほしい。
じろりと私とアラクネを見やった後、鉱山町の代表であるという男、グレッグ・ベルクストンは深く深く溜息を吐き──
「代替わりしたばかりの本家なんざに期待したのが間違いだったかね……」
と重苦しく吐き捨てた。
そこに見て取れるのは失望の一色のみ。
まあ、多分私が彼の立場だったら、そして私達の事を一切知らないという情報を付け加えれば、私だって同じ反応をしたに違いないので、彼を責めることはできない。
「信じてくれとは言わない。貴方はただ、私たちに鉱山に入る許可を出せばそれで」
「いいわけねえだろう!」
私の言葉を途中で遮って、グレッグは一息にエールを煽るとジョッキを机に叩きつけた。
粗雑な作りの机が軽く跳ねる程度の勢いで。
「俺は鉱山の顔役、管理をシルバークロックの本家から任されてる責任者だ。鉱山の中に入る奴らに対して、俺は責任を負う立場にある。認められもしねえやつを中に放り込んで死なれたら、俺の責任になるんだ。それは単純に顔役としての信頼にも影響する、そんな巫山戯た真似ができるわけ無いだろう!」
「むぅ……じゃあどうしろっていうの」
ギルドランクにしても私は二輪だし、そんなの見せても彼はきっと納得しないだろう。
……ギルドランクは上げておくべきだな、うん。
「話は簡単だ。俺が納得できるぐらいの実力があることを、証明してくれりゃいい」
「無理だね」
「……おまえ、本当に依頼受けてきた冒険者か?」
「いやー、ほら……私刻印術師だからさ」
「刻印? 理論魔術じゃないのか、ってことはウィルヘルムの方の出身か?」
そうなんだけども、扱う魔術の系統で出身とかある程度わかるのか……ん?
なんか引っかかった気がするけどまあいいか。
「私が全力で魔術を行使しようものならこのあたりの地形変わっちゃうもの」
「……ハッ、そりゃ大きくでたな?」
アラクネがあさっての方を向いているのは、氷樹と海を凍らせちゃったことを知っているかだろう。
山の一角賽の目切り事件についても、もしかしたらすでに聞き及んでいるかもしれない。
「他に力を示す方法なんて言ってもねぇ……いや、そうか……グレッグさん、貴方はどうすれば納得してくれる?」
「そうさなぁ……流石に鉱夫と冒険者で腕試し、なんて無謀な真似はできんし、無難なところではお前さんたちの手合わせを見せてくれる、ってのはどうだ?」
「はぁ?」
一般人が見てそんなのでわかるものなのだろうか。
「ねえ。貴方まさか私達の手合わせを見世物にして鉱夫たちのガス抜きに利用しようとしてたりしない?」
じろりと視線を向けるアラクネに、グレッグは暫くの間憮然とした表情を通した後、にやりとその表情を笑みに変えた。
「察しのいい姉ちゃんだ。ここ暫くまともに仕事がないせいでどうにも空気が悪くてな、ここでちょっくらガス抜きしてやりてえってのは確かだ。一石二鳥ってやつだな」
「私達が手合わせを見せたとして、貴方達はそれで納得できるの?」
「お前さん達がそれだけの実力をもってるなら、納得するだろうさ。どんな技術であれ、突き詰めた一流っていうのは放つオーラも雰囲気も、纏う気迫も別物だ、それぐらいは理解できるつもりだぞ」
どうする? といった具合にこちらに視線を送るアラクネに、話を飲むしか無いでしょうと呆れて返す。
実際のところ選択肢はあってないような物だし、それでこの雰囲気が多少なりとも和らぐというのなら、まあ悪いことではないだろう。
見世物にされるのはあんまり気分のいいものではないが……それより問題なのは双剣と糸という、互いの得物のちぐはぐさのような気がする……。
「納得したのならあとは日取りだが……早いほうがいい、明日の昼で構わないか?」
「ん、それで構わないよ」
それぐらいであればアラクネと打ち合わせをする時間も取れるだろう。
幾つか確認をとったのち、この町には宿がないからということで私たちはギルドの一室があてがわれた。
部屋数が少ないということで案の定同室だけどね。
「ギルドは結構しっかりした作りになってるわねー」
「そりゃあね……何処に行っても基本的に必要になる施設だし、砦とか城とかでない限り大体あるのよ。魔物退治を鉱夫ができるわけでもないしね」
「エウリュアレにはなかったけど?」
「……あそこは特殊だから。ただ……氷樹のこともあるし、近くギルドが支部を出すのは間違いないと思うわよ」
おお、それは便利になりそうだねありがたい。
ギルドができればそれにともなって冒険者の流入とかもあって、発展していくんじゃないかな。
……あんまり大きくなりすぎても私の穏やかな生活が脅かされそうでちょっと複雑だが。
「ところでリーシア、手合わせはどうするつもりなの? お互い得意の得物で本気でやる?」
「それ圧倒的に私が不利だよね?」
射程が剣より圧倒的に長く、そして広く、幾つもの糸を同時に操るアラクネに、剣二本で相対するなんて正直正気の沙汰ではないと思う。
短剣二本で完全に懐に潜り込めばこちらのものかもしれないが、とても近づけるような気がしない。
そうなると遠隔からの打ち合いなのだが、魔術や魔法の打ち合いは周囲に観客がいるとなると少々控えめにしなければならないだろう。
それを考えると、私達で手合わせのルールを決めておかねばならないということになるわけで……。
「とりあえず、魔術は牽制程度の軽めのもので互いに相殺前提。派手に魅せるっていうのなら、貯めの時間を用意して互いに相殺する威力でぶつけること」
「無難なところね、余波は多少でそうだけど」
「それはまぁ、人的被害が出ない範囲で肌で感じてもらいましょう」
軽く煽られるぐらいはしてもらおうか、ちょっとしたアトラクションということで。
「問題は武器よね」
「武器、か……剣と糸じゃねぇ。アラクネって他の武器は使えないの?」
「使えない」
にべもない。
これは私がどうにかするしか無いか……いや、そうか、あの手があるか……。
あれをすればスキルは無いはずだし、そうすれば戦闘における技術が自分に身についているかも確認できるかもしれない。
アラクネには気づかれるだろうけども、隠して手札を抱え落ちするぐらいならアレについては話してしまっても良いかもしれない。
「アラクネ、矢とか、鞭相手だったらどう?」
「は? いや、矢は大半切り落とせる自信あるし、鞭なら糸と似たようなものだから対処はできるけど」
「そうかそうか、うん。それじゃあ……そうね、私は魔術以外全身全霊を持ってお相手しましょう。適当に合わせて頂戴な」
「はあ? 貴方今まで鞭も弓矢も使ったことないじゃない……」
「ま、終わったら話すよ。ちょっと確認のために出かけてくる……ついてきちゃだめだよ?」
「終わったら話す、ね……わかった、それじゃあ私は休ませてもらうわ」
毛布を引っ張り出して丸まったアラクネを見て、後ろからちょっとモフりたくなる衝動をこらえつつ私は町から少し離れた森の中へと足を運んだ。
今までずっと使うことのなかった、アレを試してみることにしよう、今後のためにも……。




