8.のたうつ水蛇
ロズウェスタから街道を北上し、ある程度行ったところで私たちは脇道へと逸れた。
事前に話していたためアラクネも特に気にすることなく後をついてくる。
聖剣ホーリエルで邪魔な枝草を切り払って、奥の方にすでに感知済みの巣を目指して直進中だ。
「それで、その勝算と言うのはどれ位なのかしら?」
アラクネは私が切り払った枝についていた木の実やらなんやらを目ざとく回収しながら聞いてくる。
ちゃっかりしてるなぁ。
「地中を食い進むって言っても、呼吸してないわけじゃないと思うのよ。だから包み込んで窒息させようかな、って」
「悪くはないと思うけれど、それを成立させるのは至難の業じゃないかしら?」
確かに、水中に沈めるでもなければそうそう成立させられる条件ではないと思う。
だが、それを別の手段……例えばまとわりつくもので行ったらどうだろうか?
実際にやってみなければ確証はもてないが、諸々の条件を織り込んだ上では比較的有望な案だと思う。
やがて見えてきたそのコロニーに、足を止めて物陰へと身を潜める。
巨大な芋虫……スティールクロウラーがそこかしこに蠢いているさまは、控えめに言ってもチキン肌案件だ。
「さて、全部任せてもいいのかしら?」
「……思い通りにいったらね」
わざわざ姿を表してやる義理などないため、木陰に隠れたまま刻印を展開させる。
まずは術の基盤となる"水"の刻印を展開し、そこに"加速"と"反転"を組み合わせる、これで水の動きを遅くしてやることで擬似的な粘性を与える。
さらに"収束"を加えて飛散しないようにし、"中和"と"遮断"をつかって内外からの衝撃を打ち消す。
六つの刻印を展開した術式は上手く発動しており、あとは結果を見るだけ。
刻印を向け術式を開放すると、現れたそれは勢いなくべちょりと地面に落ちた。
というか……術式から出力される端からべちょべちょと地面に広がっていく。
「……リーシア」
「何も言わないで」
粘性を高くしすぎた結果だろうか……チューブから蜂蜜を押し出したような結果になった。
これはある程度出力を上げてやらないと放出という形にすらならなさそうで、徐々に術式に注ぎ込むマナを増やしていく。
結果……限界点を超えた瞬間それは暴発のような形で吹き出した。
「うーん、これは改良が必要ねぇ」
「……そのようね」
「でも当初の想定通り、窒息させることには成功したみたいね。ほら、マナの霧散が始まったわ」
「……そうね」
私が生み出した高い粘度の水……水と言っていいのか疑問だけれどに巻き込まれて、森の一角でトリモチにひっついたネズミのような姿となった私たちは、すべてのクロウラーが息絶えるまで会話ぐらいしかできることがなくなっていた。
「……怒ってる?」
「当たり前でしょう、尻尾がベタベタだわ。これちゃんと解除できるんでしょうね?」
「まあ、大丈夫だと思う」
その後、スティールクロウラーが全滅したことを確認して術式を解除した結果、粘性を失った水に流され私たちは濡れ鼠となった。
アラクネの糸で軽く森を切り拓き、手頃な石を並べ薪をインベントリから取り出しての野営となった。
お互いに毛布に包まって服と髪、アラクネはついでに尻尾も乾かしている。
マナの霧散は結構な量で、それに合わせて素材もかなり大量に手に入ったためいい収益にはなったのだが、私の目的から行くと魔術の調整が必要なので頭が痛い。
「どうしたものかなー……」
「あなたなら幾らでもやりようがあるんじゃないの?」
尻尾を丁寧に梳きながら──どうやらもう怒ってはいないらしい──アラクネが言う。
その言葉には若干の含みがあるようだが。
「ないと言えば嘘になるけど、一定の制限が課されるとどうにも、ね……」
今回みたいに予想外の制御ミスがないとも限らんし。
何を隠そう、私がユナさんに教えてもらった刻印魔術の制御はあくまで単独の刻印に限られる。
三日じゃそれが限界だった、あとは使って慣れろ、とのことである。
「……せっかくだから、軽く講義しましょうか」
このままでは不本意だわ、と口にしたあと、アラクネは木の枝を使って地面にガリガリと字を綴っていく。
水、加速、反転、収束、中和、遮断。
先程私が使った刻印が並んでいる。
「貴方の刻印魔術はね、なんかくどいのよ」
「く、くどい?」
「目的に対して執拗、とでも言うべきかしらね? 貴方はさっき六つの刻印を連結起動したけれど、私が見てる限りじゃ、加速の反転は必要ないし、中和と遮断もどっちか一つで事足りるはず。ようは敵を中心に収束させてやり、内部からの衝撃を中和してやればいい。水、収束、中和だけでほぼ同じことができるわ」
「ふむ……」
試しに規模を小さくし水、収束、中和だけで魔術を展開してみると、先程よりも遥かにスマートな形で、ほぼ同じ結果に至れそうな物が生み出せた。
なるほど……たしかに。
「地下で使うのに気になるようなら遮断も足していいとは思うけどね」
「なるほど……そのあたりは経験則?」
「そうね。貴方みたいにやたら刻印を重ねることが悪いとは言わない。けど、貴方はもう少し、最小限度の刻印数でコンパクトに術を構築することを覚えたほうがいいと思うわ」
「そこは確かに、今後の課題かなぁ……」
氷樹にしたってたぶん、私のその無茶苦茶な刻印の重ね方が原因であんなことになったんだろうしね、行く先々であんなもん毎回こしらえてたらシャレにならん。
そもそも刻印単独で起こし得る術の幅ってのも、私はまだ理解が浅いんだよねぇ……。
「まあ、貴方には必要ないのかもしれないけど、ね」
「ん? どういう意味?」
聞き返した私に対して、アラクネはしばらく私を見つめた上で、不愉快そうな、あるいは妬ましそうな視線を向ける。
「普通の術者と、そうでない術者の違いということよ。例えば、連結起動を三つまでしか行えない刻印術師は、その三つでいかに術の幅を増やせるかが生命線となる。刻める刻印の数だって当然足かせになるわ。いかに効率よく術を構築するかが術師の力量、ということになる」
言われて、そういうことかと納得した。
この世界における一般的な刻める印の数は片手の指で足りる程度、同時起動となればそれよりも少ない事のほうが多い。
「でも、貴方はそうじゃない。好きなように刻印を、好きなだけ──いえ、これは僻みね。でも、これだけは理解して、貴方は一般的な術師よりもはるかに恵まれているのよ」
「……理解はしてる、つもりだけど」
アラクネは、私の力は許せないのかもしれない。
必死に研鑽を積み、術の効率的な組み上げ方を学んで、工夫して、そうしてたどり着いた場所を、私は大した努力もせずに、持ち前のチートで飛び越えた。
雑な刻印の組み合わせに、莫大なマナ収束力による力任せな術の起動、それは確かに持たざる者に対しての冒涜といえるのだろう。
「ふむ……一つ、目標ができたな」
ちゃんとした、自分の持つ能力に見合う術師になろう。
もともとそうするつもりではあったけれど、改めて誓いとして、きちんと胸を張れる術師になろうと心に決めた。
「紫極石が……小粒ではあるけれど、数はそこそこにあるわね……」
焚き火の明かりを頼りに、昼間に倒したスティールクロウラーのドロップ品を見分する。
基本的に鉱石の塊──と言っても純度がたかく、不揃いなインゴッドと言ったほうがいいだろう──と硬質の内蔵──死ぬと硬質化するらしい、ちょっと形の悪い鉄パイプみたいなもの──が大半だったのだが、その中に小さなキラキラと輝く物が混ざっていたのである。
女性の例に漏れず反応したアラクネにそちらの見分を任せてあるのだが……なんじゃらほい。
「紫極石?」
「マナを蓄える性質のある宝石よ。大粒のものは上位の魔具なんかに使われたりもするんだけど、これはどれも小粒だからそういう用途には向かないわね」
手のひらの上で紫極石をコロコロと転がしながら、なんとなく嬉しそうにしているアラクネに、全部あげちゃってもいいかな、という気になったりもする。
ただ、気にならないというわけでもない。
すっかり忘れていたけれど、私のスキルの一つに"永続付与術式"というものがあるのだ。
ゲーム時代にあった、読解者の使えるクラフトスキルとして、装備品などに永続付与を行うことができ、様々な恩恵があった。
そこまで育成できる読解者が居なかったこともあり結構な需要と収益があったのだが、この世界ではどんな風になるのか確認しておきたい。
それに使うにはちょうど良さそうな媒体ではないか。
「他にはないの?」
「ここが高原地帯だということもあって、碧風石ばかりね。まあ、ある意味貴方向けなんじゃないかしら?」
そう言って彼女が一つ摘んでわたしてきた小さな結晶は、透き通ったきれいな緑色をしていた。
微かに風のマナを感じるあたり、こちらは紫極石とは違って属性付きなのだろう、たしかに私との相性は良さそうだ。
「紫極石は常に市場で需要のある代物だから捌くのは手間もかからないし、そこそこの収入になると思うわよ?」
「ふぅむー……」
はい、といって数え終わった紫極石と碧風石を小袋につめて渡してくれた。
どことなく……名残惜しそうにしてるけど。
「それで、そっちの方はどんな感じ?」
「流石に重さを感覚で測るような特技はないんだけど、鉱石類と内臓? が結構な量あるね。とはいえ私は金属の扱いなんてできないから持ち腐れだけ──ああ」
まあ、内蔵といってもグロテスクなものではない……若干形状はキモいが少々歪な鉄パイプみたいな感じ。
これ、ゴルディアスに渡したら多少の材料になるんじゃないかな?
最悪フローズヴィトニルの建造材料にならないとしても、名工とも称される鍛冶師であるなら使いみちはいくらでもあるはずだ。
私達が金に変えるより中間搾取がないぶんよほど効率がいい。
それをアラクネに伝えると、いいんじゃないのとあっさり同意してくれた。
よし、どうするかは決まったしまとめてインベントリに放り込んでおこう。
ついでに魚を数匹取り出して、木の枝で作った串を指して焚き火の周りに突き立てる、しばらくすれば焼き魚の完成だ。
塩は事前にまぶした状態で仕舞っていたから手間なしである。
「便利ねぇ……」
「ふふん、一家に一人どうよってかんじ」
「言ってる意味がよくわからないけど」
まぁ、私は何人も居ないしね。
「ところでアラクネって、光り物好きだったりするの?」
「綺麗だとは思うわよ。別にどこぞの貴族みたいに飾り立てようとは思わないけどね」
まあ、たしかに現在も不必要に飾り立てて無くて、それでいて格好いいと綺麗が同居してる感じではあるんだけども……にしては結構……。
「紫極石に興味があるとか?」
「術師なら大体興味があると思うわよ。マナを蓄える性質がある、というのは要するにそれを使って魔術を起動できるということだから。言ってしまえば外付けのマナタンクね……ま、よほど高品質で大粒のものでもないと並の魔術一発そこらでからになっちゃうから実用的じゃないんだけど」
「なるほどねぇ……」
要するに、以前ノフィカに貸した"リーゼロッテの飾り花"のMP版ってことか。
そう言えばゲーム時代にそういうアイテムは無かったなぁ……。
とはいえ、そうなると細工物なのかな……ふぅむー……細工も、ちょっとやってみたい分野だよなぁ。
「紫極石、いる? ほしいならあげるけど」
「いらないわよ。それは貴方のものだし、小粒過ぎて使うに使えないわ。それで作れるのは日用品系の魔具ぐらいでしょう。あとねリーシア、他人事みたいに言ってるけど、貴方の剣の打ち直しに使う宝石、紫極石もリストにあるのよ? もっとも、目が飛び出るぐらいの高品質な代物を要求されてるけどね」
なんと、ということは私も宝石にはもう少し意識を割くようにしないといけないわけだ。
まあ、それはそれとして、この小粒な紫極石は私の付与の実験材料にでもさせてもらおう。
そんなやり取りをしていたらほのかに焦げる匂いがして、私たちは慌てて魚を挿してあった串を回収した。
若干焦げ目がついていたが、なんとか皮だけで済んだようだ。




