7.身の丈に合わぬもの
うとうとはするものの、眠りには沈めない、そんな寝苦しい夜だった。
大体アラクネが悪いと思い、会ったら文句の一つも言ってやろうとおもっている。
胸には未だにミールに触られた時の感触が残っている気がしてひどくもどかしい。
自分で触ってみてもそういう感触は消えないわけで──そもそも感触が違い過ぎて──困っているわけだが……柔らかいなぁと……柔らかい?
そうか、何も固くするばかりが解決策じゃない、緩衝材という概念だってあったじゃないか。
あとはできるかどうかだけれどさて、何を組み合わせればいいだろうか。
基本にするのは【水】か【風】、【加速】【反転】【伝達】【遮断】【反射】【中和】あたりを混ぜてやればいけそうかな?
後の処理もできるなら完璧だけどもそれは実際に森のなかでクロウラー種を相手に試すしかないか……。
うん、昨日のアレには意味があったと思っておこう。
小さく控えめなノックの音に扉を開けると、そこには昨夜見た小柄な姿があった。
普通昨日の今日で顔を見せるかと思ったけれど、そういえば保留なんて言ったから変に待たせているということに気づいて思わず赤くなりそうな顔を逸らす。
もちろん、そんなことに意味なんてないだろうけれど。
「朝食の準備が出来ました……あの、大丈夫ですか?」
「……何が?」
「顔色が、あまりよろしくないようにみえて。あの、よろしければ部屋に朝食をお運びいたしますが?」
大体君のせいで寝不足なだけだよ、と喉まででかかった言葉を飲み込む。
どちらかと言えばアラクネのせいだ。
最初からわかっていれば札を不要に変えておいてお互いに変に引きずることもなかったんだから。
「大丈夫よ、行くから。アラクネに文句の一つも言いたいしね」
そう言ってミールを促すと、私は部屋を後にした。
「リーシア、どうしたの? よく眠れなかったみたいだけど」
「誰のせいだと思っているの」
「……うん?」
首を傾げるアラクネに、もしかしたら本気で認識していないんじゃないかと不安にかられる。
もしもそうだとしたら私の旅の道連れは結構抜けるところが抜けているということになるのだが。
「ロジックロックの風習、そのせいで昨日いろいろとトラブルになったんだけど」
「風習……あ、しまった。伝え忘れていたわね」
「今ね、猛烈に貴方の頭ひっぱたきたい」
「いや、本当にごめんなさい。なんていうか、知っていてもおかしくないだろうな、とおもっていたら確認するのを忘れていたわ……」
それは多分、普段の立ち振る舞いとスキルの所為なんだろうね……。
身から出た錆とでも言えばいいんだろうか?
「わかったよ、今度はそういうの知ってたらちゃんと教えて。厄介なことになっちゃったんだから……」
「……受け入れちゃったのかしら?」
「お断りしましたとも……保留って」
「それ断りきれてないじゃない。ショタの趣味でもあったの?」
「ないわよ!」
いい加減怒るぞ!
ショタの趣味以前に恋愛の経験値がゼロだよ私は!
なんだろう、なんかアラクネの反応というか、対応に対してひどくイライラする。
ああ、もう……本当に、なんだか頭のなかがめちゃくちゃだし気持ちもすっきりしないしで……。
「溜まってる、ってやつなのかな……」
「何の話?」
「こっちの話」
朝っぱらから疲れ果てての朝食になりそうだった。
「え、今……なんと?」
私の言葉にアベルは驚いたように食事の手を止めた。
アラクネも険しい表情でこちらを見ていて、けれど何も言ってこない辺り私の判断に任せるつもりなのだろう。
「今回の依頼を受けると、そう言ったの。安心なさい、勝算はあるから」
後半の言葉はどちらかと言うと、アベルよりはアラクネに向けてのものなのだが、彼はその辺を察することはなく喜色を浮かべている。
ミールはと言うと、少し心配そうな様子だ。
自分が直感で選んだ相手ということもありその心中は複雑なのかもしれない。
そんなそれぞれの様子を尻目に、私は焼きたてのパンを一つ籠から取り出して、バターをたっぷり塗りつけて口に放り込んだ。
「わかりました。では、これをギルドに渡してください。当家からの正式な依頼状と、推薦状です。これがあればギルドは依頼の受諾を拒否できません」
「ん、わかったわ」
執事が持ってきた二通の書状を受け取り荷物の中に仕舞う、ふりをしてインベントリに収納する。
この手のものは無くすとトラブルが舞い込んでくるって相場が決まっているからね。
「その……依頼をした上で言うのもあれかもしれませんが、どうかご無事で」
「まあ、なるようになるわよ」
最後のパンの一欠片を口の中に放り込み、食事を終えた私たちは屋敷を後にした。
いやまぁ、ギルドでの報告をした後準備して出発するまでは泊めてもらうんだけどさ。
石畳の町並みを、通り過ぎていく看板と店を確認しながら腹ごなしにゆっくりと歩いていく。
ぶらり異世界旅情ってところかな、楽しまねば損だね、うん。
「そういえばリーシア、あなたギルドのランクはいくつなの?」
「え、ランクなんてあるの?」
身分証を発行してもらったときに説明はされなかった気がするけど。
「……身分証の裏面を見なさい。輪が何個ある?」
「えーっと……二つ?」
「はぁ!? なんで二つなのよ!?」
「え、え? 何か問題でもあるの?」
困惑する私をよそにアラクネは一言、ランク詐欺も良いところだわ、とつぶやいた。
アラクネに確認した所、ギルドのランク、これは冒険者の力量を表す指標として用意されており、依頼の達成や討伐の実績などによって上昇するという。
一輪から七輪まで段階があり、多いほど腕が立つという指標だそうだ。
アラクネは五輪で腕利き、一輪が新規登録、二輪は駈け出し扱い。
……たしかに、私のスキルや魔術の能力"だけ"を見れば駈け出しと言うのはランク詐欺かも知れないが……ほとんど駆け出しがやるような採取依頼とか、討伐依頼しかこなしてこなかった私からするとこのランク、とても適切だと思う。
というのも、このランクはある程度まんべんなく仕事をこなしてきちんと経験を積まないと上がらない代物らしい。
どれだけ大物の魔物を倒せたとしても、それだけで上がるのは三輪の半人前まで。
一人前の冒険者はよろずに通ず、という事だそうだ。
私は冒険者として生計立てる必要もないからまぁ、それほど重要じゃないんだけどね、村に帰れば氷樹による収入だってあるし、ちょっと狩りにでれば食料にだって困りはしないだろう。
それにしても、あの大物ミノタウロス討伐しても三輪にはならないんだね、厳しいもんだ。
ギルドにたどり着き中に入ってみると、やはり流通の交差点でもあるためか広さも人の数も、それにともなって受付の数も多い。
無論それだけ人がいればガラの悪い感じの人間も居るわけで、集まった視線のうち幾つかは舐め回すような感触があった。
もっとも、一睨みしただけでその大半はすぐに消えたので、此処らへんはそれなりに相手の腕を見極められる相手だったということなのだろう。
つまり残った視線の主……奥の方の床に陣取った三人組の、冒険者というよりは山賊と言ったほうが似合いの風体をした連中が、馬鹿だということだ。
一応把握しておきつつ、空いたカウンターへと足を運ぶ。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」
「シルバークロック家からの依頼でね、この書状を」
「ギルド宛でございますね、確認致します、少々お待ち下さい」
丁寧に封をペーパーナイフで開いたお姉さんは書状の内容を見て眉をひそめたあと、身分証の提示を求めてきた。
私が出すべきか、アラクネのを借りるべきか迷ったけれど、私が書状を渡しちゃった手前借りると変になると思ってそのまま自分のを提示する。
「二輪……でもこの色、それに討伐記録が……うーん、そちらの方はお仲間ですか?」
「アラクネのこと? そうだけど」
「身分証の提示をお願いできますか?」
結局アラクネの身分証も確認され、しばらく受付は唸った結果、依頼の受注処理を行ってくれた。
拒否できないと言っていたから、このあたりは受付の人の人情とか経験による心配が天秤にかかったのだろう。
受注の際に、くれぐれもお気をつけくださいと念を押されたのと、護衛依頼をいくつか受けてランクを上げておくことをおすすめしますとアドバイスされた。
トラブルが起きたのは、ギルドを出てからだった。
後をつけるように出てきた、ずっと下卑た視線を送ってきていた三人組はギルドから少し離れたところで私達を呼び止めてきた。
「おい、姉ちゃんたちよぉ」
「さっきの依頼俺らによこしな」
まさかこんな安いチンピラに会えるとはねぇ。
前世だったら怖がって萎縮してるところなんだろうけど、今だと軽く赤子の手をひねるように対応できるという確信があるためそういった感情は一切沸かなかった。
「二輪でこなせる程度の依頼でも、シルバークロックからの指名だろ。安い依頼じゃねぇはずだ、俺らが有効に処理してやんよ」
「ついでにベッドの上でかわいがってやってもいいぜ、なあお前ら」
「ぎゃはははは、悪くねえな!」
うわぁ……キモっ、お前らと遊ぶぐらいならミール君のほうがいいわ、いややらんけどさ。
「悪いこと言わないけどさぁ……相手の力量図れる程度の目利きできないと、早死するんじゃない?」
「おもしれえ冗談ぬかすじゃねえか! 俺らが二輪の姉ちゃんより弱いってか?」
……あ、だめだこの子達、ギルドのランク=只の腕っ節の強さだと思ってる。
頭、悪いんだね……。
「しゃあねぇな、ちょっとお仕置きしてやるよ!」
「ついでにベッドの上で躾けてやろうぜ! 先輩に対しての礼儀ってやつをよぉ!」
「理論機構も持ってない駆け出しのくせによぉ、きついお灸を据えてやんぜ!」
そう言って三人そろって懐から懐中時計……理論機構を取り出した。
そうか、理論魔術って初めて見れるな、その点だけ感謝してあげても良いかもしれない。
前に出ようとしたアラクネを片手で制してソードダンサーと風羽を抜き放つと、三人組の笑いがひどくなった。
魔術相手に短剣で挑もうとするんだから、まあ当然の反応かもね。
「理論魔術、風の理!」
「水の理!」
「火の理!」
それぞれの理論機構の周りに数式にも似た魔法円が浮かび上がる、それらは刻一刻と変化し、何かを組み上げるように動いていた。
魔法円の完成までに、およそ五秒……構築速度も術式の規模も随分と小さく、それこそ初歩の初歩に思える。
やっと生まれた風、水、炎が襲い掛かってくるものの、術式の構成と規模に比例して実にお粗末。
ソードダンサーを振るって切り払うだけでそれは容易く散ってしまう、その程度のものだった。
付与効果、魔斬の試し切りにもなりゃしない。
「な……」
「ま、まぐれでいい気になるんじゃねえぞ小娘ぇ!」
見たものを信じないで、剣を抜いて振りかざす三馬鹿に呆れつつ、瞬間的に間合いを詰めて相手の剣を根本から断ち切る。
流石は名工グラン・スキットの神打だけあり、粗悪な鉄程度であれば私の能力も相まってよく斬れる。
乾いた音をたてて転がった剣の刀身、断ち切られた剣の断面を見て、ようやく目の前にある現実を理解したのか動きを止めた。
「ベッドの上で可愛がってくれるんだっけ? 生憎と私はそういう趣味はないからさ……ベッドの上に送ってあげるから一人で楽しんで?」
そう言って目の前に身の丈ほどの刻印魔術を広げて脅すだけで、尻尾を巻いて逃げ出す男たちを見ることができた。
これでも構築は抑えてる方なんだけどねぇ。
血なまぐさいことにならなくて何よりだと発動前に解除する。
たしかにこれは、受付のお姉さんの言うとおりちゃんとランクは上げておいたほうが良いかもしれないね。
身の丈に合わない地位というのは、どちらであっても不幸を招くだろう。
それにしても理論魔術、刻印魔術と似てるけど発動に媒体を使ったり色々違うところがあるのは興味があるな、時間があったら魔術体系についても色々調べてみたいね。
「良かったの? 追い払うだけで」
「まあ、理論魔術見せてもらったしね。しかしあの程度の連中もギルドには居るのねぇ」
「ギルドのランクは人間性を保証するものではないもの」
アラクネの言葉に、なるほどね……と納得するのだった。
「それにしても、町中で魔術を発動するとは随分と向こう見ずな連中だったわね。あれはギルドに報告しておいたほうがいいかもしれないわよ?」
「まあ、討伐報告のときに覚えてたらね」
ギルドに戻るのも面倒な私たちは、そのままシルバークロックの屋敷へと戻るのだった。
もっと敵役をちゃんと書けるようにならなければ、と思いつつ安いチンピラを書いてみるの図。
一章ラストのエルグラハムさんもそうなんですが、かっこいい敵役って難しいです。




