6.異文化の礼儀
提案に乗ったのは……まずかっただろうか、と現状に対して思考を巡らせる。
いくらなんでも不自然な部屋のあてがい方だとは思うのだ。
アラクネがあてがわれたのは最西端の二階、対して私は最東端の一階である。
体よく分断されたようにも取れるのだが、ここで一つ気になることは、アラクネがそれに対して特に不思議がる様子も見せなかったということか。
……ロジックロックでは客人に対してそういう風に部屋をあてがう風習でもあるのだろうか?
考えたからといって答えが出るわけでもなく、あいにくと風習や世俗といったものに対しては完全に無力な万物の叡智である。
いい加減、考え疲れた私は部屋のベッドへと飛び込むことにした。
「うっわ……なにこれ」
ふわっふわじゃん、蕩けそう。
客室でこれとか流石名家というだけあるか……は、いかんいかん、油断してはいけない……罠かも……しれ……な……い……。
「起きなさいリーシア」
「……はっ!?」
意識が落ちるまで数十秒とかとんでもねえな、この家のオフトゥンは魔物か? いや、ベッドだけど。
「堪能していたようね?」
「思ったより疲れてたみたい……」
よいしょっと体を起こす、罠ではなかったようで特に捕まることもなかった、いやこれでベッドが襲いかかってきたらどんな展開だって話だけどさ。
「まったく、相談をしようと部屋を訪ねてみれば爆睡しているし……結局どうするつもりなの、いえ……貴方はどうしたいの?」
貴方はどうしたいか、か……。
思案する私に、答えを急かすでも無くアラクネは静かにこちらの様子を伺っている。
どうするのか、と聞かれたら正直判断にこまるけど、どうしたいかというのならば答えは簡単だ。
「私は、ミスリルクロウラーの討伐に乗りたいとおもってる」
私の答えに、アラクネはしばらくしてから呆れたように溜息を吐いた。
「まあ、そう言うだろうとは思ってたけどね」
「理解者がいてくれて嬉しいわ」
「同意者というわけではない点だけ覚えておきなさいお人好し」
どうせついて来ないなんて選択肢ないくせになぁ、とおもいつつ、私は小さく笑ってかえす。
こう言ってしまった以上、ミスリルクロウラーに対する手段は私がしっかり考えなければいけない。
そう考えて再び思考の海へと沈もうとした所を、ドアを叩く音が妨害した。
でてみればそこにいたのは小さな背丈、ミールの姿があった。
「あ、リーシアさん……アラクネさんもご一緒でしたか。夕食の準備が出来ましたので、お呼びに来たのですが」
「もうそんな時間?」
「少し早めのような気がするけど」
「まあ、会食のようなものですから……夜の時間も長いほうがいいでしょうし」
夜の時間ってどういう意味だろうか。
「あ、もしかしてお二人は、そういう関係だったりするんですか?」
「……違うから安心なさい」
どういう関係を指しているのだろうか、とおもったらアラクネには通じたらしく即座に否定される。
なんだろう、仲間じゃないって意味ではないだろうから別口か……恋人とでも思われたんだろうか、いやいやさすがに無いか、女同士だもんね。
適当に浮かんだ考えを頭のなかで払いながらミールに続く。
普通こういうのって使用人が呼びに来るものだと思ったから、ミールが来たのにはちょっと驚いたけどもミール自身は特に不慣れな感じもしないから、当主やその家族が呼びに来るのが普通なのだろうか……。
夕食の場にはすでにアベルが待っており、私達の到着から程なくして晩餐が始まった。
「……流石に四大名家だけある、いい料理人を雇ってるみたいね」
小さく言うアラクネに、私は同意するべきなのか正直迷った。
なんというか……確かに、この時代背景というか世界においては、一流の料理人の作る料理なのだろうことは、なんとなくわかるのだ、だが……。
──ファミレスみたいな味がする。
それも、ちょっとよさ気な小洒落たレストランの……。
このオムライスの感じとかあのお店を連想するんだよね。
おいしいんだけど、嬉しいんだけど……なんていうか、期待してたのと違ってすっごく複雑!
異世界って感じが、しないよ……。
「どうしたのリーシア? 口にあわない?」
コソッと聞いてくるアラクネに首を小さく横に振って、それだけを答えにした。
晩餐会の話題はとりとめなく変わり、私達の戦い方だとか、何処から来たのかとか、行き先は何処なのかとか、いろいろと話すことになった。
アベルとミールはロジックロック以外の知識はあまりないのか、私の故郷──と思っている──エウリュアレの事や、アラクネの故郷であるスプリングファーミア──獣人達が中心となった国らしい、同名のゲームは農業系のほのぼの交流ゲームだったと思う──の話をすると目を輝かせて食いついてきた。
アラクネの故郷の話に関しては私も耳に意識が行っていたと思う。
彼女自身はあんまり話たくなさそうで、当り障りのないことしか言わなかったけれど。
その際中、ちらちらとミールが私の様子を伺っているのが少々気になった。
基本的に話している人間に対して視線を向けているのだけれど、私以外が話している時にたまに伺うような視線を向けてくる。
それはすぐに話している人に戻り、気づかれていないつもりなのだろうが……人の視野の広さをなめたらだめだよ。
私はその中でも特殊かもしれないけど。
まあ、珍しいんだろうと思って気にしないでおくことにした。
晩餐のあとはお風呂も借りることが出来て──こっちの方の富裕層にはある程度普及しているらしくちょっと驚いた、維持に相当コストは掛かるみたいだけど──なんかお高そうな香油まであったもんだからもう、住む世界が違うなって感じ。
ナイトガウンも貸し出されて、これがまた着心地がいいときた。
本当に、私にはわからない世界だ。
普通の女性ならもっとテンション上がってるんだろうなぁ、とおもいつつ、次女に髪を丁寧に梳かされて完全に骨抜き状態。
やばいところに泊まってしまったな。
湯浴みも済んで部屋に戻ると、ドアノブに札が掛かっていた。
表は"歓迎"、裏は"不要"とだけ書かれている。
何のことかわからないのでそのままにしておくことにした、まあ……実害はないだろう、多分。
改めてベッドにごろりと寝転がると、変わらずふわふわな感触が受け止めてくれる。
このまま意識を手放すのは容易いのだが、今は流石に思考を睡魔に飲まれる訳にはいかない。
考えなければいけないことは、鉱山最下層のミスリルクロウラーを如何に退治するか。
現状は倒そうとすれば崩落して生き埋めになるだろうという状況で、この問題を分解して、解決できる形に落とし込まなければならない。
ミスリルクロウラーはただの魔物だろうから、規約内の存在のはずだし、それを考えれば私のスキルでゴリ押しはできるか……。
"弱点看破"からの"瞬突"で確定クリティカル──防御無視攻撃を入れれば倒すだけなら問題ないだろう。
問題なのは相手の防御力を無視するなんていう、チートじみたスキルを気安く使っていいのかということ。
そして相手は虫だってことで、真っ二つにしたからってすぐには死なないだろうということだ……のたうち回るのは間違いないだろう。
結局崩落の問題は解決していない。
周囲を【強化】の刻印魔術で固めてやればとも思うが、できるとして何処まで強化すればいいのかが未知数過ぎて、あんまりそれはしたくない。
ダイヤモンドだって叩けば砕けるんだから、強化したからって崩れない保証なんてないし、最悪採掘不能にしてしまう可能性もある。
「あー、鉱山ごとぶっ飛ばしてしまえればどんなに楽か……」
でもそれは結局採掘ができなくなるのとイコールなので現状悪化でしかないんだよなぁ。
やり場のないもどかしさをじたばたと暴れて吐き出す。
受け止めてくれるのはベッドだけだった。
もう……今日は寝てしまおう。
もぞもぞとベッドに潜り込んで丸くなる。
意識はいとも容易く微睡みの中へと沈んでいった。
肌に触るくすぐったさに、まどろんだ意識が首をもたげる。
ふわふわの寝具で感じるはずもないような肌寒さ、胸元で蠢く何かに意識は急速に覚醒して、そして私はその光景を目の当たりにして、状況を理解するのにしばらくの時間を要した。
頭までかぶって寝たはずの毛布は腰辺りまで下げられ、ナイトガウンは胸元がはだけられた状態で……ええと。
なに、この状況は?
「あ、お目覚めですか?」
ミールは少し顔を赤くしていて、少々ぎこちなさげに微笑んだ後そっと私に覆いかぶさってくる。
「あの、ボク……初めてですけど、頑張っておもてなししますか──」
「そぉい!」
最後まで言わせねぇよ!
毛布の裾を掴んで思い切りミールを上に放り上げ、そのまま毛布でくるんで茶巾寿司に仕立てあげる。
ナイトガウンを直す頃にはミールが毛布の中から困惑した表情で顔を出していた。
「どういうことなのか、説明してもらいましょうか?」
剣の一つも突きつけたい気分であるが流石にそれは可哀想だと思って睨むだけにしておくと、ミールはなんとなく予想していたのか少し落ち込んだ様子を見せる。
この国ならではの風習なのかしらないが、アラクネからも何も聞いていない以上、私としては敵対姿勢でいる他無い……もっとも、ただの夜這いという可能性もなきにしもあらずなのだが……。
いや、こんな小さな男の子じゃ、そんなことないか?
十四歳ってどれぐらいの年齢だったかなぁ……自分の中の記憶が参考にならなさすぎる。
周りは結構アレな話題が多かった気もするけど。
「ええと、ロジックロックの世俗、風習についてはご存知ですか?」
「知らない」
「……ですよね。ええと、ロジックロックでは基本的に、五十を過ぎたら隠居というルールがありまして、うちもそれに則って代替わりしたんですが」
五十で隠居かぁ、新陳代謝は早くていいかもしれないなぁ。
でもアベルが十五だったしそう考えると先代は随分子供を作るのが遅かったのかな?
「それで、基本的に若いうちに結婚して子供を産むことが推奨されます。なので、ロジックロックでは客人を招いた場合、当主に連なる血筋の異性が"おもてなし"をすることが習慣なんです。最近は一応、相手の意思も確認するようにドアノブに札を用意したりするんですが……」
「……あの歓迎・不要ってそういう意味だったの?」
「はい……あの、すみませんでした」
しょんぼりするミールに、多分そういうおもてなしとは違う意味で私に対しての気持ちがあったんだろうなぁというのは見ればわかるわけで……この場合一番悪いのって……アラクネよね。
知ってたはずだろうに黙ってるなんて、流石に質が悪いぞ。
そうか、あの時のそういう関係って……そういうことか。
そんな風に殺気立っていたらちょっとミールが怯えたようで、誤解されたかもしれない。
かといって迂闊に優しくして期待を持たせるわけにもいかないし、このまま誤解されたほうがいいんだろうか……。
「あの……」
「うん?」
「年下の男じゃ……ダメでしょうか?」
……どうしよう。
まさかこの状況で更に押してくるとか予想外なんですけど、って言うか私思春期の男の子の扱いなんて知らないよぉ、期待持たせないようにちゃんと断るって……いや、断ったとして納得するか、このぐらいの子って……しない気がするなぁ。
かと言ってこのまま黙ってるとヒートアップしそうだしなぁ。
というか、そうか……冷静に考えれば男を相手にするのが正常なのか?
いやいや、私は入れ物は女だけど中身は……うーん、あんまり意識はないけどその場合私が下か?
いや、上? そもそも相手はどっちよ、どっちでもいいのか?
あれ、ちょっと待て、落ち着け私。
……私どっちだ!?
「あ、あの……大丈夫ですか、リーシアさん」
「……保留」
「え?」
「保留つってんのよ! もう部屋戻って寝なさい!」
「え? あ、あの……」
狼狽えるミールをほっぽらかして毛布をかぶり直しベッドに丸くなる。
変に考えることが増えた頭はなかなか収まらず、ミールが部屋を出て行った後もしばらく悩まされることになった。




