2.飛翔船ロジティクス号
ウィルヘルム王国から北の街道を進み、ある程度距離を取ったところでクロウに騎乗して街道からやや離れた位置を疾走した。
エウリュアレ─ウィルヘルム間よりも距離があることと、私やクロウ達が知らない道であることもあって、移動には三日ほどの時間を要した。
ただこれで信じられないほど早いらしい。
アラクネ曰く、ウィルヘルム─ロジックロック間は本来ならば馬で七日ほどかかるらしい。
馬車ともなれば足が遅くなり十日はかかるのだとか、うちの子達は優秀だね。
そんなわけでウィルヘルム王国を出発して三日目の昼には、私たちは機械王国ロジックロックの首都へ到着した。
私達を出迎えたのは、巨大な──高さにしておよそ十メテル、幅はもう少し狭く七メテルほどの巨大な金属製の門だった。
両開きになっており、その門には国の象徴なのだろう意匠が施されている。
あいにくとそれがなんなのか私には分からないが、その巨大にして精緻な彫金は一つの象徴として十分に足るものだろう、威厳とか、権力だとか、人の技術の結晶だとか、そうしたものをないまぜにしたような迫力があった。
施錠を行うための機構なのだろう、左右の門にそれぞれ1つずつ半円形の閂らしきものがあり、それは今は固く閉ざされていた。
おそらくすべての歯車が複雑に絡み合いあれを開けるのだろう、だとすればそれはさぞかし壮観な眺めだろう。
そんな門の右側に二人の衛視と思われる人が姿勢正しく待機していた。
衛視と思われる、と濁すには理由があり、その服装が名門私立学校の礼服をファンタジー風に飾り立てたような、そんな見た目をしているからだ。
私のイメージあるような典型的な、鎧兜を被って槍を持ったような衛視とは隔絶しているのである。
アラクネがすたすたとそちらへ足を運ぶものだから私もあとに続くのだが、さて彼らは本当に衛視なのだろうか。
「うっわ、美人の二人連れだ」
「冒険者か?」
若干一人が軽い。
「よ、よくぞロジックロックへやってきた、とおしてほぐぶっ!?」
「おかしなテンパり方してんじゃねぇ」
面白い言動になった相方に対して容赦なく肘を入れ、もう少し年季の入った衛視が前に出る。
よくよく考えてみれば、私はゲーム補正が入っていて、アラクネは言うまでもない美人なのである。
若い男というならば彼ぐらいの反応のほうが妥当という所ではないだろうか。
……あれ?
そう考えるゼフィアって反応おかしかったんじゃないの?
「冒険者の方ですよね? こちらで通行の受付をいたしますので身分証の提示をお願い致します」
そう言って隣に添えつけてある小さな扉のある方へと案内してくれた。
どうやらあちらの大きい門は開けないらしい、とても残念である。
ぜひともあの門が開いていくところを見たかったのだが……。
「ふむ、アラクネ殿にリーシア殿……おや、所属は違うのですね、犯罪歴等は特に無し……今回の訪問理由を伺っても?」
お、めんどくさい事を聞かれたなぁ。
この辺はアラクネに任せたほうがいいだろう。
「見聞を広める旅の途中、といったところよ。ロズウェスタに向かうつもりなの」
「ロズウェスタですか。ということは武器の調達も兼ねていたり?」
「いいものがあれば考えようかしらね」
「ふむ、そうでしたか……それは、タイミングの悪い時にいらっしゃいましたね」
そうこぼす衛視にアラクネと一緒に首を傾げる、その私達の様子に年若い衛視が変な悶え方をしていたが気にしないでおくとして、何か不都合でもあるのだろうか?
「冒険者としては聞き逃せない言葉ね、何かあったのかしら?」
「あー……手を出さないほうが懸命だと思いますよ。今、バウディカデア銀山の方でちょっとトラブルが起きてましてね、銀の採掘が止まってるんですよ」
「採掘が止まるほどの何かが起きてる、ってわけね」
「そういうことです、シルバークロック家もちょうど当主が代替わりしたところで対処が遅れているようでしてね、詳しく知りたいならギルドにでも行ってください、私も噂程度なので」
「気に留めておくわ、通ってもいいかしら?」
「はい、どうぞ。……っと、ようこそ、機械王国ロジックロックへ!」
特に大したこともなく、情報一つをもらって私たちはロジックロックへと足を踏み入れた。
基本的な建築物は木組みにレンガのヨーロッパ風で、ウィルヘルム王国とは趣が大きく異なっている。
機械王国というからもっとメカメカしいと思っていたがそんなことは無かったようだ。
どちらかと言えばスチームパンク……いや、パンク要素はないから蒸気機械的な?
街には規則的に街灯が並んでいるがこの時間なので点灯はしていない。
特徴的なのはその街灯の軸に幾つもの歯車が噛み合わさっていることだろうか。
景観と安全性を考えてか、それらの歯車はガラスのようなもので覆われており手を挟むような危険はない。
今は動いていないのだがどういうものなのだろうか。
「それはロジックロックの主要動力である理論機構よ。地下を経由して国中に動力を届けているの。街灯が駆動するのは夕方からね」
「へぇー」
つまり夜になるとこれが動き出して街灯が点くのか。
ゲーム時代に見たスクリーンショットと外観は似ているがそういった内部がちゃんとあるのは面白いね。
周りをよく見れば現在進行形で駆動している歯車を見つけることもできる。
街中にあるそれは門と違って装飾のない、質実剛健なものだった。
なるほど、機械王国とはよく言ったものだ。
納得していると唐突にからーんからーんと鐘のなる音が響いた。
なんとなしに音の方へと目を向けるとそこには巨大な塔がそびえ立っている。
その下には王城のような建物があり、そこが首都ロジックロックの中心であるというのは疑いようもない。
四角いその塔の側面には巨大な時計が添えつけられており、その鐘はちょうど1の場所を指していた。
遠目ではあるがそこも歯車がゆっくりと回転しており、今なお駆動して時間を知らせているのだと教えてくれる。
私が見慣れたものとは違い時計盤は十分割だが……。
「お昼すぎね、どこかで食事にしましょう」
「賛成」
手頃な酒場に入り注文した料理に舌鼓を打ちながらアラクネと今後の予定について話す。
此処から先の移動手段はエリアル達に頼らないほうがいい、というのが主な話だった。
ロジックロックはウィルヘルム王国に比べて人口が多いというのがその理由のようだ。
ようは街道で人に見られる可能性がウィルヘルムよりずっと高いということらしい、交易が盛んであり人通りが多いというのもあげられるだろう。
そうしたわけで今後は普通の移動手段に頼ることにしようと言われる。
『ふむ、歯がゆいですな』
『仕方あるまい。我らの存在がお嬢様の足かせになってはならん』
『わ、私は出ても平気だよね?』
『ピューィ……』
とクロウたちも不服そうだった。
御鏡も分かる人が見ればバレてしまう可能性があるから結構グレーゾーンだと思う。
「でも、それじゃあここからロズウェスタまではどうするの? 徒歩か乗り合い馬車?」
乗り合い馬車とかそれはそれで楽しそうだが、人付き合いが苦手な私からすると気疲れもしそうである。
徒歩と言うのは別に構わないが時間が掛かりそうだった。
「いいえ、ここからは飛翔船を利用するわ」
「ひしょうせん?」
聞いたことのない単語が出てきて聞き返す。
なんとなく空を飛ぶ乗り物なのだろう事は想像に難くないが。
「シエルズ・アルテのほうで開発された乗り物でね、速度はそれほどではないけど空を移動できるのよ。なかなかに高価な代物だからロジックロックでは首都とロズウェスタを結ぶ定期便しか出ていないけどね」
そう言って意気揚揚と語るアラクネはどこか楽しそうだ。
普段ぺったりと寝ている耳も少し起き気味。
私の知らないこととか話すときこんな感じになるんだよね。
私は獣肉の草巻をかじりつつアラクネの話に耳を傾けていた。
飛翔船の生まれはシエルズ・アルテ、推測する所のゲーム時代の蒼穹の空~シエルズ・イル~が元となっているだろう国家で、そこにはポーステイル群島と呼ばれる空に浮かんだ島々があるらしい。
そこへたどり着くためにシエルズ・アルテが総力を上げて研究開発を続けた結果が飛翔船という乗り物だそうだ。
その技術はロジックロックとの交易がきっかけとなって生まれたと言われており、理論機構の大本から派生した技術によって成り立っているのだとか。
彼女が話していて楽しいのなら一向に構わないし、私もこの世界のことを知れるしなので特に話を遮ることもなく、会話とおいしい食事という楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
あやうく、夕方発の飛翔船ロジティクス号を乗り過ごす寸前になるほどに。
ロジティクス号の乗り心地を一言で表すなら、狭いという言葉一つに尽きるだろう。
船室の数を確保するためなのか、アラクネと二人で一畳ほどのスペースに押し込まれてしまった。
そのまま二日である、これなら乗合馬車のほうがまだましだったかもしれないなと考えて、ガタガタ揺れる狭い馬車内にすし詰めと考えなおして結局大差ないという結論に落ち着いた。
よくよく考えて見れば元の世界の電車ですらすし詰めだったのだから、文明レベルが落ち込んでそれが改善するなんて事あるわけないか。
見通しの甘かった自分を呪いつつ、すっかり固くなってしまった体を伸びをしてほぐしながら部屋をあとにする。
外に出ればロズウェスタである。
タラップの上からの眺めはなかなかのもので、街事態も意外と広く多くの路地が通行人であふれていた。
主要となる通りは馬車が走っているのも見える。
街並み事態はロジックロックと変わらない様子だが、あちらが歴史と伝統、そして完成度で秀でているのならばロズウェスタは若く活力にあふれる街というところだろうか。
「おおー、ここがロズウェスタなのね。王都と違って密集型だ」
「発展過程で区画整理されることも無かったからね、街の作りとしては少々乱雑なところがあるわ」
「いいじゃない、裏路地とか雰囲気良さそう」
「……治安がいいとは言いがたいからあまりおすすめはしないわね」
少し人気の少ない、入り組んで雑然とした雰囲気のレンガ造りの裏路地、洗濯物などが紐で吊るされて植木鉢が窓際に置かれ、たまにゴミ箱が転がっているような光景を想像して上がった私のテンションを、アラクネはしかめっつらで否定してくれた。
言われてみればその通りで、私の認識はどう考えても現代基準の治安の良さである。
この世界でそれを求めるのはよほどの脳天気だろう。
というか私の世界ですらそういう路地にゴロツキは居たんだから、この世界で剣持って出てこないか心配するべきだった。
路地裏散策はなしかな。
「さて、それじゃあ……まずは私達の拠点でいいかしら」
「構わないよ、それが目的で来たんだしね。ただまぁ、お風呂とかがあるなら体を流してからにしたい所だけどね」
「水浴び場ならあるけど」
「うん、この際だし贅沢は言わない。汗と埃を落としてからにしましょう」
それなりに偉い人、というかあちらの盟主に会うのだ。
汗塗れ埃まみれのひどい有様でいくのは流石に気がとがめる。
「そういうことなら川沿いね、上流のほうが綺麗だから、このまま西に行きましょう。山の上から流れてくる河の上流にいい店を構えてる人を知ってるの」
「そう、じゃあお代は私が持つから一番良いコースを一緒に堪能しましょうか」
「えっ?」
じゃらりと、ポケットの中の貨幣を鳴らしてやる。
頼るつもりは無かったのだろうが、有無を言わさぬ私の空気になんとか飲み込めたようだ。
もとより興味もあっただろう、女の子だもんね。
こうして私達二人は河に店を構える濯ぎ屋のおばちゃん二人に徹底的に綺麗にしてもらうことになった。
私は不慣れでくすぐったい、で済んだのだがアラクネの方からは度々切なさそうな声が上がってくる。
何が起きたかと思ったら、尻尾を丁寧に洗われて嬌声をあげ(毛を逆立てさせられるのは結構来るものがあるらしい)耳の付け根まで丹念に洗われカゴを抱えて微動だにしなくなったりといろいろな反応を見せている。
やはりそこが弱点か……。
どちゃばちゃと暴れ回りはじめたアラクネを横目に、飲み物を口にしながらそれが終わるのを待つ。
服も合わせて手入れしてくれるというので洗濯だけは任せておいた。
十数分後、綺麗になった服と一緒に、見た目こそ綺麗にと乗ったものの疲労二倍と言った具合のアラクネの姿がそこにあった。
「それじゃあ、いこうか」
「……そうね、案内するわ」
疲れた様子で、けれど確かな足取りでアラクネは移動を再開するのだった。




