1.変わった景色
二章開幕です。
ゆる~く、ね?
出発の日の朝となり、私とアラクネは家を出た。
時刻は早朝、日が登り始めて空が青くなっていく時間帯。
しばらくは戻ってくることもないだろうから地下の食料庫に入れてあったものは全てインベントリにしまい、長期で離れる準備は整っている。
ノフィカとゼフィアが定期的に見に来てくれるということで、使わないうちにあっという間に家が朽ちてしまうということはなさそうだ。
人が住まなくなった家屋は急激に朽ちるからね。
「次に返ってくるのは何時頃になるかなぁ」
「行って帰ってだけでも一月は……リーシアならもうちょっと早いかもしれないけど、それぐらいはかかるわね」
「一月かぁ」
私のつぶやきに対してのアラクネの答えにはしっかりと私補正が入っていた。
エリアルとクロウ、永祈という足を使えばおそらくこの世界基準の移動速度はあまりあてにならないだろう。
しかし……。
「転送系のシステムがないのは意外と不便だなあ」
「転送……システム?」
「あ、えーっと……離れた場所と一瞬で移動する刻印魔術というか、そういうヤツ」
「そんなの聞いたことないわよ。あったら革命でしょうけどね」
いつものように呆れたため息をこぼしてアラクネは言う。
そう、ゲーム時代には実装されていた街などの拠点を移動するシステムは、この世界にはない。
「刻印魔術ならそういうのも作れそうな気がするけど、もうちょっと勉強しないと無理かなー」
「そんなものができたらこの世界のあり方そのものが変わっちゃうわよ……」
刻印魔術の自由度は極めて高い。
だから私がその辺をちゃんと理解すれば術式として新たに生み出すことも不可能ではないと思うのだが、アラクネは少々懐疑的なようだった。
確かにそういう知識がない人からすれば考え付きもしないモノなのかもしれない。
すでに知識がある私からするとないほうが不思議なものなのだが。
「経路としてはまずはウィルヘルム王国へ、そこから北の街道を通って機械王国ロジックロックに向かうわ。そこから東の街道を道なりに進むとロズウェスタという街がある、私達の拠点はそこよ」
「ほうほう、結構な長旅になりそうですなー」
「楽しそうね」
そりゃあね。
普通のこの世界の住人ならば大変な旅であっても、元ゲームキャラクターという私の補正が大変さを大幅に軽減してくれる。
挙句契約獣が見張りをしてくれるから睡眠時間を削って見張りをする必要もない。
食料、道具はインベントリで無制限に持ち運びが可能。
これで旅を楽しむなって言うほうが無理だよねぇ。
「機械王国ロジックロックか……」
「知ってるの?」
機械王国ロジックロック、それを私は知っている。
知っているのだが──知っていると言って正しいのか正直判断できない。
ロジックギア~運命の交差点~、そう題されたMMORPGが存在した。
理論魔法という技術が発達した歯車とクォーツを多用した技術文明世界のゲーム、そこの首都の名前がロジックロックだ。
だから、知っていると言っても間違いではない。
だがこの世界のロジックロックが果たして私の知っているものとどこまで同じなのか、それは不明である。
だから知っていると答えるには少々問題があった。
「ノーコメント、かな」
「相変わらず意味深ね」
アラクネは私の答えに特にこれといった追求もしなかった。
もはやそのたぐいのことが時間の浪費にしかならないとわかってくれているようで大変助かる。
私たちは緩やかな丘を下って行く。
やがてエウリュアレ村が一望できるほど開けた場所に来て、私は自然と足を止めていた。
畑の麦はまだ芽吹いたばかりで茶色い土が見えている部分のほうが多い。
村の人達がちらほらと農作業などを始めており、その光景はひどくのどかだ。
まばらに建つ民家、芽吹き始めた木々の若々しい緑、青い空、蒼い海。
そしてその空を大きく遮る、陽の光を受けてキラキラと煌く氷樹。
これが、今のエウリュアレ村の風景だった。
「しばらくはこの景色も見納めか」
「寂しい?」
「そうだねぇ、まあ……帰ってきた時の楽しみに、にしておこうかな」
これから目にする景色も楽しみだしね、と付け加えて村への歩みを再開する。
半年前に焼かれ、私が介入し、大きく変えてしまった風景。
今は、それも含めて良いんだと受け止めることができる程度にはなっていた。
村長とユナさん、カレンさんに挨拶を済ませ村の外れへと足を進めると、ノフィカとゼフィアの二人が待っていた。
「おう、意外と遅かったな。そんなんじゃ日が暮れちまうぜ?」
「ゼフィア、そんな言い方は失礼でしょう」
相変わらずのやり取りだ。
そう思ったけれど、少しだけ二人の距離の取り方が縮まっているように見える。
以前はノフィカが腕で小突く程近い距離ではなかったはずである。
「ふむ……」
「多少距離も縮まったようね」
小さくつぶやいたアラクネの言葉に、同じことを考えてるなあと思ったり……。
本当に、さっさとくっつけばいいのにこの二人。
ゼフィアなんてノフィカが射られた時にブチ切れちゃってたのにねー。
「二人共見送りに来てくれたの?」
「ノフィカがどうしても行くってしつこくてな」
「当たり前じゃないですか。リーシア様がしばらく村を離れちゃうんですから……いつ頃お戻りになられるんですか?」
「うーん、ちょっとわからないかな。私としては定期的に戻ってきたいんだけどね」
移動距離の問題があるからどの程度の頻度になるかは正直わからない。
そう答えるとノフィカは顕著に落ち込んだ様子だった。
実際の所、永祈が居ればある程度の機動力は手に入ると思うのだが、実際に移動したことがないからどれ位かかるかは未知数なので仕方がない、落ち着いたら一度、とは思うが。
「定期的に、ということはかなり長期になるんでしょうか?」
「んー、まだわからない。私の目的も含めて言えばそうなる公算は高いけどね」
アイゼルネについて調べるというのであれば相応の時間はかかるだろう。一番は隣の大陸まで私が出向くことになる以上、長期になるのは避けられない。
年単位……で済めば良いかなレベルである。
「そうですか……お体には気をつけてくださいね」
「ノフィカもね。戻ってきた時にはちゃんと顔を出すから、ね」
「約束ですよ?」
「ノフィカはすっかりリーシアに懐いちまったな」
ゼフィアがちゃんと捕まえておかないせいだ、と言いたいところである。
悪い気はしないんだけどね。
「戻ってきた時にはまた腕あげとくから、そんときはまた手合わせしてくれよな」
「それはこっちからもお願いしたいわね」
この半年間で私自身、剣の腕はかなり上達している。
それでも年数の差、そして日常的な使用頻度から私の剣技はおそらくゼフィアと良くて五分といったところだろう。
カレンさんには未だにあしらわれているのだ。
身体能力を全開すればどうとでもなってしまうのだが、それでは技術が身につかない。
おかげで黒星更新中である。
「アラクネさん、リーシア様をよろしくお願いします」
「ええ、任せておいて」
そう言ってノフィカに答えるアラクネ、時々私よりもノフィカのほうが年上に見えることがある。
私がしっかりしていないのか、ノフィカが歳の割にちゃんとしているのか、まあ後者ということにしておこう、私の名誉のために。
「それじゃあ、そろそろ出発しましょうか──エリアル!」
『御意に!』
私が呼びかけた直後、頭のなかで凛としたハスキーボイスが応える。
私の体から光の粒子が溢れ、やがてグリフォンの契約獣エリアルが顕現するまでに数秒。
サイズは戦闘をしないことと騎乗の都合でやや控えめで召喚された。
「エリアル、ウィルヘルムまでひとっ飛びよろしくね」
「承知いたしました、どうぞお乗りください」
そう言って身を低くするエリアルにアラクネとともに跨る、私は手綱があるからよいのだが後ろに乗るアラクネはそうも行かない。
そのため私に抱きついてくるのだが……当たってるあたってる、ご馳走様です。
流石に半年である程度なれた、なれたのだが……。
(なんか、アラクネだけは意識しちゃうのよねぇ)
村で作ったお風呂に入る時、ノフィカやカレンさんと一緒になることもある。
最初こそかなり気になったのだが今では特に意識することもなくなっていた。
例外なのはアラクネだけなのだ。
健康的な褐色の肌に、てろんと垂れた狐の耳、腰から生えた二本の尻尾。
私は褐色属性かケモノ属性でもあっただろうか、と自問するけども特に記憶に無い。
私はとりあえず手綱を引いて空へと飛び立ったのだった。
結局のところ夕方までに予定であった五日の日程をすっ飛ばしてウィルヘルムへ到着した私たちは草原の羊亭へと足を運んだ。
部屋は問題なく取ることができたのだが、一部屋である。
「部屋は別で良かったと思うんだけど?」
椅子に据わってお茶を飲んでいるアラクネはどこ吹く風である、おかげで気が抜けないわけだが。
「いい機会だからリーシアに言っておくべきことがあるわ」
「言っておくべきこと?」
神妙な空気を作り、お茶から口を話したアラクネは重々しい口調とともに、口を開いた。
「──ミスティルテインはね……金欠なのよ」
「おやすみ」
毛布をひっつかんで頭までかぶる、そんなどうでもいい告白聞きたくもないわ!
「真面目な話なんだけど」
「その手の組織が金欠なんて当たり前のように当たり前過ぎて」
「そうなの?」
資金潤沢な秘密結社とか聞いたことないわ。
同じ部屋にしたっていうのも部屋代を浮かすためかなるほどなって感じである。
「とりあえず聞いておいて損はないはずよ。私達の組織の事情と言うのは」
「そうかもだけどさぁ……」
潜り込んだベッドから頭を出し体を起こす。
得も無かったらどうしようね。
「私たちはアールセルム大陸の各地で活動している。拠点は機械王国ロジックロックという国にあるロズウェスタという街であるのはすでに言ったわよね」
「そうね、だから今そこへ向かってる」
「この大陸には幾つかの国があるわ、ウィルヘルム、ロジックロック、スプリングファーミア、クロノ・ターミナル、シエルズ・アルテ、アクアテーゼ等ね」
ほとんど聞き覚えがあるから逆に頭痛がしてくる。
大体どれもオンラインゲームのタイトルとなっていたり、そこの首都に近い街の名前と一致していた。
シエルズ・アルテだけは聞き覚えがないが、似た名前があったから変形しているのかもしれない。
「大体の察しはつくわよ。アイゼルネに対する脅威度は国ごとに異なるんでしょう」
「脅威がないわけではないけど、位置関係のこともあるから当然そうなるわね」
「自国の力で対抗できるならそちらに金をかけたほうが良い、対抗できない、小規模な国では資金力に乏しい、あるいは資金提供具合で発言力が変わるとか?」
「概ね察しのとおりよ。それにミスティルテインはまだ大きな実績もないから」
出来たばかりのレジスタンスって感じか。
有力なパトロンでも居ないとそれは辛いね。
「そういうわけで、活動費についてはその大半を構成員の地力調達に頼っているのが現状なの」
「なんとも不安な組織ねぇ」
なんというか、有志の集いというか、善意の協力者の集まりというか……。
しかしそういうことなら冒険者としての活動も阻害はされなさそうだから楽しめそうである、そう好意的にとっておくことにしよう。
「つまり今後も宿は一部屋で済ませようと?」
「そういうこと、女同士で良かったわ」
アアハイソウデスネー。
バレる事はないだろうけど絶対バレないように気をつけよう。
そう言って話を終えると、アラクネは私の寝ているベッドへと潜り込んできた。
とっさに毛布を広げて迎え入れてしまい、気づかれないように視線をそらす。
エウリュアレ村で私の家に止まっている時もアラクネはこんな感じだったせいだろう、すっかりと所作だけは慣れてしまった。
慣れていないのは気持ちだけだ。
元が男だからとか、そういった部分がどこか一線を引こうとしている用に思える。
今はもう意味が無い事柄だとしてもだ。
(もともと自覚薄かったはずなのに、今になって自覚させられるっていうのは皮肉なものだね)
私という存在を意に介さずすやすやと寝息を立て始めるアラクネを前に、私もさっさと眠りにつくのだった。




