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ユニオン・マギカ  作者: 紫月紫織
氷樹の森の大賢者
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34.氷樹の森の大賢者


 アラクネが一度、ミスティルテインの拠点に戻るということで村を発って半年。

 エウリュアレはそろそろ春を迎えようとしていた。

 例年よりも少し芽吹きが遅くなったとか、冬の寒さが厳しかったとか言う話も村で半年過ごすうえでちらほら耳にし、少々申し訳なくなっていたのだが、その氷樹もまた一つの生産物にできそうということで村人の表情はそう悪いものではなかったのが救いだろうか。


 そして今日が水の月、第六週六日目、明日には風の月、第一週一日目となる。

 六日六週で一月、それを十月で一年。

 この半年で学んだ世界の常識というやつである。 


「というわけで、明日は春祝いということで酒盛りがあるんですが、リーシア様も是非にと村長がおっしゃっていまして」

「酒盛りかぁ……いいけど私、お酒弱いよ?」


 こっちの世界に来てから、もしかしてあんまり酔わなくなったんじゃないかと思って試しに口にしてみたけれど、前の世界に居た頃と変わらず下戸だった。

 大体限界量はコップで一杯、ついでに言うとお酒の好みも変わっていなかった。

 中身が同じ何だから当然かも知れないが。


「まぁ、村の方たちは飲むのがメインになるかもしれませんが、たぶん村長の意図としては象徴的な感じだと思います」

「あー……なるほど、そっちか」


 そういえば最近すっかり忘れてたけど私って神使いだとか、水姫だとか呼ばれる存在なんだよね、そりゃ参加したら盛り上がるだろう。

 酒盛りはあんまり好きではないけども、久しぶりに私主導で作ったお風呂にも入りたいし、冬の間引きこもり気味だったから挨拶ついでにちょうどいいかもしれない。

 そんなついで感覚で私はノフィカの、ひいては村長の誘いを受けることにした。


 氷樹の存在はすでに王都まで伝わっているのだが、それを生み出した存在は秘匿された。

 具体的に言うと私が寝ている一月の間、私の世話はアラクネとノフィカのみで対処され──と言ってもやることは無かったそうだが──生み出した魔術師の存在は村人全員がだんまりを決め込み消息不明としたのである。

 そのため、術者と私が結びついていないというわけだ。


 その辺を知っているのは王城に居る数名、あとはおそらくゲオルグさんが確信に近い予想をしているぐらいだろう。

 ウィルヘルム王国としては、氷樹の恩恵をいい方向に解釈してくれており、アイゼルネへの抑止力として存続して欲しいと願っている。

 そのため、国としての体裁上何度か調査隊が派遣されたものの、何も無いままに帰還を繰り返すことになった。

 これについては村長から国王宛の手紙に私が一筆、村と私に対して不都合な事をするのなら氷樹を消して何処へなりと去りますと書いた事が原因だろう。

 後日手紙とともに金色の身分証が送られてきた。

 手紙には、エウリュアレに最大限の便宜を図るとともに、私用に何時でも謁見できる身分証を送るので火急の要件の際には使って欲しいと添えられていた。

 若干読み違えた気がしないでもないが、とりあえずもらっておいた。

 そんなこんなで氷樹を発端とした国とのゴタゴタは今のところ落ち着いている。


 ちなみに、エウリュアレ周辺を領地として進呈するから国の所属に云々、というお話もあったのだが丁重に熨斗つけてお返ししている。

 この土地はエウリュアレの人たちが長い時間をかけて開拓してきた場所なのだ、後からちょっとなんかしただけの私に領地としてー、なんて勝手過ぎる。

 まぁ、言い出したのは王様じゃなくて家臣のうちちょっと残念な人らしいので放置。


 そんなわけで私はこの半年ほどを、エウリュアレからすこし離れた場所に建てた家でゆっくりと過ごしている。

 村長に許可をもらい、材料は自力で調達してきて、木材の乾燥作業や切り出し、家の基礎工事を村の人に手伝ってもらって床板や壁は自分で張った。

 流石に天井だけは作れる人に頼んだけども。

 そうして完成したのは、私がずっと憧れていた自分の領域、森のなかに佇むログハウス風の小さな家、もちろん暖炉付き。

 冬の間薪の爆ぜる音を聴きながらのうたた寝は最高だった。


 外には菜園も用意して、色々とやりたいことに手を出せるようになっている。

 周りに他の家もないからわりと好き放題できるのも気楽でいい。

 大概のことは刻印魔術があるから困らないしで色々と謳歌中。


 今はノフィカと一緒にお茶をしながらお話中というわけだ。


「そういえば、氷樹の欠片は結局どうすることになったの?」

「首都の方で大きな需要が見込めそう、とのことでバルネス商会というところと契約を結ぶそうです」

「そっか、これがきっかけに村がもうちょっと安定するといいねぇ」


 氷樹の欠片、すなわち落ちた氷樹の葉や枝といったものは強い冷気を帯びている。

 そのうえ長く溶けない性質があるため色々と役立ちそうなのだという。

 思わぬ副産物だが、それが利益になるのなら好きにすればいいと思うので、一度村長が氷樹の欠片を売り物にしてもいいかと私に伺いに来た時も私に聞く必要はないといった上で了承している。


 その反面、今年の冬は少々例年に比べて厳しかったらしい。

 やはり利益だけというわけには行かないということだろう。


 ちなみに売上の一割をという話になっている、いらないといったけど村長が折れなかったので仕方なくである。

 不労所得まで手に入っちゃったよ。


「村の収益が増えればできることも増えますし、今までより安定するのは間違いないかと。リーシア様のおかげです」

「よしてよ、アレ私的には失敗なんだから」


 ほんと……なんで半年経っても消えないかなー。

 冷害が出るほどひどい悪影響があるわけじゃないからいいんだけどさ。


 窓の外の氷樹を見上げながら、私はそんなことを考えるのだった。


 しばらくお茶を飲みがてらのお話を楽しんだ後、ノフィカがそろそろ村に戻るということで見送りに出た所、懐かしい顔が訪ねてきた。

 ノフィカが帰ったのを確認してから、彼女は改めて私へと向き直る。


「久しぶりねリーシア、その様子だと元気にしていたみたいでなによりだけど……この妙な立地の家はなんなの?」

「……趣味?」


 そう答えるしか無い私に対して、アラクネはもはやその辺りを追求するのは諦めたようでそれ以上はなにもいわなかった。


 アラクネを招いてのティータイムの続きは、せっかくだから甘いレフィネの果実で香りづけしたフレーバードティーを淹れて出してみる。

 私が前世の頃のお茶をマネて作ってみたシロモノは、流石に初体験だったようで、しばらく警戒する様子を眺めることにする。

 時折耳がぴくぴく動いているのがとてもかわいい。

 舐めるように口をつけ、味を確かめたところで彼女の耳がぴんと立った。

 どうやら好評のようでそのまま三分の一ほどを飲んで一息つく様子は見ているだけで癒される。


「驚いた、こういうお茶は初めてだわ」

「こっちはハーブティーみたいなのばっかりだもんね」

「こっち?」

「……今の時代は」

「あなたの言い間違いは時々世界が違うみたいなニュアンスがあって気になるわね……まあ、長い時間の隔たりと言うのは似たようなものなんでしょうけど」


 慌てて言い直す私に、けれど流されないアラクネはしっかり食いついてきてくれる。

 スルーしてくれてもいいんだけども、流石に無いだろうね。

 私はとりあえず曖昧に笑ってごまかすことにする。

 ともかく、悪い評価ではないようで一安心だ。


「で、どうかしら。少しは落ち着いたのかしら?」

「そうねぇ、最近は大きなことはあんまりないかな。後は氷樹の欠片についても村の方に任せてあるし」

「そう、それじゃあ……あの返事をそろそろ聞かせてもらえるかしら?」

「あなたの組織に協力するか、っていう話ね」


 どう答えるか少しだけ考えるふりをするが、すでに答えは決まっている。

 それは彼女の希望する答えと少しちがうものになるのだが。


「返事は、あなたたちの組織のリーダーに会ってからでもかまわない?」

「ユーミルに? いえ、そうね……それは当然な判断だわ」

「一応言っておくと、あなたのことを信じていないわけでは無いわ。ただ、私が力を預けるというのなら、それぐらいの用心をするべきだと考えてる」

「……それについては異論はないわね、なにせ未だにあの氷樹が存在しているんだから」


 そう言って窓の外を見上げるアラクネ。

 そこには氷樹が夕日を受けて輝いていた。


「もうすぐ日も沈むし、夜になる前に村に戻ったほうがいいんじゃない?」


 村からはそこそこ離れている、暗い時の移動は村の側とはいえあまりお勧めは出来ないと思ったのだが……彼女はそんなつもりは無かったようだ。


「いろいろと話す事もあるし、今日はこっちに泊めてもらおうと思っていたのだけれどまずかったかしら?」

「へ? ベッド一つしかないよ?」

「幅はあるんでしょう? なら大丈夫よ」


 何が大丈夫なんですかね、私は大丈夫じゃありません。

 いくら女同士だとしても……いや、女同士と言って良いのかな、いいか、もうそこら辺の境界線は失踪しちゃったしな、だとしても同衾てあんた躊躇なさすぎでしょう。


「もしかしてそういうのは慣れていないのかしら? なら今のうちに慣れておいたほうがいいわよ。旅の途中だとつれ合いは大体同じ部屋で一部屋にされることが多いから」

「……お、おう」


 これはしばらく寝不足になりそうだな、と思った思考にふと、他の人とも同じようにしているのだろうかという疑問がもたげて、ちょっとだけイラッとした。

 適当に思考の隅へとその考えを追いやり、残ったお茶を飲み干す。

 アラクネはそれに気づいた様子はなく、また別の話題を振ってきた。


「そうそう、リーシア。あなた最近、自分がなんで呼ばれてるか知っている?」

「へ?」


 唐突なアラクネの一言に、私は疑問符を返すのが精一杯だった。


「アイゼルネの軍勢を退け氷樹を生み出したあなたのことを、今王都の人達はこう呼んでいるのよ」


 アラクネはもったいぶってそこで言葉を一度区切る。

 私が少し困ったような表情をしたのを見て、彼女は小さく笑って告げるのだった。


 ──氷樹の森の大賢者、と


これにて一章、氷樹の森の大賢者編は終了です。

このあとは数回幕間を挟んだあと二章です!

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