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ユニオン・マギカ  作者: 紫月紫織
氷樹の森の大賢者
35/88

32.神話級魔術─ミステジア─

 氷に覆われて一瞬生まれた静寂、それを破ったのはしわがれた声だった。


「予想外じゃのう、エルグラハムのやつも思ったよりつかえん」

「さっきの……いつの間に」


 声の方を振り返ってみれば、私の攻撃の射線上から離れていたのだろう、凍りついていない森からひょいひょいと老婆らしからぬ身軽さで躍り出てきた術師の姿があった。

 砕けたエルグラハムの破片を面白半分に踏み砕きながら、地面を叩いては凍結具合を確認しているようだ。

 その様子に、エルグラハムのことを想っている様子はない。


 やがてその動きは踊っているような儀式めいたものに変わり始める。

 何か仕掛けてくるのかと警戒するも、そういう様子はない。

 エルグラハムと同じように倒してしまうべきなのだろうが、かなりのマナを消費したこともあって、躊躇したのは失敗だった。


「燃やして壊して此度(こたび)の遠征は終わりかのう、倒敗兵(とうはいへい)の実験にはならんかったのぅ」


 ひぇっひぇっひぇ、と笑いながら杖を高く掲げた次の瞬間、周囲が突然燃え上がった。

 人を焼き殺すほどの業火、というわけではないが、森の木々が一面炎に包まれて燃え広がり始める。

 同時に、周囲に居た倒敗兵と呼ばれた者たちが突然燃え上がり破裂し始めた。

 飛び散った肉片が燃え上がり周囲に炎を撒き散らす、それまで戦っていた者達は目の前の人型が突然燃え上がり破裂しはじめた事に軽い混乱状態だ。


 これ以上何かされる前に、そう思い剣を構え直そうとした次の瞬間、老婆が賽の目状に切り飛ばされた。

 糸が翻ったのが見えたことから手を下したのはアラクネだろう。

 一手遅かったようだが、これでもう余計なことはされないだろう。


「……間に合わなかったか」

「アラクネ、この火ってもしかして」

「ええ、奴の何らかの術よ。私としたことが呆けて手が遅れるなんて最悪だわ」


 いやぁ、私もあっけに取られてたし仕方ないんじゃないかな。

 それとも驚いたのは私の魔法の方だろうか。

 それよりも問題なのは──。


「術者が死んでも消えないのか……」


 これはまずいことになったかもしれない。

 すでに戦う相手はいなくなったが、今この場は森の中であり、燃え広がればかなりの被害は間違いない。

 それどころか畑まで燃え移れば村が再起不能になってしまう。


「とりあえず火がどれ位広がってるのか確認するのが先か……」


 探知の刻印魔術を起動して確認してみれば、かなり広い範囲が燃え広がっているようで顔をしかめる事になった。

 半径でおよそ五百メートルといったところだろうか。

 普通生木などはそうそう燃えないはずなのだが、炎はまるで意思でも持っているかのように次々と燃え広がっている様子。

 やはり何らかの生きた術なのだろう。


 ノフィカが必死に水の刻印魔術で火を消そうと試みているようだが、いくら刻印魔術で生み出した水をかけようとも火勢が衰える様子はない。

 やはり、これも規約(ルール)外なのだろう。


「アラクネ、貴方じゃこの火は消せないの?」

「私は水の印は刻んでないから使えないのよ……」

「……ユナさんは? ユナさんぐらいの術者ならあるいは」

「無理だね」


 帽子を深くかぶり直したユナさんは達観したように首を横に振る。

 その表情は帽子のつばに隠れて伺えないが、ひどく強く握られた杖が軋む音が聞こえたあたり、どんな表情をしているのか想像に難くない。


「私の刻印は火と風さね、この状況じゃなにもできんよ。それにこの範囲ともなると……とても手に負えない。本当に死んだのか疑わしく思っちまう術者だね」


 火勢は更に増して木々を次々と飲み込み大規模な火災へと発展しようとしている。

 生木が燃えて酷い煙を発生させており、視界は悪くなる一方だ。

 このままでは火に焼かれる前に煙に巻かれて窒息するのが先かもしれない。


「正直、この状況を打開できるレベルの術者となると、嬢ちゃんぐらいしか思い当たらんよ。とは言え規模が規模だしすでにさっき大きな魔術をつかっちまってるから……おいそれと頼めることじゃないんだがね」

「あいにく私はそんな魔法は……ん?」


 そうだ、さっきの戦闘ではスキルの関係上ゲーム時代の魔法を使っていた。

 それは規約(ルール)外の力に対して規約外の力をぶつける意味合いもあってのことだ。

 だが、刻印魔術が有効かそうでないかといえば、まだはっきりしていない。

 刻印の組み合わせと同時起動、そして私の馬鹿げたマナ収束力があればそれぐらい広域に干渉できることはフローネ山の一件で証明済みだ。


 問題は制御できるかどうかと、効果があるかどうか。

 効果があろうが無かろうがやる以外に選択肢が無い以上、残る問題は制御である。


 刻印魔術は印を組んだあとどのように発動するか、術者の癖やイメージによってかなり事象が左右される。

 探知の刻印による地図の展開方法が私とアラクネで大きく異なっていたようにだ。

 そのため不十分な制御の結果自分たちを巻き込む可能性が無いとはいえない。

 出来る限り明確にイメージする必要がある。

 そのイメージを私は作れるか、どんどん炎が燃え広がっているためあまり長い思考時間は取れない。


 考えるべきことを細かく広げている余裕はない。

 周りに及ぼす被害はどうか──こればかりは測りきれない、だがこのまま大火災になるよりはマシなはずだ。

 範囲はどこまで広げるか──少なくとも魔術の展開中に範囲外まで燃え広がられては困るのだから、安全マージンを多く取る必要がある。

 マナをどれだけ使うか──失敗できないことを考えれば体内マナまで大量につぎ込むべきだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

名前:スノウ・フロステシア/リーシア・ルナスティア

職業:プロフェッサー

称号:魔剣の賢者(マイティメイガス)

年齢:23

性別:女性

キャラクターレベル:126

クラスレベル:91


ステータス

ヒットポイント:10725/14850

マナ収束力:8542/35600

体内マナ:9852/17200

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 思いの外消耗しているなと、ベルトに挿してあるポーションを飲み干す。

 ゲーム時代のような即効性は無いが、表記を見れば徐々に回復が始まっていた。


 最後に、イメージの軸をどうするか──直接的な効果で一過性にした場合、何らかの原因で火が残ればもう一度対処しなければいけなくなる。

 ならば間にクッションを入れるか……少しして私の考えるイメージはある程度まとまった。

 それは少し懐かしい、過去の残滓とも言えるものだったけれど……。


「やってみるか、アラクネ……もしもとんでもないことになりそうならフォローしてもらえる?」


 私がやろうとしている事は正直かなりの無茶だと思う。

 だからせめて、周囲の人たち──ノフィカやゼフィア、カレンさんにガヴィルさん、それからユナさん。

 皆を私の無茶から守ってほしいと思う。


 私のお願いに、アラクネは少し困った表情をしたあと溜息を吐いた。


「貴方の全力に対して私が何をできるかはわからないけど、ここの人たちを守るぐらいなら任せなさい」

「……心強いわ」


 口元に自然と笑みが浮かぶ。

 まるで彼女(エレオラ)が隣に居た時みたいじゃないか……。

 覚悟を新たに、私はスキル発動の準備に入る。


 体内マナの半分近くを消耗している状態では少々不安が残るため、術を強化するための術を展開する。

 「──汝我が契約に基づき、その牙城を表さん。大いなる始祖よ、偉大なる源泉よ、我が血を対価に事を成せ。我望むは氷の幻想──"戦術領域生成クリエイションバトルフィールド"!」


 突如地面に線が走り、自分を中心に半径二十メテルほどが浅く陥没する。

 それに内心で驚きつつスキルを行使すれば、六方に線が走りその頂点に氷の柱が突き出し、そこから更に周囲を凍てつかせて行く。

 やがて自分の周囲が完全に凍てついた時、スキルは完成した。


 特定の属性を強化する戦術領域生成はその場で大規模魔法を使うか、戦闘をするためのスキルだ。

 大規模魔法等持っていないゲーム時代、固定狩りなどで重宝したものだなと感慨深いものを感じながら、初めてこれを使っての大規模魔法行使である。

 緊張しているのは間違いないが、どこかでそれを楽しく思っている自分も居るようだ。


 深くゆっくりと呼吸をして準備を整える。

 

 イメージは大樹、深く根をはりどこまでも枝を伸ばし、雄々しくその葉を茂らせる。

 舞い散る木の葉は大地を豊かにし多くの生き物を育み、時にその身で日差しを遮り憩いの場所を生む。

 深く深く張り巡らされた根は地下水を組み上げて地上にうるおいをもたらす。


 一つ一つ世界樹の設定を思い出しながら使う刻印を描いていく。


 基本とするのは水の刻印、火を消すためでもあるし私が最もイメージしやすいものでもある。

 そこに重ねるのは加熱と反転の刻印、これによって加熱を冷却の効果へと変え、水を氷にすることで直接水を出さないようする。


 空間の刻印を使用して影響を与える領域をより詳細に指定する、これは今現在燃え盛っている炎の半径よりずっと広くしておく。

 こんな術は何度も使えないだろうから、万が一のことを考えれば当然だ。

 こうしている間にも、火は燃え広がり続けているのだから。

 今私がいる場所を基準として、半径で五ケテル(五キロ)ほどを球形の領域を対象として指定。


 更に時の刻印を重ねあわせ、効果時間を延長する。

 発動してすぐに消える、では消しきれなかった時に再び燃え広がってしまう可能性がある、それでは事を成せない。

 ただしあまり長期間に渡って予想していない効果が残っても困る、長くても一週間あれば結果は出るだろう。


 氷をもちいて生み出す世界樹、これが全てのイメージの原点だ。


 深く根を張り、太い幹をそびえ立たせ、枝葉を茂らせる大いなる樹……私の原点。 


 強化の刻印を重ね術の強度をより確かなものにする、そもそもが巨大過ぎる術である以上土台を強化しなければ持ちこたえられないだろう、それらに増幅の刻印を組み合わせてさらなる強化と確実性を求める。

 最後に、目的と命令。

 これを与えなければ無用の長物と化すだろう。


 追跡の刻印をもちいて、あいつらが撒き散らした炎、悪意を追跡し、それらを相殺するように命令する。

 相殺の方法は力を収束することによって行う。

 これで、十刻印連結同時起動……。

 この時点でひどく頭が痛い。

 さっきから鈍器で頭を殴られるような感覚がずっと続いている、それが私の体にかかっている負担ということなのだろう……これ以上のことをしたら脳が焼き切れるかもしれない、覚えておこう。

 でも、これは止めない。


「水、加熱、反転、空間、時、強化、増幅、追跡、命令、収束……そんな、嘘でしょう……? 二桁なんて、ありえるの……?」

「信じられん……神話級魔術(ミステジア)じゃと……」


 私の周囲に展開される刻印を見ながら、アラクネとユナさんが驚きの声を漏らす。

 言葉の意味はわからないけれど、何か私がしているのはとんでもないことなのだろう……正直これを放っていいのかと言うと今でも迷いはある。

 こんな大々的に関わるようなことをしていいのかと。


 けどまあ、仕方ないでしょう。

 このまま焼けて灰になるぐらいなら、私が何かして失敗してもたぶん大して変わらない。

 そんな後悔持って行きたくないし、何よりこのまま全て終わってしまったら、きっとノフィカが泣いてしまう。


 ──仲間は泣かせない。


 そうして覚悟を決めた私は、刻印魔術を解き放った。


 最初の変化は些細なもの、私の目の前の地面に小さな穴が空いた。

 最初、失敗したのかとも思ったがその穴は急激に広がりを見せそこからよく見えない何かが伸び始めているのだと気づいた。

 それは次第に半透明になり、白っぽくなり、その凍てつく姿を表した。


 氷で出来た幹。


 そういう他に表現しようのないそれは、びきびきと、ばきばきと、その身を砕く音を響かせ、その度に奥から新たな幹を生み出し、どんどんと空へ伸びていく。

 次第に幹は太くなり、私たちは自然そこから後ずさる。


 どれほど高くそびえただろうか、目視で想像も付かない高さまで伸びたそれは、外側へと向かって急激にその体を広げてゆく。

 それが枝葉を伸ばしているのだと理解するまでにしばらくの時間を要した。

 地面は見た目こそ変化がないものの、先程から微震を繰り返しており地下茎も相応に広がっているのだろうと想像できる。


 やがてそれの成長が終わるとはらはらと、次から次へと凍りついた葉が舞い散ってきた。

 不思議な事に風に舞うかのようにふわふわと、ゆるやかに降り積もりだしたそれらは燃え盛る炎に触れると溶けて水へとかわり、次第に火勢を弱めていく。

 燃え盛る森の木々へ、優しく降り注ぐ凍りついた葉。

 その光景を目にしながら──私の意識は急速に遠のいていった。

 意識が消える寸前、アラクネが私の名を呼ぶのが聞こえた気がした。




 目が覚めた時、最初に視界に飛び込んできたのは見慣れた天井だ。

 前の世界の、では無く……マギカの世界、エウリュアレ村で借りていた部屋の天井である。


 どうやら今は夕方のようで、遠い空が次第に暗くなっていくところだった。

 静かな部屋の中、ぱちぱちと暖炉の薪が爆ぜる音と、枕元に小さな寝息が聞こえた。

 体を起こすとぐらりと視界が揺れる。

 なんとか上半身だけは起こせたものの、立ち上がるまでは出来そうにない。

 少し落ち着いてから改めて枕元を確認すれば、そこではノフィカがベッドにもたれたまま寝付いており、その様子から私に付いていてくれたのだろうということが伺える。


 窓の外へと視線を移す。

 そこには私が生み出した氷樹が未だにそびえ立っている。

 ということは……それほど時間は経っていないのだろうか。

 今の静けさと状況を考えれば、そう考えるのは楽観視にもほどがあるだろう。


 確実なのは、燃え盛る炎は全て鎮圧し、エウリュアレは守れたということだ。

 そうでなければ、私がここで目覚めるなんてことはありえないのだから。


 ふらつく頭でまとまらない思考を必死に動かし至った結論は、蝶番の軋む音で簡単に振り払われた。

 揺れる視界でそちらを見れば、見覚えのある姿を確認できる。

 玄関から入ってきたのはアラクネだった。


「リーシア……目が覚めたのね、気分はどう?」

「……目眩がひどいかな、正直ちょっと目を開けてるのもしんどいや」

「そう、その程度で済むのね」

「その程度って……私そんなに状態悪かったの?」

「症状から鑑みて体内マナの枯渇、悪くて大量消費を疑ったわ。魔術の規模も考えてその意見は一致してた。本当に貴方は規格外過ぎるわ、普通なら死んでておかしくない……いえ、訂正しましょう。死んでいないとおかしい、という方が正しいわね」


 彼女の声色には不審というほどではないが、私という存在そのものを疑うような気配が混ざっていた。

 ただそれも今のところ追求するつもりは無いのだろう。

 ため息を付きながらも、暖炉の前の鍋からシチューを掬い器に盛ると手渡してくれた。

 その後側の椅子に腰掛けてようやっと一息ついた様子だ。


「とりあえずその後どうなったのか、あなたにあらましを説明しようと思うのだけれど、聞く余裕はありそう?」

「聞くぐらいなら」

「そう、なら食べながら聞くといいわ」


 アラクネがそういうのでシチューに口をつける、ひとくち食べてみればお腹が空いていたことをようやく自覚したかのようで、ゆっくりながらも食べる手は止まらなかった。


スキルの後出しをやめたい反面、事前に全部出すとそれだけで一話潰れそうで結局後出しになるあれ。

まだ出てないスキルが結構あるので今後も後出しですごめんなさい。

刻印の連結、同時起動が2桁になると神話級扱いになります。


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