31.氷の名を冠する者
「ほう……我らを差し置いて神話を語るか」
大剣を目の高さに構えるその構えに隙のようなものは見受けられない。
私も改めてスペル・キャストを構え直し間合いを測る。
「私にとっては神話でもなんでもない、ただの昨日の続きにすぎない」
「ならば……我を討ち取って証明してみせろ!」
ごう……という、およそ剣を振るったとは思えない音をたてて迫る刃をすんでのところで身をひねり躱す。
一撃でも食らってしまえばそれで終わってしまうような、そんな威力を持つ、けれど的確な技術によって放たれる一撃は、確実に私を狙ってくる。
鉄塊という形を持つ死が、振り回されているようだった。
太刀筋は最短の距離を抜け、持ち主自身もそれによって態勢を崩すことなどはない。
だが、剣速はともかくとして、それだけの力で振るえば切り返しは遅い。
振り終わる隙を狙い三連撃スキル"瞬影閃"を叩き込むがやはり鎧に対して刃が通りもせず弾かれる。
頭を狙えばいいのだろうが、相手もそれをわかっている以上そこを攻撃するというのは相手の手の内に飛び込むようなもの。
やめろと私の剣術適正が警鐘を鳴らす。
大見栄きった手前もあるが、そうでなくてもこの戦いは負けられない。
負ければその後には何も残らないだろうから。
続いて切り返したエルグラハムの一太刀は頭上からの振り下ろし、躱しやすいものの、その威力は先程よりも高く、地面を叩き壊して破片を盛大に撒き散らす。
そしてその破壊された地面の破片が礫のごとく飛散する。
その一撃は以前戦ったミノタウロスと近いものを感じる。
確実に、こちらのほうが手強いだろうが……。
だが、私の攻撃が通じないという自信の現れか今の一撃はかなり粗雑だ。
私がバテて避けられなくなるのを狙っているのか、一撃与えれば決着という状況がそうさせているのか……後者、ではないか。
そんな油断をするような相手には見えない。
普通に考えて体力勝負となればどちらが勝つかは想像に難くない、それを考えているのであればやはり冷静なのだろう。
「どうした、大見得をきったわりに逃げまわるだけか!」
「煩いわねぇ、お前の土俵にのこのこ乗りに行くわけ無いでしょう」
まだ確認できていない事象を確認してからでなければ私は動けないのだよ。
巨大な鉄塊の斬撃をかわしつつ、自分の手札を確認する。
まだ使っていないものがあったなぁ、そういえば。
どうなるのか見てみようじゃないか、ぶっつけ本番だけど!
「"物品開放"……槍の穂先!」
直後、歪んだ空間から突き出してきたのは柱ほどもある巨大な槍の穂先だった。
次の瞬間には巨大な鐘を突いたかのような音が響き渡る。
突然のことに大剣の腹で受け止めることもできなかったエルグラハムは、その直撃を受けて数メテルほど後ろへ吹き飛ばされる。
衝撃はかなりのものだったようで、頭を抑えているあたり音によるダメージは入ったようだった。
槍の穂先はゲーム時代、対象に鎧破壊のデバフ付与だったが、どうやらその効果事態は発揮されなかったらしい。
なんとなく予想はしていたが、あの鎧は非破壊属性持ちなのだろう、結果として無効化されてしまったというわけだ。
無駄撃ちに終わってしまったな。
「奇妙な術を使う……だが無駄だ! 我が鎧に、一点の曇りなし!」
再び振り上げられた大剣が私めがけて振り下ろされる。
右へ踏み込み懐に入ることで躱し三度短剣を振るも、やはり攻撃が通るような感触はない。
全て鎧によって弾かれてしまう。
直後、追い打つように振るわれた大剣を"剣戟反射"で受け止める。
衝撃事態は殺しきれないがそれは私が跳ぶことで受け流した。
微かに剣のきしむ感触、あんまり何度も受けるのはいくらスキルがあるとはいえ得策ではなさそうだ。
(どうしたものかな……鎧の効果で無効化しただけじゃない可能性もあるし……)
『物理的な影響には強そうよね、さっきの大鐘みたいな音は影響あったみたいだけど』
(となると……やっぱり間接的に攻めるしかないわね)
考えをまとめるための思考に、頭のなかで御鏡がそれを補助するように反応してくれる。
こういう時、一人でないと言うのはとても心強いものだと痛感できる。
クロウとエリアルが戻ってきた時に情けない姿を見せないようにしないといけないな。
「"重剣撃"!」
今度は相手の振り下ろした大剣に対して剣を叩きつけてみる。
硬い感触とともにやはりダメージはない様子だ、もしかしたらとは思ったがこの程度で剣をとり落とすことももちろん無い。
感触を確かめていた所、背筋に悪寒を感じ真横に飛び退くと、直前まで私が居た位置をぶっとい脚甲が通り過ぎていく。
本当に今のは蹴りか?
すごい風を薙ぐ音がしたんだけど。
とりあえず意識を切り替えて再び距離を置く。
周りの争いは続いているが、何人かは私とエルグラハムの戦いの方に意識を取られているようで、周囲にはまるで土俵のような円型の空間ができていた。
それで余計な争いが収まるならそれはいいことなんだろうけど、アイゼルネの倒敗兵とやらはそういった素振りも見せずに戦い続けている。
周りが見えていないというよりは、何も見ていないという方が近いか……相変わらず不気味だ。
「我が大剣をそのように叩いたところで何も変わらんぞ」
「そうね、感触も確かにそのままだったわ」
距離をとった場所で剣を振りかぶり、そのまま三連撃。
"剣閃"の連続発動には成功したようで三つの斬撃がエルグラハムの顔めがけて飛ぶが、それは目の前にかざされた腕一本で弾かれてしまう。
返す刀で振られた一撃、更に追い打つような蹴りと裏拳、その全てを空中で猫のように回避しながら三度距離を置く。
今の感触も確かに感じ取ることができた。
ダメージが通っていないのは確実だ。
だが、ミスではない。
私の攻撃は間違いなく命中している。
「何を企んでいるかしらんが、貴様程度の企みではたかが知れているわ!」
「そう思うならそれで油断しておいてくれると助かるわ」
まともに取り合うことなど無い。
対人において煽り合いなんてものは基本なのだから、全て戯れ言と思って流してしまうのが正解だ。
まともに取り合えばその瞬間相手の土俵に引きずり込まれる。
冷静さを欠いてはいけない。
あとは最終確認。
「"氷結槍"!」
刻印なしに解き放たれた魔法はエルグラハムに衝突し砕け散る。
その氷が冷気を撒き散らし大気を白く染め上げた。
「効かぬと言っているだろう!」
私の魔法発動を正面から突破したエルグラハムの掌底が私を掠めた。
一瞬判断が遅ければ内蔵を潰されていたかもしれない。
するりと横を抜けて互いの位置は再び入れ替わる。
まったく……攻撃が通らないというのがここまでストレスの貯まるものだとは思わなかった。
足元の氷を軽く足で突付くと靴越しにヒヤリとした冷気を感じることが出来た。
やはり、この世界の魔法が起こす事象はきちんと影響を生むらしい。
私の確認したかったことについても、大体の推測はたった。
外れていた場合少々恥ずかしいことになるが、やる以外の選択肢はないためそこは覚悟を決める。
ゲーム時代以来、久方ぶりの……そしてこの世界でははじめての伝承系最秘奥技を、ここで使う。
ゲーム時代、莫大な時間をかけてこなす一連の大規模クエストが実装された。
クエスト報酬は職業別の得意武器に準拠された伝承系と称される六段階目のスキルである。
どれも突出した性能を誇り、まさしく最秘奥と呼ぶにふさわしい代物だったが、一つ習得するのにかかる時間は五百時間ともいわれ、多くのユーザーが途中の段階で力尽きていった。
それがこの世界でどんな威力になるかはわからない。
使用条件はクリアしているようだから使えるはずで……私の場合そのスキルそのものの攻撃力よりも、そのスキルによって生み出される"結果"を活用したとあるスキルとの組み合わせがあるのだが、それが魔法の威力に依存するためである。
組み合わせるスキル事態、どのように発動し、どのぐらいの威力なのか不明なのである。
できればあまり踏み込みたくはなかったのだが、目の前に居る相手はそんなことを気にしていて勝てる相手では無いだろう。
覚悟を決め、撃ちこむチャンスを伺う。
現状は少々向きが悪く、エルグラハムの背後にはエウリュアレ村や畑が存在していた。
どれぐらいの規模になるのかわからないため、打つ方向だけは気にしたい。
そのためまだ使うことが出来ないのだが、回りこんで位置を調節しようとする度にそれを牽制される。
こちらが何をしたいのか気づいている、ということなのだろう。
この状況を長く続ければ体力的に不利になるのは私である。
私の手持ちのスキルの中に、一つそれを打開できるものがあった。
失敗した時のリスクが大きすぎてあまり使いたくないスキルなのだが、感覚はできると告げていた。
……ここはもう自分を信じるしか無いか。
「"詠唱破棄"」
十秒ほどのキャスト時間を完了させると、体内マナが消費されると同時に自身に魔法の効果が付与されるのが実感できる。
事前に使用しておくことでその後スキルレベル回の魔法をキャスト時間無しで発動することができるスキルだ。
そしてそれの完了と同時に、私は自分にかける強化系魔法を一斉に展開する。
突如として現れたマナの流れに、アラクネとユナさんだけは気がついたようだった。
ノフィカはどこかお伽話を聞くときのような様子でこちらを見つめている。
ゼフィアは立っているのも辛そうで、もうキミはノフィカの側で休んでなさいと言ってあげたい。
カレンさんはまだ意識を失ったままで、その隣ではガヴィルさんが片膝立ちの状態で控えていた。
私が負けたら、皆なくなる……。
発動させたのは"追加詠唱"、"起点詠唱"、"魔力増幅式"、"時間短縮"、"能力値増強式"の5つ。
"起点詠唱"が完了すると剣の周囲を淡い光が覆った。
光は明滅を繰り返しながら、トリガーが発動するのを待っているかのようだ。
"追加詠唱"が終われば私の周囲を二つの光球が回り始める。
"魔力増幅式"と"能力値増強式"が完了すると同時に、身体能力が上乗せされたのだろう奇妙な感覚が私の全身を駆け巡った。
"時間短縮"が終わると同時、周囲の流れが緩やかになるのが感じられた。
これでほぼ私の魔法戦闘における全強化が完了した。
本当はもう一つあるのだが、今は使うための触媒がない。
「長々と続けるのも趣味じゃないし、次で決着としましょう」
「良かろう、真っ二つに叩ききってやる」
周りの人達が息を呑むのがわかる。
緊張状態が高まり切る前に、私はさっさと動くことにした。
あえて無防備に、露骨な隙を見せて無駄に剣を振りかぶっての一撃はいともたやすく受け止められた。
露骨な誘いの一撃に、エルグラハムは面白いとばかりに大剣を走らせる。
「物品開放──土蜘蛛の糸!」
エルグラハムの大剣による一撃、それを回避することを捨てた私のスキル発動はエルグラハムを意図したとおりに捕獲してくれた。
空間から突然放たれる無数の粘着性を持つ蜘蛛の糸は、容赦なく周囲の木々、そして大地に、エルグラハムに十重二十重にまとわりつきその動きを拘束していく。
──だが。
それでエルグラハムの一撃は止まることは無かった。
互いの回避不可能なタイミングを的確にとらえた一撃は、情け容赦なく私の胴を断ち切ってみせた。
断面から血が吹き出し、内臓がこぼれ切り飛ばされ、無造作に宙に舞う自分の下半身が確かに見える。
肉の断面が、肉の隙間から見える骨、ひどくグロテスクな光景がスローモーションで再生されていた。
まったく、馬鹿げている。
斬られた側の女が笑い、断ち斬った側の男が驚愕の表情を浮かべているなんて……。
──よくわかっているじゃないか。
にやりと、自然に笑みがこぼれた。
直後、スキルを発動させた私の体が霧散する。
切り飛ばされた下半身も、飛び散った血飛沫も内臓も、何もかも跡形もなく消え失せて、そうして私はエルグラハムの背後に傷一つない状態で現れていた。
こうなると確信していたとはいえ、自分でも正直気持ちが悪い。
未だに私の体を切り飛ばす剣の感触が残っている。
"虚実反転式"。
攻撃を受けた瞬間に発動することで"攻撃を無効化"し相手の背後へと瞬間移動する、読解者の持つ数少ない対人スキルだ。
失敗したら自分の命が無いというのに、よほど脳内麻薬が出ているのか欠片も躊躇はなかった。
そして、位置という問題は解決された。
今の私の位置はエルグラハムの背後、つまり射線上にあるのはエウリュアレ村ではなく、海だ。
念入りに土蜘蛛の糸によって絡め取られたこの状況で、すでに大剣は振りぬいた状態。
カレンさん相手に見せた切り返しを行うことも不可能。
状況は必中、次の一撃が必殺ならば、これで全て決まる。
「貴方のその鎧が、"温度"までも遮断できることを祈りなさいな。伝承系最秘奥──"七支八閃"!!」
エルグラハムの背後へ吸い込まれるように放たれた斬撃は、縦に、横に、斜めに、縦横無尽に繰り出される七度の斬撃は、その一つ一つの周囲に更に七つの斬撃を纏った。
七度の攻撃の間、一回の攻撃の判定が八つになる、それが七支八閃の効果だ。
単純にして明快な五十六連撃。
その攻撃は一つとして鎧を貫くことはなかった。
手に伝わる硬質な感触が、その攻撃が全て弾かれていることを伝えてくる。
だが、それでいい。
私にとってこのスキルは、あくまでトリガーなのだから。
その一撃は間違いなく命中しており、"起点詠唱"と"追加詠唱"の引き金となる。
攻撃が命中した場合、七割の確率で魔法を自動発動する"起点詠唱"。
魔法が命中した場合、八割の確率で同じ魔法を再度発動する"追加詠唱"。
七度に渡る八連の斬撃、都合五十六回、"起点詠唱"の発動確率七割でおおよそ三十八回、"追加詠唱"の発動確率八割で二十七回ほど、期待値にして六十五回の魔法発動は、すべて"氷結槍"。
"氷結槍"の発動スキルレベル五、攻撃回数──スキルレベル×二。
都合、六百五十連発の"氷結槍"。
莫大な体内マナが溢れだし、周囲の気温を急激に奪い去る。
生まれた大量の氷結槍はあらん限りの冷気を振りまく。
次の瞬間に生まれた極低温の渦はその進路上のものを一切合切凍てつかせて暴虐の限りを尽くした。
先程まで風に揺られていた草花が凍りつき砕け散る。
地面に霜が降り白く白く凍りつく。
私の視界の前から緑というものが全て失われて、一面の銀世界へと書き換わる。
動くものなど、何一つ無い。
正面にあるのは先程まで私と死闘を繰り広げていたエルグラハムだった氷像。
やがてその極低温から自重に耐え切れなくなったのか、罅が入り砕けて散ってゆくまでにそう時間はかからなかった。
剣を収めて振り返ると、そこには信じられないものを見るような顔をした皆の姿があった
光景が信じられないのか、それとも私が信じられないのか。
おそらく、その両方なのだろう。
なんとも言えない視線を受けながら、私は小さく、そして冷たく別れを告げる。
「……さようなら、エルグラハム」
未だ続く戦いの音も、今この一瞬だけはどこか遠くに聞こえていた。




