26.アラクネ
半日かけてクロウとエリアルに運んでもらった私は、無事エウリュアレの手前でノフィカ達と合流した。
ノフィカの考えはおおむね予想通り、お人好しに見られたものだね私も。
予想外だったのは別の見知った顔が居たことだろうか。
「……アラクネ?」
「また会ったわね。グリフォンに乗ってくるとは予想外だったけど」
「追いかけるには仕方なかったから」
「仕方ない、でそれができるというのが特殊だとは理解してるのよね?」
頭おかしい人に確認するみたいな聞き方やめて欲しい。
まあ、そうなのかな? 確かに飛んでる人は今のところ見たこと無いね。
私は恵まれているね、うん。
「で、アラクネはなんでここにいるの?」
「私の目的のためよ」
その目的が知らんからなんとも言えんが、まぁいいか。
私がとやかくいうことじゃないだろう。
「とりあえず周りの皆さんは落ち着いてくださいな、エリアル戻って」
『御意』
エリアルの側仕え状態を解除し両手をひらひらさせて敵意がないことを示す。
知っている顔もあったおかげで、それから程なくして場は落ち着きを取り戻した。
かくして私も仲良く馬車の上に落ち着いたのである。
エウリュアレまではあと少しといった所だろう。
先程からアラクネの興味を含んだ視線が、私や身に着けている装備へと向かっていて少々気になる。
興味を持たれるのはいいけどちょっと落ち着かないな……とか考えながら、興味を持たれても構わないと思うなんて、随分と彼女に対して好意的になっている自分に気付かされた。
今更かもしれないけど、気をつけておいたほうがいいんだろう、それができればだけど。
私は好意的になった相手に対してひどく甘いところがあるようだし。
「リーシア様、本当によろしかったのですか?」
「んー? ノフィカは私に関わってほしくなかった?」
「……そういうわけではありません、リーシア様の先ほどの言葉は、とても嬉しかったです」
私にも関わる権利はある、ってやつかな。
エウリュアレは嫌いじゃない。
むしろ好きであるし、できれば近くに家を建てさせて欲しいとも思ってる。
それに考えてみれば、私がこの世界で故郷と呼べるのはエウリュアレぐらいなのだ。
好きといえる故郷があるなんて幸せなことだろう。
私が故郷などと呼んでいいのかは少し怪しいところだが。
「そうね、私も嬉しかった」
「……何がです?」
「ノフィカがね、エウリュアレの身分証でってギルドで言った時、こんな私を村の一員として受け入れてくれるつもりなのか、って」
「り、リーシア様は村の神殿で開拓初期から寝こけてたんです、古参です古参」
なるほど、そういう考え方もあるか。
と言うかノフィカ、その反応はちょっとツンデレっぽいよ。
「なるほど、それも一理あるか。でも、それならなおさら関わって問題無いよね、終わったら村はずれに家とか建ててもいいかな?」
「それは村長に聞いてください、断るとは思いませんけど」
「じゃあこの話は後のことだねー」
しれっと話を切り上げる。
ノフィカの雰囲気はいつもどおりに戻っていて、うまくガス抜きさせてあげられたかなと思う。
問題はスイッチが入った様子のアラクネのほうだ。
「ねえ、リーシア。貴女本当は何者なの?」
「何者って?」
「巫女っていうのは意外と地位が高いのよ。いくら年若いとは言えそんな相手から様付けで呼ばれるって時点で、ふつうじゃないと喧伝しているようなものよ」
「あー、そうなんだ? 呼び捨ててくれていいって言ってるんだけどねー」
そろそろ馴染んでくれてもいいんじゃないですかノフィカさん?
こういうことになるしさ。
「グリフォンを使役しているというのも信じられないわ、神話の時代のお話じゃあるまいし」
「……今の時代にグリフォンていないの?」
「いるけど……そもそもあれは人に使役されるような生き物じゃないし、極稀にしか会えないレアものよ」
「ふぅん……ちなみにフェンリルとカーバンクルとロック鳥とか知ってる?」
「お伽話で聞いたことがあるぐらいかしらね……って話を逸らさないで!」
逸らしてるわけじゃないんだけどね、これは他の皆も出すと何か言われそうだなぁ。
しばらくは中に居てもらうか。
「とりあえず、人にあれこれ詰め寄るなら自分のことを先に話してほしいな」
詰め寄ってくるアラクネをそう言って制すると、彼女は一旦距離を戻した。
確かにフェアじゃないわね、と言って落ち着きを取り戻してくれたようで一安心である。
私としては、彼女の立ち位置が明確にわかるまではあまり自分の能力などを話したくない。
少なくとも何らかの組織に属していることは予想できるわけで、個人としてなら彼女を制圧することはおそらく難しくないが、下手に組織を相手取りたくはない。
これからエウリュアレに戻り、私が何ぞやらかした時にそれを見せたくない相手筆頭であるといえるだろう。
正直、この場でお互いに腹を割って話すか、さもなくば速やかに首都に引き返してもらいたいのだが……。
「わかった、私の所属と目的、なぜエウリュアレに向かうのかも含めて全部話しましょう」
「……そうくるか」
「だから貴女にもいろいろと話してもらうわ、言い出したのは貴女なんだから、嫌とは言わないわよね?」
まいったな。
アラクネと名乗った彼女は本名を名乗ることもしない様子だったから、自分のことをそう簡単に話すとは思っていなかったのだけど、読みが見事に外れてしまったようだ。
「ミスティルテイン、ねぇ……」
なんだかタイミングがよすぎる気もするけど、私の目的を考えれば確かに協力するのが良さそうに見える。
しかし、それは同時にしがらみも抱え込む事になるだろう。
果たしてそれがどちらに転がるか。
とりあえず敵になる事はなさそうなので、そこは一安心というところか。
「私たちはまだ手探りの状態だから、有力な仲間を探しているの。私達のリーダーのような位置にいる人──ユーミルというのだけど、彼がこちらの方で新たな仲間が見つかる可能性があるというので私が足を運んだのよ」
「それが私だと?」
「正直、分からないわ。だから私はとりあえず、あなたが知りたい」
ちょっと状況を変えたら告白みたいなセリフを言われて一瞬ドキッとしてしまった。
しかし、だからといって私の力をおいそれと誰かに預けたりするような真似はできない。
ミノタウロスの時のように力をうっかり暴発させてしまえば大事で、そんなものを無責任に人に預けるなんてことはしたくない。
それは責任を他人に投げることと同義だろう。
「すぐに答えを出してくれ、という話ではないわ。私自身もまだ判断を下せない状態だから」
「なるほど、だからお互いに知った上で判断しましょう、というわけ?」
「そうなるわね」
「なるほどね……なら話しましょう、私はここ十年ぐらいエウリュアレの神殿で眠り続けていたらしい、神使いとよばれるものらしいわ」
さらりと正体を明かしたしたことにノフィカが目を丸くしている。
まぁ、今まで隠すスタンスでいたし、心変わりしたわけでもない。
アラクネは彼女なりに誠意を持って私に相対している、それに対してちゃんと答えるなら話すべきなんだろうと思っただけだ。
彼女なら話しても悪用はするまい、とどこかで信じてしまっている自分がいるのは否定できないが。
それがなんでなのか、どうしてそう思うのか、自分では今ひとつわからないけど。
「神使い……」
「そ、エリアルは契約獣なの、知ってる?」
「神話の時代の者達に仕えていた、世界樹の実から生まれた獣のこと?」
「そうそう」
そういう設定だったねぇ、だいたい数カ月ごとに課金ガチャの目玉として入れ替わってたんだけど。
良心的でゆるい設定のガチャだったなぁ。
1回200円、2000円で11回。
合計回数が100回を超えると交換チケットが貰えて欲しいものがもらえるという、大丈夫なのこの運営ちゃんと利益あがってる?
って心配になる設定だったっけ。
「貴方の中に取り込まれたように見えた時も目を疑ったけど、改めて聞いても信じられないわね」
「信じる信じないはアラクネ、貴方の好きにすればいい。けど、貴方が私に対して接したように、私も貴女に接しようと思う」
彼女は目を細めて私を見やる、私の言葉が本当なのかどうか、それを判断するように考えこんだあと、彼女は黙って私の話の続きを促した。
「私の目的は、アイゼルネについて調べること。理由は伏せさせてもらうけど」
流石にマギカの話とかすると面倒通り越して大事だろうからね。
そもそも神様と会えるアイテムが私の腰からぶら下がってるわけだけども、こんなものがあるとしれたらそれこそ戦争の火種になりそうだし。
「得意、かどうかはわからないけど、術の傾向で言うなら風系と水系、"読解者"という職に就いてる」
「"読解者"……伝承上に多少話があったわね、剣と魔術を両立していく汎用性に富んだ職だったとか」
「どっちかというと器用貧乏かな、他に聞きたいことってある?」
こっちからべらべら喋ると口が滑りそうだから、ある程度質問に答える感じにさせてもらおう。
そう思っていたらノフィカがやっと我に返ったのか口を挟んできた。
「あの、私は席を外したほうがよろしいでしょうか?」
「や、ノフィカなら別にいいよ。話して何かするってことも無いでしょうし、今更って感じだしね」
「……随分と信頼しているのね」
「まぁ、ね」
クロウたちは私が仲間には甘いというし、たぶんそういうことなのだろう。
ノフィカは私にとってこの世界で最初の仲間といって差し支えないしね。
「そうね、今後のことを考えるなら、扱う武器と間合いについては聞いておきたいかしら」
「基本は剣を主体とした近接かな、そこから魔術を組み合わせるから最大射程は長いと思うけど……で、アラクネは? その腰の糸巻きみたいなやつ?」
「……なぜ、これを武器だと思ったの?」
「言っちゃ悪いかもしれないけど、裁縫道具を腰につけて歩くような人には見えないからねぇ……まぁ、見ようと思えば見れるんだけどさ」
「見れる?」
おっと、口が滑った。
裁縫道具を腰につけて歩くような人に見える、って意味で受け取ってはくれないだろうな。
「そういえば"読解者"というのは、様々な情報を読み取る能力を持っていたらしいわね? その力を使って世界を読み解き記述することを生業としていたとか、それと関係があるのかしら?」
「そんな話も残ってるのか……皆にはナイショだよ?」
そう言って私は万物の叡智を用いてアラクネの武器のデータを読み取り簡単にまとめて伝える。
武器を作った人の名前を口にすると、それだけで彼女のあまり変わらない表情に明確な驚きが混ざった。
おそらくこれを疑われることは無いだろうが、一応もう一つだけ耳打ちしておこう。
「貴方のことも"万物の叡智"いいかな?」
「……それは」
あまりいい気分はしないわね、と小さくつぶやいたのを聞いて私はそっと万物の叡智を解除した。
私も本気で見るつもりは無かったしね、今の私に彼女を見る理由は特に無いのだ。
少し脅しじみてしまったが信じてくれたようだから、それでいいとしよう。
「確かに貴方の言ったとおりこれは武器よ、だいたい中距離ぐらいが間合いになるわね。あと刻印魔術は基本"火"と"空"、それに幾つかの変幻系を使えるわ」
「じゃあその時は私が前に出るから、援護は任せた」
「……一度も一緒に戦ったことのない相手にあっさりそれを任せるのね」
言われてみれば確かに、会って早々の相手にあっさりと命を預けるようなものだ。
どうにも彼女に対しては警戒心というか、どこか調子が狂ってるというか抜けてるところが多々あるなぁ。
何なんだろう。
「まあ、信頼されるのは悪い気はしないわね。できる限りのことはしましょう」
「うん、よろしく」
ゴトゴトと進む馬車がやがて急に止まり、外のざわつく声に異変があったのだと気づく。
外を覗いてみれば騎士たちが全員警戒態勢で剣や弓を構えている。
風にのって微かに焦げ臭い匂いが漂ってきた気がした。
これはよろしくない空気だね。
馬車は森沿いの街道で止まっている。
私の居る馬車は後ろのほうだから前がどうなっているのかまでは確認できない。
伝令の騎士がやってきたのはその直後だ。
「南側の畑が焼かれておりエウリュアレは無人のようです、争った痕跡は無いとのことで今後の動きを今隊長たちが考えています」
端的に情報を伝えた騎士は更に後ろの馬車へと走っていく。
南の畑が焼けて争った形跡はなし、ということは村の人達は逃げたということだろうか。
無事ならそれに越したことはないんだが。
「一応周囲を少し確認しておきましょうか……」
アラクネが両手を自身の前に構えると、次の瞬間複雑な刻印が浮かび上がる。
書くという手順が完全に省略され、最初から完成形で現れた刻印は霧のように霧散し、彼女の両手の間に十字の線が、そして半球状のドームが形成される。
ホログラフで創りだした天球儀のようだ。
中心には幾つもの光点が縦に伸びた感じで点在しており、それとは別の場所に数十の光がゆっくり移動している。
時折、空と思える位置を通り抜けていく光点は鳥だろうか。
【探知】の刻印を利用した魔術なのはわかる。
私の場合自分の頭のなかにゲームマップ的に表示する感じなのだが、アラクネの【探知】は随分と私とは毛色が違う。
明らかにこちらのほうが精度が高いだろう。
個性と経験の差が出るっていうのはこういうことだね、面白いなぁ。
「方角的に……東の森のなかに何か居るわ、集団で動いてる、足の速さからして獣じゃないわね」
「距離はどれ位?」
「……500メテルってところね」
「私ユリエルさんに伝えてきます!」
止めるまもなくノフィカは馬車から飛び出していった。
まぁ、周囲に騎士もいるし大丈夫だろう……。
「それじゃあ、私達も外にでましょうか」
鞘に収めたままのスペルキャストに"雷影閃"をキャストしつつ私は腰を上げる。
アラクネも【探知】を維持したまま腰を上げると私たちは何が起きてもいいように馬車の外へ出たのだった。
貴方が私に対してしたように、私も貴女に接しようと思う
アラクネは違いますが、万が一人を騙そうとしてる人間がこんなこと言われたらどう思うか。
それをわかったうえでリーシアはあの言葉を選んでいます。
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銘:アラクネウェブ+8
ベース武器:オリジナル
祝福:祭神エントゥクレタ
攻撃力:180(140)+40
耐久力:2854/3200(2200)
属性:なし
固有特性:変性-魔力
修復-魔力
永続付与:器用度+20%
敏捷性+20%
製作者:ゴルディオス・ベイルンベチュア/神打
品質補正
攻撃力:+40
耐久力:+1000
所有者:アラクネ
来歴:
アラクネの呼び名の由来となった武器、
ミスリルワームという魔物の糸を使って作られている。
魔力を用いて硬度と切れ味を自在に変化させることができ、
縛ることから切断することまで可能。
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