24.オラクル
「どこから話そうかな……氷冠──いやリーシアは、僕と話したことを一切覚えていないんだよね?」
唐突に氷冠という、昔の世界での名を呼ばれて私は、一瞬だけ自分を呼ばれたのだと認識できなかった。
もともと私を名前で呼ぶ人間はほとんど居なかったというのもあるが、思っていた以上に今の呼ばれ方、リーシアという名前に馴染んでしまっていたのだろう。
それがなんとなく寂しくて、少しだけ胸が傷む。
「そうね、私はあの時……子供をかばってナイフでめった刺しにされて意識を失って、そうして気がついたらエウリュアレ神殿で目が覚めた」
「やはりか、僕と会った時の情報……いや、二つの世界外での記録が消されているという方が適切なのかな」
情報を確認して考えを巡らせる目の前の少年──マギカを前に、私は気味悪さを感じていた。
自分の記憶すらも曖昧だとか、何を信じれば良いのかわからなくなりそうだ。
「とりあえず改めて自己紹介をしよう。僕はマギカ、リーシアが先ほどまで居た世界を作った所謂ところの創造主だ」
「リーシア・ルナスティア、私が名乗る必要があるのかは疑問だけれどね」
口ぶりからするに、マギカはすでに私のことを知っているようだし、形式的にだけ名乗っておくことにした。
彼は特に気を悪くした様子でもなく、話を進める。
私が死んだこと。
その私の魂と記憶を元いた世界から切り離し、今の私の体──と言うより表現を聞くに入れ物といったほうが良いだろう──へとそれらを移した事。
そうして新たな生を与えて、役割と共にあの世界へと下ろしたこと。
それらを順を追って話してくれた。
惜しむらくは私が彼の頼みでもある役割について何も覚えておらず、そこが嘘であっても疑いようがないことだろうか。
「話はわかった。つまり貴方は私の命の恩人と」
「そういう表現もあるかもしれないね、でもそうするとキミは僕が作り上げた世界の恩人てことになるけどね」
「ちょっと、ピンと来ないわね」
規模大きすぎ。
というか自分が何かしたわけではないのにそんなことを言われても正直困る。
私の転生条件、それは楔になることだったとマギカは言った。
マギカの世界は私が元いた世界の様々な忘れ去られた創作を取り込んだ、いわば世界のごった煮。
そんなことをした結果、世界は安定性を欠いてしまったのだという。
そこで白羽の矢が立ったのか何故か私、幾つものオンラインゲームをつまみ食い程度だが渡り歩き、物語と聞けば飛びつく私はそれらの世界の要素をつなぎとめる楔として最適だったらしい。
転生の時に楔となる因子を埋め込まれる、あとは基本的に自由に世界を謳歌してくれてい良いという条件は以前の私にとっては魅力的だったのだろう。
いや、訂正しよう。
今だって結構魅力的だと思う。
だからそれは構わないことにした。
今更何をどうすることもできないだろうし。
「さて、リーシアはどうする?」
「どうするって何が?」
「僕のした頼みごとをどうするのか」
「アイゼルネについて調査してほしい、っていう話ね……」
マギカのもう一つの頼みごと。
それはアイゼルネという国家についての調査だった。
もともとアイゼルネという国自体がマギカにとって想定外だったようなのだが、今回の私の記憶消失の一見でそれは更にきな臭いものになったのだという。
「とりあえず確認したいのだけど、貴方の懸念はなんなの?」
「……コンバートミス、とでも言えばいいかな」
コンバートって、なんだっけ。
変換とかそんな意味合いだったか。
「ああ、わかりやすく説明しないといけないね。僕が作った世界に、リーシアの世界で生まれた創作世界をそのまま持ってくると、破綻してしまうだろう?」
「まあ、それはそうね」
基盤となるデータが異なってるからそれは当然だろう。
「そのために、ある程度補正をかけてやる必要がある。それがコンバート……そして、その内容の一つに、主神となる存在を僕に差し替えるという変更をかけてあるんだ」
「……ごめん、なんか一気に邪神臭くなった」
「あはは、手厳しいね。ただ、必要な処置なんだよ。そうでもしないと宗教戦争がねー」
乾いた笑いを浮かべながら視線をそらすマギカ、これは過去に何か失敗でもしたんだろうか。
でも確かに、異なる神を主神として崇める宗教がそこら中に乱立したら面倒事になるだろう、私が以前居た国みたいにおおらかに何でもかんでも、それこそ世界を鼻息一つで消し飛ばしちゃうようなとんでもな神様さえほいほい祀る国なんてそうそう無いだろうし。
「まあ、置いといて……つまり、その国はコンバートが機能しなかったと?」
「そういうことだね。あの国はユングフラウという僕も知らない神を崇めている。その術系統も僕が用意したマナシステムとは全く異なっている、それでリーシアに調査を頼んだんだが……」
「黒い霧とやらの影響で十年私は眠りこけていたと」
やれやれだねぇ。
「ただ、それで判明したこともあるから悪いことばかりじゃない。向こうからこちらに介入してきたっていうことは、ただのコンバートミスではないということだ」
「介入の意思がある、つまり外部の何かしらの存在によるものと」
「うん、だから正直危険度は上がったと思っていい」
「面倒そうね」
どこか他人事にティーカップを手に取り注がれた赤い液体に口をつける。
やっぱり紅茶か、私の好みわかってるな。
私はしばらく考えを巡らせる。
アイゼルネ、ノフィカ達を傷つけたその原因とも言える、別の大陸──ポルセフェネの最大国家。
……私を下ろす場所間違えてないかこの神様?
少し横に思考が逸れたが、アイゼルネという国家について、確かな興味が芽生えていたのは事実だ。
元となったゲームにも心当たりはある。
「どうだろう、もう一度引き受けては貰えないかい?」
「……別の大陸なんでしょう? すぐに調べにいくってのは無理よ?」
まず別の大陸に渡る手段を探す必要がある。
私は現在エウリュアレ村とウィルヘルム王国ぐらいしか知らないのだ。
そもそもとして、話に聞く限りの狂信国家のある大陸に渡ろうとする酔狂な連中が居るのかどうかも問題だ。
「ゆっくりで構わない。僕もキミも、時間についてはそれほど心配する必要はないしね」
「……老化無効ってやっぱその手のスキルか」
「うん」
しれっと肯定するマギカに、私は頭を抱える。
そのスキルが意味する所、私の終わりはろくでもないものになると決定してしまっている。
「まあ、いいでしょう。時間がかかってもいいというのなら、協力はするわ。最優先とまでは言えないけどね」
ほかならぬ私が生きてる世界で、結構なチートもいろいろもらっちゃってるしね。
「ありがとう、助かるよ」
「ああ、それはそうとして幾つか聞きたいことがあるんだけど」
「僕が答えられることならなんでも答えよう」
答えられないことあったらそれはそれで吃驚なんだけど。
「私と、クロウたちで記憶している出来事の差異があるみたいなんだけど。その理由ってあるの?」
「彼らには彼らの世界があった、ということだよ。その世界に、リーシアに相当する人物が居たわけだ……本当はそのへんも統合できれば良かったんだが、無理だった」
つまるところ、クロウが言うお嬢様、エリアルの言う姫、御鏡の言う姉様は、厳密には私でないのか……いや、私であって私でないのか?
なんだかもやもやするが。
いや、そこはもうどうしようもない。
これからを何とかしていくしか無いかと無理やり自分を納得させることにした。
今のクロウ達が私のことをそう呼ぶのなら、私はそれに応えるしかないね。
「それじゃあもう一つ、元の世界で私は死んだのよね、どれぐらいの時間がたってるの? 望めばそちら側に何か影響を与えることはできる?」
「キミが死んで魂と記憶を回収し、僕のアトリエでキミの体を創りだした。その時点で百年ほど経過してる」
「百年って、かかりすぎじゃない?」
「器を作って魂を宿らせるのと、すでにある魂のために器を作るのでは手間が違いすぎるんだよ。それと、キミの元の世界の時間軸に介入するのは僕では不可能だ」
「……そう」
あの頃の皆とは、ほんとうにもう、有無をいわさずお別れになっちゃったんだね。
少しだけ遠い日の、一緒に迷宮へ挑んだ日のことを思い出した。
この世界が終わる最後の日までこうして一緒に居たいねと、最初口にしたのは誰だっただろうか。
胸が重く、苦しくなる。
途中で終わってしまった私の所為か、果たせなかった約束の所為か、それとも他の何かだろうか。
暫くの間押し黙ってしまった私のことを、マギカは急かすでもなくただ静かに待ってくれていた。
「落ち着いたかい?」
新しい紅茶を入れて差し出してくる彼に礼を言ってティーカップを受け取る。
薄い赤色の液体は綺麗に光を反射して宝石のような色合いだった。
「ええ、ありがとう」
私の記憶にある紅茶の味は、私のざわついた心をほんの少しだけど鎮めてくれた。
「一応聞いておくけど、何かするとまずい事とかある?」
「いや、特に無いよ。ちょっと極端に言うなら、キミが単身国に乗り込んで滅ぼそうが僕は干渉しない」
「それはまた極端な。意図を聞いてもいい?」
「どんな理由であれ、キミもまたあの世界を生きる人だからだよ。歴史をつくる権利はキミにもある」
「いろいろ能力とかスキルをもらっちゃってるけど、それでも?」
「それがあるから介入するな、なんて僕には言えないね。それにキミのスキルは確かに強いだろうが、それで全てどうにか出来るほど万能の代物でもない、それはもう身を持って知っているはずだよ」
「……そうね」
強化個体とはいえミノタウロス相手にひどい怪我を負うぐらいに、私は自分の能力を扱えていない、振り回されているとでも言えばいいだろうか。
それを不用意に扱った結果どうなるのかは、ユナさんに数時間かけてしっかり諭された。
「いいかい、リーシア。キミが例えば大規模な魔法で山を砕こうが、河を作ろうが、海を凍らせようが、数百年後にはただの歴史を記す紙の1ページになるだけだ」
「でも、そこに生きていた人は甚大な被害を受けるわよ?」
「そうだね。でもそれがただ黒歴史になるってわけじゃない、そこにはそれによって救われる人も居るだろう。今行動することを恐れなくていい、明日を作るのは間違いなく君たちだ、正しいと思う行動をすればいい、それだけは伝えておくよ」
マギカの言葉に私はそっと自分の手を見る。
彼の言うことは理解出来る。
明日を作るのは私達の生き方であり、遠い未来のお偉い学者様ではない。
例えば歴史に汚名を残したであろうどこかの偉い王様だって、汚名を残そうと思っていたわけはないだろう。
折り合いをつけるにはまだ少し掛かりそうだけれど、これは私が解決しなくてはいけない課題、気持ちの問題なのだ。
マギカが言っているのは、何かがあった時に私が手を出すことを恐れなくていいという、ただそれだけのこと。
「……確かに、少し気にしすぎていたかもしれないな」
なんとなく口を開く気が失せた私は焼き菓子を一つつまんで口に放り込む。
サクサクとした食感が心地よく、溶けるように崩れたそれを紅茶で流し込んだ。
「さて、少々話が長くなってしまったね。そろそろ戻ったほうが良いだろう」
「そう? まだお茶の2~3杯だし一、二時間ってところじゃない?」
「ここは時間の流れが一定じゃないからね、そろそろ戻ったら夜が明けるんじゃないかな?」
「はぁ!?」
冗談じゃない、寝不足になってしまうじゃないか!
「ごめんね、今度からキミが来るときは時間の流れを調節するようにしよう」
「最初からしてよ!? ああもう、どうやって戻るの!」
「そこはわかりやすくしておいたよ、合言葉は『ログアウト』だ。こちらに来るときはまたあの本を開けばいいよ」
「……ああ、そう」
なんかどっと疲れた気がする。
フランクと言うかなんというか、ね……。
「それじゃあ、また来るわ。できればある程度定期的に来たほうがいい?」
「そうだね、そのほうが僕としてはありがたいかな」
「じゃあ、その時はお茶とお茶菓子よろしく──ログアウト」
ふっと、視線が反転したと思ったら私は元の部屋へと戻っていた。
窓から差し込む陽の光に、本当に一夜がお茶の2~3杯を飲んだ時間で吹き飛んでしまったことに軽くめまいを覚えつつ朝の支度をするか少しでも寝るか考えるのだった。
神様として新米でそういう感じがないマギカさんでした。
あと一応自分なりの筋は通す人(?)です。




