20.進路、フローネ山
カイネルソン呼吸不全症、早い話が特効薬が存在するものの致死性の風土病らしい。
発症から悪化するまでが非常に早く、早ければ半日と持たない。
そうざっくりとした説明を受付の人から説明してもらった。
薬がない、そして取りに行ったパーティは全滅寸前で帰還した、次の薬を取りに行くパーティはまだ準備が整っていない。
絶望的とも言える状況にノフィカはその場にへたり込んでしまう。
「ゲオルグさん、その薬……ミノタウロスの生息地へはどれ位かかるの?」
「……徒歩で数日、足の早い馬を走らせても半日はかかるかと」
「もう、間に合わない……」
ゲオルグさんの端的な回答にノフィカがかすれた声でつぶやく。
「ノフィカ、一つ確認するわ。そのカイネルソン呼吸不全症、誰が発症したの?」
答えはない。
けれど、だいたい予想はつく。
この反応からするにノフィカと関わりのある人が発症したと見ていいだろう、別れた後ノフィカが向かった場所を考えればおそらくだが……。
「リリエラさんです」
「やっぱりか」
「どうして……どうして薬がないんですか、あれは常備してあるはずでしょう?!」
「すまない、俺達が……失敗したから」
ゲオルグさんに掴みかからんばかりの勢いだったノフィカはその言葉に振り返り、そして言葉をつまらせた。
感情任せに噛みつくかと思ったけれどそんなことはなく、彼女は踏みとどまって何があるのかを理解した、理解できてしまったのだろう、エウリュアレという場所で暮らしているからこそ。
薬はウィルヘルムに、そしてこの周辺地域にとって非常に重要なもののはずだ。
それを生半可な実力の持ち主に取りに行かせるなんて判断をするはずがない、となればその依頼を受諾できる時点で彼らの実力は相応のものである。
その彼らが一目見てわかる体も心もボロボロの状態で居るのだ。
感情のやり場が亡くなったノフィカは杖を手に震えているだけ、自分で取りに行こうなどと無茶なことをしないだけまだ冷静ということだろうか。
「……多少ですが、治癒の刻印術が使えますので。傷を見せてください」
「すまない、俺はいいから……彼女を看てやってくれるか?」
一気に静けさを増した部屋でノフィカが使う刻印魔術の光が淡くあたりを照らす。
流石に腕の再生までは至らないとしても、命に別条はない段階までノフィカの刻印魔術で持っていけるだろう。
そちらは彼女に任せるとして、私はどうするべきか……。
『姉様、薬を取りに行かないの?』
私にだけ聞こえるように御剣が話しかけてくる。
確かに、お伽話の英雄っていうのならそういう行動を取るんだろうね。
私のやっていたゲームにもいかにもクエストで有りそうなお話だ。
しかしこの状況で名乗りでて行動をするというのは、たぶん不可能だ。
私はギルドに登録したばかりで、例えゲオルグさんと面識があるとしても件の依頼を受注するのをギルド側が頷くとは思えない。
何よりギルド側には、相応の実力を持つ7人の冒険者パーティが壊滅させられたという情報だけがある、そんな状況で一人だけを送り出すなんてことを承諾はまずできないだろう。
私がギルド側の人間だとしたら絶対に反対する。
話を確認した上で十数人からの討伐隊を組むような案件かもしれないのだ。
だが、それは確実にリリエラさんの命の刻限には間に合わない。
(行くしか無い、選択肢はないんだけども……)
『だったら!』
(私はこの世界の地理も植生も魔物の分布も知らないのよ。その薬の材料になるミノタウロスが、どこに居るのかすら知らない)
『……あ』
この状況でミノタウロスの生息場所を聞いたって訝しまれてはぐらかされるか、回答を拒否されるのがオチだろう。
どうする、私の手札には何がある……?
こちらに来てから知り合ったのはリリエラさん、グランさん、アーレイスさん、ユリエルさん、ゲオルグさん。
ゲオルグさんはギルド側の人間だから除外、リリエラさんは倒れている当事者だから論外。
グランさんは鍛冶師だからこれを聞くには当てはまらないか、だとしたら残るは二人。
ユリエルさんならば知っているだろうが、会議の予定を入れている可能性を考えると除外した方がいいかもしれない、そもそも騎士団の人間が実力もわからない相手に迂闊に口を滑らすとも考えられない。
共犯になってくれそうなのは、アーレイスさんしか居なさそうだ。
できれば彼らからも少し話を聞いておきたいところだが、色々聞いていると怪しまれるか……。
情報無しで挑むしか無いかね。
となると御鏡を連れて行きたいところではあるけども、ノフィカの側につけておきたい気もする……悩むな。
そんな考えを巡らせているとゲオルグさんがノフィカの側に寄ってきた。
治療も一段落したのか今後の行動方針を決定するつもりなのだろう、これだけ聞いておくか。
「ノフィカ、とりあえず人をやるからリリエラさんをギルドへ連れてくるんだ。どこかに薬の貯蔵がないか使いを出して確認する。入れ違いになるとまずいからね」
「……分かりました」
「ノフィカ、私は少し出かけてくるわ。帰りが遅くなるかもしれないけど……」
私の言葉に彼女は小さく頷くだけで、どうにも心ここにあらずという様子だ。
やはり少し心配だが、御鏡をつけておいても特に何が変わるわけでもない、確実に戦闘があるこちらに居てもらうほうがいいか。
そう判断して私は御鏡を連れてギルドを出て、アーレイスさんを尋ねることにした。
「ずいぶん早い再訪じゃな、流石に予想しとらんかったぞ」
「急を要する事態になりまして」
「ま、頼られて悪い気はせんな、何事じゃ?」
読んでいた本を閉じて向き直ったアーレイスさんは顔を綻ばせる。
そんな状況ではないのだけれど少し落ち着くことができたのはありがたい。
「リリエラさんがカイネルソン呼吸不全症を発症したそうです」
「ふむ、ギルドに行けば特効薬があるじゃろう?」
「ちょうど在庫切れだそうで、ミノタウロスの討伐に出ていたパーティ……"ユーテリア"というそうですがご存知ですか?」
「ああ、知っておる。腕が良くて仕事も早い連中じゃ、あやつらなら大丈夫じゃろうとおもうが、帰還が間に合っておらんとかか?」
「……半壊しました。ギルドで手当を受けていますが3人が消息不明、残る四人の満身創痍の事態です」
この段階で彼女の表情が険しくなる。
依頼をしたことでもあるのか、アーレイスさんは"ユーテリア"のメンバーの実力を相応に認めていたようで、半壊の知らせを聞いても信じられないといった様子だ。
「となると、薬は間に合わんな……もしやわしに治療でも頼みに来たか? あれは魔術で治療できん病じゃが」
「いえ、頼もうと思っているのは別のことです。ミノタウロスの生息地と詳細について教えて欲しいんです」
「待てシア、お主まさか一人で狩りに行くつもりではあるまいな? "ユーテリア"のメンバーは本来8人の腕利きのパーティじゃぞ、それが半壊した時点で危険度が相応に高いことぐらい理解できとるとおもうが」
そんなのはわかっているつもりです。
そして私は未だに自分の実力がよくわかっていません。
それでも、ここで何もしないでいたらたぶん後々自分が許せなくなる、そうでなくてもノフィカと普通に接することができなくなる気がする。
「まぁ、そうなんですが……ここいらでノフィカに恩を返しておかないといろいろと。それに私にはいろいろ切り札がありますから」
「それで、わしがほいほいと教えると思うのか?」
「いえ、ただ消去法で一番可能性が高いと判断しました」
はぁ~、という長く深いため息をついた後に、アーレイスさんは私をジト目で睨みつける。
忌々しい、という言葉が聞こえてきそうな表情だ。
「ノフィカのことじゃ、あらかた紹介できる相手とは会った後なんじゃろうな。忌々しいがその判断は概ね正しい、まったく……嫌な役割を任せよる」
そう言いながらアーレイスさんは部屋の奥から大きな巻紙と本を持ってくる。
巻紙の方は首都周辺の大まかな地図なのだろう、世界が世界だからそれほど精度はよくないようだがおおまかにわかりさえすればなんとかなるだろう。
本の方はミノタウロスについて書かれたもののようだ。
「生息地は大体このへん、ここからじゃと距離は200ケテルぐらいか、エウリュアレからこちらに来るときに低い山を迂回してきたじゃろう? 湖を通ったと思うが覚えとるか」
「ええ、覚えてます」
大体エウリュアレからこちらまでの道程の半分ぐらいの時に湖のあたりを通った記憶がある。
1ケテルは確か1キロメートルと同じぐらい、1メテルが1メートル、1セテルが1センチ。
「あのあたりがフローネ山といってミノタウロスを含む魔物どもが生息しとる場所じゃ。途中にある湖まで行くと少々行き過ぎじゃな。ある程度標高の高いところに住んでおり下にはあまり降りてこん、ミノタウロスについてはこちらの本に書いてある、どうせもう一つぐらい頼みごとがあるんじゃろう?」
「……分かりますか」
「ふん、当ててやろうか? リリエラの病の進行を遅らせてくれ、というやつじゃろ」
「正解です」
なんでわかったんだろ?
「リリエラは……ギルドのほうじゃな?」
「はい、そういうふうにゲオルグさんが手配してました」
「ふん、ではかわいい孫弟子どものために出向くとしようかね。……シア、明日の正午まではリリエラの命は保証してやる。生きて戻ってくるんじゃぞ」
「心得ました、ありがとうございます」
パタパタと駆け足で図書館から出て行くアーレイスさんを見送りつつ、私は手元にある本を開いた。
──ミノタウロス、人の体躯に牛の頭を持つ魔物。
大型の雌動物、あるいは人間の女を繁殖のために使うほか、牛とは異なり人肉を好む。
繁殖期間は半年ほど、孕ませた雌は住処で生かされ出産時に食い殺される。
斧や槌といった武器を持っていることが多いがどこから手に入れているかは不明。
簡単な強化系の術を扱う個体も見られる。
体長は2mを超え、大柄なものでは3mほどになる。
知能は高くなく得物を豪快に振るい周囲ごとなぎ倒すなど力任せな戦い方をする。
その他、ミノタウロスについて調べられた様々な情報が乗っているので流し見した私は急いで町の外へと出る、完全に当て込んでしまっていたけども大丈夫だろうかという少しの不安とともに。
すっかり暗くなっていることもあって、ある程度街から距離を置いてしまえばクロウたちを呼び出しても人の目にはつかないだろう。
「エリアル、ひとっ飛びしてもらうわよ」
『無論です姫、我が翼をいかようにもお使いください』
呼び出したエリアルの背に乗り手綱を握る、一呼吸の後に彼は強く地面を蹴り大きく羽ばたいた、直後にはすでに空高くへと舞い上がり進路を定めている。
なんとも頼りになるものだ。
「どれぐらいで着きそう?」
『あの低い山の麓となると二時間ぐらいでしょうか』
「二時間……だいたい零時につくとして帰りに余裕を見て探索に八時間ぐらいか、心もとないけどやるしか無いわね。クロウ、現地についたら貴方の鼻でミノタウロスを探してちょうだい」
『かしこまりましたお嬢様』
『お姉さま、私はー?』
「御鏡は私に憑依、今回の敵はどうにもヤバそうだからね……本気で刻印魔術を、場合によっては魔法を使うかも知れないから。クロウとエリアルは現地についたら側仕えとして出すわ」
『はーい』
『かしこまりました』
『心得ました』
エリアルの背でついてからのことを話しつつ、来る前に読んだミノタウロスについての記述を頭のなかで反復していた。
その中で一つの疑問が浮かぶ。
知能が高くなく得物を豪快に振るうパワータイプの魔物などに、新進気鋭と評されてアーレイスさんからも一定の評価をもらっていた"ユーテリア"のメンバーがあんな状態になるまで追い込まれるものだろうか?
全く知らない人たちであるということを棚に上げ、アーレイスさん、ゲオルグさん、ギルドの人たちから一定の評価を受けている冒険者としてシュミレートした場合、どうにも想像するミノタウロス相手に遅れをとるという結果が出てこない。
だとしたら、ズレているのは果たしてどれか……。
徐々に大きくなるフローネ山を見つつ、私の中にある不安も合わせて大きくなりつつあった。




