17.糸を手繰るもの
「見ていて気持ちいい食べっぷりだったわね」
「あ、あはは……それはどうも」
食事を人に見られるのってあんまり落ち着かないんだけどね。
そんなことを考えていると彼女は店員を呼んで窯焼きパンを注文した。
「昼間、私のことを見ていたでしょう?」
「……気づいてたの?」
「あれだけはっきり視線を向けられて気が付かないのはよほど鈍感な人だけだと思うわよ。てっきり宿を探して追ってきたのかと思ったけど、違うみたいね」
「あー、うん。ここに来たのはノフィカの案内でだからね」
「その割には一緒に夕食には来なかったのね?」
彼女なら今頃リリエラさんにとっ捕まってるんじゃないですかね?
流石に彼女の事情だからべらべら喋ったりはしないけどさ。
「不思議なめぐり合わせだし、名乗るくらいはしておこうかしら。私はアラクネ……と、仲間からは呼ばれているわ」
そんな露骨に本名じゃないのよみたいな言い方しなくてもいいのに。
しかし着ている服も含めて、ちょっと私と同じで浮世離れしている感じを考えると、本名を隠す何らかの理由があるってことなんだろうね。
革のような光沢のあるコートはかなりピッチリしており、肩から腰にかけてのラインがはっきりでている、腰細い。
ベルトには釣りに使うリールのような、よくわからない銀の糸らしきものが巻かれた物がついている。身も蓋もない言い方をするなら糸巻きと言うか……。
糸か……。
「アラクネ、ねぇ……私はリーシアよ」
「リーシア……ね、リーシア……」
少しだけ考えこむような素振りを見せたが、注文した窯焼きパンが来て彼女はその様子をすぐに消してしまう。
そういえば、スノウとエレオラの名前が伝承で残っていたというのなら、どこかにリーシアの名前が残っていてもおかしくはないか。
幸いにして当時のフルネームを使っているわけではないから、家名にあたる部分は違っているし当人と思われることはないだろうけど、一応気をつけておいたほうがいいかな。
しかしアラクネとは、見た目と合わないというかなんというか。
確か伝承上の蜘蛛の怪物だかの名前だったような……狐でアラクネ、ねぇ。
「そういえば、リーシアはなんで首都に来たのかしら?」
「私はノフィカの護衛だよ、首都に用事があるのはノフィカ」
「護衛? ノフィカって一緒に居た青い髪の巫女のことよね?」
「そうそう」
「ふぅん……でも、護衛っていうことは……腕が立つのよね、正直そんな風には見えないけど」
ですよねー。
私でも正直そう思う、だからこそ警戒されないという利点はあるかもしれないけど。
今の私は強いとかじゃなくて力に振り回されてるという方が正しい。
「まぁ、強くはないと思うよ?」
「……変な人ね」
変なこと言ったかな?
それから多少私たちは言葉をかわし、彼女が窯焼きパンを食べ終えたところでお別れをすることになった。
彼女は「また縁があったら会いましょう」と言ってくれたけど、果たしてその縁があるのかは疑問が残るところだ。
あったらいいな、とはおもう。
リリエラさんに湯をもらってから部屋へ戻り、軽く体を濡らした布で拭く。
本当はお風呂に入りたいんだけどなー、とか考えを巡らすけどその場合女湯に入る事になるわけだろうと思い至り、しばらくは我慢することにした。
まだ、まだそこまでの心の準備はできていない。
ともあれ、こうして私の首都での一日目は慌ただしくも過ぎていったのである。
朝食を済ませてからノフィカと合流し、ギルドへと足を運ぶ。
ギルドもやはり城下街区と新商業区にそれぞれあるらしいのだが、今回も足を運んだのは城下街区にあるほうだった。
「一応どちらのギルドでも同じことはできるはずですが、あの人はきっとこちら側にいらっしゃいますから」
「誰か知り合いでもいるの?」
「ええ、そんなところです」
特に時間が早いということはないだろうが、案内がてらにノフィカはぐるっと城下街区を一周りするつもりのようだった。
私としては大変助かる、今のままじゃ散歩に出掛けて迷子とかになりかねないからね。
「あちらの羊の看板が宿屋、あっちに見える羽とインクの看板が道具屋、基本的に刻印魔術にかかわらない道具を扱っています。杖と水晶が魔術具屋、こちらは刻印魔術に関わる品物全般を取り扱っています。後で行きますが図書館は本と丸めた紙の看板ですね。神話時代からの名残のようで大体どこの国に行っても看板は統一されてます」
「わかりやすくていいわね」
そもそも絵を描いた看板というのが文字が読めない人にもわかるようにするためなのだから、わかりやすくて当然なのだが、国を超えて統一されているというのはありがたい。
もっとも、この国から出る予定があるのかがまだ未定だけれど。
通りの途中に杖と水晶の看板を見つけたので覚えておくことにする。
魔術具屋、どんな品物があるのか大変興味をそそられる、できれば今寄って行きたいところなのだがまだ開店していないのか、閉店中と書かれた看板がドアに下げられていた。
名残惜しいが今は見送ることしかできない。
ノフィカの案内がある程度したところでお目当てのギルドがある建物へと辿り着いた。
石造りの四階建ての建物で、ところどころ焼けたあとが残っているものの堅牢な作りをしているのが見て取れる。
これも当時からあった建物なのだろう。
扉をくぐって中へ入ると一階はいかにも冒険者といった見た目の者たちが集まって随分と騒がしかった。
入ったところで何組かから視線を向けられたのだが、ノフィカは気にした様子もなく階段へと向かうので私もそれに続く。
見た感じの印象でしか無いのだが、昨日とまった"草原の羊亭"の酒場に居た冒険者と比べて、なんと表現すればいいのか微妙に困るのだが、粗野というか、落ち着きが無いというか、なんかチンピラを少しマシにした程度の印象を受ける。
それになんか、視線が気持ち悪いなぁ、だいたい向けてくるのは男なんだけど。
階段へと入ったところでそれらの視線がなくなってようやく落ち着いた、と思ったらノフィカが大きく息を吐く。
「少し、怖かったです」
「そう? なんか気持ち悪くはあったけど」
どうやら緊張していたかららしい、まぁあれだけの数のあらくれ(?)に意識を向けられたら疲れそうだよね。
「リーシア様はもう少し自分が男性からどういうふうに見られるかご自覚なされたほうがよろしいかと」
ああ、もしかしてそういうふうに見られてたから気持ち悪かったのか?
……少し遅れてそれを理解した直後、ぞわりと悪寒が駆け抜け全身が総毛立ったのがわかる。
一瞬年齢制限のある想像が浮かんでしまった、今後そういう可能性があるにしてもまだ棚上げにしておきたいので必死に頭のなかにあるものを振り払った。
「……さて、変わっていなければですが……一階が冒険者ギルドを中心とした受付になっていて、奥の部屋は冒険者向けの各種道具を取り扱っています。二階が商業ギルド、三階が職人ギルド、今日はギルドマスターを尋ねるので四階に行きます」
「今度はギルドマスターか、ノフィカの伝手ってどれもこれもお偉いさんばっかり?」
「……たまたまですよ、あとは村長と……アーレイスさんの伝手です」
また知らない名前がでてきたなぁ、この後挨拶に行くかもしれないし一応覚えておくか。
「そちらは一般の方は立ち入り禁止です、ご用件でしたら受付の方でお伺いしますよ」
四階に登ろうとした所、ギルド職員の人に呼び止められた。
まぁ、七年近く前だとしたら知らない人もいるだろうし当然……と言うより受付に声もかけずに奥まで行こうとするほうがそもそも間違いか?
「ギルドマスターにお会いしたいのですが」
「お会いしたいのですが、って……いきなりそんなこと言われてはいどうぞなんて言うわけがないでしょう? どのような関係です?」
「関係……十年ほど前にいろいろお世話になりまして」
「うーん、そう言われましてもねぇ」
「それもそうですか、つい昔の気分で来てしまった感は否めませんね……では、ギルドマスターに言伝をお願いできますでしょうか?」
「うーん、それぐらいならまぁ……なんとお伝えすればよいですか?」
「アーレイスさんの弟子でエウリュアレの巫女のノフィカが会いに来た、と」
「……は?」
慌ててノフィカに身分証を見せてもらった職員さんは大慌てで四階へと消えていった。
なんかかつて無い慌て方だったけど大丈夫かな、とおもったらすぐに戻ってきて私たちは四階の一番奥の部屋へと案内された。
「ど、どうぞ。ギルドマスターがお待ちです」
すっかり態度の豹変した職員さんに礼を行って部屋にはいると、白髪交じりの髪をオールバックにまとめ片目眼鏡が印象的なナイスミドルの男性が出迎えた。
整えられたひげがあるから五十ぐらいに見えるが、剃ってしまえばもう少し若く見えるだろうか。
燕尾服を着れば良家の執事とかでも十分通用しそうだ、少し筋肉質だけど。
この人がノフィカの言っていたギルドマスターさんなのだろう。
「おお、大きくなったなノフィカ。便りの一つぐらい出してくれればよかったのに、村長からの手紙で元気なのは知っていたが、皆寂しがっていたのだよ?」
「……すみません、私も少し意固地になっていたようです」
「まあ、若いものはそれぐらいでちょうどいいのかもしれないね。ともかく元気そうでなによりだ、今日はどのような要件かな、長く会っていなかったから挨拶に、というのならそれでも全然構わないがね」
そう言って彼は私の方へと流れるように視線を向け、その視線をノフィカへと戻した。
観察眼に長けていそうな振る舞い、今の一瞬で私のこともある程度見抜かれたのかもしれないな。
「おお、そういえば初対面の女性がいるのに挨拶を忘れるとは我ながら情けない、初めましてマドモアゼル、私はこのギルドのマスターを務めております、ゲオルグ・ケティルと申します、以後お見知り置きを」
「お初にお目にかかります、私はリーシア・ルナスティア。今はノフィカの護衛という形で同行しています」
「ノフィカの護衛? ふむ、女性は見た目によらないものですな、私も気をつけねばなりません」
ちょっとわざとらしい気がするけども、とりあえず敵意はなさそう。
私の見た目が護衛らしくないっていうのはまぁ、しょうがない話だよね。
「要件というのは、リーシア様の身分証を作ってもらいたくて」
「様? 身分証を? しかしそれなら下の窓口でも良かったかと思うが……」
「身分はエウリュアレの関係者でお願いしたいんです、いろいろと……便宜を図ってもらえるでしょう? 今後のためにもそのほうがいいと村長が」
え、なにそれ聞いてない。
と言うか村長さんも説明ぐらいしておいてよ!
「はいそうですか、と認めるわけにはいかない内容だな。エウリュアレの身分証は国から特別に作られたものだ、無闇矢鱈に作れる代物じゃない。村長が言うのならそれ相応の理由があるんだろうけど、まずはそれを聞かせてもらえるかな?」
「あのー、その前に一ついいですか?」
今のうちに話に入っておかないとますます面倒なことになりそうなので、やや無理矢理にだけど割って入る。
流石に今後の私に明らかに影響ありそうなものをほいほいと勧めないでいただきたい。
「そんなに影響あるものなんですか?」
「ふむ、そこについては説明しておかないといけないな、身分証には三つ種類がある、一般市民、貴族・特別市民、そして冒険者。一般市民については説明する必要もないだろうから省くが、冒険者は基本的に年会費を支払ってもらうことで冒険者ギルドが身分を保証している、仕事をする時の保証人の肩代わりのようなもだ。貴族・特別市民はその他に一部の権利や義務について記載される場合がある、それ以外はただの本人証明だ」
「権利や義務……具体的にはどんなものが?」
「例えばそうだな、領地のある貴族であればその土地についてとか、一部の商業の権利を表記している場合もある。義務については納税だとか管理だとかだな」
なるほど、つまり村長はエウリュアレ関連の権利などが私の役に立つと判断しているというわけか。
「リーシア様、お話してもよいですか?」
「……ノフィカがそのほうがいいと判断してるなら任せるわよ。私はまだ世情に疎いからその辺の判断もあんまり自信ないし」
「なるほど……でしたら、ゲオルグさんには話しておいたほうがいいかと思います。冒険者の身分では実績が考慮されて、場合によっては介入を制限されることもあります。話しておいたほうが不要な制限は受けないかと」
「なるほど……」
自分から話す内容ではない気がしたので、そのあとはノフィカに話を任せ、要所で彼女の発言を証明するように幾つか私が受け答えすることになった。
「なるほど、神使いか……それでエウリュアレの身分証を」
「問題あるようなら私は普通の冒険者の身分証で十分なんですがね」
「下手に普通の冒険者と一緒にするのも、少し問題がある気がするな。そういうことなら仕方ない、エウリュアレは少々特異な村だからな、隠れ蓑にするには確かに適している。カレンの例もあるしな」
特異あつかいされたぞあの人、と言うかそんな人と一緒にされるのちょっと困惑するんですが。
「準備をしてくるので少し待っていてくれ。職業はなんと記載しておけばいいかな?」
「……職業、読解者でお願いします」
「読解者……? ふむ、了解した」
そう言ってゲオルグさんは少し席を外し、青みがかった名刺大ほどの大きさの、金色の金属プレートを持ってきた。
プレートの表には彫金で私の名前、"リーシア・ルナスティア"と、職業、所属が刻まれている。
その他に魔力波形などが記録されるようで、これが個人により異なるため偽造ができない身分証としての役割を果たせるようになっているらしい。
プレートに魔力を通して淡く発光すれば登録完了らしい。
「持っている能力については道具を使って内部に記載する形で、実力試験やこなした依頼、討伐実績の記録が変化するようになっている。能力の記載は任意、基本的により上の依頼をこなしたいという人がほとんどだからあまり伏せる人は居ないけどね。冒険者としても活動するのであれば何もないのも不自然だから何か記載しておく方がいいだろう」
「どんなふうに記載しておくものなんです?」
流石にスキル名をずらずら羅列するわけにも行かないんだろうけど例を知らないからなんとも言えぬ。
「人によるからなんとも。剣術とか刻印魔術とか漠然と記載する人もいるし、使える刻印について記載する人も居る、ある程度詳しい方が一時的なパーティを組むときには有利のようだけどね」
「なるほど……では、剣術(二刀流)、刻印魔術【水】【風】と記載しておいていただけますか?」
「二刀流か、めずらしい……いや、エウリュアレから来たなら納得か」
少しして手渡されたプレートは見た目変わった所は何もなかった。
不思議な技術かとおもったけど、考えてみれば私達もそもそも金属の円盤とかに大量のデータ書き込んだりしてたし、あんまり変わらないのかな?
「そうそう、魔物を倒した時に起こるマナの霧散を記録する機能もあるから、討伐などの依頼に出るときは忘れず身につけておいてくれ。予定外の討伐でも討伐実績には記録されるからいろいろ指標になる」
「なるほど、普段から持っとけと」
「まあ、有り体に言うとそういうことだ」
インベントリに入れておくのもまずそうだし、これは荷物袋の中に入れておくか、どこか専用の入れる場所でも作っておいたほうがいいかもしれない。
こうして身分証を手に入れてギルドでの用事を済ませた私たちはその足で図書館へと向かうことにしたのだった。
ついに名前が……!
お互いに相手のことを見ていろいろ深読みしようとするあたり似た者同士かも知れない。
2016/8/16
感想にてご指摘いただいた、唐突に説明もなく出てきた単語を削除、前後の文を調整。
混乱させるような記述になってしまって申し訳ないです。




