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ユニオン・マギカ  作者: 紫月紫織
氷樹の森の大賢者
12/88

11.嵐の後のひと騒ぎ

『ふぅむ、それではお嬢様はかつての力の殆どが制限されている状態というわけですか』

「そうなるわね、剣術系スキルはほぼ揃ったけど魔法系スキルが使えないから実際のところ私の持ち味は死んでるわ」

『確かに、姫は剣を媒介として魔法を行使するお人でしたからな……著しい制限を受けているのは確か。しかしその黒い霧というのが気になりますな』


 クロウとエリアルが考えこむ、ただふたりともそれほど大事とは思っていないらしい。

 信頼されているのか変に強く見られているのか判断に困るところだけど。

 黒い霧が気になると言うのは同感、敵対する可能性があるというのなら早めに知っておかないと面倒事に発展しかねないからね。


『でもでも姉様、剣術スキルの開放はできたんでしょう? なら魔法スキルも開放しちゃえばいいのよ!』

「それができたら苦労しないんだけどねぇ、さっき刻印魔術も使えたけど魔法系スキルは開放されなかったから」

『まだ条件を満たしていないということか、いろいろ試してみる必要がありそうですな』

『しかし術の威力はさすがお嬢様というところでしたよ、不慣れな術の簡単な行使であれほどなのですから、当時の力を取り戻せば戦力という点においては問題にはならないかと思います』

『クエエエェェェェェーーーー』


 御鏡はテンションが高くてすごく人懐っこい妹分って感じで、簡単に言ってくれるけど条件がわからないからなかなか思うようには行かないんだよと言いづらい。

 と言うか、ゲーム時代の魔法がこの世界の刻印魔術より強いって言う認識なのは、正しいんだろうかね……あれ、なんか今引っかかった。


「不慣れな術の簡単な行使……?」

『どうしたの姉様? なにか思い当たることでもあった?』

「ねえクロウ、私の刻印魔術の威力ってすごかった?」

『そう思いますが』


 まだ簡易的なものしか使えないのに威力がすごいって、本格的に術を行使したらとんでもないことになるのではないだろうか。

 もしもゲーム時代の魔法がそれより威力が高いとかだったらそれこそ迂闊に使えない代物ってこともありうる……。

 そんなことを思い浮かべた時──


 ──条件を達成しました、魔術系スキルをランク2まで開放します。


「……なるほど、それが条件か」

『条件? もしや姫』

「うん、魔術スキル開放の条件が揃ったみたい、ランク2まで開放されたわ」

『さっすが姉様!』

『ランク2までですか、開放されたことは喜ばしいですが本領発揮には程遠いですな』

『何言ってんのよクロウ! 姉様ならパパーッと開放しちゃうに決まってるわ!』

『やれやれ、水鏡は相変わらずだな』


 相変わらずなんですかこれ……というか。


「ねえ、あなた達って、私と一緒に冒険していた頃の記憶があるの?」


 ふと気になった私の疑問を口に出すと、四人──匹か?──が一斉に沈黙し妙な静寂が訪れる。

 それが失言だと気づくのに時間はかからなかった。


『姉様……何言ってるの? 大和ので店で一緒にお団子食べたよね?』


 元気だった水鏡の声が震えている。

 その表情は見えないけれど悲しんでいるのだけは手に取るように分かった。

 確かに大和という街で出店の回復アイテム、お団子をしこたま買い込んだ記憶はある。

 けれども契約獣にアイテムを使う機能なんてなかったのだ。

一緒にお団子を食べたという記憶は私にはない……。


『姫、三度目の大迷宮に挑んだ時、休憩所の木々の間から夕日を眺めた日のこと、我はしっかり覚えておりますぞ……よもや、お忘れなのですか?』


 エリアルの声が少し低くなる。

 怒っているわけではないのだろうが、なんだか不安を感じる声色だった。

 大迷宮、千変万化の大迷宮と呼ばれるダンジョンに挑んだ時、休憩できる階層からは確かに外の景色を望むことができたけれど、当時のそれはあくまで遠景に過ぎない。

 それにあの世界に天候、昼と夜の概念は無かった。

 あの世界の夕日なんて、私は知らない……。


『ピューィ……』


 永祈が悲しそうな声を上げる。

 それが何を言っているのかはわからなかったけれど、私を責めているように聞こえたのはこの空気のせいだろうか。


『あの日はじめて私と契約を交わし召喚なされた日、お嬢様は凛とした声で、これから世界を見て回る、ついてきなさい、と申されたのです……お忘れになってしまわれたのですか?』


 クロウの言葉にはじめて契約獣を手に入れた日のことを思い出す。

 確かに、そんなことを言った気もする。

 ただのペットシステムのNPCに何言ってるんだと茶化された気もするが、随分と昔のことだ。


 ずっと昔、モニターの向こう側に本当にこんな世界が広がっていたらどんなに素敵だろうと思ったことがある。

 けれどそれが、こんな形で証明されるなんて誰が思っただろうか……。


 この子たちには私と過ごしてきた時間の記憶があって、けれど私はモニター越しのゲーム画面でしか無かったというのなら……。

 ──それは、ひどく残酷な仕打ちに思えた。


「……ごめん、ごめんね」


 そう、声を絞り出すのがやっとだ。

 視界は滲んで、よく見えなかった。




 気づいたら朝だった。

 床に転がって毛布だけをベッドの上から器用に剥ぎとって丸まっていたらしい。

 昨日の記憶を思い出してようやく自分が何をしたのか理解して軽く頭を抱えるはめになった。

 この歳になって泣き寝入りするとか……。


 クロウたちの声も聞こえないあたり、私が寝入った段階で呼び出しは解除された──わけではないらしい。

 私に寄り添うように碧の毛皮、額に赤い宝石を持った太めの猫程度の大きさの獣が寝ていた。

 なんとなくだが万物の根源(ルータスノーツ)で確認してみれば案の定、御鏡だった。

 あのあと勝手に召喚状態になって出てきたのだろうか。


 しばらく撫でていると気がついたのか、御鏡は寝ぼけた様子で顔を二、三度こすり私に気づいてから飛びついてきた。


『姉様、大丈夫?』

「……うん、ごめんね」

『いいの、皆で話し合って決めたから。今までのことを忘れちゃった分、これからもっと思い出を作るの、絶対なんだから!』

「……うん、そうだね」


 ここはもう、モニターの向こう側ではないのだから。

 こうして触れ合うこともできるんだから……。

 しばらくそっと御鏡を撫でながら毛布に埋もれているとなにやらざわざわと騒がしい声が聞こえてきた。

 水鏡を抱えたまま外に出ていいものか考えたものの、このサイズと見た目ならば騒ぎにはなるまいとそのまま外に出る。

 どうやら村はずれの方で何かあったようだ。


 後ろから駆けてくる足音が聞こえ振り返るとそこに居たのはゼフィアだった。

 彼も私に気がついたのだろう、一旦足を止めるがその視線は私の腕の中にいる御鏡に注がれている。


「おはよう。えっと……この子は私の契約獣の御鏡よ、カーバンクルなの」

「もうそのへんは驚かねえよ、害がないならどうでもいい。それより何かあったらしいんだが知ってるか?」

「いやぁ、恥ずかしながら今さっき起きたばっかりでさっぱり」

「そうか、なんでもウィルヘルム……あ、この国の首都なんだけどさ、そっちに続く街道の一角が嵐にでも遭ったみたいな有様になってるとかで調べに行くんだよ」

「嵐ねぇ……」


 なんだろう、何か忘れてる気がする。

 首を傾げながらついでとばかりにゼフィアと一緒に現場に赴いたらそこには数人の村人とユナさんの姿があった。

 ユナさんが呼ばれるのはなんとなく理解るのだが、なんだろう……こっちの方を睨んでる?


 正面の草原は広範囲に草がなぎ倒され、その中心部と思われる場所は草が根っこごと引きちぎられて地面が盛大に露出していた。

 一体何があればこんな有様になるのやら……あ。


「畑の方の被害じゃなくて一安心だけど、一体何があったんだこれ? リーシアどうした、なんか顔色悪くないか?」


 呆気にとられて頭を掻きながらつぶやくゼフィア、その隣にはジト目で私を観察するユナさんがいる。

 そんな状況で隠し通せるほど私はポーカーフェイスが上手いわけではない。

 少ししてユナさんが呆れたようにため息を付いた。


「おそらくだが自然のマナが極端に乱れたんだろう、非常に珍しい現象だが稀にあるものだ、今はもう落ち着いてるようだから村人には心配しなくていいと伝えておきな。それと嬢ちゃんは一緒に来な」


 やっぱりそうなりますよね。

 ゼフィアたちは狐につままれたような様子でそれぞれの仕事に戻っていった。

 ユナさんは家に戻るようで私はそれに後ろから付いて行くのだが、正直とても気まずい。


 周りに人の目が無くなったあたりでユナさんは重々しく口を開いたのだった。


「大体予想はつくが何があったね、知ってるんだろう?」

「あ、あはは……えーっと」


 ごまかすように乾いた笑いをしたところで見逃してくれることもなく、昨夜のことを話すと一息置いてから頭を杖で思い切り殴られた。

 帽子がクッションになってそこまで痛くはないけれど、ユナさんの表情から私は相当のことをしでかしてしまったのだろう。


「まともに使えもしない刻印魔術をいきなりぶっ放す奴があるか! 自分を巻き込むことだってあるんだよ! 周りだってそうだ、もしも周りに村人が居てそれを巻き込んでいたらあの威力なら死んでたっておかしくはない、巻き込まれた方はもちろん、巻き込んだほうだって傷になるんだ」


 一息にまくしたてたあと、ユナさんは大きくため息をつく。


「大事がなくてよかったさ。それと、すまなかったね、ゼフィアとカレンから話を聞いた時点でマナについても相当の潜在能力があると考えてしかるべきだった。最初の時に警告できてなかったのは私の不手際だ。まだ印を刻んでないのに"風"の術を使えたのは正直予想外だったよ」

「あ……いえ、私も自覚しておくべきでしたから」


 そう、ある程度自覚はしていた……けど足りなかったのだ。

 よくよく考えて見れば私は魔法職なのだ、剣術で並以上であったのなら魔法の能力がそれ以上であることぐらい簡単に想像がついてしかるべきだった。

 クロウの鼻で嗅ぎ分けていたとはいえ、周りに村人の有無を確認したわけではない以上、ユナさんの危惧は当然のものだ。

 自分を巻き込むこともある。

 巻き込んだほうだって傷になる。

 それは村人だけを心配する言葉ではない。


「三日だ」

「……はい?」

「三日間で徹底的にマナのコントロールを仕込んでやる。私がいいって言うまで私の前以外で刻印魔術を使うんじゃないよ。それと、何か隠してることがあるだろう、でなきゃ刻印していない"風"の術を使えるわけがないんだ。それも話しな」


 ユナさんの目つきは厳しい物で、私に否と言わせない圧力を持っていた。

 話していいのか少し迷う、私の"刻印開放(リミテッド・ルーン)"は明らかにこの世界のルール違反の一つだと思う。

 それを迂闊に話していいものか悩んだのだ。


 ユナさんを見る。

 彼女は私が話し始めないのを怒るでもなく様子をうかがうにとどめている。

 私が話せるのか、信用して話すのか、それとも信用出来ないけど話すのか、それらを見極めようとしているように私には見えた。


 私はユナさんを信用することに決めた。




「"刻印開放(リミテッド・ルーン)"ね……確かに刻印盤の反応を見る限りすべて扱えるようだが……とんでもないね、神使いってのは。いや、過去の記録にもそんな記述は無かったからこれが嬢ちゃんの特性なんだろうね」


 ユナさんの家で刻印盤という、魂に刻んだ刻印を調べる道具をつかっての反応を見て、ユナさんは呆れたように言葉を吐き出した。

 中心に手のひらサイズの、そしてその周囲に二十四の印の刻まれた水晶が並べられており、私が中心水晶に触れると周囲にあるすべてが淡く輝くのでやはり間違いはないのだろう。


「お前さんは本格的に、きちんとどこかで刻印魔術について学ぶ必要があるだろう。私もすべてを教えられるわけじゃないからね。そのうち師匠にでも頼むか、まったくこの歳になって弟子が増えるとはねぇ」


 弟子認定されたようです。

 これからいろいろと叩き込まれるわけだし確かにそんなもんか。

 愚痴っぽく言ってるつもりなんだろうけど私からするとなんか嬉しそうに見えるのよね。

 家族について聞いたことがないけど、もしかしたら娘や孫みたいに見られているのかもしれない。


 ……家族か、そういえばこっちでは私も家族居ないんだよねぇ。

 おばあちゃん、って呼んだら喜ばれるかな?

 いや、ツンデレされそうだな。


「とりあえず先に一番大事なことについての講義だね、実技を叩きこむのはその後だ。並のゼフィアやノフィカ程度ならほぼ縁のない話なんだがね」


 とのことで半日かけてゼフィアがいたら間違いなく溶けているんじゃないかという感じの講義をしてもらう事になった。


 それぞれの刻印がどのようなことができるのか、どのように運用されているのか。

 並の術者ならば気にしなくてもいい注意点。

 より高位な術の使い方とその危険性についてなど。


 刻印魔術はもともと人には過ぎた技術であると認識されているらしく、体にある程度の負荷がかかっている。

 ある程度の術の行使までは気にしなくて良いが、無茶な使い方をすると最悪術者が反動で死亡するらしい。


 刻印を連結したり、同時に複数起動したりすると特に負荷が高くなるそうだ。

 ここは基本的に術者の契約できる刻印数と、マナ収束力によって作られる刻印の数で頭打ちに達してしまうため基本的に問題視されないらしいのだが、私の場合普通と違いここの制限が外れてしまっているから特に注意するようにと念を押された。

 過去に二桁の刻印の連結起動をした術者がその場で倒れて二度と目を覚まさなかったこともあるらしい。


 日が沈みかける頃にはそれらの話が終わってついに実技に入り、私は三日間徹底的にしごかれることでなんとか刻印魔術のコントロールを習得したのだった。

オンラインゲームをしているといつも思うことがあります。

私たちは画面のこちら側から見ているけれど、その向こう側にはちゃんと世界があって、ペットや使い魔といった存在ともっとちゃんとコミュニケーションしているのではないかと。

私達が見ているのは向こうの世界のほんの少しだけなんじゃないか、と。

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