8話:一日の終わり
家に帰る途中でも視線をある程度浴びることはあったが、今日という一日を経て俺という人間は成長したみたいだ。
あまり気にすることなく、時折離れないかマキを観察するぐらいの余裕を見せて帰宅した。
玄関を入るとリビング方向から美味しそうな匂いが。
そして扉越しにぐぐもって聞こえる鼻歌。夕飯の準備中か。
「ただいま」
「あら、お帰り奏多君」
リビングに入ると、エプロン姿の母がいた。その隣には、忠犬のように純白の狼が寄り添ってる。
あれ、出しっぱにしているのか。
「どうかしたの? 奏多君」
「あ、いや。神威出しているから」
「ふふふ。たまにこうやって直に触れ合うのもいいかなって思って」
「……直に?」
何ですかね。神威には直じゃなくても触れられるんですかね。
やっぱりあの子供でも分かる神威のあれこれじゃ、色々と説明不足だったようだ。
俺の疑問に、「そうねぇ」と母親はお玉片手に考える素振り。
「何ていうか、テレパシー? っていうのかしら。この子のことがある程度分かるの。お母さんには」
こういう風に出てこなくてもね――と。
そういって柔らかそうな毛並みの狼をゆっくりと撫でる。
「全員が出来るって訳じゃないのよ? 多分、親密度とか愛情とか、はたまた嫉妬とか怒りとか。色々な感情が混ざり合って出来るようになる。それは科学とかじゃ解明出来ないとは思うけど、お母さんはそれがあると思うの」
ロマンがあっていいでしょう? と。
いつも天然が入っている母親のその一言に、俺は「そうだね」としか言えなかった。
家族に向ける親愛のようなものを、母さんは神威にも向けている。
それが何故か不思議でもあり、同時に理解出来た。
たった一日しか共にしていないマキだが、俺は既に自分の半身のような感情を抱いている。
それが果たして自分しか出せない神威、ということに対する特別な感情なのか、はたまた別なものなのか、それは今は分からない。
「着替えてくるよ」
「そう? もう少しかかるから、お風呂入ってもいいわよ?」
「ご飯の後でいいよ。少しテレビでも見てくつろぐから」
そう言って俺は二階にある自分の部屋に向かう。
今日は本当に一日、色々とあった。
日ごろ会っている肉親、そして友人、知り合い。その全てがどこか新鮮で、しかしいつも通りだという二律背反を体現しているかのようだった。
――悪くない。
最初は戸惑った。
しかしこの非日常が日常になるだと思うと、高校生になりながらも、どこか子供心を擽られるような気持ちになった。
「今日から宜しくな、マキ」
心の中ではマキちゃんと呼ばせてもらうぞ。
俺の一言に対してか、それとも心中の言葉に対してか。
はたまた両方かもしれないが、彼女は肯定を意味するように、小さく頷いた。
*****
『いらっしゃいませ。ようこそ、夢の世界へ』
『……ん?』
俺は何していたんだっけ。
ご飯食べて風呂入って、そして部屋で明日の宿題をさくっと終わらせて、そのまま寝てしまったのだろうか。調べものをしようと思っていたのだが、忘れてしまっていた。
しかしそれだけだと、現状のようなことにはならないと思うんだが。
何故、俺は草原で寝転んでいるんだ。
頭上に勢いよく流れていく雲の流れ。大気が澄んでいる。遠くに映える湖がまた綺麗だった。
そして何より、俺に対して快活に喋る美少女。
無論、マキちゃんである。
ゆっくりと起き上がり、彼女を見つめる。
『えへへ、目が覚めた? いや、実際にはよく寝てる? かな』
『えっと……』
なんか今までと全然違う印象がある。
今までは深窓の令嬢のような、普通とは一線を画した雰囲気のある美少女だったマキちゃん。
しかしここで喋るマキちゃんはなんていうか、元気いっぱいな、それこそ高校で前に座っている直江鈴のようなイメージが抱かせる。
いや、どっちが良いとか悪いとかじゃなくて、どっちもいいけど。
『あはは、ご主人様! 嬉しいこと言ってくれるね?』
……あれ? ご主人、様?
いや、疑問に思うところはそこじゃない。
俺さん喋ってないよね。
『そうだね、喋ってはいないね。でも考えていることは、大体私には分かるよ』
さっき母さんが言っていた、テレパシーのようなもので神威と繋がっている、というものと同じということなのだろうか。
『その通り! でもでも、私の場合は日常生活中に、それこそテレパシーのように頭の中の言葉を交わしあったりは無理だよ』
あくまで、感情がわかる程度です。
と、マキちゃんはさっきまで喋っていなかった反動が出たかのように、俺に伝える。
まあ、納得は出来た。
それはそうと、こうして意思の疎通が出来るなら訊きたいことがいくつかあるんだけど、よろしいだろうか? 出来るならでいいんだけど。
『大丈夫だよ! といっても、ご主人様が訊きたい内容っていうのは、あらかた分かっているけどね』
え、そうなの?
『一つ。ここは俺の知っている世界なのか? 二つ。なぜいきなり神威という存在が現れたのに、誰も驚いていないのか。 三つ。私が名前を名乗った以外で喋らないのは何故か』
その通りです。
脱帽しました。貴方が神か。
『人間の解釈で言うと、私たちは神様じゃ無いかな? 説明は難しいんだけどね! 簡単に言うと“人の概念と思想で創り上げられてこの世界に生まれた存在”――これがしっくりくるね!』
また難しい。
つまり、人々の思想によって成り立っていると?
『そうなの!それより詳しくは、私には分からないけどね。これ以上詳しくはもっと高位な神威か、それこそ神様に聞かないと』
ほう。色々訊きたいが、分からないということなら仕方ない。
神様がこの現代にいるかどうかさておいて、俺の疑問三つに答えてもらおうか。
そんなわけで、マキ先生お願いします。
『はいはい! お任せされました! ということで一つ目。ここは貴方の知る世界とは、厳密には違います!』
……なるほど。
厳密には――――ということは、大体は同じということなんだろうか。
『流石はご主人様! よくお気づきになられました。その通りです! 特別にほっぺにチューしてあげる』
と、言った瞬間、マキは目の前から消え、一瞬にして俺の横に移動。
そのまま頬に、柔らかい感触が。
……びっくりと照れが混ざって、もう言葉も出ない。
そして気付けば、目の前にマキが戻っている。もう何なんだよここ。
『厳密的には違う、とさっき言いましたが! ここは大筋で見れば、ご主人様がいた世界と殆ど一緒だよ。ご主人様の交友関係、ご家族、高校、さらに言えば世界情勢、天気、歴史はご主人様が覚えている通りのものだからね』
なんていうだっけ、こういうの
パラレルワールドってやつだろうか。
『概ねそんな感じ! ここはご主人様がいた世界に、神威という概念が具現化する世界だと思ってくれればいいよ』
……色々とそれで疑問点が出たが、今はいい。
二つ目頼む。
『二つ目。これは一つ目にリンクするので、答えは簡単だね! この世界の人たちは元から神威という存在を知って生きているので、別に神威に驚いたりしません!』
なるほどなるほど。
俺が記憶をなくしたりなんていうことは違うってことか。
しかしこの一つ目と二つ目のお陰で、またまた新たな疑問点が……。
『それに関しては、また今度ということにします! そんなわけで三つ目。元々神威という存在は喋らないように気を付けています』
それは、どういうことだろうか。
『言霊って知ってる? 言葉に力が宿るという概念だけど、私たちは、その影響をダイレクトに世界に与えたりしやすい存在なの!』
……少し考えてみる。
――――。
こういうことだろうか。
神威は人の思想や概念が形になったものだということでいいのだろう。そしてそれは言葉や文字によって表現される。
つまり神威という存在は、そういうものに制限を付かされるというわけか。
『ご主人様は意外と想像豊かだね! しかも大体当たっているのがちょっぴり怖い。でも、だから私のご主人様なのかな』
……それはどういう意味だ?
『ううん。気にしないで! それより三つ目はご主人様が大体考えている通り。喋った内容で私たちは縛られたりするし、それこそ自信の存在が危ぶまれる事態になってしまう。……あ、ここは夢の世界だから、安心してね?』
それならマキは何で喋ったんだ?
『突然現れた私という存在を、ご主人様が認識しやすくするためが一番大きいかな。それによって私とご主人様の繋がりは強固になったのは確かだよ』
この世界で名乗られる名前程度なら周りに影響も少ないし、そこは安心してね?
とマキちゃんは小悪魔的な感じに言った。
かわいい。
『さてさて、これまでの会話でまた新しい疑問点とか出てきたと思います! しかし! それはまた今度にするね、ご主人様』
どうして?
『一気に喋ると、ご主人様と喋る機会がなくなっちゃうから。それは寂しいな?』
……そうだな。
俺としても、マキと一緒にいれる時間は長いほうがいい。会話出来る時間も、機会も。
思考を読み取ったのか、マキはニッコリと微笑む。
気付けば世界が気薄になっているのが分かった。
この世界から離れなければいけない。そんな風に言われているような気分になった。
まるで寝覚め前の夢のようだ。
『ありがと! それじゃ、、また夢の世界で話しましょう、ご主人様』
綺麗で聞き惚れるような、天使みたいな声。
最後の一言は、妙に頭の中で響いた。
説明会みたいになりました。
ていうか前回もそうですね。
それより、更新がぎりぎり昨日に間に合わなかったことを謝ります。
申し訳ございません><
あと、これからお話を通じて神威のこととか、難しいことをちょっとずつ説明出来ればと思います!
それではまた。
次はまとめ代わりに人物紹介みたいなのを書くかもです。