2話:学校に向かうけど
高校に行く手前、俺は通学路を歩きながら今朝のことを思い出す。
仮説をいくつか考えたのだ。なぜ神威とかいう意味不明な何かが、人間と共にこの世を生きている世界が出来上がったのかを。
仮説1。俺氏、異世界転移。
あまりこんな創作じみたものを考えたくはなかったのだが、ここは似ているようで全く別の世界ではないのか、と。
そういうことで俺は、母に記憶が混乱している色々教えてほしい、とかいう誰でもわかりそうな嘘を吐き、色々と過去を掘り下げさせてもらった。
「俺の誕生日は?」
「9月18日。おとめ座よね」
「好きな食べ物は?」
「グラタン。でも小さいエビが苦手なのがまた可愛――――」
……ここら辺はどうでもいい。
とりあえずあれこれと質問みたいな感じに話をした。
「――――最後に、俺が五歳の時に家出したの覚えてる?」
「覚えてるわよ。あの時は親戚総出で探して、結局家の屋根裏部屋で隠れてたんだっけーって、あれ? 奏多君、記憶が混乱してるんじゃ」
「母さんの顔見てたら、おおよそ思い出してきたよ。ありがとう」
「本当に? それならいいのだけど」
あらあらうふふ。と、母親はいつもの若干の天然が入った態度で俺の質問にすべて答えてくれたのだった。
結果はすべて本当だったのだ。母さんはすべて俺のことを覚えていてくれていたし、俺が覚えていたイベントも母親は大体認識していた。
部屋に帰って学校の準備をしている時も、昨日線を引いた教科書にもちゃんと線が引かれてたし、それまで引いてきた蛍光ペンの跡も、おおよそ自分が引いたなぁと思ったところに引いてあった。
部屋の荷物もいつも通り全て自分が置いていたと思っていた所にあるし、窓から見る景色も変わりなかった。
「……普通、だよな」
そして現在の通学路、これも全く変わりない。
いつも通る場所にある奇抜ないたずら書きやゴミステーションの位置、それに自販機、商店街、信号や電柱の位置、すべてが同じに見えた。
ここで俺は仮説1について考えることをやめた。初めからそんな創作染みたことを考えるのが間違いだったのだ。
「と、なると仮説2か」
仮説2。それは俺が現在までの神威に関する記憶を失っているということ。
これは意外としっくりくるかもしれない。
しかしそうなった原因は未だに不明だ。
外的な要素は今の今まで大きな怪我をしてきてないことからないと思われる。ということは内的な要素が原因か。
そういえば、朝に母さんが初めて俺が神威を出した――とか何とか言っていた気がする。
それが原因で神威に関する記憶がなくなった……?
「……これは学校で聞いてみるしかないか」
はたして、神威童貞を卒業することでそれまでの神威に関する記憶だけが消えるという、そんな摩訶不思議なことが起きるかはさておいて。
「お前は狼みたいに消えないのか?」
「――――ッ!」
現在、通学路を一緒に歩いて学校に向かっている美少女マキちゃんに尋ねることにした。
どうやらこの神威は、特定の人物の近くにいないといけないシステムということが、朝食中の母親との何気ない会話で発覚している。
そして俺の問いかけに、マキは首を勢いよく前に振り、ニコッと笑った。
可愛い。
「このまま学校に行っていいものなのか」
一見すると彼女は普通の人間。そしてそんな人間(ワンピース、はだし、金髪碧眼の美少女のトリプルブッキング)を連れまわしている俺に、何かしろの疑いの目、最悪国家機関への通報が為されるのは時間の問題かもしれない。
現時点で同じ学生の方やサラリーマン、OLに見られているのだから間違いない。
「なあ、お前、浮いて移動出来るか?」
コクリ。
「んじゃ俺の首元に手を回して、そのまま浮いててくれ」
コクリ。
従順に首を振り、そして体がフワリと地上から三十センチほど浮かんだ。
そのまま首元に手を回し、俺に体を密着させてくる。
これなら普通の人間だとは皆思うまい。なにしろ浮いてついてきている。神威が常識となっているだろうこの世界なら、彼女は神威だとおおよその人なら認識してくれるはずだ。
そしてなにより、背中に当たる大きな二つの感触が心地よい。
「……これはこれで、有りかもしれないな」
「――――?」
真横にあったマキの顔を見てそう言うと、不思議そうに首を傾げた。
まあ理解はされなくていい。これは俺だけの特権としよう。
そんなわけで登校を再開することにした。先ほどよりは視線が増えたことには、もう無視することに決めた。
今日から毎日、こんなことが続くのかと思うと、少し憂鬱ではある。
*****
クラスに着くと、先ほどから浴びていた注目を至近距離で集めることになった。
俺が彼らの立場になれば、そりゃ注目するかもしれない。
いつもかったるそうな、ごく平凡たる男子生徒が、今日に限って美少女をおんぶするかのようにして学校に来ているのだ。
しかも美少女は浮いている。美少女はワンピース姿で、はだしで、金髪碧眼で、美少女である。
つまりは美少女なのだ。
注目されない要素があるわけもない。
かといって、俺は別段としてクラス全員と仲がいいわけではない。交友関係は狭く深くがモットーなのだ。
声をかけられることなく、いつも通り最後尾、窓際から二番目の席に着き、ふぅと小さく息を吐いた。
――――何なんだこの居心地の悪さ。
学校に行くにつれ、あきらかに人外を連れて歩いている女子生徒、可愛らしい狐みたいな生き物を肩に置いて歩いている男子生徒など、ああ神威なんだろうなぁというモノを引き連れている人は居たし、あまり注目されてはいなかった。
しかしなぜだ。
なぜあんな人外染みた生物と歩いていた女子生徒ではなく、人間っぽい神威のこの子と俺に注目をする。
もっと他に目を向けるとこはあっただろう。
そしてお前等。何か聞きたいならさっさとこっちに来て喋りなさい。
「おいおい、これはこれはどうしたんですかい奏多っち~。美少女でも誘拐して学校に来たんすか?」
「さすがにそれは犯罪です。僕でも出来ません。さすがですね、同士」
と、そんなことを考えていたら、後ろから声がした。
まあ振り返るまでもなくわかる。
斉藤雄二と中嶋恭平。俺の親友と言っても過言ではない二人だ。
今思えば最初のころ、浮いていた俺に救済をもたらしたのはこの二人かもしれない。
とりあえず、先ほどの言葉には苦言を呈すことにした。
「ホントにそう見えるか? あと同士とかやめろ」
「いんやァ、見えないっすね。だから気になってんっすけど」
「その線が消えるとなると。その子、もしかして奏多の神威だったりします?」
「――――ああ、そうだけど」
と、言った瞬間教室がざわめいた。
人型の神威だ。初めて見た。可愛い神威だなぁ。彼女になってほしい。いや桜井から離れられないから無理だろ。
そんな言葉が教室中を飛び交う。
ここで俺はようやく理解した。
神威はこの非日常では特別ではない。
しかし人型の、美少女である神威はかなり稀有であり、それが注目される的になっていたのだと。
「なあ、マキ。お前消えたり出来ないのか?」
俺の問いかけに、少しだけ考えるような素振りを見せるマキ。消えることが出来れば、この注目が薄くなるのではないかと考えた一言である。
通学路で訊いた内容は「消えないのか?」。それはマキの思考を尊重したものだったが、今回は違う。彼女自身、消えることが出来るのか出来ないのかという、透過能力の有無を問うたものだ。
そして数秒経った後、出した答えはノー。首の横フリフリであった。
かなりキュートだ。
「かわええなぁ。いいっすねぇ奏多っちィ!」
「心が洗われます」
嘘つけ。お前邪な目で見てるだろ。
と、恭平に言いたくなったが、まあいいとしよう。こいつがゲスいのは今に始まったことではないのだし。
「ねぇねぇ桜井君! ねぇねぇ桜井君!」
と、話しかけてきたのは前の席に座っている女子生徒だ。
何度か、というよりかなり会話を交わしており、宿題を写させてもらったり、見せたりしている協力関係を結んでいる、数少ない交友関係がある女子――直江鈴。
そんな彼女が、目をキラキラ輝かせて俺に声をかけてきた。
非常にウザい。
「なんだ。今日は宿題なかったろ」
「そっちの質問なわけないじゃん! ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ!」
「うるさい」
「桜井君の神威かわいいね! いつから出せるようになったの!? ていうか何で今まで隠してたの!? 神威出せないって言ってたよねぇ!?」
「そんなこと言った覚えはない」
いや、俺には本当にないのだ。
ただ後ろの二人も、「出せない言ってたっすね」とか「言っていましたね」とか肯定するもんだから、少し怪しくなった。
こちとら、今日の朝まで神威という存在すら知らなかったというのに、何なんだろうか。
やっぱりここは、俺が知ってるようで知らない異世界なのか。
「なあ、直江。昨日の宿題見せて」
「なんで昨日の宿題?」
「無性に見たくなった。無性に昨日の宿題で並べられていたお前の綺麗な字が見たくなった」
「それ、新手の告白?」
「やるっすねぇ、奏多っち」
「本気を出せばモテるを今日から実行なさるつもりですか?」
「うるさい。少し黙ってろ」
後ろの二人を黙らせることに成功した俺は、手を差し出して見せろと催促する。
直江は面白おかしそうにしつつも、昨日の朝だして帰りのホームルームに返却された現文の宿題を机から取り出し、俺に手渡す。
内容をすぐさま確認する。
それは間違いなく昨日行ったテストの内容だった。一字一句違わないし、何より昨日見た直江の文字が違うようには見えない。
そして俺の机の中。多少のぐちゃぐちゃ加減も昨日のままだ。それに履き替えた上靴の少し汚れてる感じも、昨日となんら変わりなかった。
――やっぱり、違うのか。
異世界に来ましたは、やっぱり違うのかもしれない。
早計すぎるかもしれないが、今は考えられない。
昨日までの世界との、大きな齟齬が神威にしか感じられない。
「なんでそんな深刻そうな顔してるの、桜井君」
「ああ、いや。俺も字を綺麗にしないといけないなって思ってさ、直江みたいに」
「なにそれ」
また面白そうに笑う直江。
どうやら俺の言葉はいちいち彼女の持つ、笑いのツボを抑えてしまうらしい。
「あ、話変えるんだが、三人に質問いいか?」
三人三種、違った様子を見せたが、質問には答えてくれるらしい。
さあ、俺が今一番訊きたいことを訪ねよう。
「神威が出せるようになったら、それまでの神威に関する記憶が消えるってことはあるか?」
「「「……っは?」」」
三人一種、同じような返答を綺麗に返してきやがった。
やっぱりこの世界はよく分からない。本当に。
そんな中でもわかることは、やっぱり俺の様子を見て、面白そうに笑うマキちゃんが可愛いということだけだった。
(作^ω^)<マキちゃん可愛い
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