1話:起きたら美少女がいました。
久しぶりになろうで小説を書きます。
感想、または誤字報告などありましたらよろしくお願いします。
起きたら隣に美少女がいた。
どっかのラノベで何度も見たことのある光景を実際に体験し、普通からほど遠い現状の、その歪さに思わず息を呑む。
午前七時。いつも通りの目覚まし時計で目が覚め、目をこすりながら起き上った瞬間これだ。
何かのドッキリだと思いたい。
いや、何かのドッキリじゃないと俺の思考が麻痺しそうだ。
それくらいには混乱しているのだ。
「誰、なんだ?」
とりあえず現状、俺の最大の疑問である一言から始めることにした。そのまま、彼女をじっくりと観察する。
何物にも穢されていない純白のワンピース。そして腕にはブレスレットがいくつか見て取れる。他には何も身に付けていなかったが、金髪碧眼、それでいてすっきりとした鼻梁と造形美のようなプロポーションで、彼女という存在が別次元にいるような錯覚を覚える。
俺の質問に、女の子は小さく微笑み、そして言葉を発した。
キーは少し高め。それでいて、聞くだけで心が洗われるような、澄んだ声だった。
「マキ」
一言だけ、そう答えた。
マキ。それが彼女の名前だろうか。
「……ところで、君は俺の幼馴染か何かなんだろうか」
朝起きたら美少女。そうくれば幼馴染というのは相場ではないか。
そんなわけで仕様もない質問をしてみたが、これは首を横に振られた。まあ、そりゃそうか。
そこから適当に寝起きの冴えない脳内で思いついた、他愛のない幾つかの質問を繰り返したが、名前を名乗った以外で、彼女が喋ることはなかった。
ただ一つ分かったこと。
「君は人間か?」
答えは――――ノー。
まさか幽霊か、と思って問いただせば、これもノー。
「――――」
「……全く、何なんだこの状況」
声を発さず俺の問いかけに答えた少女を眺めつつ放った言葉は、もちろんのこと相手にされず虚空に消えるだけ。
それでも俺を見つめていた、人間でも、幽霊でもない、可憐な少女は声を発さず、ニコリと端麗な顔を綻ばせた。
*****
「……おはよう」
「おはよう、奏多君。朝ごはん出来てるわよ――――って、あれ?」
二階にある洗面所で顔を洗い、歯を磨き、一階のリビングまで降りる。
そこで声をかけた母親――百合江母さんが俺の方を振り向いた瞬間、まあ予想通りの反応が返ってきてしまった。
俺の後ろに佇む一人の美少女、マキに目を奪われているようだ。
「奏多君、もしかしてお持ち帰りとか……?」
「健全な男子高校生の俺がそんなことしません」
……いや、健全な男子高校生ならやってしまうのだろうか?
と、そんな意味不明な思考に飛びそうになったところで、マキがフワリと浮いて、俺の前に出てきた。
そのまま小さく母さんへとお辞儀をする。なんとも慎み深い何かである。
「あら、ご丁寧にどうも」
「いや母さん、そこ天然出さなくていいから」
思わずツッコんでしまう。
「ところで、この女の子は誰なの、奏多君」
「起きたら枕元にいたんだ。いくつか質問したんだけど、名前はマキで、分かっていることといえば、人間でも幽霊でもないらしい」
今さっき行った空中浮遊だって、ホントならさっさとツッコんでおきたかったのだが、おそらくこの美少女には何を言っても無駄なのだろう。
俺の放った言葉を吟味するように母さんは悩んだ後、ポンと手を叩いてある思考に行きついたらしい。笑いながらその言葉を放った。
「なるほど、神威ちゃんなのね。私、そんな人間らしい神威ちゃん見たの久しぶりだったから分からなかったわ」
「…………神威?」
もはや何から問いただせばいいのか分からない。
でも取りあえず第一声に何を選ぶかは理解出来る。
「神威って、何?」
人間じゃない何かがいる世界?
そんなもの、お伽噺か何かだろう?
「神威は神威よ~? ほら、その子も多分神威だと思うのだけど」
奏多君、神威出せるようになったんだね、おめでとうとか色々そのあと聞こえてきたが、今はそれどころではなかった。
ニコニコと笑う美少女、マキ。
まさか、そんなこと――――、
「お前は、神威なのか?」
コクリ、と。彼女は首肯した。
人間でも幽霊でもない彼女は、その存在であることを肯定したのだ。
「……訳が分からない」
神威ってなんだ。神威って何なんだ。神威って何者なんだ。
知らない。そんなもの知る道理がない。俺の知っている常識では、それを推し量ることは出来ない。
――いや、むしろ。
母さんはなんで、神威の存在をさも当たり前のように知っているんだ。
そんなもの、十七年生きてきた俺の常識にはないというのに。
「なんで母さん、神威のこと知ってるの?」
「神威くらい、誰でも知っているでしょう? ていうか今まで何度か、私の神威を見せたことあったよね? 覚えてないの?」
「えっ」
そんな記憶はない。
あったらまず彼女が神威という存在だと気付くはずだ。
「忘れてるのかなぁ。見せてあげれば、思い出すかも?」
と、母さんが小さく呟いた。
――――転瞬、状況は一変する。
俺の眼前には白銀の狼がいた。体長は一メートルから二メートルの間。犬より大きい。
そこにずっといたかのように、巨大な白い狼が、俺とマキを見上げていた。
獰猛さは感じ取れない。しかしなお、その圧倒的な神々しさと存在感は、今まで体験したことのないものだった。
こんなものを子供のころに見ていれば、それは忘れることは出来ない。
どうして忘れられようか、いか出来まい。と反語で言いたくなるレベルだ。
「その顔を見ると、忘れちゃってたのかなぁ。お母さんの神威、かなり特徴的でキュートだと思ってたんだけど」
そういって母さんは巨大な狼の鼻の近くをなでる。
気持ちよさそうに目を細める白い狼に、俺はなぜか無性に叫びたくなった。
――――おかしいよこんなの!
そんな衝動を抑え、あくまで冷静にいこうと、混乱気味の俺自身に暗示をかけるように唱えた。
ここで、ふと点きっぱなしのテレビの報道が視界に入る。
一人の神威所持者が銀行強盗をしようと試み、失敗したという内容であった。
犯人は全身を透明化させることのできる能力を持っていたようだが、赤外線センサーに反応して警報が鳴り、そのまま御用になってしまったらしい。
しかも全身といっても服は隠せないため、捕まった時は全裸だったという、なんともお粗末な結果だ。
その内容を見て、途中からテレビを見始めたお母さんは小さく失笑を零した。あの存在感のあった狼はいつの間にか消え、リビングにはいつも通りの日常が――
「なんだこれ」
なぜこんな非現実的な報道を見て、なぜ母さんは当然のように笑い飛ばせるのか。
そもそも、俺の知っている現実に、神威という存在は空想上、または創作、はたまた伝説、歴史でしか成り立っていなかったはずだ。
ここは――いったいどこなんだ。
現実なようで現実ではない、日常であるようで非日常なこの世界。
まるで某アリスちゃんの鏡の国にいるようであり、その虚構に未だ彷徨っている気分である。
「いったいどうしちゃったんだよ、この世界」
そんな俺の一言は、やはり誰にも相手にされず、空気の中に溶けていくことになる。
ただ一つ分かることは、マキちゃん可愛いということだけだ。