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異世界、異世界(ry

作者: シリカゲル

「僕はね、人気者になりたいんです。いろんな人に注目されたいんです」


 ある日、執筆仲間の姫小路君が唐突におかしなことを言い始めた。


「自己顕示欲かい? 誰にだってあるだろうし、それが動機になって面白い作品が書けるなら、良いこと――かどうかはさて置いて、おかしなことではないと思うよ」

「そうじゃないんです。とにかく目立ちたいんです」

「それなら、ライブ配信を利用して奇抜なことでもやってみたらどうだい? 紅顔の美少年が卑猥棒で納豆をかき混ぜながら、僕をお食べと全裸で皇居のお濠へダイブ! 間違いなく人気者になれるよ」


 インパクトは絶大でマスコミにもネットにも受ける素晴らしいアイデアなのに、姫小路君は不満げな顔をしている。


「やりませんよ! 犯罪じゃないですか! っていうか、卑猥棒ってなんですか!」

「ちん……」

「言わなくていいんですよ!」


 確実に時の人になれるというのに、なんというワガママな物言いなのだろうか。自分ではアイデアを出さないの要求だけは人一倍とかなんということだ。


「悪目立ちはしたくないです。顔も直接出したくないですし…… あくまで、『文筆家になろう』の中で有名に――人気者になりたいんです。何かいい方法は無いですかね」

「人気作家になりたいってことだろ? それなら、面白い作品を書いて、埋もれないように更新を早めたりだとか、すればいいんじゃないのか?」

「やることはやってますけど…… 面白いっていうのは個人の主観ですよね? 作品の質を高めてるつもりなんですけど、アクセス数が増えません」


 姫小路君が求めているものは即物的な人気なのだろうか。それならば、サイトのシステムに合わせた小説作りを行えばいいのではないか。求められている答えと違うかもしれないが、アドバイスとしてなら悪い考えではないだろう。


「姫小路君。読者が求めている物だけを、提供するようにしよう。例えば、一話当たりの文字数を抑えめにして、更新頻度を増やす。今以上に、流行り物のジャンルやテンプレを積極的に導入する。もちろん活動報告も毎日書いて、他の作者や読者たちとも積極的に交流をしてポイントを増やし――」

「もう、やってます」


 俺の言葉は、姫小路君の一言で断ち切られた。


「……やってるの?」

「やってます」


 考えてみれば当然のことか、人気作者になりたいと願ってアドバイスを求めてくるのに、基本的なことをやっていないはずがない。


「う~ん、それだけやってるなら、アクセスは充分に伸びてるんじゃないのかい? 今、連載している作品の人気はどれほどなんだい?」

「今ですか?」


 姫小路君の人気は悪くないものである。最近の数字は調べていないが、アクセス数は百万に迫るほどであったはずだ。


「二か月前に異世界料理もの終わらせて、三週間前から悪役令嬢物を始めました。これが…… えーと、二千万アクセス、ブクマが五万件です」


 聞き間違いだろうか。二千万アクセスのブクマが五万とか聞こえたんだが。


「二百万アクセスのブクマが五千?」


 念のために聞き返してみる。


「いいえ、二千万アクセスにブクマが五万件です。ほら、見てみますか」


 そう言って、姫小路君は手元のスマートフォンを俺に見せてきた。そこには間違いなく。紛れもなく。八桁のアクセス数が表示されていたのだ。

 これだけの結果を残しながら、人気者になりたいなどと、のたまう彼に、俺は激怒した。この邪智暴虐の人気作家に怒りの鉄槌を下さんと俺は決意した。


「馬鹿にしてんのか! お前ェ! 全国の『作家になろう』登録者百万人を敵に回したぞ! 貴様ァ!!」

「鈴森さんが、自分で言ってたじゃないですか。『読者が求めている物だけを、提供するようにしよう』って。手法そのものは、鈴森さんの言ったことをやってるんだから、怒る必要ないじゃないですか」


 それも、そうか――なわけがないよな。違うよな。


「怒る必要ないって怒るよ! 温厚な俺でも怒るよ! 人気者になりたいって悩みはなんだったんだよ! 十分に人気者じゃないですか!」

「だから、もっともっと人気者になりたいんですって言ってるじゃないですか。もっと、いろんな人に注目されたいんですって」


 この子は底辺作者に相談する内容を間違えてるのではないだろうか……


「大人気だよね? 書籍化間違いなしだよね? これ以上望むのは身分不相応じゃないかな?」

「えー、異世界じゃないのに、身分なんて言われても困るんですけどー」


 何を言っても意味が無いような気がするから話を元に戻すとしよう。そうしよう。


「えーと、なんだっけ? 人気者? になりたいんだったっけ?」

「目に見えてやる気ないですね」

「何をおっしゃるウサギさん。とっても、いい方法あるあるよー 俺は天才かっての」

「僕が持ちかけた話だから聞きますけど、どんな方法なんですか?」

「多重アカ――」「駄目です」


 言い切らないうちに断られてしまった。


「不正とかはやったら駄目です」

「ばれない方法があるのに駄目なのか。せめて、話を聞くだけでも」

「……楽して人気者になりたいのにめんどくさいじゃないですか。しかも、ばれたら炎上するんですよ。わざわざ謝罪のポーズして謹慎のふりとか面白くないですもん」


 そんなこったろうと思ったけど、発言をリークしただけでプチ炎上しそうな発言はなんと言うか……


「他になんかありませんか? 楽して人気になれそうなの。鈴森さんなら、変わったアイデア持ってるから、いいアドバイスしてくれるって、みんなに聞きましたよ」

「俺はアレだよ。タブーとかお約束を蹴っ飛ばすのが好きなだけで、アイデアが湧いて出る人間じゃないよ。つーか、俺は、みんなにどんな扱いされてるわけよ」

「珍獣ですかね」


 ……うーん?


「今のは聞かなかったことにして話をもどそうか」


 と言っても、ネタはあんまり多くない。皮肉やブラックジョークは扱い方が難しい。となると、世相を切り取ったお話作りと言うことか。


「じゃあね、政治的な話を少しだけスパイスとして加えてみよう」

「政治的ですか…… それは、構わないですけど、具体的にはどんなのがいいんですか?」

「やっぱり時事ネタだろうさ。今なら、伝染病とか安全保障条約とか報道圧力とか」

「どれも、スパイスとして中世風ファンタジーに盛り込むには、扱いが難しくないですかね」

「なら、タブーに切り込もう。わかる人にはわかる言い回しを多用してお話に組み込みんだ。中世風ファンタジーなら打ってつけのタブーがある」

「嫌な予感がするので念のために聞いておきますけど、何タブーですか?」


 言わない方がいいのだろうけど、言わずにいられない。『作家になろう』で取り扱った人はそんなにいないだろうから、確実に話題にはなるはずだ。“話題”には。

 俺はゆっくりと、力を込めるように言った。


「番町皿屋敷」


「……ばんちょうさらやしき。番町皿屋敷ですよね? タブーですか…… なにかありましたっけ?」

「菊だよ、菊。お菊さんだよ」

「お菊さんは知ってます。でも、呪いはあるかもしれませんけど、タブーなんてあるんですか」

「わからないか。なら、ヒントだ。菊でタブーと言えば?」


 ぶつぶつと菊でタブーと繰り返していた姫小路君は目を見開いて言った。


「駄目ですって! それ、絶対に駄目ですってば!」

「大丈夫だよ。中世風世界なんだから王室に変更すれば気が付かれないさ。道化師を出して王室批判をさせて、批判に対して暴力をふるう“近衛騎士団”を敵として描写すればごまかせるよ。なぁに、規約には一切触れていないから削除される心配もない」


 我ながら完璧なアイデアだ。法律上も規約上も何も問題は無い。作品を発表し続ける限り、注目の的になるのは間違いない。問題があるとすれば代弁者気取りの暴力団が騒ぎ立てそうなことくらいだが、そのために、比喩として王室にすり替える。

「大丈夫じゃないですよ。人に何を書かせる気ですか!」


 姫小路君はぷりぷりと怒りながら言う。


「姫小路君。君は本当にわがままだな」

「えーと、僕はわがまま言ってませんよね。危険なことを言い出したのは鈴森さんですよね……」



◆  ◆



「さえ、大人気になるためには読んでもらわなきゃいけない。そのためには面白さが重要だが―― 姫小路君は自信があるようだから、これは問題ないものとしよう」

「当然です。面白くて大人気なのは間違いないですから」


 姫小路君は胸を張って答える。不愉快だ。


「つまり、変えて効果がありそうなのは―― 何だと思う?」

「え、えーと…… タグ? じゃいですよね。それなら、タイトルですか?」

「その通り。タイトルだ。ペンネームを変える方法もあるけど、名前が通ってるならタイトルを変更するのがいい。インパクトのあるタイトルで、今まで取り込めなかった層を取り込む」

「安直ですよね」


 はっきりと言われてしまった。そんなことは言われなくても分かってるよ。


「安直だけど効果的だろう。商業作品でもタイトルを変更したら売り上げが大きく伸びるってことは度々あるんだから、素人が真似したって問題は無いはずさ」


 タイトルを変えても鳴かず飛ばずって作品もあるんだろうけど、失敗例は記憶に残らないのでわからない。


「それでだ、姫小路君。今、君が書いている作品名はどんなものなんだ」

「えーとですね。『悪役令嬢の優雅にして華麗にして死を運ぶ日常』です」


 ――どうしよう、地味だ。 『死を運ぶ日常』が捻ったところなんだろうけれど地味だ。あと、ダサい。


「ど、どんな作品なんだい? 話の内容を聞いてみないことには論評は難しいかな」


 姫小路君は嬉々として語り始める。


「ヒットした小説の中に転生するお話なんです。タイトルでわかると思いますけど、戦争をしている世界で主人公の悪役令嬢は、ドラゴンライダーになって活躍するんです。内政系の要素は少ないですけど、きらびやかなで華やかな社交界と血沸き肉躍る戦闘をですね――」

「大体わかったから。熱く語らないでも大丈夫だから、その辺で……」

「この作品に合ったいいタイトルはありますか?」


 困った。興味のない分野のタイトルをひねり出すのは難しい。即興で適当に答えてお茶を濁そう。


「そうだな、テンプレタイトルでいいなら簡単に思いつくな」

「テンプレですか? 『○○ですが××です』みたいなのですか?」

「それだ! それで行こう!」


 テンプレなら面白おかしく適当にでっち上げればいいんだから問題は無い。


「そうだな…… 『悪役令嬢ですがウォータードラゴンに乗って航空撃滅戦をやります。 ~刃向う者どもを空から滅ぼすのって楽しいよね~』ってどうだ!」

「どうだ! じゃないですよ。社交界要素はどこ行ったんですか。しかも、ウォータードラゴンってドラゴンじゃなくてトカゲじゃないですか。引っかかる読者が目に浮かびますよ」

「インパクトはあるだろ?」

「一発ネタ的な意味でなら」


 存外厳しい評価だ。あんな面白味のないタイトルを考えてるくせに……


「……相談しておいて、こんなこと言うのも失礼ですけど、いいアイデア無いみたいだし、また今度にしますね」

「そうか。何かいいタイトル浮かんだらメールで送っておこう」

「なら、新作のタイトルを考えてみませんか。タイトルに沿った内容にしますから」

「わかった。とびきりのタイトルを考えとくさ」

 

◆  


 姫小路君。大変残念なお知らせだ。俺は君をからかうと決意したのだ。その、決意を受けて見るがいい。番町皿屋敷はジャブに過ぎなかったことを思い知れ。


 「――姫小路君かい? 新作のタイトルをメールしておいたから確認しておいてくれないか。……電話したのは早く確認してほしかったからさ。……うん、新作期待してるよ」


 携帯を切った俺は急ぎ外出の支度をする。姫小路君の襲来に備えるために逃げ出すのだ。

 ふと、パソコンの電源が入りっぱなしになっているのに気が付く。タイトルが画面に映っているが――


 《異世界、異世界、転生チート、神に愛され主人公。生まれ落ちたは大公爵、幼馴染は大総統、あいつの役目は大番頭。質実剛健俺TUEEE、頭脳明晰複式簿記、天才発明科学技術、眉目秀麗珍珍無双。魔法を使えば世界滅亡。剣を振るえば草茫茫。メイドに手を出しお家騒動。亜人に手を出し実家絶縁。獣人竜人魚人に半人、亜人妊娠俺が犯人。ひとりに絞るのマジで堪忍。勢い余ってズーフィリア。俺の趣味はペドフィリア。一幼女、二幼女、三幼女。まだまだ増えるよ、どんどん増えるよ、ばんばん増えたらパンパンやるよ。増えすぎちゃって住むとこ無いよ。住むとこ無ければ生きてけないよ。仕方がないからお金を得るよ。ギルドに行って仕事を受けるよ、受けた仕事が犯罪絡み。主犯の貴族を叩き斬る。説明不足で指名手配。残念無念、多勢に無勢。ハーレム引き連れ異国に逃げるよ。逃げる途中で王女に会うよ、王女様は襲われてるよ。助けを求めるあの子の声に、熱くたぎるよ、股間も勃つよ。悪漢蹴散らし、山賊散々。晩餐カンカン。王女様に感謝されたよ。王女様を送っていくよ。感謝のしるしに貴族になって、領地をもらってNAISEI開始。灌漑整備収量増加、木材伐採植林事業、印刷事業製本技術、鉱山開発工場建設、品質安定大量生産、教育改革富国強兵、国境不穏軍備増強、隣国ついに宣戦布告。国境突破快速進撃、大平原で大決戦。敵軍大群、味方は少数、戦線中央後方撤退、敵軍突出両翼前進、後方遮断敵軍包囲、現代兵器で敵軍粉砕。航空兵力シュトゥルモヴィク、間接砲撃ロング・トム、戦車前進センチュリオン、歩兵火力テキダントー。あっという間に敵軍全滅。お味方勝利! 大勝利!! 論功行賞妃殿下降嫁、マジかホントか俺でいいのか。俺の奥さん元妃殿下。少しお年を召されてんか。禁断魔法年齢制御、どっから見ても一桁幼女。同行の侍女が大激怒。有無を言わさず年齢制御、洗脳魔法に肉体強化。ハーレム交えてプロレス大会。ベットの上でベルト争奪。くんずほぐれつ、ドタバタゴロゴロ、体の一部が如意棒棍棒、潤んだ泉に稲妻落下。七日七晩ムシャムシャパクパク。精も根も尽き果てて、出しも出したり千八発。一人当たり二十一発。全弾命中、お腹がぽんぽこ。子供がぽこぽこ。家族が増えて思い出す、実家の両親と亜人の娘。地位の力で故国に帰国。母に再会、感動の再会。親父に再会、殴り合いを開催。唸る剛腕、神速の右。緩急自在に変幻自在。俺より強いぞこの親父。怒りの一発、頬に一発。親父が涙、鬼の目に涙。帰ってきたのかバカ息子、いつの間にやら亜人の娘、見慣れぬ双子の少女を連れて、あなたの娘と亜人の子。俺の子なのかと双子を抱き寄せ、これから一緒に暮らすと宣言。見れば誰もが涙を流し、嗚呼、感動のフィナーレを迎えるのでありました。めでたし、めでたし。》


 ――我ながら笑いに重点を置いた良いタイトルだ。勢いででっち上げた割に傑作になった。なってない。

 おっと、物思いにふけってないで出かけないとな。



 玄関口に向かいドアの取っ手を捻るが開かなかった。こんな時に立てつけが悪いなんて間が悪いな……



 少し強めにドアを開けると満面の笑みを湛えた姫小路君が立っ――


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