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黒い炎  作者: 陸奥守
第五章 地球のラグナロクを嗤う男達
99/424

紙一重


~承前






 突然眩い光りが戦場を駆け抜け、テッドは目を細めそれを見送った。

 その巨大な光りの柱は、戦列艦の主砲が発砲したモノだった。


「何処に向かって撃ってんすか?」

「知った事か! とりあえず敵なのは間違いねぇだろ!」


 どこか捨て鉢な言葉が飛び交うのだが、実際は些事に構っている余裕など無い。

 ロニーもディージョも正直に言えば自分の身を護るので精一杯だ。


 ただ、責任ある士官として与えられたシェルを上手く使う義務はある。

 シェルのCTP(共通戦術状況図)を見ながら、とにかく戦うしか無い。


COP(共通作戦状況図)によれば、敵機総数は150!」


 ウッディはデータを読み上げ、全員の視界に戦域立体状況図を転送した。

 3次元空間での戦闘状況を示すその表示には、シリウス側の艦艇が映っていた。

 連邦側の砲撃はそのシリウス艦艇の集合地点に向けられて居た。


「なんでまた……」


 半ば呆れた声で呟いたジャン。

 すかさずその言葉に解説を入れたのはアレックスだった。


「敵艦へ向けて長距離砲撃出来るのは戦列艦だけだ。で、船舶に影響が出れば敵シェルは戦列艦を第一目標に据えるだろう。そうすれば俺たちは少しでも楽になる」


 厄介払いだと言わんばかりなアレックスの言葉にテッドは不快感を覚えた。

 自分が楽になる為には黙って眺めていろとでも言い出しそうなものだ。

 『そんな事したら戦列艦が集中砲火を――』と抗議の声を上げたテッド。

 だが、間髪入れず言葉を返したのはエディだった。


「囮になるのは鈍重でも装甲が厚い奴の役目だってことさ」


 ――おとり?


 手近なシリウスシェルに280ミリを叩き込んでマガジンを変えながら、テッドはエディの言葉に首を傾げた。ただ、『何故?』とテッドが聞く前に、エディは勝手に解説を始めた。


「あの戦列艦は一番の重装甲だ。空母や砲艦レベルとは次元が違う」

「じゃぁ、他の艦船に攻撃が行かない様にする為にってことですか?」


 テッドでは無くヴァルターが問いを発した。

 その声は訝しげでも有り、また、感動に打ち震えるようでもあった。


「まぁ、そう言う事だな。そして、ついでに言えば……」


 エディは集合信号を発しつつ戦域を横切って大きく旋回し、戦列艦へ向かった。

 その後ろにアレックスとマイクが付き、501中隊が続々と結集し始めた。


「敵機が一纏めになった方が対処もしやすいって事さ」


 ――あぁ、そうか……


 全くオープンな環境で追いかけ回すよりも、何かに意識を集中している敵を襲った方が効率が良い。戦列艦に向かって突撃中のシェルは、一番の弱点である背中への意識がお留守になる。

 シリウスのシェルも充分早いが、最大速力はタイプ02に部があるのだ。最大速力で迫り、一気にモーターカノンを叩き込む作戦をとれるなら、弾薬の節約という意味でもありがたい事だった。


「太古の昔からの戦術だ。木の実は一つずつ潰すより、一纏めにして潰す方が楽って事だ。つまり、散開している敵に餌を見せてひとまとめにし、そこを叩く。これをするには囮役の根性が重要なんだが」


 一気に切り込んでいったエディは、戦列艦に群がるシリウスシェル群の外側から順に攻め始めた。夥しい数で群がっているシリウスシェルは、戦列艦にしか興味を示さないような単純さだ。

 後方に全く警戒を示さない姿は不思議ですらあるのだが、警戒を示したなら示したで面倒が増える事になる。出来るモノならそのまま興味を反らさずに、素直に死ねとテッドは思う。


「しかし妙だな」

「あぁ、連中はまるで火が付いてるてぇだ」


 ディージョもジャンも訝しがる。

 シリウスのシェルパイロットは脇目もふらずに戦列艦へ群がり始めた。

 夥しいパルスレーザーの光芒が放たれ、至近距離でファランクスの槍衾に貫かれたシェルが次々と爆発している。


「まるで死ぬのが怖くねぇって風だぜ」


 ドッドの言はある意味で核心を得ていた。

 文字通りに死を怖れない特攻状態な攻撃態勢だ。

 先頭に立つシェルが爆発すると、その直後にいたシェルが同じように突入した。

 次々と迫っていき手持ちの火器で戦列艦に襲いかかる。


「気合い入ってるって言うべきか?」


 テッドは280ミリを背中に回し、140ミリ砲で敵シェルを狙った。

 彼我距離1000を切っての砲撃は、まるでカモ撃ちだ。

 次々と火だるまになるシリウスシェルだが、それでも背後に気を回さずにいた。


「頭のねじが飛んでるって言うんじゃねぇのか?」


 テッドと編隊を組んでいたヴァルターも次々と砲撃を加え続けている。

 恐ろしいペースでスコアを伸ばしているのだが、シリウス側の戦列は一心不乱に戦列艦への攻撃を続けていた。


「どうも正解みたいっす!」


 ロニーの情けない声が無線に流れた。

 そして、その視界が転送されてくる。


 戦列艦の外殻に取り付いたシリウスシェルは、文字通りのゼロ距離でサンダースティックを炸裂させた。強力なHEAT弾が連続して放たれ、戦列艦の外殻を叩いている。


 だが、それでも戦列艦の表面装甲に穴を開けるに至っていない。

 やはりこの装甲には同じ戦列艦が持つ大口径の主砲が必要だ。


 それに気が付き絶望したのか、錯乱でもおこした様にシェルのパイロットが装甲を殴り始めた。

 シェルの両腕を使って戦列艦の外殻を殴るのだが、壊れるのはシェルの拳ばかりで外殻はビクともしない状態だ。やがてシリウスシェルは機体を直接ぶつける様にして戦列艦に襲いかかった。機体が破壊されていくのを恐れぬように。


「狂ってる……」


 ステンマルクはそう呟き、イカレたそのシェルを140ミリで破壊した。

 パーツを撒き散らしシェルは爆散したが、その僅かな痕跡部分に次のシェルが取り付いて攻撃を開始した。同じように至近距離でサンダースティックを使っているのだが、戦列艦はビクともしない。


「文字通りの無駄な死だな」

「きっとアレをすればヴァルハラに行けるのさ」


 アレックスとマイクの二人は溜息をこぼす。

 その行為の全てを見透かしているかの様な言葉にテッドは違和感を覚えた。


 ――何が目的なんだ?


 そう思ったテッドの脳裏に浮かぶのは、半狂乱でコックピットに収まるリディアの姿だ。あの時に見たシリウスシェルのコックピットは、パイロットの周囲をそっくり包む様に耐衝撃ゲルが詰まっていて、身動き一つ出来ない様な構造だった。

 あのコックピットの中でシリウス側のパイロットが何を思っているのかは想像が付かないが、少なくともまともな状態では無いのは言うまでも無い。


「本当に狂ってんのか?」


 テッドはライフル砲を構えたまま戦列艦の外殻へと突入していった。

 戦列艦のファランクスシステム(近距離防空対応火器)が応戦の火を噴く中、テッドはシリウスシェルのバックを取って次々と蹴りつけたり、或いは、手近な鈍器で殴ったりしていた。


「おいテッド! 何やってんだよ!」

「ちょっと実験さ!」


 テッドに蹴りつけられ、シリウスのシェルのいくつかが振り返った。

 一瞬だけゾクリと寒気を覚えたテッドは、シェルを反転させエンジンを目一杯に吹かした。一気に加速しつつ後方を見たテッドは、まるで背中に火でも付いたかの様に追跡してくるシリウスシェルの大軍をみつけた。


「なんだよ充分まともじゃねぇか!」


 やっちまった!という後悔と共に全力加速で逃げるテッド。

 速度計の針が狂った様に跳ね踊り、02Bは秒速38キロで逃げていた。

 機体のメインエンジンノズルをギリギリまで偏向させ、機体を後ろに反らせて滑る様に旋回していく。

 その機動はシリウス側の慮外であるのか、後方でテッドを追跡体制になっていたシリウスシェルが味方同士で衝突を起こしている始末だった。


「やっぱイカレてるっす!」


 遠目に見ていたロニーが叫んだ。

 テッドは抜群の集中力で機体を制御するのだが、この時のテッドはまたゾーンに陥っていた。


 ――また世界が減速している……


 自らの感覚が加速している事を理解していないテッドは、戦域の全てを超知覚状態で把握しつつ、追跡してくるシリウスシェルの群れと一定の距離を取っている状態になった。


「おいっ! テッド!」

「そっちはマズイぞ!」


 ドッドとジャンが叫んだ。

 ただ、その声もテッドにはひどくスローモーに聞こえた。


「進路を変えろ! 今すぐ! 変えるんだ!」


 エディの声が聞こえる。

 不思議とそのエディの声だけは普通に聞こえた。


 ――いけるって!


 テッドはグングンと加速していく。

 その背後をシリウスのシェルが追跡している。


 ――行ける!

 ――行けるさ!


 勝算はある。

 一気に方を付けられる。


 アレなら。

 あの威力なら。


 テッドはそれを確信していた。


「バカをするな!」


 無線の中に聞こえたエディの言葉が悲鳴に近いと思った。

 もっと信用してくれと思うテッドは、速度計の針が秒速40キロになっているのを見つけた。


 ――へっ!

 ――大台突入!


 テッドの精神は完全にイカレている状態だった。

 まるで流星の様に飛ぶシェルの軌跡は、一直線のロケットロードその物だ。


 ――いけっ!


 頭打ち速度に達したシェルはカタカタと振動し始めた。

 そのコックピットにいるテッドは視界の中にコロニー船の最後尾を捉えた。

 エンジンノズルの周りには、臨界状態を閉じ込めたプラズマスパークが見えた。


「しっかり付いてきやがれ!」


 シリウスシェルの多くが秒速30キロを超えている状態になっている。

 連邦のシェルと違い、この速度域のコントロールが弱いと見えるその機体は、テッドの変針に対応出来ずバラバラと崩れていったりしている。ただ、それでもテッドは遠慮する事無く飛び続けた。命のやり取りの現場では情け無用が鉄則だ。


「さぁ来い! 来るんだ! 来やがれ!」


 テッドの頭からも自制心のねじが飛んでいる状態だ。

 だが、やや減速しシリウスのパイロットに『追いつくかも!』と期待を持たせる小技を忘れてはいない。


 ――よしっ!


 距離を詰めたシリウスシェルがジリジリと迫ってきた時、テッドは一気に変針して進路を定めた。


 後は度胸勝負だ。


 グッと奥歯を噛んで速度を爆発的に上げると、機体後方には反応エンジンの炎が緑色に広がり、シリウス側のパイロットが一瞬戸惑う状態となる。


 それは狙ったカモフラージュであり、そして演出だ。

 テッドが行ったその目眩ましは、シリウスのパイロットに狙ったとおりの効果を与えた様だった。そして、その結末は唐突に訪れた。


「あぁ!」


 誰かが叫んだ。

 テッドはその声を聞いてニヤリと笑った。


 シェル史上最高速を叩き出したテッドのシェルは、コロニー船の後方を飛んだ。


 その時、テッドは視界の片隅に緑とも紫とも付かない色を見た。

 シェルの外部光学センサーは申し合わせた様にハレーションを起こした。

 それは、臨界状態に入ったコロニー船のタンデムミラー型エンジンの影響だ。


 推力を全開状態へと移行させていたその影響で、莫大な量の高速荷電粒子が長い尾を引き始めていた。巨大やエンジンがプラズマ化した陽電子の奔流を噴き出す直前、テッドのシェルはその危険エリアを突き抜けた。


「アッハッハッハッ! やったぜ! やってやったぜ!」


 機体各所についたセンサーが一斉に壊れていくのを見ていた。

 比較的装甲が厚いとはいえ、コックピットの中もただで済む訳がなかった。

 テッドの視界には様々な色のノイズが浮かび、虹色のハレーションとともに大きく視界が歪んだ。


「無茶しやがって!」


 マイクの怒声が聞こえた。

 だが、テッドはニヤリと笑っただけだった。

 シェルの無線機能が死んだらしく声は通らない。

 有る意味で即死しなかったのが奇跡のレベルだ。


 振り返ったテッドは、コックピットの僅かな実視界から後方をうかがった。

 シリウスのシェルが次々と溶けていくのが見えた。


 エンジン推力が全開になるほんの数秒。

 いや、コンマ数秒前にテッドはそこを突き抜けていた。


 テッドを追いかけていたシリウスのシェルは、タンデムミラー型重水素核融合エンジンの莫大な陽電子を受け、宇宙空間で蒸発していった。全ての分子結合を破壊され、100機近いシリウスのシェルは文字通り蒸発していったのだ。


「やった! やったぜ! ざまーみろっ!」


 笑いを堪えきれないテッドは、一人大声で笑い続けた。

 相変わらず機体はガタガタと振動し続け、エンジンは最大出力のままだった。

 だが……


 ──えっ?


 この時点でテッドは異常に気が付いた。

 機体が全く制御出来なくなっていた、


 コックピットシートの背面に有る機体制御コンピューターが沈黙していた。


 ――ツケが回ってきたか……


 ガタガタと暴れるシェルのインターフェイスは完全に沈黙している。

 戦域を横切る様に飛ぶテッドのシェルは一切の制御を受け付けなくなっていた。


 ――マジかよ……


 テッドは努めて冷静になってマニュアルを思い出しつつ、コックピットの天井辺りにあるカバーを開けた。ビッシリと並ぶスイッチの中からインターフェイスの切り替えを探し出し、マニュアル制御に切り替えた。

 コックピットンフレーム材に付いていたカバーが開き、中から幾つもの計器が顔を出す。その中にあった速度計の表示は秒速33キロとなっていた。


 ――これに助けられるとは……


 独り言の様に愚痴をこぼし、テッドはフルマニュアルでのシェル制御に挑んだ。

 まだ敵機が50機近く居るのだが、エンジン推力全開のまま旋回しなければ、テッドはやがてシリウス太陽系の彗星になってしまう。


 出来るか出来ないかでは無く、『やるのだ!』とテッドは奮い立つ。


 ――やってやるさ!


 と、一人気合いを入れて。







 この日の戦闘がなんとなくお開きとなった頃、テッドは精も根も尽き果てた状態でハルゼーへ帰投した。

 エンジンの推力を落とす事が出来ず、最後はエンジンを強制スクラムさせての帰投だった。

 501中隊の中でエディについでのポジションを占めていたテッドをして、フルマニュアルでのシェルドライブは手に余すモノだった。


「報告書はしっかり書いて貰うぞ?」


 冷たい声で指令を出したマイクの言葉に苦笑いを浮かべつつ、テッドはサイボーグ母艦アグネスでの精密検査を受けに出掛けた。


 道中ふと『リディアはコレをやってるのか……』と、呆れる程に感心しながら、テッドはリディアの無事を祈っていた。


 この日、当の本人が経験したとんでもないピンチを棚に上げて……


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