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黒い炎  作者: 陸奥守
第五章 地球のラグナロクを嗤う男達
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死闘


~承前





 ――頼むぜ!


 テッドは祈った。

 それしか出来なかったから。


 機体の左右に真っ赤な線が伸びてきて過ぎ去った。

 一瞬だけ助かったと思ったのだが、問題はここからだった。


「洒落にならねぇ!」


 ヴァルターの悲鳴が響き、一瞬だけそっちへと意識を向けたテッド。

 その視界には、複数の敵シェルから囲まれるヴァルター機が映った。


 全ての逃げ道を防ぐようにして包囲の輪を狭めていくその動きは、高度に洗練された見事な集団戦闘だった。


「大丈夫か!」

「何とかするさ!まだ死にたくねぇしな!」


 言葉とは裏腹にヴァルターの動きには全く余裕がなかった。 

 ただ、だからと言って助けに行けるかというと、テッドにもそんな余裕はない。


 テッドのシェルは間も無く外の網を抜ける所まで来ているが、それに追いすがるようにシリウスのシェルが何機か反転しているのが見える。


「ロニー!」

「まだ生きてるっす!」


 相変わらずな調子だが、ロニーもそれほど余裕があるわけではない。

 シリウスのシェルが見せる連携戦闘は501中隊のそれを大きく凌いでいる。

 なんとか脱出を図りたくとも、正直に言えばそんな余裕など無い状態だ。


 戦闘空域の全てでシリウス側の方が優勢だ。


 持てる戦力の全てを投入して来たかのように、次から次へと新手のシェルが飛び出して来て戦域に顔を覗かせている。


「戦域戦略情報によればシリウスシェルは300を越えているぞ!」

「先ずは生き残らねぇとな!」


 いつも冷静なアレックスの声までうわずり、それに続きジャンの言葉が流れた。

 全くもってその通りだと皆が思った。


 常に先手を取り優勢に戦闘を続けてきた501中隊も、この日だけは背筋が冷え冷えとしてくる状態だ。


「全機! とにかく目の前の敵機を叩け!」


 エディの声が聞こえ、テッドは少しだけ落ち着きを取り戻した。

 本人も知らぬうちに舞い上がっていたのだと気が付いた。


 やるべき事はひとつで撃たれたなら次はない。

 集中力のギアを一段上げてテッドは目の前の敵に集中した。


 ──まったく!


 統制のとれた戦闘を続けるシリウスのシェルは点ではなく面で圧してくる。

 その面を突破するには点の穴を穿つしかない。


 幸いにして必殺の兵器は有効だ。

 今日はシリウスのシェルに荷電粒子砲が見当たらない。

 実態弾頭兵器と違い、あのビーム兵器は回避できない。


「三機一組って状態だな」

「それが3セットで、掛かってくる仕組みだな」


 この乱戦のなかでもアレックスとマイクのコンビは敵を分析している。

 テッドはその精神的タフさに舌を巻いた。

 同時に、連動戦闘の仕組みかあの音楽トリオのやり方と一緒だと気が付いた。


 つまり。

 この敵はあの女達が育て上げたということだ。


「この戦闘手順は例の楽器トリオだ!」


 テッドの声が無線に響く。

 その声に答えたのはエディだった。


「よく気が付いたな!」


 声の出所を探したテッドは、501中隊の最後尾で奮戦するエディを見つけた。

 急加速と急減速を織り混ぜた複雑なオペレーションで敵機を翻弄しつつ、次々と撃破していく。


 自機の速度を殺さずに旋回しているエディのシェルは、速度的なムラを殆どつくっていないがために急加速が冴えるのだった。


 ――どうやってるんだアレ


 戦闘中にもかかわらずテッドの意識は数秒間だけエディに注がれた。

 奇跡のような10秒少々だったのだが、その動きの秘密をテッドは見抜いた。


 エディは機体背面にあるエンジンのベクターノズルを直接制御し、推力の方向を直接捻じ曲げて期待の進路を決めいえているのだ。


 姿勢制御バーニアを吹かして進路を制御すれば、機体の速度はどうやっても低下してしまう。そうならぬよう、機体進路のマイナス方向へは一切バーニアを吹かさず、両脚先端の小型バーニアを使って機を縦にスピンさせている状態だ。


 ――なるほど!


 にんまりと笑ったテッドは機体制御を連続して行い、外網を突破してから大きく旋回してシリウスシェルの背後をとった。どんなに重装甲でもエンジンは剥き出しだからだ。


「くたばれ!」


 背面からなら40ミリや65ミリでも撃破できる。

 そうすれば、必殺の大口径を浪費しないで済む。


「よっしゃ!」


 テッドの空けた穴からディージョやロニーが飛び出してきた。

 その後を追ってドッドやジャンが飛び出し、最後にエディーたちが抜け出て穴がふさがるのだが、その包囲線の向こうにはヴァルターが居た。


「ヴァルター!」


 テッドは機を横に滑らせつつ弾幕を貼るように牽制射撃を加えた。

 ヴァルターを追跡するシリウスのシェルは背後から280ミリをくらい、一撃で木っ端微塵に吹飛んでいる。


 あの冗談のような爆発反応装甲は無い。

 これなら接近戦も問題ない。


 そう気がついたテッドは、迷う事無く真っ直ぐにヴァルターが包囲されている輪に突っ込んで行った。


「バカ! なにやってんだ!」

「うるせぇ! 周りに集中しろ!」


 ヴァルター機に狙いを定めていたシリウスのシェルは、背後から接近していたテッド機に全く気がつかなかった。恐らく仲間の無線が飛んで初めて気がついたらしいのだが、その時点で既に手遅れなのを悟ったらしい。


 とにかく装甲の厚い所でテッドの一撃を受けようと振り返ったのだろう。

 だがそれは、一番装甲の弱いところを曝け出す行為に他ならなかった。


「とんだ間抜け野郎だぜ!」


 シリウスシェルは、背後からヴァルターのモーターカノンをくらった。

 一番弱い部分を叩かれ、あえなく爆散して四方へパーツをばら撒いた。


 そのパーツがガンガンと遠慮なくテッド機の装甲を叩く。

 鈍い衝撃と振動を感じつつ、テッドはヴァルターのすぐ横を通過した。


「とりあえず外に出ろよ!」

「だな!」


 ヴァルターのシェルが進路を変え、そのサポートに付いたテッドと並び包囲網を突破にかかった。次々とシリウスシェルが追いすがる中、二機は外側の網を突き抜けて反転した。


「……おい、あれやばくねぇ?」


 反転した二機が見たのは、戦列艦に攻撃を加えているシリウスシェルだった。


 その様子はまるで、画鋲が大量に突き刺さったフランスパンだ。

 幾多のシェルが勢いを付け戦列艦に向かい突入していく。


「アレなんだよ!」


 ウッディが金切り声を上げた。

 同時に、その視野が共有される。


 戦列艦に集っているシリウスシェルは細長い棒状の武器を持っていた。

 そして、まるでそれを槍の様に構え、戦列艦に襲いかかっていた。


「……サンダースティック!」


 アレックスの声が無線に流れ、その後に痛い程の沈黙が流れた。

 それは、歩兵が現場あり合わせの資材で作る対戦車兵器の俗称だ。


 強力な吸着系ヘッドを持つ長い槍上のサンダースティックは、敵の装甲に突き立てて成形炸薬(HEAT)弾の超高速メタルジェットを叩き込み、装甲を侵徹して撃破する為の武器だ。


 だが、シェルが持つサンダースティックは、そのHEAT弾を二段三段に重ねて作ってある代物だった。


 902のシェルは三倍近い数のシリウスシェルに翻弄され、文字通りのタコ踊りをしながら逃げ回っている。1対1ならなんとか勝負にも成るだろうが、あれだけ戦力的に差が付くとどうしようも無い。


「アァーッ!」


 誰とは言わずに叫んだ。

 戦列艦はまるで風船のよう膨らみ、そして熟れた果実の様に爆ぜた。


 数多のパーツを四散させ外殻装甲の全てを失った戦列艦は、次々と小規模爆発を起こしていた。


「こうなったら手遅れだ」


 エディの冷静な言葉が悲しみをより一層深くした。

 次の犠牲者を出さないために、まだ無傷の戦列艦をフォローせねばならない。


 だが、事態はそう容易いものではなかった。


「あっちもヤベェ!」


 ジャンの悲痛な声が漏れる。

 全員が共有した視界の中、小型の砲艦が集中的に攻撃を受けていた。


 寄って集って攻撃しているシェルはみな手練だ。

 少なくとも、昨日今日に訓練を始めたレベルでは無い。


「何時ぞやの楽器トリオは!」

「間違いねぇ!この研究してやがった!」


 ディージョとヴァルターは平行に飛びながら戦列艦の近くへ急接近した。

 シリウスのシェルは砲艦の攻撃に集中していてこちらに気がついてい無い。


 ヴァルター機のやや後ろについたテッドとロニーは、140ミリを構えて突撃して行った。


「あんまり……」

「あぁ。ゾッとしねぇな」


 とにかく数を減らすしかない。

 シェルではなくパイロットの数を減らすしか無い。


 訓練を積み重ねヴェテランに育ったパイロットは何よりも貴重だ。

 戦略的に見れば、それを削るしか次に繋がる方法が無い。


「ニューホライズンの上空で相当鍛えられてるな!」

「歓迎しない事態だな。もうちょっとアマチュアでいて欲しいぜ!」

「向こうもレベルが上がるって事だろうな!」


 若い集団の後方についたドッドとジャンは、一気に増速して突っ込んでいった。

 恐怖や迷いよりも一刻を争うという心理的プレッシャーが全員を追い立てた。


 砲艦は集中攻撃を受け各所から炎を吹き出し始めた。

 艦内の酸素を浪費するその炎は、乗組員に酸欠を起こさせる最悪の事態だ。


「いま行くぞ!」


 テッドとヴァルターが砲撃を開始した。

 背後からの攻撃を受けるシリウスのシェルは次々と爆発している。


 爆発反応装甲じゃないだけマシだが、それにしたって数が多すぎる。

 続々と破壊し続けるも、その前に砲艦が限界を迎えた。

 全ての砲が沈黙し、メインエンジンが失火した。


「ちきしょう!」

「くそったれめ!」

「ファァァァック!」 


 テッドだけではなく、ディージョやジャンが叫ぶ。

 砲艦は各所で大爆発を起こし始めた。


 ──各機の支援に感謝する!

 ──連邦軍各機の武運長久を祈る!

 ──地球万歳!


 最後の声が砲艦から聞こえてきた。


 全ての周波数で別れの言葉を継げた砲艦は、突然全ての砲を乱射し始めた。

 ややあって各所から大爆発をおこし、様々なパーツがバラ撒かれた。

 その直後に船体へ亀裂が入り、最後には四方へ飛び散っていった。


「……すげぇ」

「自爆したのか……」


 テッドとドッドは至近距離にいて、そのパーツを躱し続けた。

 まるでショットガンの様にバラ撒かれた小さな破片は、シリウスシェルを次々と巻き込んでいった。


「なんで自爆を……」


 ボソリと呟くヴァルター。

 エディは静かな口調で言った。


「シリウスに艦を取られるくらいなら、再起不能レベルで自爆した方が良い」


 厳しい言葉に身を堅くしたテッド。

 シリウスが使っている宇宙船は全て連邦軍から奪取したモノばかりだ。


 船を猛烈な砲撃で艦を失うならともかく、自爆させるのは相当な覚悟が要る。

 乗組員はどうなったのだろうか?とテッドは思うのだが……


「空母がヤベェ!」


 突然ドッドが金切り声を上げた。

 その声の出所を探したテッドは、やや離れた位置にいる空母を見つけた。


 寄って集って集中砲火を受ける空母は、必死の操船で脱出を図っている。

 だが、速度差はいかんともしがたく、シェルや戦闘機を振り切れない。


「ありゃカプセル輸送用だぜ!」


 マイクの声には隠しきれない怒りの色がにじむ。

 その声に答えたのはオーリスだ。

 ほぼ悲鳴な声だった。


「艦載機なんか居ないはずだ!」


 その空母はコロニーへの冬眠カプセルを満載して来ていた。

 船内はすでに空っぽの筈だが、まだここに残っているのは不思議だ。


「早く逃げろ!」


 ヴァルターが叫ぶ。

 各所に被害を出し始めた空母は大きく回頭し、メインエンジンに点火した。

 シリウスの戦闘兵器を振り切ってグングン加速を始めると、船体の各所からさまざまな部品を撒き散らし始めていた。


 連邦軍もシリウス側も固唾を飲んで見守るなか、最大推力へ達した空母は超光速モードへ入ろうとしていた。


 そして……


「おい! 大丈夫かあれ!」

「やっちまった!」

「あっ!」


 唖然としつつも様子をうかがうディージョとテッド。

 最後に誰が叫んだかはわからない。


 ただ、目映い光を放ち、空母は一気に爆散していった。

 船体各所に受けたダメージは、超光速ドライブの威力に耐えられなかったのだ。


「なんてこった!」


 アレックスが悲痛な言葉を漏らした。

 空母に乗り組んでいた船乗りがどうなったかはわからない。


 ただ、ひとつだけ言えることは、これで連邦側は迂闊に超光速ドライブモードで逃げられなくなった。


「ここからが本当の地獄だな」


 エディはそう呟き、そしてもう一度加速を始めた。

 カプセルの積み替えはまだまだ終わりそうになかった。


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