表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い炎  作者: 陸奥守
第五章 地球のラグナロクを嗤う男達
97/424

第一次地球帰還船団


 漆黒の虚空に浮かぶ巨大なシリンダー型コロニー。

 白金色の巨体はシリウスの光を受け鈍く輝く。


 やや離れた位置を飛ぶテッドのシェルは、幾つも並んだコロニー船を見ていた。

 巨大な船が幾つも集まり、エンタープライズを旗艦とする船団を組みつつある。


 総勢25隻の船団に成る筈だった地球帰還船団。

 だが、シリウス軍必死の抵抗はコロニー船に大打撃を与えていた。

 満足な状態で出発出来るのは半分に満たない僅か11隻のみ。

 エンジンや発電系は問題ないが、船内設備にまだ作業を残すものが3隻。


 とりあえずの14隻が地球を目指す事になったのだが、その道のりが厳しいものになる事は言うまでも無い。

 そして、残り11隻のコロニー船は順次補修と調整を行ない、準備の整った船から長旅に出発する予定だ。


 出発を待つ11隻のコロニー船は、構造的に不安を抱え出発後にも改修を続ける3隻を挟み込む様にした、巨大な円形の艦隊を形作っていた。艦隊と言っても船と船の間は200キロ近く離れている。

 超高速なシェルならばほんの数秒の距離だが、宇宙的な数字で言えば密集艦隊と言っても良い距離だった。


「……凄いな」

「全くだ……」


 テッドはボソッと驚愕を口にし、隣を飛ぶヴァルターも相槌を打つ。

 当初計画の半分程度しかコロニー船の収容人数が用意できないと言う事で、出発するコロニー船は定員を上回る七千万人分の冷凍睡眠カプセルを収容している。


 コロニー船の発電容量から逆算された定員を超えているのだ。当然のように電力は不足し、冷凍睡眠カプセルへの電力供給が滞りかねない状況だ。


 その莫大な消費電力を賄うべくリアクターを増設していたのだが、地球まで持つかどうかは神のみぞ知る状況になっていた。


「無事に到着できると良いが……」


 コックピットから見える光景に言葉を失ったディージョはそんな言葉を呟いた。

 巨大なシリンダー型コロニーを船にしてしまう所行は、当初の設計限界すれすれな船旅になるのだ。


 道中で何かあったなら、積み荷である地球帰還の人々は全滅しかねない。既に船内で眠りに付いている人々は、眠りから醒めぬままにあの世へと向かう事になる。


「まずは無事に送り出すぞ」


 エディの声が無線に流れた。

 その声にテッドは身を固くしていた。











 ――――――――――2248年 9月 1日 1200

            工場コロニー群エリア











 この日、エディ以下13名のVFA501は過去に記憶の無い重武装でコロニー船の周囲を飛んでいた。両手に140ミリライフル砲を持ち、更には背中の武装マウントへ280ミリを2門くくりつけている。


 右腕に装備されている40ミリモーターカノンは左腕に付け替えられ、開いた場所へは65ミリミリモーターカノンが装備された。その全ての攻撃力はまるで爆撃機のような破壊力を発揮するだろう。


 願わくば、この装備に立ち向かおうとする愚か者が現れないで欲しい。

 少々の装甲など紙の様に破壊してしまうのは目に見えているのだから。


「エディ。902の連中も所定の位置に展開を完了した」


 常に冷静なアレックスの声も、この日はどこか沈んでいた。

 本来であれば華々しい船出の日なのだが、今日だけは勘弁してくれと皆が出撃前に泣き言を漏らしていた。


「まぁ来ない訳が無いわなぁ」


 皮肉っぽい良いまわしてマイクが嗤う。

 連邦側は戦略的な作戦の成功を喧伝する為に、華々しいショーをニューホライズンの地上で行っている。そして、コロニー船の出発を生中継する事になっていた。

 そんな連歩の行為に対し、もちろんシリウス側も強力な対抗措置を予告し、コロニー船を地球へ向けて出発させまいと、全戦力を動員した総力出撃を宣言した。


 地球側との神経戦になりつつある現状だが、その当事者となる者にしてみれば悪夢でしかない事だ。なりふり構わぬシリウスの抵抗は、勝利か死かと言う究極の選択を迫るモノだったからだ。


 レーダーパネルに異常は無いが、重力震の微小波をセンサーが捕らえ始めた。

 テッドは深い溜息を一つ付いてから、無線の中に叫んだ。


「重力震検知! 大型の振動元が最低でも12!」


 先頭に居たコロニー船がエンジンの点火作業を開始した。

 巨大なスカートを持つタンデムミラー型の核融合エンジンは、人類が作り出した史上最強の推進力を持つバケモノだ。概念として言えば、強力な磁場の渦に押し込められたプラズマ状態の電子がこのエンジンの推進剤となる。


「エンジンの噴射方向には絶対入るなよ。一瞬のうちに超高速の電子に焼かれてあの世行きだ」


 エディの注意を聞きながら、テッドはモニターを注視し続けた。

 コロニー船のエンジンが向いている方向を確かめ、シェルの機動領域に予め進入禁止ゾーンを設定していく。


 天文学的な数字になるコロニー船の質量を押し出す主動力は、リキッド系の燃焼エンジンだ。だが、一定の速度に乗った船を更に加速させる為の強力なイオンエンジンは、冗談としか思えない威力があるのだ。


 ――慎重に……

 ――慎重に……


 ブツブツと独り言を呟きながらの作業だが、その全ては自分の身を護る為だ。

 ほぼ光速でやって来る電子の炎は、エンジンノズルから1000キロが危険ゾーンになるのだった。


「来た!」


 ロニーの声が無線に流れた。

 紫電を放って実体化してきた戦列艦が7隻。そして空母が5隻。

 その周辺には駆逐艦やフリゲート艦が姿を現し始める。

 エディは機をスピンさせ状況を把握すると、静かに指示を出した。


パッセンジャー(お客様)のお乗換えを支援するぞ」


 戦列艦から数多くのランチが姿を現し、空母のデッキに詰め込まれた莫大な数の冷凍睡眠カプセルを引き出し始めた。コロニー船は艦中心軸付近のデッキでそのカプセルを続々と収容し始める。

 既に満席となっているコロニー船は軌道制御用のスラスターエンジンを使い、エンジンの推進軸をシリウス方向にとって僚船を焼かないように回頭していた。

 巨大なシリウスを使ってのスイングバイも行い速度を稼ぐのだが、ごく僅かでも進路設定をミスればシリウスの強力な重力に引っ張られて墜落する事になる。


「まだまだ積み込むんだな」

「ニューホライズンの地上にはまだまだ居るって話だぜ」


 作業を見守るディージョとジャンが会話している。

 その言葉を聞いていたテッドはモニターに異常な重力震が示されているのに気がついた。連邦の艦艇は既に全部揃っている。今さら現れるのはシリウス軍しか無いと言うのも承知の上だ……


「重力震を検知! おいでなすったぜ!」


 テッドが報告をあげる前にオーリスが叫んでいた。

 連邦の戦列艦は主砲を展開し、実体化と同時に砲撃を浴びせる支度を始めた。

 その被射界領域から逃げ出す進路をとったVFA501の面々は、140ミリを背中にしまい、280ミリを手にもって対艦攻撃と対シェル攻撃の支度を整えた。


「シェルも来るかな?」

「むしろ来ない理由を考えた方が良いぜ」


 ヴァルターの言にテッドがそう答え、同時にエンジンの推力をグッと上げた。

 機体がカタカタと微振動をはじめ、その中でテッドは両手を合わせ神に祈った。


 ――どうかリディアたちが出撃してきませんように……


 一瞬だけ閉じた目を開いた時、目の前にはシリウスの戦列艦が姿を現していた。

 その船腹へ連邦軍の戦列艦がいきなり発砲し、直撃を受けた敵艦は一瞬にして戦闘能力を失った。


「問答無用で始まった!」

「随分ご機嫌じゃねぇか!」


 アレックスの叫びにマイクがいかれた声を上げる。

 全機が一斉に戦闘速力まで増速し、各機の機動可能領域は恐ろしく小さくなり始めた。だが、それでもまだシェルはコントロール出来る。シリウスの艦艇が次々と砲撃を受ける中、小型艦艇が位相ステルスミサイルなどで反撃を始めた。

 熱源感知によるホーミングミサイルは的確な角度をAIが判断し、戦列艦が展開させている浮遊砲塔を次々と砲撃不能に追い込み始めた。スペアの砲塔を送り出す戦列艦と、それを防ごうとする駆逐艦の息詰まる攻防にテッドは見とれる。だがそれは、戦場で絶対にやっては成らない事――傍観者になる事――だった。


「テッド! エリア3-5-1! 敵機!」


 ウッディの声で我に返ったテッドは一気に最高速へと加速した。

 針の穴を通す様なシビアさで機体を制御し、外科医が脳の腫瘍を取り除く手術をする様な細心の集中力で開花線の外側ギリギリを駆け抜けた。


「エコーからしてシェルだな」


 急激な旋回を終えたテッドは一気に逆噴射を掛けて速度を殺した。

 機体をシェイクし続けていた不快な振動が収まると、テッドの目と耳はシリウス側の息吹を捉え始めていた。網の目の様に広がる敵シェルの編隊は、絶対に逃がさないし、連邦側シェルを生かして帰さないと言う無言の決意を漲らせているようだった。


「あのシェル! 白いぜ!」

「しかも赤薔薇マーク入りだ!」


 ディージョとヴァルターが叫んだ。

 先の戦闘で随分と苦戦した敵だった。


「ここで会ったが百年目だな」


 ウッディは一人盛り上がっている。

 オリエント系人種の精神構造は良く理解出来ないと思いつつ、テッドは奥歯を噛んで敵機をじっくりと観察した。例の爆発反応装甲を持つ新型だ。幸いにしてウルフライダーの姿は見えない。


 ――いない…… よな……


 まだ距離が有る状態だが、敵シェルに十分な速度が乗る前に先制攻撃を撃ち込みたい。テッドは遠慮すること無く初弾を放った。280ミリのAPDSが赤い尾を引いて伸びていき、敵シェルのコックピット辺りを貫いた。

 直後に大爆発が発生し、腕や足のパーツと共に大穴のあいた胴体パーツが四散していくのが見える。


 ――よっしゃ!


 手を叩いてテッドは喜ぶ。

 だがそれは、これから始まる地獄の始まりを告げる号砲でもあった。


「全機散開! 無様に死ぬんじゃ無いぞ!」


 エディの声に押し出され、テッドは最初に編隊を飛び出していく。

 直下にロニーとヴァルターが付き、いつものメンバーとなったのだが……


「この前より多くねぇか?」

「……気のせいっすよ!」


 ヴァルターの声におびえの色が入った。

 即座に否定したロニーとて、その声は僅かに震えていた。


 赤い薔薇のエンブレムを持つシリウスシェルは200近い数で周辺に展開し、広げた網を閉じていく様に包囲の輪を狭めていく作戦の様だ。


「随分と舐めたまねをしてくれるじゃねぇか!」


 カッとなったテッドは速度をグッと落として直角にターンし、一番近いポジションにいたシリウスシェルをまとめて破壊した。必殺の280ミリは少々の距離が有っても敵機を一撃で木っ端微塵に出来る威力だ。


「ジャンジャン来いや!」


 広がっている網の上を走る様に機動を遷移させたテッドは、次々とシリウスシェルを破壊していく。だが、その戦果の積み重ねが余り意味の無い行為だと気が付くまで、さほど時間を要さなかった。


「……ウソだろ」


 力無く呟いたヴァルターは包囲網の外側を見ていた。

 シリウスのシェルが形作る巨大な包囲網は二段構えだった。


「二重の網とは随分念入りだな」


 やや離れた場所にいたジャンが漏らす。

 文字通り、袋のネズミにする作戦だ。機動領域としてではなく、物理的にチェックメイトへと持っていく鬼手ともいえるのだが……


「突破しろ!」


 冷酷無比な言葉が無線に流れた。

 出所はエディだ。


 ――相変わらず無茶を言うぜ……


 苦笑いを浮かべたテッドは最短距離を通り、外の網を目指して速度を上げた。

 理屈ではなく直感としてヤバイと感じていた。


 撃ちつくした280ミリ滑空砲のマガジンを換装し、次の射撃を開始する。

 シリウス側の新しいシェルは重装甲の中に機動性を混ぜ込んだものだ。

 その能力はビゲンの02Cと似たり寄ったりで、一言で言えば鈍重だ。


 ――これ相手ならドラケンの方が使いやすいな……


 一瞬の思考的空白がテッドに最大級のピンチをもたらした。

 外網のシェルが構えた砲は、従来のライフル砲とは違うデザインだ。


「あっ!」


 口径の大きなタイプだと思った時には、すでに初弾が放たれていた。

 真っ赤に焼けた砲弾が超高速で襲い掛かってきた。


 ――ッ!


 言葉にならなかった。


 回避を考えた時には既に、シェルの戦闘AIが回避行動を開始し始めていた。

 全ての逃げ道を塞ぐように放たれた砲弾のその僅かな隙間をぬって行くように、シェルのAIはミリ単位での軌道修正を試みていた。相対速度を思えば人間の反射神経ではどうしようもないレベルだ。

 撃破の事実を受け入れたくないのなら、シェルの自動回避に邪魔はしないこと。

 それこそがシェルを使った戦闘で生き残るための秘訣と言えることだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ