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黒い炎  作者: 陸奥守
第五章 地球のラグナロクを嗤う男達
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哨戒任務


 哨戒任務と言うのは多分に退屈との戦いだ。

 所定航路を巡回しつつ、異常が無いかを目視確認しなければならない。


 どれ程レーダーが発達しても、最後は人の目での確認が一番だ。

 ただ、高性能で高精度とは言え、サイボーグの目は光学センサーでしか無い。

 それを人の目と言って良いのかどうかは、判断の分かれる所ではあるのだが。


 地域を管理し防空指令を出す戦略将校は、些細な情報でも知りたがる。

 知っている事と知らないと言う事の間には銀河もかくやと言う差があるのだ。


 何も無ければそれで良し。

 その、一見何も無いと言う所で些細な異常を見つけ出す。

 だがそれは、パイロットに極限の集中力を要求する事でもある。


「さて……」


 ボソリと呟いたテッドは小さく息を吐いてシェルを旋回させた。

 第17コロニー『オシリス』を過ぎ、再びエンジンに渇を入れる。

 速度計の表示はグングンと数字を積み重ね、再び秒速20キロ台へと戻った。


「飽きるな」

「マジで」


 編隊を組むオーリスとステンマルクもぼやく。

 3機編隊の第88242巡回ソーティーは、間も無く終わろうとしていた。











 ――――――――――2248年 8月 24日

            工場コロニー群エリア










「この3日間は静かだな」


 オーリスはふとそんな事を呟いた。

 この3週間は2日と開けずにシリウス側の熱心な出撃があった。

 ニューホライズンからここまで来るのだって安くは無いだろう。


 ――良く続くな……


 そんな感想を皆が持っていた。

 だが、それを歓迎する訳では無い。


 仕事が楽になるのは有り難いし、限界近い命のやり取りが無いのは気が楽だ。

 ただ、余りに静かな日々が続くと、その後でどっとやって来る可能性がある。


 過去のシリウス軍を思えば、力を蓄えている。

 力をためていると言う恐怖を感じるのだ。


「いっぺんに襲い掛かられるのは歓迎しないな」

「全くだ。もうちょっと加減してほしいもんだ」


 気楽な調子で笑うステンマルクとオーリス。

 二人は大人の余裕を振り撒きながら飛んでいた。


 まだまだ小僧が抜けていないテッドは、そんな姿を眩しそうに見ていた。


「そういえばテッドは幾つだっけ?」

「俺ですか?」

「そう」


 ステンマルクは何を思ったか、そんな話を振ってきた。

 哨戒任務の最中とは言え、辺りを警戒しつつも気は緩む。


「2230年生まれで…… やっと18になりました」


 僅かに気後れしつつもそう答えたテッドは、それっきり口を噤んでしまった。

 ただ、無線の中の空気には優しい空気が流れる。


「若いなぁ~」

「全くだな。もう25くらいに見えていたよ」

「本当だ。小さくまとまるには早すぎる。まだまだこれからだな」

「そうだな。もっともっと色々経験するといいよ」


 ステンマルクとオーリスは、何を思ったかそんな言葉を言う。

 その言葉が何を伝えたいのか、テッドにはまだ分からない。


 ただ、ステンマルクは30を超えているし、オーリスだってそれに近い大人だ。


「経験ってなんですか?」

「要するに、人生で失敗しておけって事だよ」


 ステンマルクは失敗を薦めた。

 ただ、まだ若いテッドにはその言葉の意味はわからない。


 通り過ぎてから知る事はあまりにも多くある。

 到達しなければ見えない景色は沢山ある。


「昔から言われている事だ。俺も散々経験してわかった事だが……」


 オーリスがおもむろに口を開いた。


「人生は山登りみたいなもんだ。登っている最中は見えなくても、山の上に立てば歩いて来た道が見える。失敗したように見えて、得難い経験をしたって事も沢山あるのさ」

「……そうなんですか」


 どれほど説明したってわからない事もある。

 そんな物事を若い世代に伝えるにはどうするべきか。

 正答など無いし、経験してみるまでわからない事でしかない。


「まぁ、先ずは生き残ろう」

「死んでしまったらそこで全ておしまいだからな」


 哨戒コースを辿って飛ぶテッドは、機を旋回させて変針させた。

 星々が瞬く漆黒の大海は、この日も異常なしだ。


「……異常なしですね」

「なんだか気持ち悪いな」


 オーリスも状態の異常がない事を訝しがっている。

 あれだけ仕事熱心なシリウス軍が大人しいというのは不気味なものだ。


 このコロニー船を絶対に地球へと帰さない。

 そんな決意を感じさせる攻撃は、まだまだ続くと思われていた。


「……ふと思ったんだけどさ」


 ステンマルクは声色を改めた。


「テッドは地球へ行ったことは無いよな」

「はい」

「テッドたち純シリウス人から見て、地球ってどんなところだ?」


 なんとも掴み所の無い言葉をステンマルクは言った。

 その言葉にどんな意味があるのかをテッドは考えた。


 気が付かないうちにテッド自身が大きく変質していた。

 それに気が付かないのは本人ばかりだが、エディやマイクやその他の『大人たち』は、テッドの成長を喜んでいた。


「どんなところと言っても……」


 ステンマルクの真意をテッドは必死に考える。

 理由に思い至る事はなく、また、その言葉の裏を見抜く事も出来なかった。

 まだまだ人生経験の足りないテッドは、自分自身の経験を照らし合わせて考える余力もなかった。


「なんでも良いのさ。印象とかイメージとか」


 ステンマルクの言葉にテッドはやっと中身を考え始めた。

 ただ、あらためて思えば、地球とはまったく関心がないところだった。


「……別段これといって考えた事が無かったですね」

「そうか。まぁ、そうかもなぁ」


 地球からシリウスに入植してきたステンマルクやオーリスにしてみれば、地球とは遥か彼方の故郷だ。郷愁や望郷と言った、どちらかと言えばマイナス側の感情を持つ対象だ。


 だが、テッド達シリウス産まれにしてみれば、地球とは『異国』であり『外国』であり、なによりもシリウスを圧する『敵』なのだ。その視点から言えば、テッドの率直な言葉は連邦軍の中にあって貴重なサンプルと言える。


「ただ、親父はよく言ってました」

「なんと?」

「一度は地球を見ておけって」

「そうか」


 テッドの父親と言う事は、世代的に上の人物だ。


 その人間が何を思ってその言葉をはいたのか。

 ステンマルクやオーリスはそれぞれに思案した。

 正答はわからないが、何となく言いたいことはわかる。


 人類発祥の地を見ておくことは決して無駄ではない。

 自らのルーツをハッキリ認識することは重要なことだ。


 自分がどこから来ていまここに居るのか。

 そのディテールをハッキリ認識出来ない時、人間は理由もなく怯えてしまう。


「実は俺もあまり地球を覚えて無いんだ」

「え? ステンマルクさん、地球産まれですよね?」

「あぁ、だけどまぁ……」


 テクノクラートの家族として随分と幼い時代にシリウスへ入植してきたステンマルクは、地球をあまり覚えていない。


「俺は地球に産まれたけどシリウス育ちだから」

「あぁ、最終入植か」


 ステンマルクとあまり歳の変わらないオーリスも話の全体像を把握した。地球産まれのシリウス人が抱えるアイデンティティの衝突は、深刻な自己矛盾による精神圧迫障害を引き起こす。


「まぁ、そう言うことだ」

「実は俺もなんだ。地球で就職したかったけど仕事が無くてさ」

「働く場を求めてシリウスに?」

「そんな感じだな」

「って事はあれか。軍に入れば……」

「あぁ、地球へ行けると思った」


 オーリスやステンマルクがなんでこんな話をしているのか?と、テッドはあれこれ思案していた。どんなに考えても理由はわからないが、何となく思うことはある。

 目の前にある巨大なコロニー船はエンジンだけでなく、各部についているさまざまなパーツが長旅の支度を整えた事を教えている。


 ──これに乗れば産まれ故郷へと帰ることが出来る


 その事実がセンチメンタルな感情を呼び起こしていたのだ。

 故郷は遠くにありて思うもの……とは言うが、9光年は遠すぎる。

 おいそれと行けない距離の彼方にあるのは、黄色く光り輝く太陽(サン)だ。


 記憶の中の故郷はいつの時代も美化される。

 シリウスへと送り込まれた地球の貧困層にしてみれば、あの、その日一日を生きる事でさえ難しかった地獄のような地でさえ美しく思い出されるのだ。


「コレに乗りたくても乗れない連中の声が凄いんだろうな」

「今さら乗りたいと言えなくなった連中とかな」


 いわゆる急進派と呼ばれる独立推進派の中にだって、出来るものなら地球へ帰りたいと思う者は沢山居るのだろう。地球へ帰りたいと言う願望と、地球から独立したいと言う思想は共存両立する事なのだ。


 ただ、思想として掲げられた目標は、往々にして純粋主義に陥ってしまう。かつての地球で散々と繰り返されたコミュニストによるセクト教義主義の暴走と同じことが、ここでも発生していた。


 つまり、独立派と言う集団の中で地球に対する郷愁や望郷の想いを口にすれば、それはすなわち『自己総括が足りない』だの『自己批判が足りない』と自己批判を強要し、純粋主義を貫いた果てにわずかな差異も認めない粛清の対象となってしまう事を意味した。


「乗れないものなら、いっそ破壊してしまえって事ですかね」


 まだまだ純粋なテッドはそんな言葉を口にした。

 人の心理にある後ろめたい欲望や破滅願望と言ったものを、まだまだ理解出来ていないのだ。そして、時に人は度し難いほどに愚かな選択をする事もあると学んでいない。


「自分以外の誰がが自分より得をすることが許せない。そういう心理さ」

「損得とかじゃ無いと思うんですが」

「人の心はロジックじゃ無いのさ。割りきれない感情とどう付き合うかは人類普遍のテーマってな」


 なかなか理解出来ない感情的な部分だが、それは成功や挫折と言った人生の紆余曲折を経験して初めて理解出来る様になるものだ。テッドの身に起きたことが年齢相応かどうかは論議の分かれる所だが、少なくとも積み重ねた人生経験の中ではまだ答えが出せる状態では無かった。


「所でテッドは」

「なんですか?」


 声色を改めたオーリスが切り出す。

 また鋭い追求が来るのかとテッドは身構えるのだが……


「例の彼女。どうするんだ?」

「……どうするって? どういう事ですか?」

「こう言っちゃ何だが……」


 オーリスの言葉を選ぶ様が伝わってきて、テッドはその中身を理解した。

 正直に言えば、余り触れて欲しくないことだ。

 でも、無視して良い問題でも無い。それは言うまでも無い。


「彼女は敵のサイドにいる。テッドは――


『必要とあれば撃ちます』と、テッドは言い切った。

 この一年近く、エディによって徹底的に鍛え上げられたテッドだ。

 並大抵のことでは撃墜されることも無いだろう。


 うっかりミスさえ無ければ何とかなるレベルに上り詰め、手順さえ誤らなければどんな敵にも対処出来るはずだ。


「ビゲンもまともに使いこなせる様になってきたしな」


 ステンマルクは自らに言い聞かせる様に呟いた。

 配置直後の機材はそのクセを掴むまでが大変なのだ。


 いまなら問題なく振る舞えるし、装甲の最適化を施したビゲンの運動性はドラケンに劣らない所まで引き上げられた。


「そろそろやり合いたいものだな」


 好戦的な言葉をステンマルクは吐いた。

 ただそれは、ある意味でパイロットの持つ本能と言っても良いことだ。


「自分より強い敵と戦いたいってな」

「その通りだ」


 オーリスもまた熱い言葉を口にした。

 肯定するステンマルクと共に、不思議なやる気を漲らせている。


「結局の所、限界まで追い込んで戦うのが一番楽しいんだよな」

「しかも負けた時に後悔が無い」


 何とも刹那的な、スリルジャンキーの様な事を言う二人。

 テッドはその姿が不思議だった。


「……所でアレ」


 テッドは重力震検知のサインを確認した。

 ステンマルクとオーリスもパネルに映る輝点を確認した。

 重力震の波形を見れば、相当巨大なモノだ。


「来た様だな」


 オーリスは機を変針させエコーのある方向へとシェルの頭を向けた。

 ステンマルクとテッドがそれに続き、三角編隊を組んで超高速飛翔を続ける。

 エンジンの推力を限界まで上げ、三機はグングン加速していった。


「やっぱこれ位で飛んだ方がシェルらしいな」


 ゾーンへと入り極限の集中力を持って自在にコントロールするテッド。

 視界に浮かぶ機動限界のフラワーラインは大きく引き延ばされていた。


「あんまり飛ばすなよテッド!」


 ヘラヘラと笑いながらもあっさり付いてくるステンマルクやオーリスは、傍目で見る以上に腕利きだ。その姿に不思議な安心感を覚えたテッドは、構わずに飛んでいた。


 機体のセンサーが重力震を捉え、何かがワイプインしてくる予兆を捉えた。

 遠くに見える星々の光りがグニャリと歪み、そして紫電を放ちながら超光速船がダークマターの隙間から姿を現した。その光景は虚数の存在が実体化してくるかの様に妖艶で超現実的な光景だ。


「何度見てもスゲェ」


 テッドの口から素直な言葉が漏れた。

 船体の各所からパリパリと雷電を放ち、帯電している膨大な量の電子を宇宙の虚空へと溶かし続けている船。


「さて、エスコートするか」


 導く様に飛ぶステンマルクとオーリス。

 その後ろを飛ぶテッドは、二人から言われた事を考えた。


 ――本当に俺は戦えるんだろうか?


 それは、考えれば考える程に答えの出ない問いだった。


 乱戦の真っ最中にリディアと出会ったなら……

 激しいドッグファイトの真っ最中だったら……

 限界機動行っている余裕の無い時だったら……


 ――大人しく撃たれてやるか


 それ自体に全く異論は無い。

 むしろリディアに殺されるなら本望だ。

 いつでもリディアの戦績を増やすことに協力して良い。


「………………リディア」


 ボソリと呟いたテッドは宇宙の虚空を見た。

 遙か彼方の小さな点でしか無いニューホライズン。

 そのどこかにリディアがいる。


 ――死なないでくれ


 祈ることしか出来ない自分がもどかしい。

 だが、いま出来る事をキチンとやっておかねばならないとテッドは思う。


 遠い日に教えを受けた父は常にそれを言っていった。

 自らの運命を神に委ねると言うのは、出来る範囲のことを全てやった上で言う言葉だと。


 グッと握りしめた手の中にリディアの温もりを思い出し、テッドは震えた。

 何処で間違えたのだろう。何処でこの手からするりと抜け落ちたのだろう。


 ――いつか必ずこの手に取り返してやる……


 グッと力を漲らせテッドは虚空を睨み付けた。

 エディがそうである様に、自らが目指す最終到達点をテッドは定めた。


 その結末が、どれ程辛いものになろうとも……


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