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黒い炎  作者: 陸奥守
第五章 地球のラグナロクを嗤う男達
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意識の差

~承前






 シリウスの突撃チームは予想以上に優秀だった。

 テッド達前衛の防衛線を見事に掻い潜り、後衛の網をするりと通り抜けている。

 そして、少数のシェルはコロニー船の外殼部分へ到達した。


『くそっ!』


 意識の差だとテッドは思った。

 連邦側のパイロットは迎撃しか頭にないのだ。


 だが、シリウスのパイロットはコロニー船の攻撃を最重要課題としている。

 そして、如何なる犠牲をも顧みない程の純粋さで攻撃を繰り返している。


「まずいぞ!」

「なんとかしねぇと!」


 僅かならぬ狼狽が連邦側のパイロットを揺さぶった。

 なんとか守りを固めたいところだが、どうにも目的意識の違いで儘ならない。


 シリウスパイロットは格闘戦を挑む気などさらさら無い。

 そもそも、敵機を撃墜しよう等という気が全く無いのだ。


「シリウスのシェルはどれくらい生き残ってる!」

「ざっくり言えば40だ!」


 テッドの声にウッディが叫んだ。

 後衛の支援を行うかどうするか一瞬だけ迷ったテッド。

 だが、間髪入れずにウッディの声が帰ってきた。


「こっちは何とかする!後続を絶ってくれ!」

「わかった!」


 熱い男だ。

 テッドはそう確信した。


 少なくとも今は、誰よりも熱く敵を粉砕する意思を見せている。

 血気に逸る902のパイロットを率い、メチャクチャに暴れている。


「そっちは任せた!」

「了解!」


 テッドの目は敵機へと向かった。

 後続を絶ち、コロニー船の防衛に努力する。

 シリウス側が諦めるまで、ひたすら頑張るしかない。


 ──やるぞ!


 テッドは再び気合いを入れた。迷っている暇はない。

 ここを突破されればコロニー船まで指呼の間だ。


 辺りを見回したとき、シェルの後ろにいたチェシャキャットがいくつも見えた。

 その腹下には、冗談の様に巨大なサイズのミサイルが見えた。

 一撃でコロニー船の外殻をぶっ飛ばせる代物だと思った。


 ――こっちが本命か!


 小さく舌打ちしたテッドはチェシャキャットの群れに飛び込んだ。

 辺り一面にいるミサイルを抱いた奴らに対し、テッドは誘爆に遠慮する事無くチェーンガンをぶっ放した。


 一発の威力があるモーターカノンやライフル砲と違い、チェーンガンは正直豆鉄砲のようなものだ。ただ、その弾幕の密度は次元が違う。点では無く面で狙えるのだ。


 テッドは後先考えずにチェーンガンの弾丸をバラ撒いた。

 次々とチェシャキャットがただのスクラップに変わっていった。


 ――チキショウ! 多すぎる!


 チェシャキャットはテッド達が作る面を突破した。

 そして、脇目もふらず真っ直ぐにコロニー船へと突入していく。


 その後を追いかけようとしたテッドは、諦めてシェルを止めた。

 正直、もうどうしようも無い状態だった。

 面を突破されたからと言って追いかけるのは愚策だ。

 防衛線が乱れ、さらなる突破突入を招く事に成る。


 いま取るべき最善手は、次の突破を防ぐ事だった。


 防衛線はその為に複数段の構えになっているのだ。

 来るなら来い。そんな心境だ。


『チキショウ! やられた!』


 無線の中へ唐突にウッディの声が響く。


 機をスピンさせたテッドは、コロニー船の外殻で起きた大爆発を見つけた。

 チェシャキャットの放ったあの巨大なミサイルが命中したらしい。


『やるじゃねぇか!』

『悔しいけどアッチはやる気だぜ!』


 ステンマルクが感嘆し、それにジャンがボヤキを漏らす。

 文字通り意識の差だと思ったのだ。


 だがその直後、501中隊全員が目を点にする事態が起きた。

 爆発点へ向けてチェシャキャットが突っ込んだのだ。


 機体それ自体を弾頭に見立て、コロニー船へ突っ込んだチェシャキャット。

 パイロットもろともの自爆攻撃は、コロニーの外殻に大穴を開けていた。


 ――冗談じゃねぇ!


 二の矢、三の矢が続かぬようにとテッドは機を加速させて迎撃を試みる。

 だが、どんなに頑張っても戦いは数という一大原則から逃れられない。


 コロニー船の外殻へは次々とチェシャキャットが突き刺さっている。

 強靱な装甲がみるみる内に蚕食され、構造体のフレームが露出しはじめる。


 チェシャキャットはそこへミサイルを叩き込んで、そして自らも突っ込んだ。

 弱点を突いて攻めるのは、攻撃の基本だった。


『スーサイドアタックかよ!』


 ウッディの声に悲鳴が混じる。

 同じく守備側に回っているアレックスも叫ぶ。


『とにかく数を減らせ!』


 最後のグループがテッド達前衛の面を突破した。

 テッドは急旋回を決めて後方からの追撃を試みる。


 だが、その時点でテッドは気が付いた。

 後衛が思った様に迎撃出来ない理由をだ。


 敵機を外せばその向こうには前衛のシェル。

 振り返って追跡すれば、敵機の向こうにはコロニー船。


 狙いを外せば味方に被害が出る。

 つまり、ある程度先回りして側面から叩くしか安全な手は無い。


『この……バカヤロウ!』


 テッドのシェルは再び秒速35キロに到達した。

 敵機の三倍の速度で先回りし、とにかくミサイルごと撃破する事に努力する。

 ここで引き下がる訳にはいかないのだから、後は気合いと根性だ。

 だが……


『あっ!』


 鋭い叫び声をディージョが上げた。

 その声に驚いたテッドは、機をスピンさせて辺りを見回した。

 ディージョの向こうに複数の戦闘機が見えていて、その進路はコロニーだった。


 複数のチェシャキャットは文字通りの自爆攻撃を行っている。

 連邦側の戦闘機やシェルに攻撃され、次々と火の玉になりながら……だ。

 だが、ごく少数は生き残り、コロニー船最大の弱点へと到達した。

 船の最後尾にある巨大なエンジンは、超巨大な液体燃料ロケットその物だ。


『なんて奴だ!』


 ヴァルターも悲痛な声で叫ぶ。

 ミサイルを抱えたままのチェシャキャットが突っ込んでいった。

 重要なパイピングが縦横無尽に走っている船の最後部は、一番のアキレス腱だ。


『離れろ! 離れろ! 大爆発するぞ!』


 コロニー船の主エンジンは、リキッド系の反応による昔ながらのロケットだ。

 最大効率時のイオンエンジンよりは推進速度に劣るが、速度の乗っていないウチならイオンエンジンよりも強力なものだ。

 そんなエンジン部分が文字通り一瞬だけ赤熱化し、そして激しい火球を生み出して爆発した。


「あちゃぁ……」


 やっちまったと肩を落とすディージョ。

 だが、敵機は尚も続々とやって来ている。


 ここで踏ん張らねば総崩れだと、テッドは俄然やる気になった。

 敵を撃ち倒し、味方を鼓舞し、そしてシリウス戦闘機の撃墜に努力した。


「こいつらもしつこいなぁ!」

「まったくっす!」


 気が付けばロニーがテッドのサポートに付いた。

 コロニー船の周辺は大量のデブリで飽和状態になりつつあった。


 ただ、シリウス側も大したもので、そのデブリをかい潜って来るのだ。

 多層の迎撃網を構成している筈なのだが、気が付けばコロニー船の表面を火の海にしつつああった。


『今日は負け戦だな』

『負けたって良いさ。しょうがねぇ!』


 後続をきっちり絶つことが必要だ。

 発生してしまった被害は後から嘆いても仕方がない。

 これからの被害を防ぐほうがよほど有意義だ。


『前衛全機!コロニー船のラインまでさ──


 ──下がれ!と良いかけた時だった。

 割りと近いポジションにいた複数のシェルが突然爆発した。

 902のシェルは眩い光と破片を放って消えた。


『なんだ今の!』

『荷電粒子砲だ!』


 ヴァルターとディージョが叫んだ。

 シェルのジェネレーターは、荷電粒子砲の消費電力を賄えないはずだ。

 つまり、特別な電源を持っているか、さもなくば……


『あいつら生きて帰るつもり無いんじゃねぇっすか?』


 有る意味で一番恐ろしい可能性を思ったロニーの声は震えていた。

 生きて帰るつもりが無いなら、必死の迎撃も意味がない。

 最初から死ぬ気なら死を恐れる必要がない。


 つまり、ブラフでは後退しないと言うことだ。

 最初から殺すしかない。

 それしかない。


 それしか。

 それしか……


『どんな手でも良い!敵機を全滅させろ!』


 テッドの声に悲しみの色が混じる。

 シリウス人の必死さが伝わってきたのだ。


 何としてでもここから帰さない。

 いや、地球には行かせないと言う悲壮な決意だ。


『とにかく撃墜しろ!』


 テッドは無意識にエンジン推力を最大へと持っていった。

 装甲を増やしたビゲンの機動性はドラケンに劣る。


 だが、シリウスのシェルが一騎でも生きている限りは、飛び回って追い付いて、そして撃墜せねばならない。ふと見れば902のシェルも狭い空域で進路を確保しつつ、シリウスシェルを追いかけ回している。


 まだ航空機パイロットの癖が抜けてないのか、敵機の後方に付こうとするのだ。

 そんなシェルの隙間をぬって飛ぶテッドは、機をスピンさせ上下左右へ射界を確保し、全方向へ注意を払いつつ残り僅かなチェシャキャットとシェルを攻撃した。

 上手の手から漏れた水はコロニー船の外殼を次々と破壊している。


『チキショウ!』


 腹立ち紛れに叫んだテッド。

 ライフル砲の狙いを定めたチェシャキャットは、ミサイルを放つこと無くそのままコロニー船の外殼に突入した。大爆発を起こしパーツを撒き散らし、膨大なデブリを発生させ、自らも弾頭となってチェシャキャットが果てた。


 さらに同じ辺りへ向け、今度はシリウスシェルが荷電粒子砲を撃ち込み、そのまま何度も何度も砲撃を加えつつコロニーの外殼へと突っ込んだ。この時点でテッドも悟った。シリウスシェルは始めから帰る気など無かったのだ。


 強力なミサイルを抱えコロニー船の破壊だけを目的にやって来たチェシャキャットの護衛。そして、目的を果たしたシリウスシェルは、先に逝った仲間達の後を追って果てるつもりだったのだ。


『何てやつらだ……』


 あきれ果てるように呟いたテッド。

 気が付けば902のシェルは二割近くが戦闘不能になっていた。

 コロニー船の外殼はみごとに破壊され、貫通寸前まで被害を受けていた。


『見事だ。御美事だ。美しいな』


 無線の中にエディの声が流れた。

 エディはただただ純粋に、シリウスパイロットの覚悟を、称えていた。


『まだ多少の生き残りが居る。そいつらを片付けろ』


 辛い指令だとテッドは思った。

 だが、命令は絶対だ。


『テッドチーム集合!』


 自らが率いていた10機のシェルを呼び寄せたテッド。

 集まったのは9機で、1機は()()した様だ。


『俺を中心に輪を作るんだ。敵を追い込んで全滅させる』


 戦術の教科書を思い出したテッドは、追い込み漁の要領で大きく網を広げた。

 生き残っているシリウス側の兵器は戦闘機が5機か6機。そしてシェルは3機。

 最後まで抵抗する意志を示しているが、こちらはそれに対抗せねばならない。


『残り僅かだが徹底しよう。敵は必死だ。返り討ちにされないよう気をつけて』


 最後に『神のご加護を』と付け添えたテッドは加速を再開した。

 遠くに見えるチェシャキャットがグングンと近づいてくる。

 速度を大きく落としていたシェルは再び秒速24キロ程度まで加速した。


『ごくろうさん』


 ボソリと呟いたテッドはモーターカノンを使って攻撃した。

 狙うはあの巨大なミサイルの弾頭だ。


 かなりの距離が有るモノの、テッドはミサイルを見事に撃ち抜いた。

 必殺の140ミリは、一撃で全てを破壊するのだった。

 そのままいくつかのチェシャキャットを片付け、テッドは改めて周囲を見た。

 何機か残っていたシェルも全て撃破され、宇宙を漂うデブリになっていた。


『全機ご苦労様。帰投しましょう』


 大きく旋回してハルゼーへと帰投コースに入ったテッド。

 この日出撃したVFA902の100機のうち、未帰還は35機。

 上出来という気もするが、正直、気は重かった。


 ――自爆前提か……


 もう一度戦場を振り返ったテッド。

 そこには、シリウスの恨み節が流れている気がした。


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