VFA902デビュー
『全員聞いているな』
戦域無線を受信できる全ての戦闘兵器オペレーターがエディの声を聞いた。
飄々としたいつもの言葉を聞き、テッドは少しだけ落ち着きを取り戻した。
地球を目指し船出する筈のコロニー船は、着々と改造が進んでいる。
それを妨害しようと企むシリウス陣営は、嫌がらせ出撃を続けていた。
定期的な波状攻撃を受けて立つ連邦側には疲労の色が濃くある。
ただ、シリウスから見れば、ニューホライズンから遠く離れた場所への出撃だ。
超光速飛行を行って出張っていったコロニー群で激しい戦闘を繰り広げている。
パイロットの疲労はある意味で連邦以上と言え、些細なミスも目立ち始めた。
一進一退の攻防。
勝ち戦ならば疲れも吹き飛ぶと言うモノ。
負け戦となれば数字以上に疲弊するものだ。
襲来を待ち受ける501中隊は今日もコロニー周辺で待ち構えている。
彼らの努力を踏みにじり、交戦意欲を失わせる為の努力は惜しまない。
そしてこの日。
彼ら501中隊の周辺には新顔のシェルが随行していた。
激しい訓練を続けてきたVFA902のシェルおよそ100機だ。
初陣を前にした生身のパイロットは、極限の緊張状態だった。
『今朝の全体ミーティングで確認したとおりだ。くれぐれもフォーメーションを崩すな。シェル同士で衝突すれば即死は避けられない。シェルのスペアはあるが命にスペアは無いんだ』
無線に響くエディの声を聞きながら、テッドもテンションを上げていた。
周囲を見回せば、自分の手持ちとなった10機少々のシェルがいる。
今日のテーマは、このVFA902のパイロット達を、生かして帰す事。
責任有る小隊指揮官として、部下を無事に帰さなければならない。
「壮観だな」
「まったくだ」
ドッドもジャンもご機嫌だ。
連邦軍もシリウス軍と同じように、地球派市民等から志願を募った。
その結果、凡そ500人ものパイロット候補が集まっていたのだ。
その候補生を絞って絞って絞りぬいて、更にしごき上げてのシェル100機。
更に、シェル訓練で脱落した者もバンデットライダーに再配置を行った。
コロニーエリアでシリウス側を迎撃する連邦軍は、総勢実に300機を数えるに至った。シェル100機にバンデット200機。数字だけなら恐るべき戦闘力だ。
『我々の振る舞いに全ての連邦側兵士とニューホライズンに暮らす地球側市民の熱い視線が集まっている。それを忘れずに誇りを持って、英雄の様に戦おう。なに、恐れる事は無い。相手は化け物でも幽霊でも無い。血を流す人間だ。必ず死ぬさ。だから、しっかりやっていこう。では……』
一瞬だけ間を置いたエディの『全機掛かれ!』に弾かれ、テッドは戦闘増速を開始した。生身のシェルライダーが耐えうる限界加速を行い、速度計は秒速24キロを指していた。
――――――――工場コロニー群 第2グループ 周辺空域
2248年 8月 3日 午後
「さて、じゃぁ始めますか!」
ヴァルターの声が流れ、「やっちまいましょう!」とロニーもテンションが上がってきている。シリウスの前衛はミサイルだ。レーダーに映るそれは前後二段になった波だ。
おそらくは、消耗前提の出撃をさせるレプリを使いきったのだろう。ある程度はホーミング機能の有るミサイルならば、その代替となりうるのかもしれない。
「さて、どんなもんだろうな」
「楽しみだぜ」
ディージョとジャンが笑っている。
この日の出撃で新たに装備したビゲンは、装甲関係が大幅に改良されていた。
高機動型としてコックピット周りにのみ重装甲を施されたビゲンはタイプ02Bと呼称され、重装甲重武装なタイプは02Cと呼ばれている。
どちらかと言えば好戦的で機動戦闘を得意とするテッドを筆頭に、ヴァルターとディージョ。ロニーにジャン。そしてドッドの6人がマイクに率いられ02Bに搭乗し、それぞれ10機程度のVFA902を連れて散開布陣している。
コロニー周辺には守備的スタンスが強いウッディとオーリスの二人がアレックスとリーナーの2人と編成をうけ、02Cへ搭乗してゴールキーパーとして待ち構えていた。
こっちには902メンバーの中でも撃たれ強い肝の太い面々が揃っていた。
「……なぁエディ」
「どうした?」
テッドはエディを呼んだ。コロニー周辺にいる戦列艦の裏手。ハルゼーとコロニーを結ぶ線上の上にエディは待ち構えていた。サポートにステンマルクをつれたエディは、コロニーではなくハルゼーのガードに付いていた。
「ハルゼーは2機で足りるのか?」
「テッドたち前衛がしくじらなきゃ2機でも多いくらいだ」
エディの声にゲラゲラのメンバーが笑う。
『前衛グループのVFA902各機へ』
急に声音を改めたテッドは戦域無線に言葉を流した。
『帰るところのガードはたったの2機だ。宇宙のデブリになりたくなきゃ、敵をしっかり迎撃するんだ。緊張する必要は無いが、絶対に油断や慢心せずしっかりやろう。いいな!」
戦域無線の中に返答が返ってきたのを確認し、テッドは視界にフローティングで表示されている共通作戦状況図と共通戦術状況図を再確認して接近しているシリウス軍の戦力を再確認した。
前衛は長距離弾道弾凡そ200発。その後方にシリウスシェル100機少々が続き、最後尾にはチェシャキャットと思しき戦闘機が100程度やってきている。シェルとチシャ猫は後方にワイプインしてきた空母からの発進だろう。
――シリウスもケツに火が付いてるぜ……
統合参謀本部作戦部長フレネル・マッケンジー少将直々の戦略状況説明を聞いたテッドは、シリウス側を効率的に圧している連邦側の状況を聞き、思わずしのび笑いを浮かべた。
士官として必要な情報戦略学や情報分析学の知識を持たない彼ら501中隊の若者たちは、エディの差配で直接高等教育を受けている。その中で学んだ『戦略的に負けていなければ戦術的な負けはある程度許容できる』と言う言葉に、自信を深めていたのだった。
『902各機へ。ミサイルは当てれば良いってもんじゃ無い。弾頭部分をしっかり撃ち抜き、慣性で飛んでいく弾頭が命中しない様に気を使わなきゃならない』
テッドは全部承知であえて難しいテーマを課した。
有る意味でミサイルを第一陣に使うのは正解かもしれない。
先の出撃でウッディが見せた考察の深さと精確さは、その後にアレコレと考え続けたテッドを確実に成長させていた。
その全てはエディの思惑なのだが、テッドも段々とそれに気がつきつつある。そして、自らが目指す到達点だと認識していた。
『後衛に付いている仲間の手をミサイルで煩わせる事になれば、コロニー船だけで無く空母も無事じゃ済まないって事だ。前衛が70%、後衛が30%。大体それ位の割合で処分する』
散開陣形になって進んでいた各機が編隊を詰め始める。
密集陣形を取って火力を集中させる事は戦争の基本と言える事だ。
「ミサイルの面を突破したら散開陣形を取ろう」
「そうだな。それが良い」
テッドの言葉にジャンが同意し、ドッドが小さく笑った。
「戦闘装甲車の中でカタカタ震えてた小僧も一人前だな」
「おぃおぃ…… ドッド……」
「頼もしいってこったぜ! テッド!」
そんな会話にヴァルターが大笑いした。
気が付けば幾星霜。
チャイムだと笑われていたジョニーが攻撃的前衛集団を率いていた。
『掛かれ!』
テッドは先頭に立って140ミリを撃ち始めた。
必殺の280ミリは背中部分のマウントにロックしてある。
ミサイルまで距離6000を切り、回避運動を取るにはもう手遅れだ。
――さて、どれくらい落とせるか……
ふと、テッドはそんな事を思った。
ミサイルはグングン接近してきてあっという間に通り過ぎていった。
すれ違う直前まで射撃し続け、最低10は撃破したと確信したテッド。
視界に浮かぶ共通戦術状況図が更新され、220少々だったミサイルは、残り10発程度まで一気に数を削っていた。
――上々だな
――頼むぜウッディ
ふとそんな事を祈ったテッドの意識は、シリウス側の二列目に移っていた。
前回の戦闘で手痛い一撃を受けた相手だ。コレはテッドにとって雪辱戦だ。
『全機散開! 衝突に気をつけろ! 行くぞ!』
速度計の表示はやや上がって毎秒25キロを表示している。
902のシェルの最大機動速度が25キロな為、テッド達501のシェルもそれに合わせている格好だ。逆に言えば加速余力を残していると言えるのだが、テッドはまだそれに思い至っていなかった。
――さて……
チラリと見やった140ミリのプロパティ画面には、装填されている弾頭がAPDSだと表示されていた。スレ違いざまに力一杯ぶっ叩こうとシェルの戦闘支援AIが提案してきてると思っていた。
――わかったわかった……
コックピットの中でニヤリと笑ったテッドは左右を見やった。
必死で食らい付いてくる902パイロット達は、140ミリライフル砲を構えて射撃体勢を取っていた。戦闘戦域連係機能が働き、各機が狙っている攻撃対象が視界にオーバーレイされ始める。
シェルの戦闘支援AIはその中から危険度優先判定を行い、襲いかかってくる敵機の攻撃対象推薦レベルをディープブルーからファインレッドまでの7段階表示で視界に重ねていた。
――コレ便利だな……
危険な所から射撃を開始し、敵機への牽制をおこなう。
ただのライフル砲なのだから、ミサイルと違い当たる訳では無い。
だが、この攻撃は敵機にとっても重大な意味を持っているものだ。
つまり『お前を見ているぞ。殺してやるぞ』と挨拶代わりの様なものだ。
間髪入れず敵機シェルがミサイルを発射した。
過去に記憶の無い高機動型な高速ミサイルだった。
テッドはライフル砲では無くチェーンガンを使ってミサイルを迎撃する。
続々と火球が生まれる中、いくつかのミサイルが射撃をかい潜り突入してきた。
グッと奥歯を噛んで複雑な回避機動を取りながら、ミサイルの照準シーカーを外す努力をする。
――しつこい!
ふと目をやった機動限界のフラワーラインは随分と細く引き延ばされている。
速度計の表示は秒速33キロになっていた。
――ッチ……
いつの間にか増速していたらしいテッドは小さく舌打ちした。
気が付けば周囲の生身向けシェルを引き剥がしてしまっている。
散々と『単騎で飛び出すな』と教育したのに、いまのテッドは一人で戦場を飛び回っている状態になっていた。
『くれぐれも衝突だけはするなよ!』
ふと冷静さを取り戻したテッドは、自分の仕事も一緒に思い出した。
そして、シリウスのミサイルを全部叩き落す努力をする。
902のパイロットはまだミサイルに対処できない。
……と、言うより秒速25キロに対処できない。
秒速12キロから徐々に速度を上げてきたが、理論的な空中格闘戦を行なうには、人間の脳の処理速度が追いついていなかった。
『手に負えないと思ったら速度を落として掛かるんだ!』
何気なくテッドの口から出た言葉。
だがその次の瞬間には『……あっ』と言葉を漏らした。
そして、考える前に逆噴射を掛け、一気に速度を落とした。
何故エディは高機動戦闘で無敵なのか。
何故エディは猛烈な弾幕をかわせるのか。
テッドは遂に、その秘密にたどり着いた。
急減速したテッド機の直前を幾つもの砲弾が通り過ぎていく。
ミサイルが旋回しきらず通過していく。
――そうか!
加速余力を常に残してエディは戦っている。
街を歩く者が水たまりを避けるべくヨッと声を掛けて前に飛ぶのと同じだ。
常に限界一杯の速度で走らず、前にも後ろにも加速余力を残している。
その秘密を掴んでしまえば、後は簡単な話だ。同じ事をすれば良い。
形になら無いイメージでの思考を終えたテッドは、更に速度を落とした。
速度計は秒速12キロを表示している。これは戦闘機並の速度でしか無い。
エンジンは停止ギリギリなアイドル状態だ。
更に減速するにはエンジンを停止するか、逆噴射をかけて速度を殺すしかない。
そんな状態のテッドはニヤリと笑いつつシェルをスピンさせた。
戦闘空域の全てが一斉に語りかけてくるような感覚だった。
「よっしゃよっしゃ!」
無線の中にヴァルターの馬鹿笑いが流れた。
戦域無線ではなく中隊無線の中だけでナイショ話の様に指示が飛び交う。
ウッディの言っていた連携戦闘と言う仕組みが機能し始めていた。
だが……
『あっ!』
最初に誰が叫んだかはわからない。
ただ、事態はすぐに把握出来た。
コロニー船の側面に大爆発が発生していたのだった。
破片が飛び散り、コロニーの外殻が大きく破壊されていた。
――マジかよ……
恐れていた事態が、テッドの目の前で起きてしまった。
シリウスの手がコロニー船へと届いたのだった。




