冷静と情熱の狭間
~承前
そもそも、戦場において『怖じ気づくな』と言うのは無理というモノだ。
ましてや死にかけたと言う恐怖は、そう簡単に拭いきれるものでは無い。
パイロットは常に撃墜される危険をはらんだまま敵と戦う事に成る。
撃墜されれば、それは逃れようのない死が待っているだけだ。
それ故に、パイロットという生き物は恐怖をコントロールする能力が重要だ。
恐怖という感情は心の中に救う魔物である。
それの前に立ち、視線をかわし、そして見込まれた時、人は死ぬ。
恐怖は人を石にも立木にもしてしまう。或いは、藁の様にしてしまう。
逃れようのない死を前にしたとき、多くの者が諦めて死を受け容れるのだ。
一度その諦めを経験して生還したパイロットのその後は二種類に分かれる。
より慎重になるか。それとも、より果敢になるか……だ。
テッドもヴァルターも、前回の被撃墜が大きく影を落としているのは否めない。
黒い炎と呼ばれたテッドに対し、ヴァルターの二つ名は『火の玉小僧』だ。
VFA501の二枚看板な二人だが、この日はやや腰が引け気味なのだった。
ただ、テッドにとって納得が行かないのは、覚えている限り撃墜されたことの無いウッディも酷く怯えている事だ。ある意味でヴァルターがそれなら、まぁ、仕方が無いとも思えるのだが、ウッディの腰が引けているのはいただけないことだ。
「常識的に考えて3機で対処出来る数じゃない」
ウッディの姿勢は完全に逃げ腰に入った。
そんな姿勢で戦闘に臨もうとしている事自体、テッドには許せない事だった。
「……だけどよ」と、テッドは全部承知で口を挟んだ。
「いま俺たちがケツをまくれば、ハルゼーだけじゃなくてコロニー船も酷い事になるぜ? 無茶な数の敵機とやり合った事は一回や二回じゃねぇし、せめてエディ達後続が出てくるまでは何とかしねぇと……後々やばくねぇか?」
テッドの言葉は至極正論だ。
いま宇宙にいる戦闘可能兵器は、テッドたちの乗るビゲンの改良試験機だけ。
ここで三人が撤退すれば、航空支援無しに対処する必要が生まれてしまう。
ただ、ウッディの腰が引けている理由も分からなくは無い。
実験機になっている3機は燃料だけを補給して飛び出たのだ。
故に、手持ちの武装と言えば……
「こっちの得物は40ミリだけか」
「チェーンガンも無いからなぁ」
ヴァルターとウッディは不安げな言葉を漏らしている。
テッドはその声音に怖気付き腰の引けているヴァルターを嘆いた。
「この重装甲が役に立つかどうか実験するのに最高の条件だぜ?」
嗾けるような言葉を吐いたテッドは、ググッと進路を変えて単騎切り込む素振りを見せた。
「ちょっとテストしてみるわ」
「おい! ちょっと待てって!」
ヴァルターも変針し敵機側へ機種を向けた。
ややあってウッディ機が大きな遷移軌道を取って旋回した。
「本気で接近戦やるの? この機で? 自殺行為だと思うけどなぁ」
何気なく言ったウッディの一言だが、テッドはその言葉にカチンと来た。
なにがそんなに気に喰わないのか、自分自信でも不思議なくらいだ。
だが同時に、敵側から感じる説明のつかない不快感にテッドは悶えた。
敵機のパイロットが漏らす殺意や、言葉では説明出来ない敵意では無いもの。
もっともっと機械的な、感情の全く伴っていない、無機質な感触だ。
言葉では説明出来ないものだが、それでもテッドは確信している。
相手はこちらを殺そうとしている……と。
「だって、この反応だとシェルやチェシャキャットじゃなくてミサイルだろ?」
――え?
テッドは言葉が無かった。
それを見透かすかのようにウッディは続けた。
「近くに空母がいない。戦闘機やシェルでニューホライズンから遠路はるばる飛んでくるわけが無い。遠くに現れて発艦させるにしたって帰りの燃料が乏しい。片道で特攻するような手は使ってこないだろうし…… 空母ならそっちの方がエコーがでかいはず」
ウッディの分析は正鵠を得ていた。
改めてテッドはその分析に唸る。
――ほんの一瞬の間にウッディはそれを分析した……
言葉に出来ない劣等感を覚えたテッドは、モーターカノンの発火電源を入れた。
ここまで来て手ぶらでは帰れない。いくらかでも戦果を上げねばみっともない。
また一つ学んだとテッドは思った。そして、同時に劣等感も覚えた。
「如何なる理由があるにしろ、先ずは接触してみないと……さ」
精一杯な強がりを吐いて、テッドはとにかく話を誤魔化した。
そして同時に、エディがこうなる事を見越してディージョでは無くウッディを差し向けたのだと思った。
――もっと勉強しろ……ってか
自分が更に成長する様に。
経験を積み重ねる様に。
足りないものを得て前進する様に……
「そら! きなすったぜ!」
ヴァルターはモーターカノンの射撃を始めた。
長距離弾道ミサイルと思しき射撃対象は予想以上の速度だ。
「オラッ! くたばれ!」
テッドも負けじと射撃を始めた。
続々と巨大な火球が発生し、ミサイルは爆発を続けていた。
モーターカノンの装弾数は余り多くは無い。
だが、ミサイルを全滅させるのに申し分ない量を手持ちにしているはずだ。
熱源感知を行う赤外モードの視界では、次々と赤熱球が発生して四散していく。
――ウッディは何故撃たない?
ハッと気が付いた時、ウッディは未だに一発も撃っていなかった。
ミサイルの周辺を飛び回り、強引に機体を滑らせミサイルに接近しては様子を伺っていたのだ。
――なにやってんだ?
その動きは優雅で落ち着いたものだ。
反応の鈍い重装甲型のビゲンを実に上手くコントロールしていた。
「コロニー船まで残り5000キロ!」
ウッディの声が上ずった。もう距離が無い。
2分と掛からずコロニー船へ着弾する事になる。
――撃てよ!
テッドは内心で叫んだ。
だがウッディは一発も打つ事無く、様子を伺っていた。
まるで着弾まで見届けそうな姿で。
「おぃ! ウッディ! おま――『テッド! ヴァルター! 離れろ!』
ウッディは突然叫んだ。
まだ飛翔しているミサイルは残り30程度だ。
「ウッディ!」
「コロラドの近接火器が来る!」
「え?」
ハッと気が付いた時、テッドやヴァルターはミサイルのクラウドと一緒になり、コロラドのファランクス射程圏内へ入ろうとしていた。
強力なパルスレーザーの弾幕を生み出すそれは、あのシリウスのウルフライダーをたたき落としかけた様に、シェルですらも簡単に撃墜出来る恐るべきものだ。
「ウッディ! お前も!」
「ダメだ! 見届けなければ! 最後の護り手なんだ!」
――はぁ?
テッドは意味を飲み込み切れなかった。
ただ、言わんとしている事は解る。
――当該空域の全戦闘航空機に通達! ファランクスを使用する!
――直ちに退去せよ! 繰り返す! 直ちに退去せよ!
コロラドの射撃管制が退避を勧告した。
だが、ウッディは『構わず撃って!』と叫んだ。
コロニー船まで残り1000を切った。もう時間が無い……
「ウッディ!」
ヴァルターの声が悲鳴に近かった。
しかし、そんな叫びに動じる事無く、ウッディは吼えていた。
「早く逃げろ!」
――バカな事しやがって!
テッドが機の進路を変えて逃げようとした時だ。
コロラドのパルスレーザーは、その全ての砲座が一斉に火を噴いた。
青い光りが視界を飛び回った。
人間の反射神経では回避出来ない光の刃だ
漆黒の宇宙に光跡が飛び交い続けた。
――バカな!
テッドがレーザーの被爆圏内から脱して振り返ったとき、そこには次々と爆発するミサイルの弾頭と、そして装甲各部をレーザーに貫かれるウッディ機が居た。
――バカなことを!
コロラドに接近しつつあった弾頭は次々と爆発していた。
ただ、その中には偶然にも撃ち漏らしたモノもあるようだ。
ウッディはそんな生き残りをコツコツと破壊していた。
猛烈なパルスレーザーの雨のなか、ウッディのシェルは飛び回っていたのだ。
――無茶だろ!
ウッディは推進力を失って慣性だけで進む弾頭をも破壊していた。
レーザーがただの光りだと言う事実を、テッドは嫌と言うほど実感していた。
爆発媒体のない部分を貫いた所でレーザーだけでは爆発しない。
なにか燃焼するものを、爆発的な反応をするものを破壊しない限り……だ。
「よっしゃよっしゃ!」
ウッディのビゲンは各部に焼け焦げた跡をつけている。
だが、エンジン周りの装甲は貫通を防いでいた。
高密度な装甲は、高出力レーザーのエネルギーを熱融解に変換したのだ。
どれ程に出力があろうと、レーザーはしょせん光でしかない。
実体弾頭型兵器の様に爆発力を持って物理的に破壊するモノや、荷電粒子砲のようにごっそりと構造を消失させてしまうものとは、ダメージの質が違う。
つまり、貫通さえしなければ、レーザーは怖くないといえる。
そう。貫通さえしなければ……
「ウッディ!」
「悪いね! 美味しいところを全部持って行ったよ!」
ヴァルターの呼びかけにウッディは笑って応えた。
レーダーには攻撃性の反応を示すものが無い。
猛烈な速度で四散するデブリを装甲に受けながら、ウッディは笑っていた。
狙いがはまったと笑っていた。溢れる愉悦を押さえきれない様に。
「使える! 使えるよこれ! ファランクスのレーザーに耐えられるなら、ギリギリで待ち構えてゴールキーパーすれば良い!」
コロニー至近を離れたウッディはハルゼーへの帰投コースに乗った。
「シリウスの目的はコロニー船の奪取か破壊なんだ。それを防げば戦略的にこっちの勝ち。シリウスからテクノクラートを引き剥がせる。シリウスは困る事になる。それで良いんだよ! それで! それで。それ……」
不意に言葉が途切れた。
同時に、ウッディのビゲンからスラスターの火が消えた。
「ウッディ! ウッディ!」
ウッディのシェルは、まるで電源の切れたような状態だ。
その姿に驚いたテッドは、慌てて接近して行った。
「どうした! しっかりしろ!」
テッドは必死に呼びかけ続けた。
メインエンジンが失火しているウッディ機を抱えるようにしながら。
ヴァルターと左右から挟み、ハルゼーのメインデッキへと運んだテッド。
間近で見たウッディ機のコックピット付近には、小さな穴が空いていた。
装甲板の僅かな隙間だが、ぽっかりと空いている状態だった。
「ウッディ機被弾! コックピット部分を貫通している模様!」
テッドの叫びが無線に轟いた。
直後、エディの金切り声が響く。
「今すぐハルゼーに収容しろ!」
ハルゼーのメインデッキがすぐさま収容体制となり、そこへ運ばれたウッディ機のコックピットが外部操作で開けられた。中は大量の油圧シリンダ作動油と、大容量バッテリのリチウムリキッドが漂っていた。
「……良くやった ご苦労だった」
露天甲板まで飛び出てきたエディは、コックピットの中のウッディを見舞った。
胸部の制御パネルを貫通されウッディは非常電源だけで佇んでいた。
「何とか大丈夫だな?」
声も出せなくなっていた筈だが、エディの声にサムアップを返したウッディ。
にんまりと笑ってエディを見たのだが、直後に気を失った。
生身の人間なら死んでいるのだろう。
サイボーグで良かったと胸をなで下ろす様な状態だ。
もっと言えば、頭を貫通していれば即死の危険があった。
それを回避出来たのは僥倖であり幸運な事だった。
「節電モードだな」
サイボーグ専用ストレッチャーで運ばれていくウッディを見ながら、マイクは満足そうに笑っていた。しごき上げて鍛えた若者が責任感あつく奮闘したのだ。
「さて、テッドとヴァルターはビゲンの重装甲バージョンについてレポートだ」
テッドが一番苦手としている事務仕事をエディは指示した。
ウヘェと露骨に嫌な顔をしたのだが、そんな姿を仲間が冷やかす。
ウッディ機に集まっていた面々が散開する中、エディは自然にテッドへと近づいえいった。誰も違和感を覚えない様な流れだ。
「学ぶ事はあったか?」
「……はい」
「そうか。なら良かった」
クルリと背中を見せて歩み去ったエディ。
その背中を見送りながら、テッドはその深謀遠慮に舌を巻いていた。
そして、恐ろしい……とも。
「あと、何が足りないと思いますが?」
テッドは単刀直入に訊ねた。
エディの本音を聞きたかったのだ。
しかし、エディはその問いには答えなかった。
「俺が知りたいくらいだ」
そう、つかみ所の無い言葉を返し、ハルゼーの艦内へ消えていったのだった。




