改良型
「どうだ?」
「うーん」
工場コロニーの近く。
超高速で飛翔する3機のビゲンは、複雑な軌道を描きながら虚空を飛んでいた。
「反応が鈍いです」
「鈍い?」
「はい」
まるで戦闘中であるかの様に複雑な軌道を描いて旋回する3機は、燎機を敵機に見立てて仮想的な戦闘を行っていた。ただ、その動きはあのじゃじゃ馬も裸足で逃げ出す様なビゲンとはほど遠いものだ。
「思った様に旋回出来ません」
「そうか」
「ただ、最大限肯定的に評価するなら、据わりが良いんで射撃は安定します」
ハルゼーの艦内でモニターしているエディは『うーん……』と唸ったきり静かになった。重い沈黙が少々続き、30秒程の間を置いてエディは再び口を開いた。
「どういう意味だウッディ」
「射撃の安定性が悪かったのでロングレンジ射撃では当たらなかったから――
『だからもっと気合い入れて接近してガツンといきゃ良いだろ』とウッディの言葉を遮って話をしたのはヴァルターだ。そんなヴァルターにテッドも割と近い。
イケイケ系なパイロットと言う事で、テッドとヴァルターは馬が合う。ディージョやロニーは言うまでも無く熱血系で、ドッドとジャンも割とそっち系の喧嘩っ早い分類だ。
だが、501中隊の中で唯一と言っても良い程ウッディは穏健派だ。ややもすれば歯がゆい程に遠距離戦闘を行い、自機の被害を最小限に抑える振る舞いに終始している。そしてそれは、テッドとヴァルターのコンビを筆頭にした501中隊の戦闘序列では上位に入ってこない目立たない存在と言う事だった。
「先ずはキチンと当てられる場所まで接近してガンガンと――
『その前にウッディの話を聞け』エディはテッドの言葉を遮った。
ハルゼーの艦内には、シェルの開発を担当している企業のスタッフが来ているらしい。テッドは直接それを聞いた訳では無いが、エディやアレックスの会話を聞けばなんとなく話は見えてくる。
――ビゲンに装甲を被せよう
――メーカーを呼ぶか?
――それが良いと思う
先の戦闘で手痛い被害を受けた501中隊だ。幸いにして戦死者は出なかったが、だからといって改善の手を入れなくても良いと言う事では無い。
重量のかさむ流体金属装甲をソリッド化し、文字通りに防御力を削ってまで軽量化した超高速・超高機動型シェルと言うコンセプトだったはずのビゲン。身を削って軽量化した機体に重装甲を施す為の各種実験なのだが、それはつまりドラケンを越える重装甲で打たれ強さを獲得したいという要望だ。
そもそも敵機の攻撃は躱す事を前提にビゲンは設計されている。その為には運動性を極限まで上げておかねばならない。機体各部のスラスターは可能な限り高出力となり、機体の慣性質量を減らすべく、極限の軽量化が図られている。
たがこの日、宇宙を飛翔しているその姿は、従来のビゲンとは大きく異なるものだった。テッドとヴァルター。そしてウッディの三人はエディに呼び出され、この日の朝から特別任務に就いていた。
――――――――工場コロニー群 第2グループ 周辺空域
2248年7月29日 1240
たとえ宇宙であったとしても、神の摂理たる物理法則からは逃れられない。急激な軌道遷移は速度の低下を引き起こし、それを防ぐ為にはエンジンの出力を上げねばならない。
しかし、大出力エンジンは燃料の搭載量増大を招き、装甲重量の嵩む機体を更に重くしてしまう悪循環だ。戦闘直前には武装分の重量も上乗せされる為、着ぶくれデブと口汚く罵られる状態へと堕ちてしまう。
「なんか一気に重くなりましたから、勘が狂うんです」
――そんな事ねぇだろ!
テッドは内心で毒づいた。本機で殴り合う様な接近戦が全く見当たらない男だ。
いつも安全な場所にいて、遠くから狙い澄ました様に一撃を入れてくる。
「急旋回したら速度がガクッと落ちます。それに、エンジンを吹かしておくと曲がりません。急旋回の前にエンジンを絞らないと出力がありすぎてスラスターが負けます。それでもなかなか曲がらないからスラスターを強めに使わないとだめです」
冷静かつ論理的な話をするウッディは、一旦言葉を切って胸中で文章を練った。
「スラスター燃料が切れるのは悪夢です。多少座りが悪くとも落ち着きのないビゲンのセッティングは、機動力という意味では正解でした。重装甲のビゲンはありがたいですが、これで戦うには根性が要ります」
遠い遠い昔に地上を走ったラリーカーと同じく、機体が回頭しないのなら全部承知でスピンしやすいセッティングにしてやるしかない。搭乗するパイロットの主な仕事は、機体がスピンしないように捩じ伏せながらも回頭させる事だ。
「現状では移動する砲台です。これで斬り込むなら、少々撃たれてもへこたれないくらいガッツが無いとダメですね」
テッドやヴァルターといったイケイケ系の人間だけでなく、沈着冷静を画に書いたようなウッディが遠慮なくダメ出しをしている。パイロットうけの悪い機体はどうしたって現場で嫌がられるのだ。
「エンジン周りだけ装甲を厚くして、それ以外は今までどおりで良いんじゃないかと思います。機動力があれば、案外手足には当らないと思うんです。それに、運用を見直すとか戦い方を変えるとかリスクをさげる戦い方を取ったらどうでしょう」
どんなに奇麗事や精神論を振りかざしたところで、パイロットは死にたく無いのが本音だ。文字通りに命がけで敵と戦うパイロットの根幹部分は絶対無視してはいけない現場の要望といえる。
何より、自由自在に宇宙空間を飛翔するシェルライダーは一朝一夕に育たないのだから、それを護る算段は慎重に行うべきと言うことだ。
「ウッディの意見に同意します。俺もやられたときはまずエンジンからだった」
テッドも驚いた事にヴァルターはウッディの言葉に同意した。
割と熱い戦い方をする男だったはずだが、こんな部分ではクールで冷静だ。
「いっそ、流体金属を必要に応じて移動させるとか出来れば良いんですけどね。AIに着弾予想を立てさせて、その危険エリアを一時的に装甲で覆ってやるとか」
夢物語のような事をウッディは提案する。だがそれは、パイロットにしてみれば自らの負担を減らしてくれる便利なものであり、また、必要が無いときは重心点から遠い部分を軽くして慣性質量を下げてくれる理想的な仕組みといえる。
両椀や両脚の装甲を厚くするという事は、仮想重心点から距離のある部分に慣性質量の増大を招く錘をぶら下げるのと同義だ。急激な旋回を行なう時だって、機体の慣性運動ベクトルを強引に捻じ曲げるのだから、質量は1グラムでも軽いに越した事は無い。
「開発活動は継続する事にしよう」
航空管制から帰投の準備が出来たと通告されるなか、エディはもう充分だと言わんばかりの満足そうな声で言った。
その声を聞きながら、テッドは忌々しげにコックピットの天井をみた。
ドラケンには付いてなかった夥しい数のトグルスイッチが並んでいる。
「こいつは生身前提の機材だよな」
不機嫌そうに吐き捨てたテッドはその中のスイッチの1つを睨み付けた。
マニュアルスイッチと小さく書かれたそれは、シェルコントロールの全てをマニュアルで行えるものだった。
「あんまり肝心しないけど、必要なんだろうね」
相変わらずウッディは他人事のような事を言う。
「まぁようするに、機材の統一化なんだろうさ」
何かを言い返そうと思ったテッドの機先を制しヴァルターもそうぼやいた。
コックピットに付いた四本のレバーと二つのペダルで機体を操作する仕組みなのだが、それはつまりサイボーグが存在する理由や必要とされる理由を根底から否定しかねないものでもある。
つまり、テッド達は自らの存在意義を実証せねばならないと言えるのだ。その辛く長い戦いは、ここから始まるのだった。
――――1時間後
「で、そうなると?」
帰って早々に接触してきたドッドとジャンは、テッドたちの報告を真剣に聞いていた。そこにはオーリスやステンマルクも列席していて、報告書を書きながらもテッドたちは饒舌に語り続ける。
「なんつうか…… そっちへ行きたい!って願ってから機体が旋回し始めるまで一息あるんだよ。だから」
いつの間にか軽やかにキーボードを叩けるようになっているヴァルターは、報告書を書き続けながら質問に答えている。
「敵側に撃たれてこっちに来るってわかってさ、『やべぇ!』って慌ててかわしたくても、機体がすぐに反応しないんで、そこが一番ストレスを感じるポイントだ」
この日、一番饒舌なのはヴァルターだった。
ドッドやジャンの質問に淡々と、だが的確な言葉で答えている。
「鈍重ってことか」
「どんじゅう?」
ドッドの言葉にヴァルターが首をかしげる。
言葉を知らないというのは案外に意思疎通を妨げるものだ。
「重くて鈍いって事さ」
「あぁ。なるほど」
学ぶ場の無かったシリウスの貧困層は、知識を積み重ねる事が出来る貧困から抜け出せなくなる。それを幾世代も繰り返し、やがてその層は『家畜の安寧』と呼ばれる底辺適応現象を見せてしまう。
「まぁ、とにかく……」
一足早く報告書を書き上げたウッディはコーヒーを一口すすった。
ホッと一息ついて自らの報告書を読み返しつつ、独り言の様に呟く。
「正直、あれで戦闘したくないな」
「……そんなにヤバイっすか?」
不安げな声で言葉を返したロニーは、ビスケットを齧りながら肩を竦めた。
命のやり取りをする現場において言うなら、死ぬにしたって納得できる死に方をしたいというのが偽らざる本音だ。機動余地を全て奪われ落ち着き払った一撃で撃墜される。そんな経験をした者にすれば、あの恐怖と諦観と屈辱は言葉に出来ない物だ。
「正直言ってアレに乗るならノーマルのビゲンで良い。次は上手くやるさ」
なんとも不服そうな表情のテッドも報告書を書き上げた。気がつけば5ページほどにもなったその報告書の最後を、テッドは『パイロットにとって屈辱的な機材』と締めくくっていた。
本音で言えば、パイロットはパイロットでも、サイボーグのパイロットにとって屈辱的と言うことだ。存在理由の否定といっても良い機材だ。神経接続バスがもたらすメリットよりも、生身の兵士が使えるようにすることを選んだシェル。
その存在はつまり、将来的なサイボーグ不要論に行き着きかねない……
「まぁ、機材が何でアレ、コロニー船は護らねぇとな」
「俺たちの存在意義に関わる」
ジャンとドッドはそんな言葉を交わしている。違うんだよ。そうじゃ無いんだよと、声を荒げたくもなるが、グッと言葉を飲み込んで報告書を艦内ネットにスピンアウトさせる。
そして、燃え盛る炎のような心をコーヒーで鎮めたテッドは、整備班からの報告書に目を通す。次回の出撃に備えているビゲンは暫定的にコックピットとエンジンマウント部だけが装甲を強化されたものへの改造を行うとの事だった。
「とりあえず次はコレで出てみよう。撃たれ弱くて困るなら戦い方を変えるとか」
時にウッディは周りが驚くほどに勇猛な言葉を吐く事がある。
テッドやヴァルターとは違う熱さを秘めている。
話を聞いていたジャンは、そんなウッディの『中身』に付いて肯定的だ。
「……そうだな。何もバカ正直に正面から攻めんで良い」
テッドを含めた火の玉組みにしてみれば、常に一歩下がって物を見るようなウッディの姿は歯がゆく思えるモノだった。だが、ウッディはウッディで独自のロジックを持っていた。
「本格的に連動戦闘するのを研究した方が良いと思うんだ。今はシェルの機動力に頼りすぎた戦い方になってる。左右にも撃てるだけで、中身は戦闘機と変わりない気がするよ」
客観的な物言いだが、ヴァルターはテッドと顔を見合わせた。
エディは何を思ってテストにウッディを出したのか。その答えを理解したとも言える。ロニーを含めた熱い戦い方をする者たちではなく、他人と違うものの見方をするウッディの視線が貴重なのだ。
「だけどよ、違う戦い方ってい……
少し不機嫌そうな口調でディージョが口を開いた時、艦全体を揺らす様な衝撃がハルゼーを叩いた。
驚きの表情で全員が顔を見合わせる中、CICが全艦放送でアラート・フェーズファイブを宣言した。
――CVW501全機発艦準備!
中隊控え室に響き渡ったアラートシグナルと同時に出撃準備が下令され、弾かれた様に全員が出撃準備を整える。シェル出撃装備を調えた面々がシェルハンガーへやって来た時、エディとアレックスの二人がシェルを見上げて何事かの打ち合わせをしていた。
「シチュエーションはレッドだ。シェルの装備移行が完了していない。出撃出来るのはテッド・ヴァルター・ウッディの三機のみだ」
愕然としている中隊の面々を前にエディは渋い表情だ。
「艦のCICも状況を把握し切れていない。お前達3人でとにかく飛び出して状況を把握し対処してくれ。装甲換装が終了した機材から出撃する。無茶はしなくて良いが義務は出来る限り果たせ」
エディの声が不自然に緊張しているとテッドは思った。
だが、その理由を見つけ出す前に、テッドは宇宙へと飛び出していった。
「とにかく連邦の艦艇が攻撃を受けている。シェルかどうかは分からんが小型兵器による攻撃だ」
現状把握している断片的な情報をアレックスが解説している。それを聞きつつカタパルトオフしたテッドは、一気に速度を乗せてハルゼーから距離を取った。機を旋回させハルゼー側へ向いた時、艦を襲っていた異常の全体像を把握した。
巨大な相転移ステルスミサイルが艦の横っ腹に突き刺さっていた。ミサイルが爆発しなかったのは僥倖と言えるのかもしれない。ハルゼーは不自然な角度で進路を変え、コロニーに激突するコースをとっている状況だ。
「なんだよあれ!」
ヴァルターの声がヒステリックだ。中隊にテッドの視界が共有され、それはハルゼーのCICにも参考情報としてアップロードされた。
「周辺に敵影無し!」
テッドがそう報告を上げた時、ヴァルター機の超長距離レーダーには嫌な輝点が灯ったのだった。
「なんだ? これ……」
わかりきった事をヴァルターは呟いた。
この時点で取れる選択肢は二つ。
引き上げるか。それとも対処するか。
「……どう ……する?」
「敵機は…… 軽く100機だな」
ウッディの声は怯えたように震えているとテッドは思った。
そして、レーダーモニターを調整していたヴァルターも同じように呟いた。




