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黒い炎  作者: 陸奥守
第五章 地球のラグナロクを嗤う男達
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情けは人の為ならず

~承前






 ディージョとヴァルターが見上げる先。

 ウルフライダーシェル越しの向こうには双方の戦列艦が居た。


 大出力荷電粒子砲が容赦なく放たれ、双方の艦艇は高出力電磁バリアに荷電粒子を捉えて防いでいる。怪しげな光りが撒き散らされ、磁場の渦の中に莫大なエネルギーが溜まっていく。


『あれ、やべぇんじゃね?』

『……そうだな』


 ふと気がつけば、ディージョもヴァルターも露天甲板にいた。

 文字通りの露天環境だ。実際、どうしようもない。


『……戦列艦は逃げられねえからなぁ』

『足を止めての殴りあいだぜ』

『俺たちも逃げらんねぇぜ?』

『特等席で見物ってな』

『生身にゃ出来ねぇ芸当だ』


 ヴァルターとディージョが見上げる先。

 パリパリと紫電を放つその禍々しい光りの塊は、全てを焼き尽くしてやろうと充電し続ける開放型コンデンサーのようなモノだった。数兆ボルトに及ぶ莫大なエネルギーは、周辺へ電磁波を撒き散らしながら禍々しく輝いていた。


『まともに食らった、一発で蒸発だ』

『あれで死んだら手間がなくて良いな』


 キリマンジャロは砲の数でやや不利ながらも健闘しているようだ。

 コロラドは既に斉射を繰り返しており、そろそろ各砲塔の粒子加速機や偏光レンズが寿命になりつつある。大出力荷電粒子砲は、システムそのものが消耗品ともいえる構造だ。


『コロラドも負けらんねぇな』

『全くだぜ』


 大出力荷電粒子砲で撃ちあうなら、負ける事はすなわち瞬間的な蒸発だ。

 戦列艦同士の砲撃戦を一言でいえばSTAND(立ち向かうか) or(それとも) DIE(死ぬか)


 磁気の渦に溜め込まれた膨大な量の家電粒子は、太陽フレアーと同じように放射される。その直撃を受ければ、大量のX線やガンマ線により放射線被曝と同じ現象を引き起こす。

 サイボーグの脳を護るチタンの頭蓋骨がどれ程強靭であっても、瞬時に死を迎える事は疑いようが無い。


『ところでテッドはどうした?』

『いや、見てないけど』


 開き直ったディージョは、ヴァルターにテッドの所在を尋ねた。

 もはや何処にも逃げられないし、誰かの救助を受ける時間も無い。


 シェルに機動力は残されておらず、ハルゼーは戦闘モードに入っていて艦の外部へ開口されているのはカタパルト射出ハッチだけである。


『サザンクロスでもルドウでも死ななかった男だ。まだ生きてるさ!』

『だな! ザリシャでも生き残っているしな』


 戦闘空域の中に視線を走らせたヴァルターは、意識して紫電を放つ荷電粒子の塊を無視しようとした。テッドはまだ生きている筈だ。何処かに居るはずだと確信しているのだ。


『何処行きやがった! お前が死んでる訳ねぇだろ!』


 それは自らに言い聞かせるのとは違う言葉だった。

 確信めいたその言葉にディージョも『当たり前だ!』と言葉を返す。


 幾度もピンチを乗り越えてきて、ヴェテランとは言いがたくとも場数なら同時期の志願兵に負けないはずだ。


『ここっす! ここっす!』


 無線の中にもロニーの声が響く。

 何処だ何処だと虚空を探したディージョとヴァルターは、目の前にフルートのシェルが居るのに気が付いた。そして、そのシェルはテッドのシェルを抱える様に牽引していた。

 原型をとどめているのはコックピットのカノピーだけという状態で、すぐ脇にはロニーとオーリスのシェルがサポートに付いている。


『場所を空けな!!』


 全バンドにやや甲高い女の声が響いた。

 ディージョとヴァルターは少し離れた位置のディージョ機まで慌てて跳んだ。

 ハルゼーの露天甲板は広く大きいが、そのど真ん中へと叩き付けられた


『おいおい!』

『何考えてんだ!』


 為す術なくハルゼーの露天甲板に叩き付けられたテッド機は、反作用により弾き返されそうになった。そのテッド機をフルートのシェルが押さえ付けた。その姿はまるで、男に馬乗りになった女のようでもあった。


『ジタバタするな!』


 フルートのシェルはテッド機のカノピーに手を延びした。


『ちょっと! 生きてんの? 返事くらいしなさいよ!』


 普通の力じゃ開ける術すらない強靭な部分だが、シェルの握力はまるで紙でも引き裂くようにカノピーをこじ開けた。その中には同じく為す術無くされるがままのテッドがいる。


『おいテッド! 聞こえるか!』


 無線の中に叫んだヴァルターだが、その声は全く届かない状態だ。


 ――あっ!


 ヴァルターは無線の異常に気が付いた。

 つい先ほど、コロラドとシリウスの戦列艦が撃ち合っていた時に、同じ経験をしている。低出力の無線では磁場にかき乱され電波が通らないのだ。振り返ったヴァルターはディージョに呼びかけたが、近接無線程度の出力ではすでに電波が届いていなかった。


 ――やべぇ!


 精一杯のジェスチャーでディージョを手招きし、テッドのシェルに向かって虚空を跳んだヴァルター。

 サイボーグの強靭な脚力で虚空を横切ったヴァルターに続き、ディージョもテッドのシェルのコックピットに逃げ込む。


 そんな二人の振る舞いにフルートのシェルが異常を察し、テッド機のコックピットユニットごと抱えるとハルゼーの裏手へと逃げた。


 ――間に合うか!


 ほぼそれと同時。

 磁場の渦に捉えられていた荷電粒子の塊が大爆発を起こす。


 強力な荷電粒子の奔流が辺りに放たれ、まともな遮蔽物のない環境では即死級の放射線が放たれた。全身にピリピリと静電気が走り、ディージョもヴァルターもモゾモゾと身体をくねらせた。


『アブねえ!アブねえ!』

『今日はついてるぜ!』


 無線通話が復旧し、ディージョとヴァルターが顔を見合わせ言い合う。

 その会話にテッドの声が混じり、テッドが無事なのを確認した。。


『全くだな!』


 ふと見上げたフルートのシェルが妙に艶かしく見えた。

 装甲に覆われた機体の基本デザインが女性的に見えたのだ。


『助かったよ! ありがとう!』

『……べっ! 別に助けたくってやった訳じゃないから!』

『あぁ。そうだろうな』

『いつだったかの借りは返したからな!』


 恥ずかしさを噛み殺す様に男っぽい口調になったフルートのシェルは、三人をそこに置いたままハルゼーから離れた。何とも初々しい反応に、テッドは無線の向こうの女を思った。


『リディとサンディに宜しく言ってくれ』

『ふんっ!』


 フルートのシェルは、いきなりエンジンを全開にして飛び去った。

 その背中を見送った三人は考える。


 ──これからどうする?


 と。

 ここは完全な宇宙空間だ。

 そして、もう一度あのフレアー爆発が起きたら即死は免れない。


『兄貴!』


 そこへ現れたのはロニーだった。

 周辺にはジャンとオーリスがやって来ていて、ドッドも姿を現した。


『良いところに来た!』

『兄貴のピンチに現れるのが、舎弟の勤めっす!』


 まだ戦闘は続いているが、砲撃戦は一段落した様だ。

 コロラドの方は各砲が限界を迎えたらしく、浮遊砲塔を収用し始めている。


『お開きだな』

『あぁ。今回は負けだ』


 テッドとヴァルターはヘルメット越しに顔を見合わせた。

 砲艦同士の戦闘は、どういうわけか阿吽の呼吸で戦が終る。


 連邦は砲撃の余力が無くなり、シリウス側も強烈な荷電粒子のフレアで被害が発生したのか、戦列艦キリマンジャロが砲塔を回収し始めた。

 事実上コロニー船を攻撃する手段がなくなり、スプールアンスは生き残ったシェルを回収してから空域を離れはじめた。

 最後まで残っている駆逐艦ケフェウスは、漂流者救助を行なっている。


『なんか手を考えようぜ』


 ディージョはそう提案した。

 虚空に漂うプラズマ状の荷電粒子を眺めながら、テッド達シェルパイロットは負け戦の苦さを味わっている。戦略的な視点でいえば連邦側の勝ちだ。だが中隊にしてみれば若手三機を撃墜され負け戦だった。


『これから反省会だぜ?』


 ヴァルターがボソリと呟いた。


『……絞られそうだ』


 テッドはそう答えてそれっきり黙ってしまった。

 経験を積み重ねていく事が重要なのは言うまでも無いが、テッドを含めた被弾の記録は今後に役立たなければならないものだった。


『何とか生き残ったな』


 満足そうなエディの声が響く。

 その声にテッドは肩を竦めて笑った。


『借りを返されました』

『じゃぁまた借りをこさえてやれば良いさ』

『そうですね』


 何時ぞや、連邦艦のパルスレーザーに焼かれかけたフルートを救ったテッド。

 その振る舞いがここに繋がっていたのだ。


『人は助けておくもんだな』

『ホンとだぜ。そうでなけりゃ、俺たち今頃は蒸発してる』


 ディージョもヴァルターもケラケラと快活に笑った。

 だが、現実問題としてここから先をどうするかは真剣に考えねばならない。

 タイプ02ビゲンの運動能力は折り紙付きだが、とにかく装甲が無い。


『撃たれ弱さは酷いもんです』

『主砲で焼かれれば仕方が無いですけど』


 テッドもディージョもそんな言葉を口にした。

 どうやっても機体は破壊されてしまう。

 機動力を向上させる為に剥がされた流体金属装甲は相当なモノだった。


『なんとか装甲を元に戻して欲しいもんだな』

『あぁ、全くだ』


 ディージョのボヤキにヴァルターもそう応えた。

 直接やられた経験を持てば、誰だってそんな感想をもつものだ。


『いずれにせよ改良に関する報告はあげておこう。お前たちもレポートを上げろ』


 エディの言葉に全員が返答を返した。

 ただ、なんとなく腰の重い回答なのはいたし方が無い。


 軍隊とは究極の官僚組織であり、軍隊の主要な敵は書類と陰口が出るほどだ。

 コツコツと改良を施していくしかないのだが、テッドはふと思った。


 ――コロニーが無くなったら、どこでシェルの研究続けるんだ?


 その答えを今すぐ聞きたくなったものの、エディはまず三人の回収を指示した。

 ロニー機の救援を受けてハルゼーへと帰って行くのだが、その間もテッドは宇宙を見ていた。

 結果的にシリウスのウルフライダーに助けられたが、それが無ければ今頃は宇宙を漂うデブリだった筈だ。


 不意にやってくる恐怖と絶望感。

 そして、身震いするような『最期の瞬間』のフラッシュバック。


 首を振って頭から追い出そうとしても、あの絶望を覚悟した時の感情は中々消えるモノではなかった。


 ――なさけねぇな


 ハルゼーのメンテナンスデッキで身体の機能チェックを受けつつ、テッドは自嘲気味に笑っていた。

 無様にやられはしたが何とか生き残った。きっとあの楽器トリオのウルフライダーはリディアに話をするだろう。その時のリディアはどんな顔をするだろうか。


「まだまだだな」


 ボソリと呟いたテッド。


「なんか言ったか?」

「独り言か?」


 ヴァルターとディージョが振り返る中、テッドは『なんでもないさ』と笑って二人の背中を押し、控え室へと歩き始めた。これから3人は報告書との格闘が待っている。そして、戦闘指揮官の面接だ。


 士官が背負う責任の重さを実感しながら、テッドは成長していくのだった。


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