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黒い炎  作者: 陸奥守
第五章 地球のラグナロクを嗤う男達
90/424

連鎖

~承前






「ッチ」


 ヴァルターは無意識に小さく舌打ちしていた。

 可能な限りに機体の制御を試みるのだが、シェルは鈍重で反応がトロい。

 避けたい。躱したい。あと2メートル動きたい。その願いは全て裏切られた。


 視界の中にシェルの構造体が表示され、各部に赤マークがオーバーレイされる。


 左脚と左腕に直撃弾を受けた。

 姿勢制御スラスター喪失。

 左脚部を股関節下から損失。

 左腕はリストの辺りから破断。

 チェーンガン機能停止。

 背肩部姿勢制御スタスタ―機能停止。

 メインエンジンスカートのジンバル機能不良。


『姿勢制御能力54%喪失 戦闘離脱を提案』


 ヴァルターの視界に浮かぶシェルのメッセージは、どんな時でも客観的かつ機械的に判断する戦闘支援AIが戦闘不能だと諦めたサインだった。


「やられた!」


 ヴァルターはそう叫ぶしか無かった。

 生き残っていた姿勢制御エンジンで機体をスピンさせると、ピアノのシェルが手下を引き連れて旋回していくのが見えた。その瞬間、ヴァルターの意識が沸騰し爆発する。


 ――勝ったと思ってやがる!


 冷静さを欠いた人間は冷徹な判断を行えない。

 客観的にみて戦闘不能なのは間違い無い。


 だが、ヴァルターはシェルを捻って戦闘続行を狙った。

 今度は機体が時間差も無く素直に動いた。

 自らが()()()から抜け出ているのを理解する余裕も無い。


 ――チキショウ!

 ――舐めやがって!


 赤熱する程に燃え上がったヴァルターの精神は、280ミリを喪失している事すら気が付かずにいる。右腕のモーターカノンに砲弾の再装填を行い、エンジンを全開にして加速しようとした瞬間だった。


 ――え?


 背中にホンワリと温もりを感じた。

 それが何であるかを認識する前に、コックピットへ警報音が鳴り響いた。

 その警報音が少しずつ小さくなっていき、やがて無音になった。


 視界に浮かぶ計器は一斉に明滅して異常事態を伝えているのだが、音が一切入ってこない。


「……………………」


 何かを喋ったはずのヴァルターは、自分の声も聞こえなくなっている。

 異常事態に襲われて、燃え上がっていた精神がスッと熱を失った。


 その原因を探ろうとしたヴァルターが冷静さを取り戻した時、背面部のエンジンが爆発してコックピットに大きく亀裂が入っているのに気が付いた。コックピット内部の気密が失われ、ほぼ真空になるまで気圧が低下したのだ。


 ――サイボーグじゃ無きゃ即死だった


 冷静になったヴァルターは残された姿勢制御エンジンを使い、ハルゼーへの帰投コースを取るべく姿勢制御を試みた。幸いにしてまだ半分程度のスラスターは生きている。

 慣性を殺さないよう慎重にコースを変えたヴァルターに残された仕事は、ただ宇宙を漂流してハルゼーへ帰る事だった。他には何も出来ないのだから。だが……


 ――あちゃー


 ヴァルターはコックピットから宇宙を見た。

 そこには自分に向かってくるシリウスのシェルが居た。


 ――案外綺麗なもんだな……


 ふと、そんな事を思ったヴァルターは、生き残る努力を放棄した。

 ここまで来たんだから、充分満足だ……と、そう思いながら。


「ヴァルター!」


 ディージョ波思わず絶叫していた。

 ヴァルター機から反応は無く、漂流するに任されている状態だ。


 狼狽するディージョの様子に、501中隊は自分たちが追い詰められている事を知った。シリウスの新型シェルに搭乗しているパイロットは予想以上に腕利きの集団で、決して負ける事は無いが、侮って良いということでも無い。

 

 油断をすれば喰われるし、迂闊に接近すれば手痛い一撃を喰う事になる。そして今はあのウルフライダーがここにいるのだ。決して下手ではないシリウスシェルに気を取られ過ぎると、あのピエロのシェルに一撃を撃たれてしまう。


「まいったぜ!」

「ディージョ! あいつを挟み撃ちにしよう!」


 ジャンはポジションをややあげ、距離を取りつつもヴァイオリンのシェルを頂点に三角形を作るような形になった。


「サポートしよう!」


 平面でしかなかったその三角形にリーナーが参加し、四面体を作るようにして追跡を始める。立体として追い詰めていく手法は猟犬の側の連係が重要だ。


「確実に仕留めよう」

「そうだな。それが良い」


 ジャンの言葉にリーナーが応え、ディージョは一気に増速して距離を詰めた。

 結果的に飛び出す形となったディージョは、速度警報のアラームとは別に耳障りなアラームが鳴っていることに気がついた。


 ――なんだ?


 一瞬のうちに判断する事が難しいものだったが、しかしそれは無視しても良いという音では無い事を瞬時に悟る。そして、シェルのAIが強制的に操縦へ介入し、全力で回避行動を行なったのを黙って受け入れるしかなかった。


「ディージョ!」

「大丈夫か!」


 ジャンとリーナーが叫ぶ。

 1秒の数分の一の差でしかない一瞬の出来事。ディージョがいた座標の辺りをシリウス陣営の艦艇から放たれた砲弾が幾つも通過して行った。


「あぶねぇ!」


 ディージョは両足がガタガタと震えはじめた。

 レベルの違いとは言いたく無いが、現実には追い詰められている状態だ。


 こちらの手の内を読まれているのか、全ての機動要素において数手先にはチェックメイトがあると気がついた。


「手を読まれてるな!」


 ディージョ機も既に各所からギシリミシリと酷い音が漏れ初めている。

 機体の荷重限界に近い旋回を幾つも行なっているのだから当たり前だ。


「どうにかしねぇとテッドとヴァルターがやばいぜ!」


 ディージョの声が金切り声に変わった。何とかしないと!と、気ばかり焦る。

 再び急旋回で機動範囲を大きく取ったディージョは、偶然にも前方にシリウスの戦列艦キリマンジャロを捉えた。全ての砲塔を展開させたキリマンジャロは、すでに発砲段階になっていた。


「……あ」


 ディージョの心は瞬間的に無になった。眩い光が一斉に視界を埋め尽くした。

 機体の右半分が焼け、メインエンジンが誘爆をおこした。そして機体が完全に制御不能となり、ディージョもまた宇宙を漂うデブリの仲間入りを果たした。


「くそっ!」


 小さく悪態を吐いたディージョは、灯りの消えたコックピットの中で震えた。

 何かを行おうと残されている手段は何も無い状態に近い。

 諦めた方が早いのだが、それでもディージョは努力を忘れなかった。


「えっと…… エンジン失火の際の非常起動は……」


 マニュアルを思い出し、必死にシステムの再起動を試みる。全てが手遅れだと諦めるにはまだ早い。そんな強気だけがディージョを支えていた。しかし……


『ディージョ! 聞こえるか!』


 脳内に響いた中隊無線にはエディの声が流れていた。


『聞こえます! 現在エンジンの非常起動スタンバイ中!』

『そりゃ無駄な努力だ』


 スパッと言い放ったエディは、ディージョに自らの視界を転送した。

 機体の右半分と背面の殆どを失ったディージョ機は、エンジン自体をマウント部から失っていた。


 ――ダメだ……


 心の中のどこかからポキリと音が聞こえた様な気がした。

 そして、ディージョは生存の為の努力の全てを放棄した。


『宇宙って案外寒いんですね』


 ディージョは非常用の拳銃を抜いた。


『そのままの慣性で飛び続けろ』

『いや、ここで自爆します』

『バカを言うな。救援に入る』

『でも、それじゃコロニーが……』

『あぁ、コロニーの方は大丈夫だ。残存シリウスシェルは……


 エディの説明が続く中、ディージョは機体が蹴りつけられる様な衝撃を受けた。

 そして同時に、ほんの小さなモノでしか無い実視界の窓から眩い光りが差し込んできて、思わず目を細めた。戦列艦同士の砲撃戦が続いているのだった。

 今度は何処がやられたのか?と狭い視界から外を眺めたとき、目の前にシリウスのシェルがいた。理屈ではなく直感で『終わった』とディージョは思った。


 ──まぁこんなもんさ


 拳銃の銃口は案外冷たいものだと初めて知った。その冷たい銃口はこめかみにピッタリと付いていて、後はトリガーを絞るだけだった。


『ディージョ! 馬鹿なことはするなよ!』


 「はぁ?」と気の抜けた声を出したディージョ。

 だが、機体には強い加速度が掛かり、ディージョのシェルは強く押し出された。

 一気に速度がのり、気が付けば目の前にハルゼーがいた。


「スプールアンスじゃないのか?」


 強い加速度がふと弛み、まるで突き飛ばされるかのような衝撃を感じた。

 小さな窓の向こうにはヴァイオリンマークのシリウスシェルがいる。

 そのシェルは、まるでディージョ機を見送るようにしていた。


「なぜ?」


 理解不能な敵の振る舞いにディージョは沸騰する。

 善意で助けられたのではなく、情けをかけて助けられた。


 言い換えれば、殺すに値しない敵だと侮られた。

 無力な己への怒りと、そして敵に侮られる惨めさ。


 その二つが心を蝕み、悔しさに震えながらコックピットのグリップを握り潰しそうなディージョ。

 だが、小さな窓の向こうのヴァイオリンは、まるで投げキッスでもするかのような仕草を見せ、手を振ってその場を離れた。直後に激しい衝撃を感じ、シェルがハルゼーに激突したことを知った。


「……ダメ男なら、これでいいってか?」


 強かに頭を打ったディージョの視界には色鮮やかなノイズが浮かぶ。

 そして、その中にシリウスシェルのエンジンが目映く輝くのを見ていた。

 その隣には連邦のシェルがいて、機体ナンバーからヴァルターだと分かる。


「……敵に助けられるとは」


 急に恥ずかしさを覚えたディージョは、非常スイッチを使ってコックピットのカノピーを開けた。ハルゼーのオープンデッキに貼り付いているシェルの機体はあちこちが熔けたり破壊されていたりと、生き残ったのが奇跡的なものに思えた。


 ──この機体は弱すぎる!


 ディージョは率直にそう思った。何らかの改善提案が必要だ。

 遠くから押し出されてくるヴァルター機もまた、やはりあちこちに手痛いダメージを受けている。こちらも奇跡的にクリティカルなダメージを受けてはいないが、戦闘を継続出来るかというと、決してそんな余裕がある状況では無い。


 ──狙ったのか?

 ──いや、恩を売られた?


 素直に喜べないディージョは、すぐ近くへ同じ様にヴァルター機が叩き付けられるのを見ていた。大気が無い分だけ音が聞こえないから静かな物だが、その迫力たるや凄まじい。

 細かなパーツをパラパラと撒き散らし動かなくなったヴァルター機は、各所に大きなクラックの入ったひどい姿だ。なにより、エンジン周りがそっくり失われていて、マウント部には抉れた様な跡がある。


『大丈夫かヴァルター!』


 ヘルメットを取ったディージョは、中隊無線を使って呼びかけた。

 機が無線の中継機能を失っている以上、自力で電波を発するしかない。


『やられたぜ!』


 これまた同じ様にコックピットのカノピーを開けたヴァルターは、ヘルメットを取ってコックピットから這い出してきた。ディージョと顔を会わせて苦笑いを浮かべ、見上げた先にはウルフライダーのシェルがいて、二人を見下ろしている。


『お前達! 戦闘空域でヘルメットを取るな!』


 無線の中にアレックスの怒声が響き、二人は慌ててヘルメットを被り直した。

 その直後、ガンッ!と強い衝撃がディージョのヘルメットに走った。

 高密度流体金属封入のヘルメットにデブリが衝突したのだ。


『痛ぇ!』

『大丈夫か?』

『デブリが突き刺さってら!』


 何の破片かは分からないが、鋭い金属片がヘルメットに突き刺さっていた。

 第三層まで見事に貫通したそれは、あと数ミリで完全に打ち抜く勢いだった。


『ヘルメットが無けりゃ即死だったな』

『あぁ。アブねえアブねえ!』


 肩を竦めたディージョが笑う。

 ヘラヘラと笑い声を無線に流したディージョへ、エディの言葉が降り注いだ


『命拾いしたな』

『まだツキがあるらしいです』


 ヘラヘラと笑っていたディージョは、その場にうずくまって動けなくなった。

 奇跡のようなラッキーさにディージョは神への感謝を忘れなかった。だが……


「うはっ!」


 戦闘空域を見上げていたヴァルターが鈍く呻いた。

 戦列艦コロラドがシリウス側の戦列艦キリマンジャロと砲撃戦を開始したのだ。

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