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黒い炎  作者: 陸奥守
第一章 シリウス義勇軍
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襲撃 / シリウス開発小史 4

 ジョニー達新兵の訓練をエディが始めて2週間。

 最初は徹底的に身体を動かし続け、身体中がガチガチのボロボロになるほど痛めつけた。不平不満が出るのは承知上で、どんどんギアを上げハードトレーニングを課したエディ。だが、食事の時間にはありとあらゆる政治力を駆使し、栄養価の高いモノを朝昼晩これでもかと食べさせ続けていた。トレーニング内容のハードさについて行けず、脱落する者がぼちぼちと出てきたのもこの頃だった。

 ただ、そもそも責任感が強く、また、やる気を持って参加したジョニーだ。自らの意識変革もあってか積極的にトレーニングに打ち込んでいた。するとどうだ。若さ溢れるジョニーの身体は、わずか2週間で見違えるほどに逞しくなっていて、腕と言わず足と言わず、筋肉質でマッシブな姿になっている。誰よりも先ず、自分自身が自分の変貌に驚いていた。


 そして3週間目。兵士としての基礎を終え、銃火器取り扱い訓練が始まると、ジョニーは明らかに天賦の才を見せ始める。普通、歩兵の射撃技量評価は3段階に分かれているのだが、特級・1級・2級と並ぶ評価の最上級である特級射手評価を得ていた。そもそもに抜群の集中力を見せていたのだが、コレばかりは指導していたマイクやアレックスも舌を巻くほどだった。小銃だけで無く機関砲も拳銃も、どれを扱わしても上手い。将来が楽しみだと皆に言われるジョニー自身が、自らに自信を持ち始めていた。



 事件が起きたのはそんな頃だった。



「おぃ! なんだあれ!」


 射撃練習場の片隅。射撃目標のマンシルエット裏側には土嚢が高く積み上げられ壁になっているのだが、その土嚢の向こうからパワーローダーが姿を現した。シリウス開発の現場なら何処でも見るような汎用建設機械であるパワーローダーだが、その姿は異様を通り越して異形と言って良かった。

 油圧系統の全てにカバーが掛けられ、関節部や可動部、そして、操縦席には分厚い鉄板が取り付けられている作業用パワーローダー。どこにでも居るはずの、見慣れている機械な筈なのだが、それは、安っぽいB級映画に出てくる戦闘ロボットにも見えるのだから可笑しいやら呆れるやら……


「射撃目標かな?」


 新兵達が笑って眺めている中、射撃指導をしていたロベルトとフランシスが無線で何かを確かめて居る。

 土嚢を踏み越えゆっくりとやって来たパワーローダーは、ディーゼルエンジンの音を響かせながら150メートル程の距離を接近しつつあった。そして、50メートルを切った頃になって、操縦席部分に書き込まれた小さなマークを皆が見た。気が付けば土嚢を踏み越えて続々とパワーローダーが侵入してきて、一列に並んでいるのだった。


「シリウス政府のマークだ!」


 誰かが大声を張り上げ、ジョニーは本能的にその場へ伏せた。その直後、大声を張り上げた新兵の頭部が熟れたざくろの様に弾けとび、濃密な血の臭いが射撃演習場に漂った。


 ――――えっ?


 真正面に見える装甲を施されたパワーローダーは、右腕部に装着された重機関砲を発泡したのだった。13ミリ近い銃弾を浴びた新兵の身体は豆腐と同じだ。まるで強い力により引きちぎられた雑巾の様になって、そして、その周囲に居た者が次々と挽肉状に姿を変えていた。


「助けてくれー!」


 演習場は突然の訪問者に騒然となった。慌てて逃げ出す者。物陰に隠れる者。手にしていた訓練用の小銃で反撃を試みる者。様々な人生模様が描き出される中、ジョニーは辺りを見回す。アレと戦うには何か武器が要る。徒手空拳で戦えるような敵ではないし、手にしていた自動小銃で太刀打ち出来るレベルでも無い。


 ――――何か無いか? なにか!


 射撃練習場と言う事もあって小火器だけはいくらでもあるのだが、そんなモノで太刀打ち出来るほど生やさしい相手ではなさそうだとジョニーは悟る。半分くらい絶望しつつも辺りを見回すと、片隅に六輪装甲車が停まっていた。


 ――――あれなら!


 慌てて乗り込みエンジンを始動すると、考える前にインパネを確かめる。幸いにして操作系統は普通の車と対して変わらない。大型のパワーローダー輸送車と同じようになったパーキングブレーキを解除し、トランスファーセレクターを前進位置へたたき込んでアクセルを踏みつけた。

 猛然とエンジンが唸りだし、グッと鋭い加速を見せた装甲車がパワーローダー目掛けて突進して行った。重量的にパワーローダーを凌ぐのは間違いない。そんな装甲車が速度を付けて突っ込めば、ただじゃ済まないはずだ。


 ――――くたばれ!


 進路を決め、アクセルを迷う事無く目一杯に踏んだジョニー。装甲車はパワーローダーへ向かって真正面から突っ込んだ。恐らく最大効率でぶち当たった装甲車の運転席では、シートベルト無しで運転していたジョニーが強い衝撃を受けていた。頭を壁に強打し、操縦席で頭を振った。幸い流血の惨事にはなっていないが、視界に星が飛びクラクラとする。ただ、キューポラから見たパワーローダーは見事に破壊されていた。


「ざまぁ!」


 すぐさま装甲車を後退させ、次の獲物を探し始めるジョニー。だが、ジョニーの乗る装甲車に向けて機関砲がバリバリと打ち込まれ始めた。それなりに装甲を施してある装甲車故に貫通してきて即死と言う事は無いのだが、それでも大口径機関砲の収束射撃は凶悪だ。じりじりと装甲を削られ、ジョニーは一旦撤収を決める。目一杯アクセルを踏んで逃げに入るのだが、そこにパワーローだが立ちはだかった。


「どけ!」


 覚悟を決めて再び真正面から突入する事を選択したジョニー。装甲車はエンジンを唸らせまっすぐにパワーローダーへと突き進む。だが、今回の吶喊では加速距離が足らなかった。エンジン出力に余裕がある装甲車だけに出足は鋭いのだが、それでも加速距離が足らなすぎた。運動エネルギーを貯めきる前にパワーローダーへと衝突した装甲車は、対象物を破壊するほどの威力にはなっていなかった。


 ――――やばい……


 アレコレ・どうこうと考える前にそう直感したジョニーは運転席から素早く脱出し、銃弾飛び交う中を一目散に走った。ふと振り返った時、数台のパワーローダーに包囲された装甲車は至近距離から機関砲をバリバリと撃ち込まれ、そして、爆発炎上していた。そんなシーンを物陰から見ていたジョニーは背筋に冷たいモノが走り、そして視界にリディアの笑顔が浮かんだ。


 ――――マジかよ


 射撃演習場は一面が真っ赤な血で染まっていて、あちこちに死にきっていない新兵達が取り残されていた。ジッと息を殺して辺りを観察していたジョニーは、もうまさに虫の息で事切れる寸前になった新兵と目が合った。その新兵は助けを求めるようにジョニーへと手を伸ばした。


「助けてくれ…… 死にたくない しになくた……」


 一瞬、ジョニーの頭が真っ白になった。自分の居場所がばれる!と恐れおののいた。あの機関砲に狙われたら即死は免れない。止めろ! 早く死ね! 俺だって死にたくない! そんな言葉を心の内で叫んでいたジョニーだが、気が付けば物陰を飛び出して、その死にかけの新兵に走りより、背中に担いで再び走り始めた。


 ――――馬鹿なことをしているな……


 そんな自嘲をしつつも、肩で息をしながらジョニーは走った。そこが安全か?を考えている余裕など無かった。とにかくここを出て、どこかでこの死にかけを看取ってやらねば……と、そんな事を考えていたのだった。だが、現実はそんなに甘いものでは無く、むしろ極限まで追い詰められた時にこそ絶望がやって来るのだとジョニーは学ぶ。

 演習場の片隅にある事務所の中を抜け、裏口の扉を蹴り開け外へ飛び出したジョニー。その目の前にシリウスマークの付いたパワーローダーが待っていた。右腕に装備された大口径機関砲をジョニーの側に向けて。


 ――――リディア…… 


 一瞬の間にジョニーの脳裏を様々なモノが駆け抜けた。人生を遡って行くように、断片的な映像が奔流となって駆け抜けていく。リディアとの熱い夜もエディに鍛えられた昼も。そして、牛を追って草原を駆けた日や、雨の夜に牛舎の中で新しい命の誕生を待ち構えた日。苦しげな牛のいななきを聞きながら、焚き火に当たってその時を待っていたジョニーの脳裏に父の姿が浮かび上がった。


 ――――本当の終わりとは自分が諦めた時だ。諦めなければゲームは続くんだ


 目の前で何かが光った。緩くテイクバックしたジョニーのすぐ傍らを何かが通り抜けた。姿勢を崩してたたらを踏み、そのままその方向へ走り出したジョニー。その後ろを機関砲弾の着弾痕が追いかけていく。

 諦めないという一心で無我夢中に走ったジョニー。だが、逃げ切る前にその足が悲鳴をあげ、次なる一歩を踏み出す事が出来なかった。仕事をサボタージュした足のおかげでジョニーはそのまま前に倒れた。その背中辺りをいくつも砲弾が通り過ぎていった。偶然と言うにはあまりにも出来すぎた瞬間だと思った。

 まだツキがあると確信したジョニーは再び走り出す。ちょっと離れたところに見える地下掩体壕の入り口部分目指して、ジョニーは再び走り出した。背中に背負った名も知らぬ新兵仲間はまだ息をしてた。


「しっかりしろ! まだ死ぬなよ!」


 大地を踏みしめ走ったジョニーの至近を機関砲弾がいくつも通り抜ける。何がなんだか言葉に出来ない状態のまま、無我夢中で走ったジョニー。あと数メートル走ればとりあえず安全だと、自らを鼓舞している。

 だがしかし、現実は時に非情で、最悪の局面は最悪のタイミングでやってくるのを痛感する。なんとその地下掩体壕入り口の屈強なハッチは鍵がかけられ開かなかったのだ。ぶ厚いコンクリートの陰になっていて機関砲弾の直撃を受けても貫通こそしないのだが、少しずつコンクリートか削られているのを感じながら、死ぬのを待つしかない恐怖に震えた。


 ――――ここで終わりか……


 そう覚悟を決めたジョニー。

 だがその時、屈強なハッチの中から金属のパーツがぶつかりあう音が聞こえたのだった。

 シリウス開発小史 その4


4 撤退希望者への仕打ち 独立闘争の始まり



 2200年。

 地球人類最初の超光速船『カティーサーク』がシリウスに到着。

 地球から送り込まれた国連職員による管理委員会がニューホライズン統一政府を発足させる。ソレまでのニューホライズンを管理していた最初の16人とその子供達34人によるシリウス自治委員会は自治権を宣言し抵抗を試みるも、事実上国連代表団による軟禁下に置かれてしまう。

 ニューホライズン各所で抗議活動が起きるも、それよりニューホライズンに降り立った地球人類最大の関心事は、超光速船の登場により生き世のうちに地球へ帰れると言う地球帰還熱だった。だが国連政府は莫大な費用を掛けてシリウスへ送り込んだ者たちの地球帰還を一切認めない方針を採る。しかし、かえってその強硬姿勢が帰還熱を煽り、人々の情熱に火をつける事になる。

 同年。ニューホライズン政府は地球へ帰還する事を全面禁止すると発表。地球へ向けて出発しようとしていたカティーサークの船内へ密航を図った侵入者は脱出カプセルで宇宙からニューホライズンへ突き落とされ、その流れ星はニューホライズン各所で観測された。


 2200年終わりの12月。始まりの16人と34人の子供達の間から最初の『純シリウス系』な子供が生まれる。シリウスで生まれた地球人同士の子供だが、この子を持ってシリウス人第一号が宣言される。この子の名は『ビギンズ』その日。ニューホライズンにある全ての教会やモスクや寺院の鐘が独りでに鳴り響き、季節外れの花々が一斉に咲き出したのだ。

 シリウスの地上で働く短命なレプリや初期入植者の生き残りなどからは救いの神が誕生したとして崇められる。国連ニューホライズン政府はその子をシリウス生まれのサンプルとして地球へ送り返すと発表したが、シリウス自治委員会はビギンズを秘匿。ニューホライズン政府の警察は全力を挙げてビギンズを探したのだが、結局見つからず、ニューホライズン全土に対し『ビギンズを見つけたものに100億シリウスドルの懸賞金を出す』とまで宣言。だが、シリウス自治委員会は激しく抵抗し、それに応じたシリウス入植者たちによる暴動の騒ぎが頻発する。


 2200年12月31日。始まりの16人と34人の息子たち。通称シリウス自治委員会はニューホライズン全土に対し『我々こそが正統なシリウス政府であると宣言』地球西暦2200年をシリウス歴元年と公布し、我々を支持する者はニューホライズン各所にある地球連邦政府の旗を降ろせと呼びかけた。後に年中行事とも言えるものに育ったニューイヤーカーニバルと呼ばれる大晦日暴動の、その始まりだった。


 2201年。

 地球から再びやって来たカティーサークにより地球連邦政府の方針が発表される。シリウス自治員会による独立シリウス政府は違法組織と認定され解散命令を交付。

 シリウス入植者の地球帰還は一切認めない。密航を企てた者は如何なる理由であろうとも死刑。更に、地球における反政府活動など内乱罪や外患誘致罪と言った政治的犯罪を犯した者はシリウスへの島流し措置が撮られる事になった。


 ニューホライズンではこの発表に激しく抵抗。各所で大規模な暴動や無期限ストライキや、そして、地球関係者を狙ったテロ活動が行われ始める。カティサークの保安チームによる取り締まりは能力の限界を超えはじめ、シリウスにおける実効的な影響を全く発揮出来なくなり始めた。そしてニューホライズンの地上へ残っていた初期入植船エンタープライズの保安チームは、地球の国連政府のやり方があまりに横暴であると公式に抗議し、シリウス自治員会への帰順を発表。国連政府のやり方には従わないと通告し、対人殺傷兵器を持った保安チームがニューホライズンの地上でにらみ合う事態に発展。双方が『武力行使を望まず、平和的解決に努力する』と言う覚書を交わし事態は解決する。


 2201年5月。

 地球連邦代表団によるシリウス政府は、シリウス自治員会による自治政府をテロリストの作った非正統組織と非難し、地球連邦政府代表団によるシリウス政府こそ正統であると宣言。地球出身者を頂点にしたピラミッド構造を構築しようとしたのだが、シリウス自治政府側に付いた元エンタープライズの保安チームは宣言を撤回しない場合、武力闘争に移ると通告。その責任は正統政府と自称する後からやって来た連中だと強く非難。

 同時にニューホライズン全土では地球への抵抗活動が頻発し、ストライキや暴動が連続する事でニューホライズン全土が混乱を見せ始める。その結果、身の危険を感じた高級官僚などはニューホライズンを離れるカティサークの中へ逃げ込みニューホライズンを離脱。地球へと舞い戻って地球政府に従順な人間ばかりを集めた第三次移住団の編成を強く迫った。


 2202年。

 第三次移住団の募集を開始した国連政府だが、ニューホライズンにおける状況があまりに酷い事を受け全く人の集まらない状況が続いていた。大規模移住団を求められた国連政府だが、合計20億を超える人民を送り込んだ大船団と同じ規模を再建するほど余力がない現状では、カティーサークと同じ高速船により少しずつ運ぶしか手がない状況と成った。

 カティーサークと同型の超光速船三隻によるピストン輸送に切り替わったシリウス入植活動は初期のエンタープライズと同じく、1隻あたり5千人程度の入植が年三回行われるゆっくりとしたペースに切り替わった。この時点で正統政府と自治政府は双方にらみ合いを続ける奇妙な相乗り体制へと移っており、毎回合同で歓迎式典が開かれる運びとなった。

 そして、ニューホライズンの大地を二つに分け、地球派と独立派による分割入植となったのだが、実態は独立派の中に地球派の小さな都市がいくつか存在する状態となってしまっていた。その関係で地球派はより一層肩身の狭い思いをする事になり、やがてそれは地球政府への不満と成って行くのだった。


 2206年。

 自治政府と正統政府は合同でニューホライズンのテラフォーミング完了を宣言。同時に更なる移住を地球政府へと求めた。だが、ここで双方の足並みが乱れる。正統政府は地球派に限った移住を。自治政府は地球脱出を志すフロンティアスピリット溢れる者を求めた。

 2199年にシリウスへ到着していた大移民団を輸送した大船団が地球へ向け出発していたのだが、その帰り道で再び大規模流星群に遭遇。五百隻のうち満足に航行が可能なコンディションで地球へ向け進んでいた船は百隻足らずになってしまう。

 国連政府は公式見解として大規模移民団は行わない事を宣言し、同時に地球派住民には移住費用の全面負担を保証した安定入植を。独立派にはシリウス自治政府に対し一人当たり一億ドルの資金負担を求める政策を打ち出した。それでも独立派は負担を申し出た為、結果的にニューホライズンの至近が大規模に地球へ還流される形となり、ニは完全に地球の植民地へと落ちぶれ、入植者は奴隷状態となってしまった。

 結果的にこの政策がニューホライズンの全域における激しい抵抗活動の再開に繋がってしまい、国連によるシリウス政府の関係者はニューホライズン各所で次々とテロにより爆殺されていく事に繋がった。大規模テロの時代が訪れたのであった。


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