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黒い炎  作者: 陸奥守
第五章 地球のラグナロクを嗤う男達
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ゾーン


~承前






 テッドとすれ違ったヴァルターは、後方で何かが光ったのに気が付いた。

 スレ違いザマの撃破ついでに、手近なシェルをテッドがたたき壊したと思った。

 

 ――流石テッドだ!

 ――やるなぁ!


 負けてたまるかとヴァルターは12G旋回を試みた。機体の各所からギシギシと賑やかな音を立てたものの、シェルは見事に方向を変えていて、そのついでに近在のシリウスシェル2機へ砲撃を加えた。


 ――行け!


 抱えていた280ミリ砲の戦闘情報表示画面には、発射された砲弾がHEATだったと表示されていた。敵シェルの背面を捉えた砲弾は主エンジン部を一撃で破壊し、推進燃料を大爆発させ大きめのデブリを一つこさえた状態だった。

 もう一機のシェルはエンジンへの直撃こそ回避したものの、クルリと機体の向きを変えた結果として、コックピット部への直撃を受けた様だった。一番厚い装甲で鎧われたパイロットを納めるシェルの金庫は、万が一その装甲を貫く兵器を使われた場合には完全焼却状態となる罠でもあった。


 ――やった……か?


 コックピット部へ直撃を受けたシェルは機体制御を乱したあと、全ての姿勢制御を失って慣性のまま真っ直ぐに飛んだ。その向かった先にはディージョが居て、自機に急接近してくるシリウスシェルに狙いを定めた後で異常に気が付いた。


「ディージョ! かわしてくれ!」

「オーケ!」


 ひょいと進路をかわしたディージョは、シリウスシェルの背を軽く蹴って軌道を若干変えた。そのまま真っ直ぐ飛べばスプールアンスに向かうと思ったのだ。


「上出来だ!」

「おうよ!」


 上機嫌になったヴァルターは振り返ってテッド機を探した。『どうだ!』と自慢したい部分があったのだ。一瞬の高速戦闘を得意とするテッドに対し、『俺だって出来るんだ』と、そんなヴァルターの意思表示のつもりだった。だが……


 ――え?


 振り返った時に遠くで何かがパッと光った。『なんだ?』と視界をズームアップして言ったヴァルターは、テッド機が背面から炎を吹きだしているのを目撃した。


 ──マジかよ!


 右腕は肘関節辺りから先が失われ、姿勢制御エンジンは大半が機能停止している状態だ。あの様子ではメインエンジンもダメだろう。なにより、機体各部の灯り全てが消えている。つい今し方に撃墜したシリウスシェルと同じように、全ての制御を失って真っ直ぐに流れている状態だった。


 ──電源かっ!


 パイロット教育の常として、ヴァルターを含めたシェルパイロットはシェルの構造を知り尽くしている。機体の構造や制御についてかなりの情報を覚え込まされるのだ。


 それはつまり、ダメージをどこに受けたら一番まずい事態になるのか。どうすれば飛行を続行できるのか。自らが生き残る努力をするための知識を叩き込まれると言う事だ。


 もっとも、逆に言えば『もうダメ』と言う事実を、これ以上無くはっきりと突き付けられるとも言うのだが……


 ――先ずはフォローだな


「ディージョ! ウッディ! ロニー! テッドがヤベェ!」

「こっちでもモニターしていた! フォローに行く!」


 間髪開けずにウッディから言葉が返ってきた。

 同じタイミングですぐそばにロニー機がやってきていた。


「兄貴! 兄貴! やべぇっすか!」


 沈黙を続けるテッド機が漂流していく。

 土壇場で行った急旋回により速度はグッと落ちていて、推定で秒速10キロ少々だった。宇宙という広く大きな空間では、相対的に速度を感じさせてくれる存在が少ないと言う事もあって速度感喪失を起こしやすい。本来ならコレでも十分な高速なのだが、ドラケンを越える高速っぷりなビゲンならば、まるで止まっているようにも感じるのだ。


「とにかくテッド機を支援しよう!」


 ディージョとヴァルターの2機は手近なシリウスシェルから迎撃を始めた。ロニーはウッディと共にサッと距離を取り、遠距離攻撃を試みるシリウスシェルのチェックに付く。その流れる様な連係プレイに、思わずエディは目を細めた。気が付けばここまで鍛え上げていたと言う満足感だ。


「ディージョ! そっちに行った!」

「任せろ!」


 相対方向で接近してくるシリウスシェルに対し、ディージョとヴァルターは面での迎撃を行った。一定以上接近させないという意思表示でもあるのだが、それをかい潜ってテッド機にトドメを入れようとしている状態だ。


「歓迎しない事態だ!」

「冗談じゃねぇってな!」


 敵機はまだ20機近く存在する。

 コロニーに近づけたくないし、テッド機は守りたいし、で板挟み状態だ。


 正直、たったの2機ではどうにもならない。

 しかし、だからといって諦めて良いと言う事では無い。


「何とかしねぇと!」


 イライラしつつもシリウスシェルの迎撃に精を出すヴァルター。

 だが、そんな事を言ってられない自体が発生しつつあった。


「おいおい……」


 半ば呆れた様な声が無線の中に流れた。

 声の主はエディだった。


 あのエディがそんな言葉を漏らすからには、絶対碌な事じゃ無い。

 中隊全員が同じ認識でエディの次の言葉を待った。


 しかし、言葉が流れてくる事は無く、代わりにやって来たのはエディの見ている世界だった。その視界を共有した事で緊急を要する事態は、中隊の共通認識に昇格した。スプールアンスのカタパルトから撃ち出されてきたのは、あのウルフライダーの楽器トリオだった。


「……このタイミングで登場か」

「千両役者だな」


 マイクとアレックスも呆れる程の役者っぷりだが、ピアノとヴァイオリンの2機は周辺のシリウスシェルを引き連れ、編隊を組んでディージョとヴァルターに襲いかかっていった。


「弱い所から潰すってな!」

「戦いの基本だぜ!」

「あは!」


 そんな笑い声が漏れ、ヴァルターはディージョと共にウルフライダーへ挑みかかった。ここまでのトレーニングが無駄かどうか。ソレを確かめるには最高の相手と言えるのだ。ここでそれを逃がす手は無い。


「先ずはテッドだぞ!」


 いつもいつもお目付役的なポジションにいるドッドだが、そんな言葉を吐きつつも果敢に挑んでいく姿を見せている。テッドを欠いて11機になったとは言え、一騎当千の501中隊相手には、流石のウルフライダーも旗色悪しと言った状況だ。


「ロニー! お前はフルートをやれ!」

「了解っす!」


 ディージョはヴァイオリンに向かって真っ直ぐに突撃していき、チェーンガンを牽制に使いながら機動範囲を狭めていった。ふと見れば、ヴァルターがピアノに対して一騎打ちを挑んでいる。そのヴァルターにはステンマルクがサポートに付き、ロニーにはオーリスが支援についた。


「ディージョ! ケツは任せろ!」

「たのんまっせ!」


 ディージョの後方にはジャンが付いた。テッド機にはエディ以下の5機が付き、シリウスシェルを追い払っている。ただ、シリウス側のパイロットはかなり鍛えられているらしく、そう簡単に撃墜出来る状況では無くなりつつあった。


「こいつらやるなぁ」

「かなり鍛えられているな」


 マイクはアレックスと連係し、まだまだ元気なシリウスシェルを次々と戦闘不能に追い込んでいた。損傷を受けたシェルは何とか姿勢を立て直し、スプールアンスへと引き上げていく。その姿を見ていたエディは新たに難しいオーダーを出した。


『全員聞け! シェルは撃墜しなくて良い! 損傷だけ与えろ!』


 エディは確信した。

 このシリウスシェルのパイロットはレプリでは無く人間だ!と。


「なるほど!」

「そうか!」


 ウルフライダーと2対1の戦いをしていたディージョやヴァルターは、壮絶な追いかけっこの最中にも周囲のシリウスシェルへダメージをバラ撒き始めた。ふと気が付けばウルフライダーも秒速35キロオーバーの超高速戦闘をしている。


 ――生身でコレが出来るのか?


 怪訝な表情のディージョは、試す様に限界一杯の24G旋回を決めた。

 シリウスのウルフライダーがどれ程腕利きかは言うまでもないが、どんなに頑張っても生身には出来ないことがある。


 機械の身体ならば脳さえ潰れない限り持ち堪えられるはずだが、生身には循環器系の負担が大きすぎる。なにより、脳内血液の偏りによる偏圧でブラックアウトやレッドアウトを起こすはず。


 ──どうだ!


 ディージョと同じく奥歯を喰いしばって急旋回したヴァルターは、視界の隅に存在するシリウスのシェルを見つけた。やはり急旋回には付いてこれないと見えて、距離を取ったまま眺めつつも大きく旋回して仕切り直しを試みている。


 だが、実際は急減速をかけてヴァルターから振り切られないように離れただけだった。こう言う部分で上手く対応するのも場数と経験だ。自力で対処しきれない時、どう場面転換して自分を有利にするか。そんな場面でのずるい振る舞いも駆け引きの一部だ。


 ──くそっ!


 自分が苦労しただけという結果にヴァルターは腹をたてる。

 ただ、そんな事で千金に値する時間を浪費している場合ではない。


 ──テッド! 死ぬなよ!


 少しでも有利なポジションに機体を持って行くべくヴァルターは努力する。

 ただ、それが無駄な努力であることはヴァルター自身がわかっていた。


 ピアノのシェルは絶対的に有利なポジションに居る。

 ヴァルターがどう動いたところで、確実に砲弾を当てられるのだ。


 ──くそっ!


 ヴァルターは背筋に冷たいものを感じた。サイボーグが汗を流す筈など無い。

 だが、錯覚ではなく背筋は冷え冷えとしているのだ。


 レーダーに写る敵は四機。その全てが自分を確実に捉えるポジションだ。

 いつもなら連携して追っ払う役のテッドは沈黙したまま。


 ──やべぇ……


 ヴァルターは蛇に睨まれた蛙の気持ちだ。

 理屈ではなく直感として感じる間合いは、時に如何なるセンサーでも捉えられない機微を掴む事がある。そしていま、ヴァルターはそれを言葉では説明できない直感として捉えていた。


 ――死ぬっ!


 ヴァルターは無意識にシェルのエンジンを最大推力へと持って行った。

 ただ、機体は一向に速度を獲得する事が出来ず苛つく状態だ。

 それでもヴァルターは諦めずに機体のスラスターを使って旋回を試みる。


 両脚部と両肩のスラスターエンジンに火を入れ、シェルの旋回ヨーが立ち上がるのを待つのだが、運動性能抜群なはずのビゲンは一向に機体の向きを変えてくれなかった。


 ――どうなってんだ!


 僅かに焦り始めたヴァルターは無意識に敵機を見た。

 最初に確認したポジションから禄に動いていない敵機は、ノロノロと砲を構えていた。その口径は140ミリ少々といった所で、初速も弾道安定性も連邦の140ミリに全く引けを取らない()()だ。


 ――早く動けよ!


 ギリギリと歯を食いしばるヴァルターは視界の中にディージョを探した。

 漂流するテッド機を挟んだ逆サイドにいるディージョは、やはりノロノロと動きながらシリウスシェルを追い詰めていた。全く意味が理解出来ない状態だが、それでもヴァルターは敵機を目で追っていたのだった。


 ――何で撃たないんだ?


 そう思った瞬間、シリウスシェルの砲が鈍く光を発した。

 砲を飛び出してきた砲弾は随分とゆっくりだった。それこそ目で追える程に。


 ヴァルターは機体の機動限界を無視して上半身を捩り込む様にし、機体の進路を力業でねじ曲げた。シェルの腰部と胸部に装着された全ての稼働関節が可動範囲一杯を伝えてくる。


 ――もうちょっと頑張れよ!


 無意識に心中で叫んでいたヴァルターは、ようやく機体が旋回を始めた事に安堵した。ただ、シリウスシェルの放った砲弾の方が数段早い。全ての動きがスローモーでのんびりとしていて、そして遅いのだ。


 ……あっ!


 だいぶ前の話。ガンルームで談笑するテッドは、戦闘中に入れ込みすぎると不思議な体験をすると言っていた。曰く『世界が遅くなる』とか『時間が減速する』とか……だ。


 その会話の時点でヴァルターはその不思議な感覚を全く理解出来なかったが、今ならその話しの全てを理解出来ると思った。テッドが見ていた世界はコレだ。


 エディはそれを『ゾーン』と表現した。自らが受ける感覚の全てが加速し、相対的に周囲の時間経過が減速していく。世界の全てがスローモーにになり、全てに余裕を持って対処できるようになる。


 テッドは言った。敵に撃たれてから機体を動かすまでに幾つもシミュレーション出来る様になる……と。ただ、この時点でやっとヴァルターは気が付いた。

 時間加速している中では機体の動きが相対的に遅くなっていく。つまり、避けようと思っても機体が動いてくれず絶望の時間が長くなるだけだと……


 ――どうする!


 ヴァルターはゴクリと唾を飲み込む素振りをみせた。

 サイボーグには全く必要ない動きだ。


 だが、生理反応の一つとして出てしまったその振る舞いに、ヴァルターは自分が追い詰められていると実感した。


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