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黒い炎  作者: 陸奥守
第五章 地球のラグナロクを嗤う男達
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二回目


 ~承前





 続々と小さなハッチから自力発進を続けるシリウスのシェルたち。

 ただ、先ずは目の前の敵機に集中するべきだ。


 従来のドラケンでは出来なかった超急旋回を何度も行い、テッドはそのマニューバの中に得意技な直角ターンをいくつか混ぜこんだ。

 ドラケンではどうしてもターンが甘くなっていたのだが、ビゲンでは傍目に見れば本当に直角に曲がっている様に見える。


「へぇ! 付いて来やがるぜ!」


 半ば悲鳴に近い声をあげたテッド。

 シリウスの新型シェルは直角ターンをガンガンと決め、テッドとヴァルターを追いかけ始めた。ビゲンの機動力はドラケンを大きく上回るが、シリウスのシェルもまた凄まじい機動力を発揮していた。


「こりゃ凄いな!」


 思わずエディも唸る様な腕前だ。

 501中隊の12機に対して飛び出してきたシリウスシェルは10機。

 普通に考えれば数の論理で追い込まれるはずだ。


 ただ、このシリウスシェルは予想以上に手練れだ。

 雰囲気としてはあのウルフライダーの様な腕利きだ。


 エディを含めた501中隊の面々が撃墜されるような事は無いが、気が付けば中隊はスプールアンスから引き剥がされていた。艦の防空を優先したシリウスのシェルは、空母から敵機を引き剥がす事のみに努力したのだった。


「とにかく追っ払うぞ!」


 エディは再び旋回してスプールアンスへと肉薄を試みる。

 そこへシリウスシェルが立ちはだかり、物理的に接近を妨害している。


 幾重にも重ねられた多重的な防御ラインを突破し、スプールアンスに一撃を荒れたいと努力するのだが……


「うひょ! 新手だぜ!」


 スプールアンスのシェルデッキから次々とシェルが発艦を始めた。

 そのどれもが新型だった。


 連邦側の新型シェルは極限までソリッドな無駄の無い軽量化デザインだ。

 それに対するシリウスのシェルは生物的な曲線によって形作られている有機的デザインと言える。


 そして間違いなく言えるのは、その中身が重装甲と言うことだ。

 接近して撃ち合うことを前提にした、極限までパイロットの生存性を優先しているものだ。


 ──こりゃ手強いぞ


 テッドの勘はあながち間違いではない。

 事実、次々と出撃してくるシリウスシェルに対し、マイクやオーリスが砲撃を加えているのだが、モーターカノンでは火花が散るだけで効果はなかった。


「こりゃ撃たれ強いぞ!」


 なんとも楽しそうなマイクだが、新たに飛び出してきた新型のシェルは面の防御線を敷いた。ここから先には一歩も入れないと言う意思表示だ。新手で出てきたシリウスの新型シェルには音符マークと共に、ピアノのシルエットが入っている。


「もしかしてさ……」


 ふとテッドは何かの可能性を思った。

 いま飛び出てきた連中は、あのウルフライダーの教え子かも知れない。

 相当鍛えられているのは間違い無く、マニューバの()()は501中隊に引けを取らないレベルだ。


「まぁ、とにかく、ここを何とかしよう」


 エディの言葉が聞こえたテッドは、手近なシリウスシェルに襲いかかった。

 エンジンを全開にしつつ、トリッキーな動きを敵機を追い詰めた。


 どんな戦闘でも思いつきと、ソレを実現する技量が両輪になる。

 だが、それ以上に重要なのは経験だ。


 あれこれと思いつくだけでは無く、アレが出来ないコレは出来ないと、出来ない事を把握しているのは大きなアドバンテージなのだ。


 ――やってやる……


 280ミリを構えたテッドは捩り込んで曲率をグングンと上げ、三次元の動きで敵機を追い詰めた。平面では無く立体として戦闘手順を考慮する事は、何よりも経験を必要とするのだ。


 ――かわせるもんか!


 チラリと見た280ミリの装填弾頭はAPDSだった。

 相対方向での着弾撃破が難しい以上、コレに期待するしか無かった。

 滑空砲は最大電圧で磁力線加速を行い弾頭を撃ち出す。

 火薬発射と違いリニアモーター加速の砲撃では射出速度の次元が違うのだ。


 ――いけっ!


 旋回中の機体は秒速30キロを切り25キロ程度まで速度が低下している。

 だが、この状態からでも最大電圧での磁力加速では秒速50キロを軽く越えてくれるのだ。機体速度を上乗せしての砲弾速度は、人類史上最も凶悪な威力と言って差し支えないものだった。


 ――よっしゃ!


 パッと光ったシリウスシェルは、次の瞬間には大爆発を起こしていた。

 燃料タンクかエンジンか、その辺りに着弾したのだろう。


 一撃で弱い部分を撃ち抜いた強力な砲弾は、コロニー宙域に大量のデブリを生み出した。コレでは掃除も大変だろうと思うのだが……


 ――つぎっ!


 テッドの意識は次の敵シェルに注がれた。

 視界の中に敵シェルと、その予測機動限界線がオーバーレイされている。


 狙いを定めた敵のシェルはヴァルターを狙っていた。

 見過ごす訳にはいかなかった。


「ヴァルター! 後ろ八時方向!」

「おう!」


 テッドはグッと戦闘増速し距離を詰めた。ヴァルターは全部承知でテッド側に舵を切り、シリウスシェルはテッドと正対する状態になった。


「テッドの後ろにも居るぜ!」

「マジか!」


 すっかり後方がお留守だったテッドは、自機の後方にシリウスシェルが居る事に驚いた。ただ、その絶対速度が全く違うのは如何ともしがたいものだ。


「スレ違いザマにやろうぜ!」

「よっしゃ! こい!」


 秒速70キロを越える相対速度になった2機は、度胸一発なスレ違いを狙った。

 もはや人間の反応限界を超えている状態だ。コックピットの中には接近警報が鳴り響く。視界の中には危険を示すハイライト表示が浮かび上がる。


 ――分かっててやってんだよ!


 シェルの戦闘支援AIが緊急回避を割り込ませようとしてきた。

 テッドはソレを手動で差し止め、同時にヴァルター機を実視界に捉えた。


 次の瞬間にはすれ違っていたのだが、その後方にいたシリウスシェルに向かいモーターカノンを放った。


 ――どうだ!


 280ミリと違い僅か40ミリしかない砲弾なのだから威力はたかがしれているものだ。ただ、その威力は運動エネルギーが最大の武器とも言える。つまり、速度の二乗に比例して破壊力は増していく。


 ――へへっ!


 どれ程硬質な素材と言えども、この速度で当たれば液体の様に振る舞う状態だ。

 果たしてその40ミリの砲弾は、超硬質な素材をもって敵の装甲を見事に貫通していた。

 コックピットキャノピーを打ち抜いたのか、コントロールを失っていたシリウスのシェルはそのまま直進し、すれ違う事が出来ず激突して大爆発を起こた。


「よっしゃ!」

「次行こうぜ! 次!」

「おうよ!」


 視界の中をグルリと見回して敵を探すテッド。

 超高速のシェルは10秒とちょっとで500キロを飛んでしまう。


 その状態では戦闘領域が縦横高さ共に一千キロ近い広大なスペースとなってしまい。敵機を探すのも一苦労だ。

 だが、そうやってキョロキョロと辺りを見回した時、テッドは短く『あ……』と言葉を漏らした。かなり離れた場所にいたシリウスのシェルがテッドに向かい、砲撃を開始していたのだ。


 ――かわせるか!


 テッドはとにかく機体の進路を変える努力をした。

 敵機を視界に捉えた時点で、全ての可能性が失われているにも係わらずだ。

 シリウスのシェルは広範囲な拡散予測射撃を行い、放たれた砲弾は一定の乱数的な拡散放射で散開していく。その射線の多くがテッドの動きを封じるか、もしくは完全な直撃コースだ。

 回避出来る様な隙間は見当たらず、直撃を受けて無事で居られる保証は無い。

 ただ、粛々と直撃を被るのだけはゴメンだと、テッドは必死で足掻くしかない。


 『運命を天に任せると言うのは、やるだけの事をやった後で言う言葉だ』


 テッドの父は、いつもそう言っていた。


 ――ッ!


 どうにもならないと悟ったテッドは急ブレーキを掛ける様に減速し、同時に進路を敵シェルへと取って加速した。離れた場所からその動きを見れば、シェルが見えない壁に激突に跳ね返った様な直角の動きだ。


 両脚を鞭の様にしならせベクターノズルを最大限に効かせ、強引に機体のベクトルをねじ曲げた動き。その代償として機体中からギシリミシリと嫌な音が響き、強烈なGに晒された脚部のスラスターは失火してしまった。


 ――なんだよ!

 ――弱いじゃねーか! 

 ――新型が弱くなってどうすんだ!


 頭の中が沸騰した様になり、同時にサーッと熱が引いていく錯覚。

 機体の各部から操作反応が消えた。同時に、機体をガンガンと叩く何かの音。

 機体のアチコチから一斉に被害情報が上がり、黄色の文字で視界に表示される。


 ――え?


 一瞬、自分の頭が現状を受け容れる事を拒否した。

 だがしかし、そんな事を言っている状況では無い事を悟った。


 ずらずらと流れていくスクロール画面には損傷した機能が列挙されていた。

 その中には完全に破壊された部分が赤くハイライト表示され、絶望を誘った。


 両脚部姿勢制御スラスター損傷。

 背面メインエンジン停止。

 右腕部肘関節より先パーツ折損消失。

 主電源制御装置機能停止。

 戦闘支援AI沈黙。

 

 視界に写る戦闘情報の全てが消え去り、同時に外部視界をロストした。

 撃たれたのは間違い無く、機体の各部に深刻なダメージを受けたのも事実だ。

 ただその全てを、自分の意識と頭が拒否し、受け容れるのを拒んでいた。


 ――何かの間違い……

 ――戦闘AIのフリーズ……

 ――高G旋回のやり過ぎで一時的な電源系統の喪失……


 頭の中を無駄な思考が加速していく。

 絶対に無いと解っていて尚、何らかの故障だと思い込みたくなる。


 ……………………くそっ!


 持てる全ての可能性を考慮してシステムを再起動しようと努力する。

 その全てが無駄である事など解りきっているのに……だ。


 ――2回目か……


 ふと、バンデットで撃墜された時を思い出し、テッドはコックピットの中で苦笑いを浮かべていた。そして、機体に残っている慣性方向の計算を行って、自分が何処の方角へ漂流しているのかの座標割りだしを試みた。


 ――サイボーグってそう簡単に死ねないんだっけ

 ――コレもなかなか損だな……


 エディ達が救助に来てくれる可能性を信じ、テッドは全てを手放す事にした。

 あとは運を天に任せるしか無かった。

 例えソレがどれ程に小さな確率だったとしても……だ。


 戦列艦の火砲に焼かれるならソレも良し。

 トドメを入れられ弾け飛んで宇宙のデブリになるなら、それも致し方なし。


 ここまで散々殺してきた。

 だから、自分だけ死にたくないなんてことは言いたくなかった。


「まぁ…… しかたねぇか」


 ボソリと呟いて、そして僅かな隙間から見える宇宙を見た。

 煌めく宝石の様な星々が、小さな窓から見えていた。


 ──寒い……


 サイボーグが寒さに震えることなと無い。しかし、この時テッドは、間違いなく震えていた。カタカタと小刻みに震えるテッドは、自分が怯えている事に気が付いた。そして、まだ恐怖なんて感情が残っていたことを、テッド自身が驚いていた。


 それはつまり。人間らしい感情が残っていたと言うことだ。身体の中心まで機械になっているのは認識していたことだ。だが最近では、どこか精神までもが機械的になりつつあった。そんなテッドに残っていた最後の人間らしさ。


 ──まだ死にたくない!


 脳裏に浮かぶのはリディアの姿。

 朗らかに笑うリディアの眼差し。

 優しい声と柔らかな手と、そして、滑らかな肢体。

 ベッドの上でリディアを抱き締めた時の、あの艶かしい声が甦る。


 ──まだ生きたい!


 背中がひんやりと冷たい。

 エンジンの余熱が失われつつある。

 再点火が難しい事なと分かりきっている。

 しかし、それは努力をしなくても良いということではない。


 ──生きなきゃ!


 まだシェルの各部にあるサブコンは生きている。

 メインエンジンは停止したがバッテリーには十分な残量がある。

 なにより、自分自身の電源は90%を越える状態だ。


 ――へへへ……

 ――サイボーグって損だな


 メインエンジンの状態チェックから始めたテッド。

 可能性と言う名の奇跡を信じるしか無いのだ……


「まってろよ!」


 自らを鼓舞する様に、叫び声を上げていた。


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