ニューフェイス
~承前
「スゲェぞ!」
「冗談じゃねぇって!」
有り得ないことに、シェルの機体がガタガタと揺れた。
宇宙では有り得ないことだとテッドは考えた。
だが、現実に機体はガクガクと揺さぶられている。
「何でだよ!」
「え?」
「なんでシェルが揺れるんだよ!」
「知るかそんなの!」
「とにかくヤベェ!」
「どうなってんだ!」
いつの間にか無線が復旧していたが、問題は既に次の段階だった。
凄まじい重力震に襲われ、機体がガタガタと音を立てて揺れていた。
──死ぬ!
テッドは柄にもなくそんな気になった。
無鉄砲で向こう見ずな若者だが、土壇場になればやはり焦ってしまうものだ。
「コロラドは大丈夫か?」
「あぁ、問題無さそうだ」
機体が揺さぶられる震動も収まり、再びコロラドの影を脱したテッド。
パッと開けた視界の中に、艦の前半分を失ったシリウス側戦列艦を捉えた。
――すげぇ……
あり得ない壊れかただが、艦の後ろ半分にはまだ明かりがある。
なにより、艦の各部に付いている砲が発砲体制になっている。
「まだやる気だぜ!」
「仕事熱心なこったな!」
とばっちりを警戒して遠くから眺める作戦を取ったテッドとヴァルター。
その辺りに再び激しい重力震が襲いかかってきた。
本能的に危険を感じ、慌てて場所を変えるべく速度を上げた二機。
グングンと速度を上げていくと、益々振動が強くなり始める。
つい先ほど、とんでもない経験をしたばかりだ。
打撃力の伝播が無い宇宙で振動を経験するのだから尋常な事では無い。
その直後、二機が居た辺りには、シリウスの空母がワイプインしてきた。
「マジかよ!」
「……冗談じゃねぇよな」
テッドは甲高い声で奇声を発した。
そこにいたのは、前回の襲撃と同じドゴールだった。
前回の時、テッドとディージョは、あと僅かでドゴールを戦闘不能出来たのだ。
もう少しでと臍を噛む想いだったのだから、ここは一つリベンジだ。
「さて!」
「今日こそ!」
ヴァルターはテッドと共に空母のカタパルトデッキ目掛けて飛び込んでいった。
前回の迎撃時、テッドとディージョは空母の発艦デッキから艦内へ向けて280ミリを乱射したのだ。艦内各所で大爆発を発生させ、ドゴールは一気に回頭し脱出していった。
――もう少し
――もう少しだけ撃っていれば……
もう何回考えたか分からない事だ。
悔しくて震えるレベルと言って良い事だ。
意中に秘めた熱い決意をもう一度固め、一気に接近していくテッド。
そんなタイミングでふとヴァルターが言った。
「なぁ、エンジンやらねぇ? そうすりゃ今回は――
『いや、そいつは……』とテッドはヴァルターの言葉を遮った。
それは余りにアンフェアだと思ったのだ。
逃げる算段すら奪ってしまうのは、正々堂々をポリシーにするテッドの生き方にあるまじき事だ。
「……まぁ、今回は逃がさねぇようにさ。一気に方を付けようぜ」
「そうだな」
「逃げられるのは正直ゴメンだけどな」
ヴァルターは全部承知でそれを行った部分がある。
テッドなら絶対に乗ってこない部分だ。
ある意味で病的とも、或いは狂信的とも言える程にテッドはそれに拘っている。
あまりに明白で、圧倒的な生き方だ。
バカ正直と言っても良い程だ。
だが、ヴァルターにとってテッドの生き方は、決して嫌いなものでは無かった。
「あっ!」
「くそっ!」
二人同時に声を上げた。
発艦デッキのハッチが開き、程なくしてシリウスシェルがカタパルトに叩き出されていった。
「遅かった!」
「まだまだ!」
テッドの発した悲鳴に対し、ヴァルターが益々火の付く様な言葉を返した。
二人して280ミリを撃ち始め、発艦デッキで次々と火だるまになっていくシリウスシェルを見ていた。ただ、今回はあの爆発反応装甲を装備していないらしい。
「今回の敵は安全だな」
ヴァルターはそう呟くと、シリウス空母の進路前方に陣取った。
ドゴールの進行方向正面だ。そしてヴァルターは、自分が見た恐るべき光景を淡々と語った。
「艦内はシェルでぎっしりだ……」
テッドはため息をついた。
なんだか、これから何者かの虐殺ショーが始まりそうだと思った。
そして、虐殺されるのは自分だと、そんな気がした。
「どうでも良いんだけど……」
ヴァルターの視界を共有したテッドはある事に気がつく。
そんなテッドの態度にヴァルターも言いたい事を理解した。
「あれ、見たこと無い形だな」
「……シリウスも新型投入ってことか」
ドゴールの前で反転した二機は、後進方向へ全速力で飛びながら振り返って艦内へ向かい砲撃を開始する。両手に持った砲を全て撃ちつくし、両方のマガジンを変えて更に撃ち続けた。
二機のシェルが持つ四門の火砲でつるべ打ちにされ、四十発以上の着弾を受けたドゴールのシェルデッキは、各所で連続して大爆発を起こしつつある。
整備デッキの中にあった弾薬に誘爆を起こしているのか、ぶ厚い装甲に囲われた整備デッキの中で激しい爆発が連続して発生していた。
「とにかくズラかろうぜ!」
「やべぇやべぇ!」
推力を全開にして一気に離れて行ったテッドとヴァルター。
ドゴールはシェル格納庫付近で大爆発を起こし、そのまま艦内各所に誘爆を起こしている。艦の各所から漏れていた明かりが消えた瞬間、艦後部のエンジン付近がボコリと膨らみ始め、その直後には大量のデブリをばら撒いて船体が爆散した。
「よっしゃ!」
「いったぁ!」
飛散するパーツをかわしつつコロラドの様子を伺ったテッド。
激しい砲撃戦を行なっていたシリウスの戦列艦も、そろそろ完全に沈黙状態だ。
「まだ来るとおもうか?」
テッドはモニターを見ながらヴァルターに言った。
そのヴァルターはモニターの調整を行ないながら重力震の在り処を探した。
「……来そうだな」
再び激しい爆発を起こし、シリウスの戦列艦がメインエンジン部を大爆発させて機能を停止した。双方共に酷い損害を受けているが、シリウス側は短期間で宇宙艦艇四隻を失う大損害だ。
「救助するみたいだな」
「あぁ。そりゃ人道上はな」
コロラドから小型ランチが幾つも出発し、まだ残っている戦列艦の部分へ救助を試みるようだった。宇宙を漂流する恐怖は筆舌に尽くしがたいものだ。酸素の欠乏や与圧の消失。何よりも、影の側に入った宇宙は絶望的に寒い。逃れ様の無い死がじわじわと迫ってくる。その恐怖は大の大人が泣き出すレベルだ。
「上手く行くと良いな」
「邪魔がはいらねぇ様にしとこうぜ」
テッドとヴァルターは280ミリに最後のマガジンを差し込んだ。
スペアを六個ほど持って出たのだが、サイズが嵩みすぎて数を持てないのだ。
「もうちょっと改良して欲しいな」
「シェルで荷電粒子砲使えりゃぁなぁ」
僅かな愚痴がこぼれるも、大戦果を上げて気分は悪くない。
そんなタイミングでエディ達後続隊が到着した。
「大戦果だな! でかした!」
マイクが上機嫌ではしゃぐ中、激しい重力震が襲い掛かってきた。
ガタガタと機体が揺れ、テッドとヴァルターは再び戦闘モードに切り替わった。
ワイプインして来たのは駆逐艦ケフェウス。
そして、その後方には大型の戦列艦キリマンジャロだ。
――うへぇ……
内心で溜息を漏らしたテッド。
だが、何より驚いたのは、3隻目にワイプインしてきた船だった。
「おいおい!」
「ありゃニミッツ型の正規空母だぞ!」
ヴァルターが叫ぶ。
そこにいたのは搭載機数が実に百近いニミッツ級宇宙空母の六番艦。
知将勇将と讃えられた提督の名を受けた船。
そして、現状考え得る完璧な戦闘力を持つ艦艇だ。
「スプールアンスだ!」
スプールアンスの名を叫んだテッドは、士官教育の中でアレックスにそう教育を受けていた。ハルゼーを含むニミッツ級空母は人類史上最強であると言ったのだ。
戦闘艦艇には様々な評価軸があるのは言うまでも無い。戦列艦の強力な火砲や駆逐艦の持つ一撃必殺なプロトン魚雷は、凄まじい威力を持つ悪魔的な兵器だと言える。ソレと比べ、空母は固定兵装をロクに持っていないし、撃ち合う様な火砲も無いケースが殆どだ。
では、なぜ空母が完璧な兵器なのか。
それはつまり、艦載機による連続反復攻撃を可能としていると言う事だ。
そして、空間に溶けていく荷電粒子砲や、足が遅くて距離が有ると簡単にかわされる実弾兵器と違い、艦載機はそれぞれが個別に意思を持って攻撃に掛かる独立型兵器の拠点なのだ。
「アレに…… 勝てるのか?」
「ありゃ完璧な兵器なんだよな」
思わず寒い一言を漏らしたテッドとヴァルター。
そんな言葉を聞いたエディは努めて明るい口調で言った。
「完璧な兵器など存在しない。じゃんけんに最強が無いようにな」
ふと、グーチョキパーを思い浮かべたテッドは、『アァ……』と気の抜けた返事をこぼした。ヴァルターも『なるほど……』などと、いかにもそれらしい相槌を言ったのだが、その本当の意味を理解出来たか?と言うと、かなり怪しい状態だ。
「我々はこの三年近くを宇宙で暮らしているんだ。しかもハルゼーの中で」
エディはそんな部分から切り出した。思えばその通りだとテッドは思った。
改めて思えばこれと言って特筆すべき事など何もない、ごく当たり前の日常が何日も何日も淡々と繰り返されているだけの日々だ。
しかし、逆の視点でそれを見ると、ニミッツ級空母が宇宙に浮かぶ小さな街で有る事に気が付く。食事や飲料水や酸素といったものを滞りなく供給するだけで無く、戦闘拠点として戦略拠点として、大宇宙という大海原を自由に移動している戦闘兵器だ。
だが、その中で暮らしていれば嫌でも目に付く事がある。決して完璧な存在では無いし、乗組員の献身的努力によって支えられている部分が余りにも多い。
「アレコレ問題だらけなのは言うまでも無いだろう。つまり、アレもただの構造物でしかない。一気に接近し、一気に叩き潰す。それだけの話だ」
それは、単純かつ明白な事で、圧倒的な事実だ。
ソレを任務として与えられた以上、しっかりと目的を果たさねばならない。
恐らくはニューホライズンの周回軌道上でシリウス軍に強奪されたのだろう。
「さて、とりあえずやる事は一つだ」
大きなRを描いて旋回したエディは、スプールアンスのカタパルト射出点に狙いを定めたままゆっくりと接近していく事を選んだ。ハルゼーには碌な防御火器が無く、周辺の駆逐艦などに防空を担って貰っている状態だ。
スプールアンスも同じだろうと踏んだのだが、だからといって迂闊に接近して良いということでも無い。手痛い一撃を受ければ、いま使っているタイプ02など一撃でバラバラだ。
「まずは敵シェルを発艦させない事に努力しよう。その上で艦は戦列艦に任せる」
あぁなるほどとテッドは一人ごちだ。
シェルの手持ち兵装でどうにかなるような相手じゃ無いのは明らかだ。
ドゴールの場合はシェルデッキの弾薬に誘爆を起こしての撃破だったが、ニミッツ級はその類いのダメージコントロールも優秀だ。
「そら! 出てくるぞ!!」
エディの声と同時に複数のカタパルトラインからシェルが飛び出てくる。
ニミッツ級のシェル向けカタパルトは2本しかない。
その進路を予測して撃ち抜いていく簡単な作業だ。
「これで全部撃墜できると楽だな」
「まったくだ!」
オーリスやステンマルクが快活に笑った。
スプールアンスは進路を変えてシェルを振り切ろうと努力している。
だが、単純に機動力が違いすぎて話しにならない。
「早くこっちにぶっぱなせよ!」
少しイライラとしているテッドは、何気なくスプールアンスの後方を回った。
これと言って思惑があった訳では無いが、本当に何気ない行為だったのだ。
そんな虫の知らせ的な行為だが、テッドの視界に映ったのは、シェルの整備デッキ後方にある搬入口から出撃しようとしているシェルだった。
「裏口からこんにちは!ってな」
機を捻って射線に捉えようとテッドはシェルを急旋回させた。
だが、それよりも数秒早くシリウスのシェルが飛び出てきた。
「あっ!」
テッドのすぐ脇にいたヴァルターが叫んだ。
飛び出てきたシリウスのシェルは、推力を全開にして襲いかかってきた。
間違い無く手練れだと確信する様なマニューバを見せながら。
「マジかよ!」
テッドは急旋回し距離をとる方向へ舵を切った。
そしてふと、まだ艦内から次々と飛び出てくる可能性を思った。
「ありゃ! こっちも新型だぜ!!」
ディージョの叫びが無線に響いた。
タイプ02をやっと使いこなし始めたテッド達だが、シリウス側もついに新型を本格投入してきたようだ。
「デザインが全然違うな!」
グッと奥歯をくいしばって急旋回したテッドは、旋回能力の勝負を挑んだ。
従来のドラケンは連邦もシリウスも同じ機材を装備していた筈だった。
そもそもの供給源が北欧系総合重工メーカーで、それをシリウス側が鹵獲して使っていたと言う建前なのだから当たり前の事だった。
「アレはシリウス系重工業メーカーのオリジナルかも知れないな」
後から追いついたステンマルクはそんな分析を行った。
ステンマルクはシェルを開発したメーカーで開発に携わってきたのだ。
だからこそ、そんな部分にも興味を持つのだろうとテッドは思った。




