総力砲撃戦
相も変わらずコロニー周辺を根城としている501中隊。
シリウス軍によるコロニー船改造作業妨害は五日に一回のペースで続いている。
超光速船の運用がそのあたりで手一杯なのだろうと予測されていて、誰ともなくその活動を『シリウス定期便』と呼び始めていた。
シリウスの攻撃をあしらう事の無い4日間は、ひたすらシェルパイロット養成に取り組んでいる日々だ。VFA901は正式にVFA101スペースランサーズとして独立した。麾下に4つのシェル飛行隊と2つの戦闘機飛行隊を持つ航空団だ。
今はVFA902と仮称されている凡そ200人の候補を鍛えている。毎日毎日が座学と飛行訓練の連続だが、そんな中でも最低2名はシェルのコックピットでスクランブルに供えて待機している状態だった。
「定期便が来るのは明日だよな」
朝食を終えたヴァルターはシェルハンガーで出撃待機状態になっている。
その隣では、テッドが真剣な表情で何かを読んでいた。
「おいテッド」
「……あぁ?」
「なに真剣に読んでんだよ」
ヘラヘラと笑うヴァルターは、テッドの姿をからかっている。
「いや……」
テッドが持ち上げたのは、コロニー船の中で発行されている小冊子だ。
長い旅になるコロニー船の中には、きちんとした都市が建設されている。
その街の中の話題を集めた小冊子は、要するにタウンウォーカー雑誌だ。
「オシリス…… うぉーかー?」
「そう」
テッドがポンと投げた雑誌は、無重力状態なシェルデッキの中を飛んでいく。
ヴァルターの手元に来たその雑誌には、建設中な街の計画が書かれていた。
「……カフェ ……ムービーハウス ……サロン ……なにすんだ?」
「いや、ただの暇つぶしさ」
恥かしそうに笑ったテッドは話を必死でごまかした。
ただ、ページの角が犬の耳になっているのだ。
「はは~ん…… さては!」
テッドの思惑を見抜いたヴァルターはニヤニヤと笑っている。
角の折り曲げられたページは全て、甘いものが食べられるオシャレな店だ。
「デートの参段か?」
「……行けりゃぁな」
薄ら笑いでそう言葉を返したテッド。
ヴァルターの顔には『悪い事を聞いた』と、そんな表情が浮いていた。
「行けりゃぁな……」
もう一度そう呟いて、そしてテッドはモニターを見た。定期便と呼んでいるシリウスの嫌がらせ出撃が到着する時間帯は、過去のケースではあと三十分ほど後だった。今日は来ないと思っていても、やはり緊張はするものだ。特に意味も無くモニターを覗き込んだテッドは、そこに重力震の兆候を捉えていた。
――――――――2248年7月18日 1030
――VFA501 出撃準備!
突如として艦内に緊急音声が響いた。
テッドとヴァルターは慌ててヘルメットを被って戦闘準備を始める。
戦闘支援コンピューターを起動させたテッドは、装甲キャノピーを閉めた。
トイレなど生理現象が無いサイボーグは、シェルの中で待機し続けられる。
その為、誰よりも早く出撃を可能としているのだった。
『1-0-8 テッド少尉 出撃準備よし!』
ハルゼーのシェルデッキで待機していたのだから、最初に飛び出る事が出来るのは当たり前だ。この数ヶ月の戦闘教訓により両手に一丁ずつ280ミリを担いだテッドは、カタパルトの猛烈な加速の後に漆黒の宇宙へと飛び出た。
「テッド! はえぇって!」
後からやって来たヴァルターとコンビを組んだテッド。
一気に速度に乗った二人はピケットラインへとやって来た。
コロニーの防衛線には戦列艦コロラドの姿がある。
今日の為にわざわざニューホライズンの周回軌道からやって来ていた。
「今日はあいつをぶちかますんだろ?」
「派手にやろうぜって所だな」
二人してカラカラと笑うのだが、その目と鼻の先ではコロラドの側面に半埋め込みとなっていた浮遊砲塔が展開を始めていた。太陽光発電パネルを展開し、莫大な量の電力を供給され始めると、主砲の加速器当たりが鈍く光り始める。
「今日は荷電粒子砲モードらしいぜ」
「あの威力で喰らったらひとたまりもねぇな」
くわばらくわばらと言わんばかりに距離を取ったテッド。
その直後をヴァルターが飛び、後方には直径約11キロ、全長50キロにも及ぶ巨大なコロニーの第2グループが見えていた。
凡そ2分で一回転する内部では着々と収容施設の建設が進んで居るはずで、その外殻の厚みだけでも2キロに及ぶ。
「重力震が来たぜ!」
モニターを見ていたヴァルターが笑う。
コックピットにある僅かな実視界窓から該当エリアを見たテッドは、空間の歪みが大きくなっていって、遠くの星がスルスルと場所を変えていくのを見つけた。
「あの辺りだな」
「そろそろワイプインしてくる」
視界の中、そこへ姿を現したのは駆逐艦だった。艦番号がらオライオンだと分かる。前回の戦闘でリアクターにスクラムをかけるほどだったオライオンは修理を受けて戦線に復旧したらしい。
「きなすった!」
「こっちもやるらしい!」
ヴァルターの叫びにテッドが笑った。
戦列艦の主砲先端辺りにパリパリとリークしているスパークが見える。
強力な磁場渦の中で練成された荷電粒子の塊が光速で放たれようとしている。
「至近距離で見ると、また迫力が違うぜ!」
一瞬視界の全てが真っ白になった。音や振動が伝わるわけではないが、機外に出ていたセンサー類が一瞬バカになった様に跳ね踊った。数兆ボルト数万アンペアの巨大な奔流は、純粋な破壊する意志となって襲い掛かって行った。
「……スゲェ」
ぼそっと呟いたテッド。ヴァルターは言葉を失っていた。
今まで対地攻撃しか見たことのなかった戦列艦だが、その主砲の威力は約五百キロ先に居る駆逐艦の前半分がすっぱりと消えて無くなるほどだった。
原子レベルにまで分解され構造の全てを崩壊させ、駆逐艦オライオンは一瞬にして戦闘能力の全てを失い、宇宙を漂うデブリの仲間入りとなった。
その直後、更に第二斉射、第三斉射と続き、気がつけば駆逐艦だったモノは極僅かな構造物でしかなかった。それはもはや宇宙船だとか戦闘艦だとか、そう言った印象を与えるモノではなく、ましてや人の手で創られた何か文明物や創造物であるという雰囲気すら失っていた。
「なんつうか……」
「えげつねぇとか…… そういうチャチなもんじゃねぇな」
初めて眼にした、その純粋な暴力の結果は、言葉を失わせるに充分な威力だった。何をどうこう言って表現することなど全く意味の無いことだ。そこにあった全てを蒸発させてしまう威力。それは、存在の否定そのものだった。
「次の鴨が来るぜ」
ヴァルターはいま目の前で展開された光景が再現されるのを待った。
強い重力震が宇宙を揺らし、ワイプインして来たのはペルセウスだった。
再び複数の砲から閃光が迸り、ペルセウスは一瞬にしてペルセウスだったガラクタに成り下がった。
破壊を受けた断面から気体の流出が続いていて、そのストリームに乗った様々な物体が宇宙へと流れ出ていた。
「人が流れ出てるな」
「真空中へは放り出されたくねぇなぁ」
「ホントだぜ」
「テッドは良いだろ?」
「なんでだ?」
「彼女が助けてくれるぜ」
ヴァルターの一言にテッドは一瞬だけムッとしたものの、他意や悪意と言ったものではないとすぐに気がついた。
──応援してくれている
仲間のありがたさをつくづくと痛感する。
「どうでも良いけどよ」
「どした?」
「そろそろ来るんじゃねぇ?」
「……そうだな」
オライオンとペルセウスが前座だとしたら、そろそろ空母が来るはずだ。
シリウス側に拿捕され鹵獲後に戦力化された二隻の空母は、現在のところ交互運用状態で運用されている。
前回の来襲時にはドゴールが来ている。順序からすれば、今回はラファールが来るはずだ。
「現れた瞬間にやられるぜ」
「ワイプイン直後は向こうも何も出来ないからな」
再びコロラドの主砲が鈍く光り始めた。
巨大な粒子加速器を持つ戦列艦の主砲は、発射までにおよそ5分のチャージを必要とする。その為、複数の砲塔での連携砲撃を行い火力線に隙間を作らない事が重要になるのだ。
「重力震検知!」
ヴァルターの声が弾んでいる。
後方にIFF反応のある小型機反応が浮かび、仲間がハルゼーを発艦したとテッドは気が付いた。ただ、まだここまで来ていないのだから、この特等席でとんでもない撃沈ショーを見られるのはテッドとヴァルターの二人だけだ。
「……変だな」
「どうした?」
「重力震の波形が輻輳している」
「……複数くるってか?」
「そうかも……」
ヴァルターが端末をアレコレいじっている時、テッドは前方視界が大きくグニャリと歪んでいくのを見ていた。ダークマター自体に緩衝して空間をねじ曲げてしまう超光速飛行からの減速は、空間湾曲による視界の撹乱を伴う。
「これってもしかして」
「あぁ。増えてるな」
現場の末端士官にまでは連邦軍の全体像が届いている訳も無い。
そんな当たり前の事をテッドとヴァルターは改めて知った。
目の前にワイプインしてきたのは、駆逐艦を露払いにした二隻の大型艦だった。
「戦列艦だぜ!」
テッドはそう叫ぶと同時にエンジンを全開にして戦闘速力へと増速した。
コロラド級ほどの大型艦では無いが、それでも充分に巨大な艦艇だ。
「なんだあれ!」
「わかんねー!」
戦闘増速したヴァルターもテッドと共に距離を取った。近くに居れば砲撃戦に巻き込まれると、そう思ったのだ。刹那、コロラドが発砲した。それがシリウス側の戦列艦に襲いかかるも、強力な磁気バリアを持つ戦列艦はそのエネルギービュレットをねじ曲げ、明後日の方向へと受け流してしまった。
「コレが砲撃戦か!」
「すげぇ迫力だ!」
続いてシリウス側艦艇が砲塔を展開し始めた。
発電パネルを広げ、砲がチャージを始めた。
「アッチもぶっ放すぜ!! 流れ弾に注意だ!」
「おうよ!」
連邦軍のコロラドより若干早く、シリウス軍側の戦列艦が発砲した。
色が違うとテッドは思った。連邦側が白だとしたらシリウスは青いのだ。
「高周波レーザーに近いのかもな!」
「どっちにしろ避けようがねぇ! 光速だ!」
シリウスの砲撃はコロラドに直接吸い込まれていった。側面の巨大な膨らみ部分がズバッとえぐられ、様々なパーツが四散した。だが、そのダメージを無視するように、コロラドは再び発砲した。
複数の砲塔を連携させ、バリア正面部分に10か12程度の直撃を喰らわせてシリウス戦列艦を殴り続ける。シリウス艦艇のバリアが紫の光りを帯び始め、ややあってパリパリとリークする様な紫電を放ち始めた。
「アレなんだ?」
テッドは粒子物理学など高尚な学問的知識を持たない。故に、何が何だか正直さっぱり分からない。ただ一つだけ言えるとすれば、あの紫電を放って怪しく蠢いているものが弾けたら、絶対碌な事にはならないと言う事だ。
一緒に居た筈の空母を見失っている事に気がつかず、余計なダメージをかわすためにテッドとヴァルターはとにかく逃げるのだった。
「ちょっと離れようぜ!」
テッドは機を捻って距離を取る方向へ進路を取った。だが、ヴァルターの返答が無い。異常を感じヴァルター機を探せば、直後にちゃんと付いてきている。
「ヴァルター! おい!」
ホワイトノイズがサーッと小さく流れているだけで、無線の中は完全に沈黙状態だ。ふと気が付いてノイズキャンセラをオフにした瞬間、表現しようのないノイズが脳内へ鳴り響いた。
――あふっ!
慌てて再びノイズキャンセラのスイッチを入れると、無線の中が静かになる。
無線が効いてないのを理解したテッドはシェルの手を振ってヴァルターに『ずらかろう』と指示を出した。散々と陸戦を経験した二人なのだから、シェルだとしてもハンドサインは有効だった。
その間もコロラドは続々と砲撃を続けている。そして、シリウス艦艇の巨大なバリアが眩く輝き始めている。莫大な量の電荷を帯びた電子が滞留しているのだが、それは禍々しいまでに美しいのだった。
「あっ!」
テッドは思わず声に出して驚いた。バッと飛び散った光りの粒は巨大な波の様に同心円を描いて四散した。その光りの粒を浴びたシリウスの戦列艦は、溶ける様に飲み込まれていく。
ただ、それを見て遊んでいる場合では無いのも解っている。最大戦速で飛んでいたテッドとヴァルターは、コロラドの船体の影に避難した。




