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黒い炎  作者: 陸奥守
第五章 地球のラグナロクを嗤う男達
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気合と根性と最高速

~承前




「いままでの最高速だ!!」


 テッドの声が僅かに震えた。

 サイボーグの発声機能には声が裏返ると言う事は無い。

 だが……


「うひょ!」

「痺れるぜ!」


 まるで恐怖など感じていない風なヴァルターとディージョ。

 そんな二人の空気にテッドも癒やされる。


 ただ、油断は出来ない。


 視界の左隅に浮かぶ機動限界表示はますます細く鋭くなっていて、その姿はまるでマカロニのようだとテッドは思った。

 ちょっとした機動変位を行うにも細心の注意が必要で、旋回の為の姿勢を決めたら終了まで局率を変化させ無い様に注意を払わねばならない。


「来た!」


 ロニーの声も僅かに震えていた。

 テッドと並んで腕利きのロニーも怯えるのだ。


 グングンと接近してくる敵のシェルは、今までとは全く違う姿だった。

 迫力のあるそのシルエットは、見る者に生理的な恐怖感と嫌悪感を覚えさせる。


「まるで岩だな」


 リーナーは敵シェルのデザインを一目見てそう評した。

 どう見たって尋常では無い装甲を持っているとすぐにわかる姿だった。


 ――さて……


 何を思ったか、テッドはすれ違う直前に速度を殺す方向で機体を急旋回させた。

 すれ違う直前にソレを行ったので、数秒間だけは敵シェルと平行に飛んだ。

 新型シェルを観察すると同時に、至近距離でモーターカノンを試してみた。。


 ――どうだ!


 彼我距離は推定で100メートル少々。

 一瞬の出来事だったので、それ以上は接近出来なかった。


 ただ、それでも充分に変態的な機動を行っている。

 瞬きよりも短い一瞬で急接近するには、技術以上に気合いと根性が必要だ。


 ――えっ?!


 間違い無く命中している砲弾は、火花こそ散れども全く効果が無い。

 一瞬の間に数十発をお見舞いしたはずなのだが……


「化け物だぜ!」


 テッドの叫びに無線の中が静まり返る。

 シリウスロボを彷彿とさせる頑丈さと撃たれ強さに舌を巻く。


「思い出したくもねぇアイツを思い出すぜ!」


 ヴァルターの言葉には明らかな狼狽が滲んだ。


「お……


 それに何かを言い返そうとしたテッドだが、シリウスシェルの腕がわずかに動いたのを見て、背筋に寒気を感じて離脱方向へ舵を切った。幾多の赤い閃光が後方から追い越していき、テッドは引き釣った笑顔で脱出を努力する。


「冗談じゃねぇ!」


 シェルの弱点は背中のエンジン部だ。

 その背中を丸出しにしての回避運動は、ハードラックな命中でも命取りになる。

 宇宙に遮蔽物はないので狙われたらとにかく距離をとるしかない。


「火力も上がってるんじゃねーか!!」


 最大速力で回避コースに入ったテッドは、後方を見ながらとりあえず牽制射撃を加えた。狙って撃った訳では無いが、敵が多すぎて撃てば当たる状態だった。


「並みの一撃じゃ歯が立たねえな!」

「やっぱ新兵器じゃねーとダメか!」


 テッドと入れ替わりで急接近していったヴァルターとディージョは、必殺の新兵器を構えて砲撃を加えた。ディージョの一撃は見事にかわされ、ヴァルターの一撃は狙ったシェル以外に命中した。

 直撃を受けたシリウスシェルが大爆発し、完全に粉砕される。ただ、やはりその爆発は尋常ではない。迂闊に至近距離で破壊すれば、撒き散らされたデブリで被害が発生するレベルだ。


「なんつうか、陰湿だな」

「あぁ、全くだ」


 ステンマルクが呟いた一言にマイクが応える。

 ひ弱な火器では破壊出来ず、接近してぶちかませばおつりでやられる。

 強力な火器で距離を取っての射撃では、戦闘支援AIの自動回避で躱される。


「こっちとやりあうのを相当研究してきたな」


 なんとも楽しそうな言葉を吐いたエディ。

 その言葉にアレックスが言葉を返した。


「それも俺達とやりあうの前提だな」

「責任を感じるよ」


 責任と言ったエディだが、テッドはその言葉を口先だけだと思った。

 なんともまるで他人事なのだ。悲壮感のカケラも無い。


「後からあれこれ言われないようにしっかり研究しておこう」


 エディ機か旋回し突入していく。

 そのすぐ後ろをマイクとアレックスが付いていった。

 やや後ろでリーナーがカバーに付いていて、見事な連携を見せていた。


「効率よく破壊しておかないとな」


 その姿を見ていたテッドは思った。

 連邦のシェルは機動力を取ったのだと。


 装甲を優先したシリウスのシェルに苦戦するだろう。

 あれで機動力が向上したら手が付けられない。

 少々鈍重でも装甲の厚さは武器になる。

 撃たれ強いと言うのは、万言の説得力を持つのだ。


「気合い入れて接近しても普通のシェルじゃ爆発をかわせないだろうな」


 ウッディーの冷静な分析に皆が賛同した。

 実験的な戦闘集団である501中隊の戦闘手順研究は、連邦軍にとってすれば貴重なデータメーカーなのだ。


「給料分はたらくぞ!」


 職業軍人らしいオーリスの言葉に苦笑いしつつ、テッドは『おぉ!』と応えてふたたび突入コースへ入った。機動力が最大の武器となる新型シェルの能力を、とにかく信じるしかないのだった。


 ――ったく!


 文字通りの火襖な火力を限界一杯の回避運動で躱したテッド。

 コックピットに鳴り響く機動限界警報にイライラしながら、突入に備えシェルを急旋回させた。何となく思い付きてやった姿勢制御がドンピシャにはまり、機動限界のフラワー線をはみ出し急旋回を決めた。


「おいっ! テッド! いまそれどうやったんだよ!」


 一斉に言葉が集まってきたテッドは、思わずニンマリと笑った。

 航空機の様な姿勢制御ではなく、無重力環境で人間が壁から反発するように足のバーニアを使っての旋回だ。


「もう一回やるから見てろよ!」


 とんでもない速度で敵シェルに接近し、一気に姿勢を変えての急旋回を決めつつ敵シェルの裏側に回り込む。そして文字通りの必殺な一撃を叩き込んだ。

 正々堂々を信条とするテッドにとって、シェルの弱点につけ込む戦い方は余り歓迎しない事だ。だが、この敵シェルはやばすぎる。尋常な方法では打ち倒せないのだ。ならば少々ずるい手を使わなければならない。勝たなければ意味が無いのだ。


「こういう手は余り使いたくねぇ!」


 テッドの本音にエディはコックピットで苦笑いを浮かべた。

 あの、なにより卑怯を嫌うテッドが『敵を背中から撃った』のだ。

 大爆発した敵シェルを見ながら、テッドは何とも複雑な気分だった。


「おぃテッド!」


 普段のエディでは思いも付かない様な荒い言葉を吐いた。

 それはまるで若者が軽口を叩く様に言った言葉だ。


「はい!」


 テッドはその異常に気が付いた。

 そして、エディが何を言うのか一瞬にして察しが付いた。


「……余り無理すんなよ!」


 テッドは言葉が無かった。

 グッと来て言葉に詰まった。

 ただ、サイボーグは泣けない……


「仕事はします!」


 グッと奥歯を噛んだテッドだが、それでも明確な戦果が挙がっていた。

 ある意味でこうでもしないと勝てない相手だ。


「……シリウスのロボと一緒です」


 精一杯の強がりを吐いたテッド。

 それはニューホライズンの地上で戦った者なら。いや、地上で戦った者にしか分からない言葉だ。どうやっても勝てない相手に勝つ方法なのだから、綺麗とか汚いとか言っている場合では無い。


「仕事はしますってステンマルクの癖が移ったな!」


 話題を変えるように軽い言葉を浴びせかけたリーナーは、テッドと同じ様に軽やかな機動を見せ敵シェルの裏側に回り込むと、遠慮無くモーターカノンを浴びせかけた。

 どんなに重装甲でもエンジンにカバーは付けられない。構造材だけでなく配管などが剥き出しになった辺りへ次々と着弾し、敵シェルは弾けとんで消えた。


「なるほど! これなら簡単だ!」


 サラッと言い切ったリーナーだが、はた目に見れば難易度の高い動きだ。

 まるでタバコに火を付けるように当たり前の動きでやって見せたリーナーも、実はエディ並みの腕前なのだった。


「エディ。とりあえず敵さんにお引き取り願おう」

「そうだな。まだまだやることが山積みだ」


 マイクの言に応えたエディは、シェルの両腕を左右に広げ、編隊を大きく取れと指示をだした。そして、そのど真ん中を一気に切り込み行くのだが、その姿勢には迷いも戸惑いもなかった。


「我に続け!」


 敵シェルの数はかなりのものだ。

 ただ、エディからすれば、それは全て烏合の衆がごときものだった。


 信じるべきは機体の性能と自分の腕と、そして、鍛え上げた部下達。

 それが全て揃っているなら、何も恐れるものはない。


「いくぞ!」


 三番機のポジションに入ったテッドはエディの背中を見ていた。

 そして、敵に背中を狙われた時にどうフォローするかのシミュレーションをし続けた。


 ──よし……


 あのエディの想い人から頼むと言われたテッドだ。

 そして、あの人の元にはリディアがいる。

 約束した以上は『出来ませんでした』と言いたくない。


 ──リディアをお願いします……


 純粋な祈りを捧げ、テッドはエディの影に徹することにした。

 自分ではなくリディアのために。


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