ジョニーの挑戦 / シリウス開発小史 3
食後の休憩は1時間。
昼寝するも良し、何かしらの自習に充てるも良し。
志願兵の多くはだいたい昼寝を選択する事が多い。
寝て起きた時に指先がパンパンに膨れているほどむくむ事が多い。
だがそれは身体を動かして、そして栄養価の高い物を食べたときに人の身体が見せる生理反応のひとつだった。
ここまで軽い飢餓状態にあったジョニーの身体は、乾いたスポンジが水を吸うように栄養を吸収し、そして、全身の筋肉や骨に変換するべく活発に動いていた。
その活動は嫌でも眠気を催し、ジョニーは練兵場のベンチの上で貪るように眠るのだった。
「ジョニーは眠そうだな」
「あぁ。やっぱり身体は10代の小僧だ」
「早く一人前にしないとな」
遠めに眺めるマイクとアレックスは腕を組んでジョニーを見ていた。
そんな所へエディが姿を現す。腰に手を当てて見守っていた。
「午後は丸太トレーニングをやらせよう。根性を付けさせるにはアレが一番だ」
「そうだな。少々じゃへこたれない根性を鍛えよう。どうだ?エディ」
マイクとアレックスを見たエディがニヤリと笑う。
「新兵が潰れない程度に鍛えてくれ。今夜は良く眠れる程度にな」
「OK」
士官三人がにやりと笑う中、ジョニーは夢の中でリディアと一緒だった。
楽しいおしゃべりの最後になってリディアが真面目な顔で言った。
――――気をつけてね
そんな言葉の意味を理解し損ねていたジョニーだったが、午後の授業でリディアが心配した意味を痛感していた。午後のトレーニングはひたすら丸太を抱えるモノだったのだが、十人一組になって重い丸太を持ち上げ、グラウンドをひたすら走っていた時だった。
――――なんでこんな事をするんだろう?
ジョニーはそんな疑問を持った。だが、その答えが出る前にジョニーたちの前を走っていたチームがバランスを崩して転んでしまった。重量のある丸太を頭上に抱えていたのだ。頭の上に丸太が降ってくる形になり、肩にその丸太を受けた志願兵の鎖骨がぽっきりと折れてしまった。
「いてぇ!」
「大丈夫か!」
「いてぇ! いてぇよ!」
丸太を下ろした同じチームの者が見守る中、下士官たちが集まって野戦担架をこしらえ志願兵を載せていた。
「医務室まで走れ! 仲間を落とすな! 急げ!」
痛みに顔をしかめ呻く名も知らぬ志願兵。その仲間たちが担架を抱えて走っていった。そんなシーンを見ながらゾクリと寒気を覚えたジョニーは一緒に丸太を抱えていた志願兵に声を掛けた。
「注意しようぜ!」
「おう!」
「しっかりやろうぜ!」
これと言って話もしていなかった者たちだが、自然に声を掛け合い意思の疎通を図るようになっている。そんな姿にほくそ笑みつつ、エディは次々と課題を出していた。
丸太を抱えたまま砂の上を走り、泥の池を越え、瓦礫の山を越えた。そして、丸太を持ち上げたまま方向転換死、走ってきたコースを逆向きに進む。五十組以上の若者が走り回っていた。
休む事無く走ったり歩いたりしつつ、気が付けば夕方近く。ジョニーの居たチームを含め、そろそろ腕が上がらなくなっていた頃だった。
「ここに三倍の重量がある丸太がある。これを垂直に1分持ち上げられたら最後のトレーニングを免除する。ただし、失敗した場合はこの丸太を持って最後の課題に挑戦する事になる。軍隊と言うところは命令された以上、失敗は許されない。つまり、やると言った以上必ずやらねばならないし、出来ませんでしたは許されない」
右肩に丸太を載せてフラフラしている志願兵たちを前にエディは話を続ける。
「最後の課題は丸太を抱えたまま5マイルの行軍だ。志願する班はあるか!」
一瞬の沈黙。だが、ジョニーはその静けさの中で前の奴に声を掛けた。
「おい、やろうぜ!」
ジョニーのその一言がきっかけになり、ジョニーの居たチームは三倍の重量を持つ丸太に挑戦する。その勇士をエディがジッと見ていた。
「軍隊と言うところは口にした以上、出来ませんでしたは許されないぞ? 本当に良いんだな?」
念を押したエディの冷たい言葉だったが、ジョニーを含めた若者10名はエディの目を見て精一杯大きな声で『イエッサー!』を叫んだ。
「よし じゃぁチャレンジだ 抜かるなよ!」
抱えていた丸太をそっと下ろしたジョニーたちは、ふた周り以上も太い丸太の横に立った。改めて見たその丸太の太さはちょっと異常なレベルだ。そして、足で蹴ってもビクともしない重さだ。
――――これ…… 持ち上がるのか?
一瞬弱気の虫が顔を出す。だが、やる!と言った以上、ここで引き下がるわけには行かないし、失敗したらこれを抱えて5マイルだ。ジョニーは覚悟を決めて腕を揉んでいた。
「始める前に注意するべき点を言っておく。一つ、無理だと思ったら素直に捨てるんだ。いいな。二つ、捨てる時は右側だ。下敷きにならないように注意しろ。三つ、抱える時も降ろす時捨てる時も、必ず声を掛けろ」
全員が返答したのでエディは一歩下がり手を上げた。
「では1分だ。よーいっ!」
ジョニーは腰を下ろし丸太に手を回す。
グッと抱えてみると、あまりの重量に腰を抜かし掛けた。
「抱えろ! 持ち上げて肩へ!」
エディの声にあわせジョニーのいたチームが一斉に丸太を持ち上げ始めた。だが、予想以上に重量に焦りの色が浮かぶ。
「しっかりやろうぜ!」
「おぉ!」
誰かが声を掛けジョニーがおう!と答えた。
「せーの!」
掛け声にあわせ僅かに浮き上がった丸太。それを力尽くで持ち上げ、そっと肩に乗せた。それまで抱えていた丸太がまるで藁で出来たカーペットロールの様に感じたジョニー。だが、ここでへばるわけには行かない。肩に乗せたまま両手をブラブラとさせ、そして持ち上げる準備をする。
「カウントダウンを開始する! 3! 2! 1! アップ!」
ウォォォォ!!!
誰とも無く雄たけびを上げ丸太を頭上へと持ち上げた。
信じられない重量に肩が痺れ背筋が痙攣を始める。両腕が震えだし、足元がふらつき始める。だが、この絶対重量を浴びたら骨折では済みそうにも無い。気合を入れなおししっかりと持ち上げるのだが、絶対的な重量は如何ともしがたく、やはり左右へとふらついてしまう。
「30秒経過!」
1秒が1時間にも感じ、両腕といわず背中と言わず、全ての筋肉が悲鳴を上げている。だが、やっと折り返したばかりで先は長い。ここから先が本当の勝負なのは言うまでも無い事だった。
「45秒経過!」
もう少しだ! そう思った瞬間、人間はどうしても油断をしてしまう生き物だ。僅かに丸太の位置が下がりだす。腕を伸ばしきっていれば支えられる物も、腕を僅かでも曲げてしまうと、途端に重量が増したように感じる物だった。
「あと5秒! 4! 3! 2!」
だがここで限界だった。
誰かが『すまない!』と泣き言を言い、丸太を右下へ投げ捨てた。雪崩を打ったように丸太が崩れ落ち、最後の1秒をコールする前に先端が地面へと付いてしまった。最後まで持っていたジョニーも手を離したのだから、ミッションは失敗だ。
「惜しかったなぁ……」
両手をガクガクと振るわせるジョニーたち。
がっくりと肩を落としていて、その姿は痛々しいほどだった。
「だが、失敗は失敗だ」
エディは軽いほうの丸太を指差した。
「肩へ乗せろ!」
まともに力が入らなくなった腕で丸太を持ち上げ肩に乗せたジョニー。
ここから長い夜になると覚悟を決めてエディの指示を待つのだった。
シリウス開発小史 その3
2170年
地球へ帰還していたエンタープライズ号は船内機器を最新の物に交換し、あわせて最新の宇宙装備を整え再び地球を出航した。新たに設けられた住居ブロックに約五千人近いクルーを飲み込んでの出航だった。
そして、その船出には最近のシリウス往還船『エンデバー』が同時に出航したのだった。最初の10万人を乗せ出航したエンデバーは約九光年彼方のシリウスを目指し連続スイングバイを決め宇宙の虚空を加速して行った。
その1ヵ月後。今度はエンデバー級シリウス往還船『チャレンジャー』が出航。惑星配置が有利なタイミング狙ったチャレンジャーは天王星まで使ってスイングバイを行い、計算上はエンデバーとほぼ同時にシリウスへ到着するはずだった。チャレンジャーは最多の11万が搭乗し、シリウス開発における様々なエンジニア層が一気にシリウス入りする算段となっていた。
そこから1ヶ月ほど遅れたころ、やはり10万人が搭乗するシリウス往還船の3番艦『ディスカバリー』が地球を出航。それぞれ一ヶ月ずつタイミングをずらし出航した往還船の船団は相互に通信しつつシリウスを目指した。
だが、2173年の半ば。
シリウスまで38%の距離を進出した移住船団の先頭グループは不運にも未知の大規模彗星群と遭遇する。広い宇宙の片隅に集まる彗星群とはいえ、船殻へ命中すれば酷い事態となるのが目に見えていた。エンタープライズのエンデバーは進路の変更を試みたのだが、雲悪くエンデバーは比較的大きい彗星の直撃を受けた。そして、衝突の時点で始めて発覚した往還船の構造的欠陥により、エンデバーの移住者10万人全てがほぼ即死の事態となってしまう。
難を逃れた筈のエンタープライズが発信した緊急警報は磁気嵐で受信できず、少し後ろを付いてきていたチャレンジャーも直撃を受け、乗船していた移民団が全滅の憂き目を見た。必死の救援活動もむなしく、エンタープライズが救助できたのは僅か数千人。しかも、狭い船内へギリギリまで人間を詰め込んでいたエンタープライズには救助した人間を詰め込む余裕が乏しく、船内の環境が著しく悪化してしまうのだった。
ただ、幸いにして前方を進む僚船2隻の受難を光学観測していたディスカバリーは必死の操船でコースを逸れ彗星群の直撃をかわす事に成功。だが、急激な進行方向の変更による船内の大混乱で死者が続出。エンタープライズと合流したディスカバリーはなんとかシリウスへと到着したのだが、最終的にニューホライズンへ降立つ事が出来たのは合計でも5万人に満たなかった。
2175年。
第1次移住船団が事実上失敗したことを受け、国連宇宙開発委員会は第2次シリウス移住計画の大幅な見直しを行った。彗星群との衝突による苦い教訓から往還船の構造を根本的に見直したその船は、地球のラグランジェポイントを周回する巨大なシリンダー型の宇宙コロニーを改造したものとなった。1基あたり千万人が暮らせるコロニーを改造したその往還船は第1船団の手痛い教訓を元に船内に余裕を持たせ五百万人少々を収容する余裕を持っていた。
同じ頃、地球ではなく重力の弱い月面上に往還船を量産する巨大工場が建設され稼動を開始する。内太陽系の全域から建造資源がかき集められ、大量のレプリカントを動員して建造された往還船は平均して1週間で5隻を宇宙へ送り出す驚異的なハイピッチだった。
2178年。
第2次移住船団が編成の完了を見た。第1船団『ユーラシア』。第2船団『アフリカ』。第3船団『ノースアメリカ』。第4船団『サウスアメリカ』。第5船団『オーストラリア』。合計五百隻に及ぶ大船団は合計で二十二億人が搭乗する大移民団となった。
ただ、その内訳は大半が各大陸における貧困層で、三食保障付き住居と言う条件で半ば詐欺のように募集し、地球外へ送り出す棄民団でも有った。
2190年。エンタープライズとディスカバリーの生き残り、ニューホライズンへ到達。この時点でニューホライズンの人口は地球人類二万少々とレプリ100万。ここへディスカバリーの生き残り5万人が加わり、地球人類は約7万を数えるに至った。
同年、シリウスで未知の病による死者が発生する。後にシリウス病と呼ばれるようになるその病は『急性劇症性過剰免疫症候群』と命名され、それを患った患者は発症後48時間経過で100%死亡していた。医療スタッフによる懸命な原因究明が続き、数週間後、ついに原因が判明した。地球には居ない正体不明のウィルスが原因だった。
その後、エンタープライズのクルーによる調査研究によりニューホライズン土着のウィルスであることが判明。その後も続々と死傷者が発生し必死の研究が進む。なぜレプリは発症しないのか?を研究したレプリ企業の研究者が偶然発見した血中抗体を生み出すメカニズムにより、シリウス病の拡大はなんとか防がれる。しかし、その犠牲者は約4万人を越え、ニューホライズン人口の半分が死に絶える結果となった。
最初にシリウスへ残った始まりの八組はマイクロマシンによる抗体強化を行っていた為に発症せずに居た事がわかり、この辺りからシリウス病克服の糸口が見え始めた。後になって最初の八組とその子孫は驚異的長命を得る事になるのだが、シリウス病ウィルスとマイクロマシンの抵抗活動による相乗効果である事が判明した。
2198年。大規模移民団がシリウス星系へ到着。最初に行われたシリウス病抗体の予防接種により28億に増えていた人口が20億程度まで減少。自立歩行困難なレベルの副作用を発症した者は、レプリ生産用の有機体再変換装置へ送り込まれ強制排除された。翌2199年。ニューホライズンの所定地域へ入植を開始。地上へ降りた者は結局20億人を多少切った程度だった。
2199年。地球ではシリウス星系向け第三次移住団の募集を開始。だが、シリウス病根絶やニューホライズンの環境改善情報が届いていなかった地球では移住希望者が全く集まらなかった。国連政府はここで重大な方針転換を行う。
住民基本台帳から無作為に選ばれた者を強制移住させる政策である。だが、この政策では選ばれなかった者が選ばれた者から莫大な慰謝料を貰って肩代わりさせるコーディネーターの暗躍を許す事になる。
同年。長年研究されてきた全く新しい恒星間飛行エンジンのアーキテクチャーが完成を見る。重力レンズとダークマターを使う、それまでは想像の産物だったワープ航法を実現した超光速飛行を実現したその船は『カティーサーク』と名付けられた。超光速飛行によりシリウスまでの所要時間は約100日へと短縮される。この日から地球人類による惑星間クリッパーレースが幕をあけた。