運命の再会
~承前
すべてを諦めたジョニーは空を見ていた。
ニューホライズンの青い空がどこまでも広がっていた。
「…………………………………………」
いつか聞いた収穫祭の賑やかな音色が耳に甦った。
聞いているだけて楽しくなるサウンドに笑う。
そして、夢の中でリディアと踊った。
何処からか、母親の歌声が聞こえた。
――リディア
――今いくよ
不意に機体が揺れ、現実逃避していたジョニーの意識が帰って来た。
海面まで残り三キロ少々。叩き付けられ死ぬには申し分無い高度だ。
――……えっ?
ジョニーは突然、あり得ない方向に加速度を感じた。
理解の範疇を越える出来事に精神が一瞬パニックをおこす。
だが、機体は明らかに進路を変えているのだ。
何が起こっているのか理解出来ないジョニー。
ハッと気が付いた時、ジョニーの目の前にあり得ない者が居た。
――嘘だろ
ジョニーのシェルの目の前に、あのシリウスのシェルがいた。
まるで踊るような格好で、シリウスのシェルはジョニーの機体を掴んでいた。
――バカなっ!
つい先ほど自分が何をしたのか。
その記憶がすっぱりとジョニーは抜け落ちていた。
敵を助けるなどあり得ないと思った。
そしてふと『戦利品』という言葉が脳裏を過ぎる。
――シェルを持ってかれる訳にはいかねぇよな
いそいそと自爆の仕度を始めたジョニー。
最終スイッチの安全装置を外し、エンジン内部に栓をして強制発火させるのだ。
液酸と液水の強制反応で大爆発を起こすはず。ジョニーはニヤリと笑う。
――ありがとよ
――ついでにあの世まで一緒に頼むわ
カチリとスイッチの音が鳴った。
奥歯をグッと噛んで衝撃に備えた。
だが、幾ら待っても爆発は発生しない。
――え?
――あ……
――そうか……
強制酸化剤に当たる液酸を使い切っていたのを思い出したジョニー。
爆発する訳がないと気が付き、苦笑いだ。
――精々、抵抗してやるか
なる様になれと割り切った時、コックピットの墜落警報が鳴った。
だが、どうにもならないんだから、どうしようもない。
ジョニーはグッと踏ん張って衝撃に備えた。
あとは即死しない事を祈るだけだった。
「アッ!」
ジョニーはコックピットから見える視界に思わず叫んだ。
どうにもならないジョニーの機体を抱えたシリウスのシェルは、完全にコントロールを失って砂浜へと墜落した。
激しく砂を巻き上げスライディングしていくのだが、その道中でジョニーはコックピットからオートベイルアウトされた。
――ばかやろう!
――冗談じゃねぇ!
空中を吹っ飛んでいったジョニーはジタバタと手足を動かし、砂浜に叩き付けられて滑走していった。そして、浪消しブロック代わりの岩へ叩き付けられて身体が止まった。
「これじゃシェルはシェルでも…… ショットシェルだぜ」
何とか起き上がったジョニーは早速自己診断を始める。
幸いにして機能的欠損はなく、構造体に痛みを感じてはいない。
ふと目をやれば、三百メートルほど向こうまでシェルは滑った様だ。
身体を起こしてシェルへと歩いて行くジョニー。
連邦軍のグリーンのシェルの向こうにシリウスの白いシェルが墜落している。
「あちゃぁ……」
自機を見ればなぜコントロールを失ったのかを理解する。
完全に破壊されているエンジン周りは、原型を留めない程に溶けていた。
機体の後ろ半分に原形を保っている所はなく、どこかしらが壊れている。
「これで良く飛んでたな」
グリフォンエンジンは連続作動している限り、何とか壊れすに動き続けると言うトンでもエンジンだ。制御された連続爆発というのは伊達では無い。
連続燃焼制限時間をこえて強制酸化剤を入れ続けた報いだとジョニーは気が付いた。そして、即死しなかったのも単純に運の問題だと気が付いた。
「こうなっちゃ…… 兵隊は戦争しなきゃいけねぇからな」
ジョニーは自機のコックピットから、非常用のサブマシンガンを取りだした。
周辺を警戒し、足音を殺してシリウスのシェルへと歩いて行く。
多少装甲形状などが違うモノの、シリウスシェルの基本的な構造は全く同じだ。
ジョニーは所定手順でコックピットを開けた。鈍い音を立ててスッと開いたキャノピーの内側にジョニーは驚く。
「……ウソだろ」
意識を失って居るらしいパイロットは随分と小柄だった。
機体に縛り付けるストラップを外し、耐衝撃ゲルの詰まった分厚い装甲服を着込むパイロットを砂浜に寝かせると、それが女である事に気が付く。決して豊かでは無いが、それでもしっかりと自己主張する胸の膨らみへ手を伸ばし、ふと、リディアの嫌がる姿を思い出して手を引っ込めた。
「…………………………………………」
ジョニーは何かに気が付いた。
全身がガタガタと震えた。
――ありえない
――ありえない
――ありえない!
震える手でパイロットのヘルメットに手を伸ばすジョニー。
真っ黒なHMDバイザーで中が見えない状態だ。
意を決しヘルメットのストラップを緩め始めた時、パイロットが目を覚ました。
――中が見えない筈のパイロットと目が合った……
次の瞬間、シリウスのパイロットはジョニーを蹴り倒し飛び起きた。
生身の身体では考えられない位の運動能力だ。後方へ吹き飛び昏倒仕掛けたジョニーも飛び起きる。しかし、シリウスシェルのパイロットはシェルの向こう側へ隠れた。
「おい! ふざけんじゃねぇ!」
大声で叫んだジョニー。
「助けたんだから礼ぐらい言えよ!」
――チキショウ……
まだクラクラする頭を振ってシャッキリさせたジョニー。
だが、そんなジョニーの精神を張り倒す様に、信じられない声が届く。
それは、何度も何度も聞いた声だった。
「ゴメン! ありがとう!」
ジョニーの手からサブマシンガンが落ちた。
呆然と立ち尽くすジョニーは、フラフラと進み始めた。
「でも…… 信じられない!」
ジョニーはまるでゾンビの様に歩いていた。
夢遊病患者の様に呆然とした表情で。
「リディア…… リディアか!」
シェルを回り込んで裏側に出たジョニー。
だが、そこにリディアの姿は無い。
ぽつりと落ちているヘルメットには赤薔薇のマーク。
そして、その内側には白い血が付いていた。
――レプリの白い血……
ジョニーは表情を顰めた。今にも泣きそうな表情だ。
一滴の涙が出ずとも、ジョニーは泣きそうになっていた。
「来ないで! お願い! 来ないで!」
リディアの声が泣いている。
今すぐにでも駆け寄りたくなったのだが、その声は全力で拒否している。
テッドの頭の中のどこか。
誰かが大声で『ウソだっ!』と叫んでいる。
ジョニーはシリウスシェルの周りを歩き始めた。
足跡を辿る様にして。
「待てよ!」
「お願いだから来ないで!」
「待ってくれ!」
とうとうリディアの声が鳴き声になった。
あの、いつも弱気だったリディアの姿が脳裏に浮かぶ。
心から愛した女の姿。
ジョニーの背中で震えていた姿。
両腕でしっかりと抱き締め、そっとキスしたリディアだ。
「どうして!」
足跡を辿って回り込んだ先には、やはりリディアは居なかった。
拒絶されている悲しさに気が狂いそうなジョニーは走った。
理由なんかどうだって良い。
いまは力一杯リディアを抱き締めたかった。
「どうしてなんだよ! リディア!」
ふと気が付けば、砂浜に点々と白い血が続いている。
「こんな私を見ないで!」
レプリだって血を流す。そして、血が流れるなら死ぬ。
「……お願い」
「リディア……」
「お願いジョニー」
「リディア!」
ジョニーは再びシェルを回り込む。そこにはやはりリディアの姿は無い。
白い血の跡を辿り、シェルを回り込みつつ追いかけっこしている状態だ。
そのシミを追いかけながらジョニーは呼びかける。
「生きていたんだな!」
砂浜の砂を踏む音だけが響く。
ジョニーはザクザクと染みを追って歩いた。
「あなたも!」
シェルの向こう側辺りから声がする。
反対に回れば良いという発想がジョニーの頭から抜け落ちている。
とにかく追いつこうと、ジョニーは歩き続けた。
「会いたかった!」
「私も会いたかった!」
立ち止まったジョニーは空を見上げて嬉しそうに笑った。
両手を突き上げ『やった!』と言わんばかりだった。
「じゃぁ待ってくれ!」
喜色を前面に出し、ジョニーは走った。
必ず追いついてやると、気合いを入れて。
だが、その全てを拒絶するリディアの声が響いた。
「私はもう…… 人間じゃ無いの!」
――え?
ジョニーの後頭部を鈍器の様なモノが叩いた。
それ程の衝撃がジョニーを駆け抜けた。
立ち止まったジョニーは自分の両手を見た。
誰かによって健康的な色に作られた機械の手を見たのだ。
――俺だって……
ジョニーはシェルの上に立って反対側へ乗り越えた。
シェルの全面装甲の上を歩き、反対側へ出る。
眼下には白い血を点々と流すリディアの姿があった。
声を掛けようとして、全力で走り出されるのをジョニーは想像した。
――結構高いな……
――えぇい! ままよ!
惚れた女の為だ!
シェルから飛び降りたジョニーは、いきなりリディアの前に立った。
驚いて言葉を失ったリディアは、思わず駆け出そうとした。
その行く手を阻んだジョニーは、シェルの装甲へバンッ!と手を付いた。
「……ジョニー」
泣き顔のリディアがそこにいた。
あの頃のまま、綺麗な顔のリディアが。
口の中から白い血を流し、黒ずみを顔に付けていた。
ジョニーはニヤリと笑った。
そして、懐からナイフを取り出し、左腕の袖を捲り上げた。
「……良いモン見せてやる」
ジョニーはニヤリと笑ったまま、自分の腕にナイフを突き立てた。
一滴の血が流れることも無かった。リディアが『キャッ!』と小さく悲鳴を上げたが、ジョニーはそのまま腕を一周にわたって切り裂いた。
「人間辞めたのはリディアだけじゃない」
「……ジョニー」
「俺も人間辞めたんだ。あの時」
ジョニーはそのまま肘の手首よりを一周、ナイフで切って見せた。
中から現れたのは、完全に機械化された、白銀の腕だった。
「……なんてこと」
「あの時、届かなかった手が今届いた」
「ジョニー……」
ジョニーは笑いながら言った。
「……リディア。愛してる。今までも。これからも。永遠に」
機械で出来たジョニーの腕がリディアを抱き寄せた。
されるがままに身を任せたリディアは、久しぶりにジョニーの胸に抱かれた。
力を込め、ガシッと抱きしめ合う二人。
戦場で敵味方に分かれた再開だった。
だが……
「そこの男! その女を離せ!」
突然どこからか声がした。
驚いて空を見上げた時、ジョニーの目の前にシリウスのシェルが着陸した。
大量の砂を巻き上げて着地したシェルには、鳴り響く鐘のマークがあった。
見上げる様な寸法のシェルは、ジョニーに向かってチェーンガンを向けていた。
教員なサイボーグとは言え、アレを喰らったら即死は免れない。
「バーニー! 違う! 違うの!」
リディアは何かを叫び走り出そうとした。
だが、ジョニーは無意識にリディアを抱き締め自分の身体で包み込んだ。
リディアを護って死ぬなら本望だ。
「ジョニー! 違うの! バーニーを止めないとあなたが!」
「俺はどうなっても良い。リディアの為なら!」
「私は嫌! ジョニー!」
不思議な押し問答の直後、再び声が響いた。
「今すぐ手を離せ!」
ジョニーの足下にチェーンガンの着弾が続いた。
だが、ジョニーはリディアを離さなかった。
もう二度と、離したくは無かった……




