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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
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ナイトオブナイツ

~承前







 何処かでバキン!と鉄の割れる音がした。

 だが、機体の自己診断アプリに反応は無い。

 

 ジョニーは細心の注意を払って機体の振動を制御した。

 細かに揺れる気体は気流の影響を受けて左右へ大きく遊びを出している。


 ――もうちょっと大人しく飛べ!


 地表の凹凸が巻き起こす小規模な上昇気流にも影響を受けつつ、ジョニーのシェルは高度僅か30メートルのところを超音速で飛んでいた。エンジンの咆哮がコックピットを埋め尽くしているはずだが、ジョニーの耳にはそんなものなど届いていない。


 ピピッ!と響く自動照準の耳障りな電子音だけがジョニーの神経を逆撫でする。

 フローティング表示された擬似計器の数字が狂ったようにグルグルと回る。

 速力は対地速度で時速2889キロプラスマイナス50キロ。

 機体各所に高温警報が出ている。


 ――もうちょっと頑張れ!


 背中にグッと力を入れるような感触でエンジンに渇を入れる。

 速度計の数字が3000を越えて、尚もぐるぐると回り続ける。

 機体の前方側温度が500度を超えたと警報が鳴る。

 だが、ジョニーは全て無視した。


 ――やかましいっ!


 視界に浮かぶ照準軸線の向こうにはシリウスの白いシェルがいた。

 各部に熱を持ち、鈍く輝いていた。

 同じような高度で。同じような速度で。


 ――向こうだって一杯一杯だ!


 超低空を常識外れの速度で飛ぶシェルは、跳ね上がる様に低い樹木の線を越え、地面に突っ込む様に再び高度を下げて飛び続けた。

 人間が持つ反応限界を遙かに超えた速度での飛行は、正確無比なAIによるサポートが前提だ。シェルの姿勢制御AIは、自動で高度を制御しつつジョニーの意志を機体の進路策定に再現している。


 セオリーから行けば、『上』を取るのが基本と言える。人類の戦争は全て、()()()()()()()が基本なのだ。だが、ジョニーはそれを良しとしなかった。自分でも愚かだと思いつつ、同じステージで戦わなければ行けないと思った。


 ――オヤジは……

 ――同じ地面の上で戦ったんだ!


 ジョニーの内心に吹き荒れるシェリフの矜持とプライドは、こんな限界状況であっても卑怯を許さなかった。


 ――まちやがれ!


 っと、その時突然、視界に眩い光が幾つも横切った。

 『なんだ?』と眼球だけで脇を見れば、そこにはシリウスの戦闘機がいた。

 戦闘に介入するようにやってきたチェシャキャットは一機。

 ジョニーの精神が沸騰する。


 ――邪魔すんな蚊トンボ!

 ――こっちは限界一杯だ!


 挨拶代わりのチェーンガンを喰らわせれば、一瞬にして火球に姿を変えた。

 グッと奥歯を噛み、機動限界線ギリギリに急激な右旋回を試みる。

 空気抵抗と断熱圧縮の断続加熱で、左腕に付いていた各種センサーが溶けた。

 両脚付け根のボルトは、遠心力を受け限界だと警報を出している。


 ――だからもう少し頑張れよ!


 暴力的な加速をするはずのシェルが行き足を鈍らせている。

 推力と空気抵抗が均衡し、これ以上の速度は不可能だ。


 ――チキショゥ!


 手にしている140ミリの砲身が赤熱している。

 これで射撃すればチャンバーが割れかねない。


 だが、断然攻撃あるのみだ!

 ここで引き下がれるわけがない!


 ――頼むぜ!


 空気抵抗考えて、最小限の姿勢変化で射撃姿勢を取った。

 機体の飛翔軸線に砲身を重ね、両腕を畳んで空気抵抗を減らす努力をする。


 ――喰らいやがれ!


 ギリギリ一杯の姿勢から放たれた砲弾は、尾を引いて飛んでいく。

 その進行方向にはシリウスの紅い薔薇を付けたピエロマークのシェルがいる。

 左肩には白ユリを一輪持った、黒衣に身を包む女性のシルエット。


 ――お前の葬式にしてやるぜ!


 一発二発三発と射撃するも、全ての砲弾をかわされジョニーは唸る。

 状況はジョニーが有利だが、今の一撃をどうやって回避したのかは分からない。

 ねじり混むような動きで攻撃軸線に乗せようと頑張るジョニーは、機体各所が分解しつつあることを無視していた。










 ―――――――― ザリシャグラード郊外上空










 ハッと気が付いたとき、ジョニー機の周辺に炸裂球が発生していた。

 地上のシリウスロボから激しい砲撃を受けていのだ。


 対空射撃はマジックヒューズの威力でもって、至近弾でも炸裂する。

 激しい横揺れと破片の洗礼にイラッとしたジョニーは、上空から対地砲撃を行った。音速をはるかに越える速度で着弾すると、あの頑丈が取り柄のシリウスロボが木っ端微塵に爆発した。


 ――他人のお楽しみを邪魔するからだ!


 ガタガタと揺れる機体のなかでジョニーは敵機を探した。

 一瞬だけ目を離した筈なのに、あのシリウスシェルの姿はどこにもない。


 ――なにっ!


 僅かにエンジンを絞り、機体を起こして高度を稼ぐ。

 重力に引っ張られてグッと速度が落ち、鳴り響いていた電子音が一斉に消えた。

 静寂といっても良いコックピットの中、見失った敵影を探すジョニーの背筋に寒気が走った。


 ――どこだ!


 辺りを探すジョニーは、やや離れた場所で戦うヴァルターを見つけた。

 相手をしているシリウスシェルは、リボルバーの拳銃を交差させたシルエットの真ん中に薔薇のイラストが入っていた。


 その向こうにディージョがいて、流星マークのシェルと一騎討ちを演じている。

 ウッディはやや離れた場所で、ハイヒールとルージュのシェルと戦っていた。


 ロニーにはワイングラスが。ジャンの相手は交差するアラビアソードが。

 アレックスのマイクのコンビはリーナーを加えて楽器トリオと争っている。


 ――マジかよ!


 ジョニーから見て一番遠いところ。

 ザリシャグラードから隣街レベルのところにエディがいた。

 その相手は鳴り響く鐘のマークで、他とは次元の違う空中戦をやっていた。


 ――スゲ…… ッ!


 突然コックピットの中の警報音が鳴り響いた。

 同時に身体右半分へ激しい痛みが走る。

 視界の中にスクロールする被害データは基礎装甲まで粉砕されたと言うものだ。


 ――撃たれた!


 バラバラと破片を撒き散らし、ジョニーは一気に速度を落とす。

 次々と降り注ぐ紅い光の線が、前方へと逃げていって途切れた。

 射線からは逃れたものの、絶対的に不利な状況だ。


 ――クソッ!

 ――撃たれた!


 とりあえず悪態をつき、同時に機体を一気に上昇させた。

 空中戦の基本として、より上手を取った方が有利だからだ。

 自分のプライドのために、高度を下げていたのが間違いだった。

 相手は高度を稼ぐチャンスをうかがっていたのだ。


 ――キタネェぞ!

 ――チキショウ!


 どれ程憤っても手遅れだ。

 ジョニーは狩る側から狩られる側へと回った。

 こうなると、必要なのは気合いと根性だ。

 

 理屈では無く、不屈が必要になる。

 だが、ジョニーはプライドを失ったわけじゃ無い。

 大気圏内でのシェル戦闘は、何よりも『勝つ』と言う強い意思が必要だ。


 ――邪魔すんな!


 再びチェシャキャットの邪魔が入り、ジョニーはチェーンガンで叩き落す。

 ふと見れば、あのシリウスの白いシェルもバンデットを撃墜している。

 一瞬だけ『やるなぁ!』と思ったジョニー。

 気がつけばその口元に、笑みなど浮かべていた。


 ――腕を上げたのはこっちだけじゃ無いんだな!


 あの、初めて遭遇したときの辿々しい飛びかたではなかった。

 黒衣に身を包む女性のシルエットが振り返ったような気がした。


 ――誘う女の流し目ってか!


 本当に一瞬の出来事だった。

 だがこれで、絶対的有利なポジションだった敵シェルとイーブンになった。

 仕切り直しが偶然なのは良いとして、現実には数々の邪魔が入っている状況だ。

 地上にはシリウスロボがいるし、上空では双方の戦闘機が入り乱れている。


 ――ッチ!


 小さく舌打ちして期待をロールさせ、全方向をヒト睨み。

 広範囲でかなりの数の戦闘機が混交している状態だ。

 なんとなく祭りの興を削がれた様な気になるも、仕事を忘れたわけではない。


 グッと加速体制に入り速度計の数字が跳ね上がったジョニー機は、一気に肉薄する事を選んだ。ちょっとでも距離があれば、抜群の反射神経でかわされる。


 ――気合入れていくぜ!


 140ミリの攻撃軸線をそろえて速度に乗ったジョニー。

 シリウスのシェルは僅かに変針してジョニー機を振り返ったように見えた。


「あっ!」


 何故叫んだのか自分でも分からない。

 だが、目の前に居たはずのシリウスシェルはバンデットと空中接触した。

 姿勢制御に使う左足辺りのスラスター部に、何かの部品が刺さっていた。


 ――チャンス!


 狙いを定めたジョニーは射撃体勢に入った。

 後は撃つだけだ。それで終わり。

 だが……


「……ックソ!」


 姿勢制御を失って錐揉みに入ったシリウスシェルは激しくスピンしている。

 地面に叩きつけられれば即死は免れない。もはや手を下す必要も無い。

 だが、ジョニーは一気に速度を乗せてシリウスシェルに追いついた。

 そして、左足部に刺さっていたバンデットの部品を取り除いた。

 途端にスピンが止まり、目の前にシリウスシェルのコックピットがあった。


「……ッナ!」


 至近距離にいたジョニー機へ近接火器を作動させたシリウスのシェルは、一気に距離を取って平行に飛んだ。何をバカな事をしているんだとジョニーは自嘲しつつも、無性に腹が立った。


「サンキューくらい言えよ馬鹿やろう!」


 コックピットの中に精一杯の悪態を吐いたジョニーは機を一気に変針させた。

 目指すは海の上だ。双方の戦闘機やシリウスロボの邪魔が入らない場所。

 ジョニーの脳は決着をつけるステージとして、海上を選択した。


 ――ヘッヘッヘ……

 ――デートのお誘いだぜ!


 近距離から多少のチェーンガンを御見舞いし、そして一気に加速する。

 追いかけて来いと言わんばかりの動きだ。燃料はまだ30分以上遊べるくらい残っている。何も問題ない。


 ――よっしゃ!

 ――釣れたぜ!


 シリウスのシェルが急旋回を決めてジョニーを追跡してきた。

 こりゃヤバいと速度を稼ぎつつ、ジョニーは緩旋回しながら海を目指す。

 後方からシリウスシェルが撃ってくるが、その光りの線は真横をすり抜ける。


 ――当るかよ!


 リョーガー大陸を飛び出しクロス海の上へと飛び出したジョニー機は、海面スレスレまで一度降下すると、そこからエンジンを全開にして垂直に上昇して行った。 ジョニーの脳内には機体からの出力限界警告が鳴り響くが、そんなモノは頭から無視して強制酸化剤を投入した。爆発的な推力を発揮したアストロインダストリー製のグリフォンエンジンは、制御された爆発を連続させ音速を軽く超えてシェルを飛ばしていた。


 ――付いて来れるかよ!


 ジョニーには一つの読みがあった。

 何度も後方から追跡している時、エンジンの燃焼ガス色が従来と違うのだ。

 可能性として、大気圏内専用エンジンを柄っているのかもしれない。だとしたら、一気に急上昇していって、向こうがアップアップになったところで反転すると確実に上を取れるはずだと思ったのだ。


「よっしゃ!」


 思わずコックピットで手を叩いたジョニー。

 推力を失ったシリウスシェルは反転し、降下して行った。

 思わず『勝った!』と呟いたジョニーは、同じように反転し急降下して行った。

 突如コックピットの中に耳障りな警報音が響く。

 速度超過警報の音はとにかくうるさい。


 ――もうちょっと頑張れ!


 急降下しながら激しくターンを決め、逃げていくシリウスシェルに追いすがったジョニー機。その期待には最大28Gもの加重が掛かった。ギシリともミシリと持つかない音を立てて機体が歪み始めた、だが、白百合のシェルも激しく応酬し一歩も引かないでいる。


 ――そろそろくたばりやがれ!


 ありったけの火器を使って攻撃を行なったジョニー。 

 その全てをギリギリでかわしたと思ったシリウスシェルは、右腕と頭部のアンテナを折損し、さらにはメインエンジンのスカートに熔解を発生させていた。


 ――もうちょい!

 ――もうちょい!

 ――もうちょい!


 視界がブラックアウトし、全身に激痛が走る。

 しかし、それでもジョニーは一歩も引かなかった。


 ――もうちょいなんだよ!


 だが、()()()は唐突に訪れた。

 機体がガクッと揺れ、本能的にジョニーはインパネを見た。

 高度17キロ少々。速度は対地速力で1800キロ少々。

 主エンジンが失火し、機体制御用のバーニア電源が飛んだ。

 強制酸化剤を燃やし尽くした……


 ――マジかよ……


 同時に、ジョニーの機体はシリウスシェルより先に限界を向かえていた。

 空中での姿勢制御反応を一切しなくなった機体は、ニューホライズンの地上へ落下を始めた。各部の歪みが限界値を越え、非常リミッターが作動したのだ。


 ――勘弁してくれ!


 エマージェンシーモードを起動させ、、自分の身体の電源を使って、シェルの制御系回路に電気を入れたジョニー。両手に握るスティックでのマニュアル操作を試みるのだが、いかなる手段を使ったとしても機体は反応しない。


 ――チキショウ!


 必死にマニュアルを思い出し、エンジンの再点火を試みたジョニー。

 再点火まで3秒の表示を読んだとき、その向こうにシリウスのシェルが居た。


 ――おわった……


 直後に機体全てを揺さぶるような激しい音と振動が襲ってきた。

 白百合のシェルがありったけの弾丸をたたき込んできたのだ。

 ジョニーの視界が被弾警報で一杯に埋め尽くされる。


 『死ぬ』


 その一文字が脳裏に浮かんだ時、ジョニーはなぜか笑みを浮かべた。


 ――リディア……

 ――今そこへ行くよ……


 そう呟いたジョニーは全てを諦めた。

 機体は重力に引かれ海へと落ちていく。


 音速を遙かに超える速度で海面へ叩き付けられればただでは済まない。

 だが、諦めたジョニーは何の操作もしなかった。

 そして海へ激突する瞬間を夢見た。


  ――リディア……


 ジョニーは言葉に出来ない多幸感に包まれて笑っていた……



 おかげさまでこの物語も50万字を越えました。

 御読みいただいてる皆様に感謝します。

 ついでで良いですから、評価を入れてくれると凄く嬉しいし励みになります。

 よろしくお願いします。

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