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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
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大気圏内戦闘


 シリウス撤退作戦の開始から早くも一週間が過ぎた。


 宇宙へと上がった地球派市民は早くも十万人に達しているが、まだ地上にはザリシャグラードだけでも五百万近い市民が取り残されている。

 そして、独立派に非ずの穏健派市民は軽く一億を越えていて、脱出を希望する者だけでも数千万に達している。その全てを帰還させる事は出来ない事など自明の理で、地球連邦政府は難しい舵取りを迫られていた。


「……残念だが何事にも限界と言う物がある」


 苦虫を噛み潰したような表情のエディがポツリと漏らした。

 朝のミーティング中な控え室の中には、冷え冷えとした空気が流れていた。


「どだい無理だったんだよ」


 抜けた声でポツリと漏らしたジャンは、それでも悲痛な表情だ。

 ニューホライズンの地上では、地球派市民を護る地上軍が限界を迎えていた。

 連邦軍が再び奪回したザリシャの周辺には、シリウス軍以上にシリウス人民が集まっていた。


 ある者は『恥を知れ!』と叫ぶ。

 ある者は『俺もそこへ入らせろ』と叫ぶ。

 そしてある者は『裏切り者に死を!』と喚いていた。


 この世に地獄があるとすれば、それはきっとここだろう。

 そんな凄惨な光景だった。


「で、俺たちはどうするんですか?」


 ディージョの質問にたいしエディは申し訳無さそうに言った。


「誠にすまないが死守だ。地上をとにかく支援する」


 丸腰に近い状態で戦い続けた事なら何度でもある。

 いまさらそんな命令には驚きはしないが、一つ思うことはこの先の方針として、どれ位を脱出させるのかと言うことだった。


「全部の撤退が無理なことなど良くわかっている。だか、だからと言ってすべて無視する訳にはいかないのだ。可能な限り太陽系へ連れていく。そんな方針だ」


 まるで他人事だとジョニーは思った。

 それはジョニーだけではなく、中隊全ての共通認識になりつつある。


「我々は…… ザリシャグラードにおける地球派市民の脱出を、一人でも多くの脱出を、可能な限り支援する。その為のいかなる努力も惜しむなとの事だ」


 本部が通達してきたその言葉に、ジョニーはまだまだ甘かったことを知った。

 そして、ここからは本当に酷いことになると覚悟を決めた。


「我々はこれから想像を絶する艱難辛苦を乗り越えねばならない。この中隊全てのものが気概と真価を問われる事になる。皆の努力に期待する。以上だ」


 エディの言葉には隠しきれない悔しさがあった。

 その意味をジョニーはまだ理解しきれなかった。














 ――――――――2247年 5月 16日 1100

          ニューホライズン周回軌道上














「ありゃ…… 本気でスゲェ事になってるな」


 ヴァルターは溜息混じりに驚きの声を漏らした。

 衛星軌道上から眺めても『それ』と分かる集合具合のザリシャグラードだ。

 総勢40万に達する大軍団がここに結集し、針ネズミの様に構えている。


 ニューホライズンの地上各所で防衛戦線が限界を迎え、各軍団が暫時後退を繰り返し整理した結果がこれだ。残存戦力を一ヶ所に集め再編成し、とにかく抵抗し続けるべく針ネズミのような布陣を行う。

 それは、人類開闢以来、連面と繰り返される『戦争の歴史』において、もはや一つの様式美と言える事になっていた。それも負ける側にとっての、必死の振る舞いと言う面でだが。


「これだけ居れば多少は抵抗出来るだろ」


 ジョニーは沈んだ声で呟いた。

 もはやどうにもならない事など皆解っているのだ。

 今やっている事は、勝利を目指した戦術的な進撃では無い。

 一分一秒でも遅くまで抵抗活動をし続ける為の、いわば下準備だ。


「俺たちも降りる事になるぜ」

「あぁ。間違いねぇだろうな」


 ディージョとヴァルターがそんな会話をしている。

 ザリシャグラードに集まった地球派市民は、総勢で二百万を軽く数えた。

 そして、集まっているその市民達はここザリシャだけではなく、周辺の衛星都市各部にも、それぞれに十万を越える数で市民が集まっている。


「全部でどれくらい居るんだ?」

「そうだね」


 ジャンの言葉にウッディが簡単な計算を始めた。


「まぁザックリ言えばってレベルの簡易集計では、合計で七百万と言う数字だな」


 一口に七百万と言っても、それは最低限の数字だ。

 軍隊的な常識として、こういう場合は最低保障値を口にする。

 この人々を救出する為には、どれ程の努力が必要なのか。

 ジョニーにはその全体像が掴みきれなかった。


「まぁ、手段はこの際贅沢言えないだろうな」

「ありとあらゆる輸送手段を動員するんだろうさ」


 ジャンの言葉にドッドがそう答えた。

 シリウスにおけるダンケルク(ダイナモ)作戦は、36万の連合軍をヨーロッパから脱出させる事よりもはるかに難しい事だった。


「で、今日はどれくらい運ぶんだ?」


 かったるそうな声でジャンがぼやく。

 各セクションも作業に慣れてきて、効率的な輸送体制が出来上がりつつあった。


「10万程度は運び上げたい所だな」


 意外な事にアレックスが目標値を答えた。

 その数字がどれ程浮き世離れしたモノかは、今更論議する必要すらない。

 最低限の手荷物を含め、ひと一人で約80kgだ。それが10万人。

 つまり、ザックリ言えば八千トンの荷物を大気圏外へ運び出す事になる。


「先ずは何をするんだ?」


 地上を眺めていたディージョがそう呟いた。

 それにヴァルターが軽口を叩く。


「お昼の時報だろ?」

「そうだな」


 相槌を打ったジョニーも笑うしかなかった。

 ザリシャ周辺で抗議行動をしている市民に対し、砲撃予告が行われている。

 幅5キロの緩衝帯周辺に光学照準の光が降り注ぎ、パニックを起こした市民が散り散りになって逃げていった。


「……へぇ」


 呆れた様な言葉を漏らすウッディ。

 戦列艦の主砲が砲撃体制になった。


「本当に撃つ気だぜ」

「市民を撃つとか正気じゃねぇだろ」


 呆れた様な声を漏らすオーリスとステンマルクは、共に悔しげで苦しげな言葉を吐いた。本来ならあり得ない行為だ。ただ、これはもう綺麗事を言ってられる状況では無いと、言外にそう言っているのだという事をこれ以上ない形で突きつけた。


「あっ!」


 ロニーが短く叫ぶと同時に主砲が発射された。

 地上に向かって落ちていく有質量実体弾頭は音速を遙かに超える。


 真っ赤な光を放って地上へ落下していった砲弾は十分少々で着弾し、激しいキノコ雲がモリモリと盛り上がっていく。その下には言葉に出来ない恐ろしい光景が広がっていると皆が思うのだが、もはやどうしようも無い。


「……なんて事だ」


 今までに聞いた事の無い声が無線に流れた。

 間違い無くエディの声だとジョニーは確信しているのだが、嘆きと哀しみを混ぜ込んだ声だった。そして、己の無力さを嘆く声でもある……


「ありえん! 何を考えてんだ! あの糞共!」

「消して許される事では無い!」


 マイクもアレックスも激昂している。

 それほどのインパクトがある光景だ。


「ここからは……」

「あぁ。ガチだな」


 ヴァルターの言葉にジョニーが応えた。

 ニューホライズンの各所から一斉にシェルが上がってくると思われた。

 1週間ほど前の戦列艦墜落事件以来、連邦軍内部の士気の低下は著しい。

 その落ちきった士気を盛り返すどころか、間違い無く更に低下するだろう。


「そろそろ来るんじゃねぇの?」

「なにがだ?」


 ディージョはぽつりと漏らし、ジャンが訊ねた。

 その言葉の意味は、全員が嫌という程よくわかっている。


「……あいつらだよ」


 ディージョは震える声で言った。

 怒りに震えながら死神がやって来るシーンをジョニーは想像した。

 そして、為す術無く撃墜される所も。


「……仮にの話だが」


 努めて冷静な声でエディが切り出した。

 その言葉には静かな怒りを感じる。


「もしあの白いのが来たら、俺たちはそっちに掛かりきりになる。戦列艦は901のシェルに任せる」


 その言葉が何を意味するのかを皆が直感で理解した。

 間違い無くやって来ると確信しているが、一番手強い連中を一手に引き受ける結果、戦列艦は自前の防御火器と数の足らないVFA901だけで防空戦闘する事に成る。


「……責任を取らせよう」


 その責任が何を意味するのか、言うまでも無いことだ。

 次々と砲撃が行われ、隕石の如き破壊力の砲弾がザリシャ周辺に降り注いだ。

 怒りと憎しみの連鎖はどうやっても断ち切れない。


 どちらかが滅びるか、共に滅亡するか。

 決して分かり合えない水と油の関係は、滅びるか滅ぼされるかの選択だった。


「おぃ! ちょっと待て!」


 突然ヴァルターが叫んだ。

 何ごとかと不安を増したジョニーは、ヴァルターが描いた地上状況を視界にオーバーレイさせた。ザリシャグラード周辺地域に展開するシリウス地上軍のロボットは、何を思ったのが突然進軍を開始した。


「……血の報復だな」


 ジャンがボソリと漏らす。

 シリウスロボは機関砲やライフル砲を乱射しつつ、地球派市民が居る居留区へ向けて前進を開始していた。その数はざっと300機以上存在し、その威圧感たるや筆舌に尽くしがたいものがあった。


「あれを地上で破壊するのは骨が折れるな」


 エディの言葉にジョニーは頷く。

 地上兵器でシリウスロボと互角に対抗できるモノは存在しない。

 ならばどうするか? 答えはわかりきっている。


「当然こうなるわな」


 戦列艦の主砲がシリウスロボの戦線面へ降り注ぎ始めた。

 さしものシリウスロボも一瞬にして蒸発している。


「……えげつねぇな」

「全くだ」


 ニューホライズンの地上で散々とやりあったジョニーやヴァルターだ。

 あのシリウスロボが蒸発していく様は、身震いするような衝撃だ。


「だけどそろそろ……」


 地上を見ていたヴァルターはハァと重い溜息をこぼした。

 シリウスロボの集団は、遂に緩衝帯へ足を踏み入れた。

 これ以上進撃してしまえは、砲撃誤差圏内へと入ってしまう。

 続々と猛砲撃が続いている中、シリウスロボは前進をやめなかった。


「全機、エンジンマネージメントを地上モードへ自動切換えに変更しろ」


 エディは決断した。

 敵も見方も関係なく艦砲射撃に蒸発するのは我慢なら無い。


「降下準備よし!」


 ジョニーは最初に叫んだ。

 待ってましたと言わんばかりに。

 全員が切り替え完了を宣言し、エディは大気圏への突入を開始する。


『こちらVFA501 これより地上対流圏へ降下し攻撃を開始する』

『501中隊! 持ち場を離れるな! 繰り返す! 持ち場を離れるな!』

『VFA501 摩擦ノイズにより明瞭受信ならず 明瞭……


 ニヤリと笑うジョニーは、エンジンを吹かし逆噴射を掛けて速度を殺し、ニューホライズンの地上へ向けて降下していく。シェルの外殻装甲が赤熱し、速度が乗りすぎている事を教えてくれる。

 コックピットから見えるザリシャの近辺には、シリウスロボを叩くべくバンデットが飛来し始めたのだが、いかんせんシリウスロボが多すぎて叩ききれていない。


「バンデットが来たぜ!」


 楽しそうに叫んだジョニーの声は、無線の中に掻き消された。

 軌道周回速度のまま大気圏へ突入したのだから、その壮絶な摩擦により無線が効かない状態になっていた。


 ―― ッチ!


 小さく舌打ちしつつも順調に高度を下ろしていくジョニー機は、早くも高度40キロまで到達していた。左にはヴァルター機、右にはロニー機がいる。そしてやや後方にはディージョとジャン。


 ――地上で派手にやるか……


 ニヤリと笑って尚も速度を殺していくジョニーだが、高度10キロへ到達した時、突然バンデットが爆発し始めた。シリウス戦闘機なんかいないぞ?と辺りを見回したジョニーは、その視界の中にとんでもないものを見つけた。


「……マジかよ!」


 バンデットを攻撃しているのは、あのピエロのマークのシェルだった。


「ウルフライダーだ!」


 ジャンが叫ぶと同時に全員が散開陣形へと散った。

 ウルフライダーも501中隊に気が付いたらしく、バンデットの迎撃から離れ上昇モードへと切り替わる。


 覚悟を決めたらしいエディも無線のなかに叫び声を飛ばした。


「ここであったが百年目って言うからな! 決着をつけるぞ!」


 冷静沈着で氷のようなエディの口から熱い発破が轟いた。

『ヒャッハー!』と妙な叫び声をあげヴァルターが最初に切り込んでいった。


 大気圏内の空気抵抗が激しい環境は、本来シェルが戦う舞台ではない。

 だが、敵に出会った以上、見て見ぬ振りは出来ない。


「全員くれぐれも墜落だけはするなよ」


 エディの声はまるで祈りの声だとジョニーは思った。ただ、心のどこかに引火した炎は、全ての感情を埋め尽くして激しく燃え盛り始めた。

 ロケットモーターの出力を調整しながらニューホライズンの空を飛ぶシェルは、地球派市民達にとって救世主に他ならなかった。


「地上から熱い視線を集めてるぞ! 全員騎士のように戦え!」


 エディが再び発破を掛けた。

 思わず『オォー!』と返答したジョニー。

 無線の中にヴァルターやディージョの声が流れた。


Follow Me!(我に続け!)


 大気圏内限界速度まで一気に加速したエディは、前衛にいたジョニーたちを追い越すと、そのまま先頭に立って突っ込んで行った。


「音速突撃!」

「我らが王に続け!」


 アレックスとマイクがそれに続いて一気に切り込んでいく。

 ジョニーは負けじとエンジンを吹かし、ウルフライダー目掛け突撃した。

 その眼には、恐怖の色など微塵も無かった。

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