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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
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生存の見込み無き戦場

~承前







「……それにしたってよ!」


 限界機動を行って急旋回したジョニーは、ヴァルターとロニーを従えてシリウスシェルの雲の中へ飛び込んで行った。相対速度はとんでもない事になっていて、一瞬の射撃機会を逃せば次は無い状況だった。


「全く楽しい日だぜ!」

「マジッすね! ホンとおもしれぇっす!」


 そんな言葉とは裏腹に、奥歯はガチガチと遠慮なく鳴りだす。

 背筋には続々と寒気が走るし、両足は震え出す。


 ――いつ死んだっておかしくねぇ!


 そんな極限状況だ。


「兄貴! 左だ!」


 ロニーの叫びでジョニーはスピンし制圧射撃を加える。

 爆散するシリウスシェルの向こうから新手がやって来て、次々と射撃してくる。


「完全な飽和攻撃だな!」


 怒りを爆発させたようなジャンの声にドッドが叫んだ。


「弾切れは勘弁して欲しいぜ!」


 現実問題として、すべて撃破するには弾が足りない。

 近くにはVFA901もいるのだが、あっちの戦力を足してもまだ足りない。


「物理力が要るな!」

「簡単じゃねーけどな!」


 ウッディは旋回しつつシリウスシェルの残骸を掴んだ。

 それを見たヴァルターも同じように残骸を掴んで鈍器の代わりに使い始めた。

 接近してくるシリウスシェルはモーターカノンを喰らわせ撃破する。

 相対速度がある関係で撃破も何とか可能だ。

 その弾幕を越えた敵機には物理力での攻撃を加える。


「ジャストミート!」


 アッハッハ!と豪快に笑いつつ、ヴァルターは次々と敵機を撃破して行った。

 現実問題として敵のほうがはるかに多いのだ。グズグズ考えて居る暇は無い。


「チェーンガンで撃墜できねぇかな」


 ヴァルターが突然妙な事を言い出す。

 ただ、その気持ちは皆も良く分かっていた。

 手持ちで使える弾薬はチェーンガンが一番多い。


 必殺の140ミリなどとっくに撃ちつくし、すべてのマガジンも空だ。

 単なる錘となったライフル砲を、マイク機は鈍器代わりに使っていた。

 強靭な構造とはいえ、これで一撃を喰らわせればさすがに壊れてしまう。


「シェルにも荷電粒子砲が欲しいぜ!」


 ジョニーの叫びにアチコチから『その通りだ!』の声が飛ぶ。


 この戦闘が始まってから50機目の撃墜を達成したジョニー。

 だが、その機体の何処にも予備弾薬など存在していなかった。











 ――――――――2247年 5月 9日 1200

           ニューホライズン周回軌道上 










 戦列艦を護るための激しい戦闘は、ある意味でヴェテランぞろいの501中隊ですら荷が勝っている状態だ。


「シリウス側のパイロットはやっぱりレベル低いな」


 乱戦の真っ最中なのにオーリスの声は妙に落ち着いていた。

 やはりピンチの時ほど動じずに物事が出来るのだろう。

 そんな姿を見ていたジョニーは、ふと『補給』と言う単語が頭をよぎった。


「そろそろ看板だぜ!」

「俺もだ!」


 横を飛んで居るヴァルター機もライフル砲を逆さまに持っていた。

 鈍器代わりにして激しい戦闘を繰り返しているのだとジョニーも驚いた。


「それっきゃねーか!」

「あったりめーよ!」


 鈍器が無ければサクサクとハルゼーに戻って補給を試みるところだ。

 だが、現実には敵機が文字通り雲霞の如く存在する状況だった。


 ――補給どころじゃねぇな


 ジョニーはすれ違いざまにシリウスシェルを次々と叩いていく。

 文字通りにぶっ叩く姿は笑うしかないのだが、その最中も足は震えていた。


 一歩間違えれば敵シェルと正面衝突だ。

 即死は免れようが無く、文字通り一瞬であの世行きだ。


 ――勘弁してくれ……


 心のどこかが悲鳴を上げている。恐怖と緊張に泣き叫んでいる。

 だが、ここで引くわけには行かない。逃げ場所なんて何処にも無い。

 ジョニーの眼は虚空を彷徨った。無意識にエディを探していたのだ。


 ――いたっ!


 エディはリーナーとマイクの2機を従えて、一番のホットスポットにいた。

 敵機の密度が一番高い辺りへ飛び込んでいき、文字通り鬼神になっていた。

 両手に槍状の物を持ち、すれ違いざまにシリウスシェルへ突き刺している。


 ――へぇ……

 ――すげぇ……


 ジョニーは一瞬恐怖を忘れ、辺りを見回して同じようなものを探した。

 すぐ近くには何処かの宇宙船のものと思しきアンテナがあった。


 ――アレで良いや!


 僅かに軌道を変えそのアンテナを手に取ると、ジョニーは真っ直ぐにシリウスシェルへと突撃して行った。


「おりゃぁぁぁぁ!」


 一瞬機体が止まったような衝撃をうけ、直後に激しい振動で揺さぶられる。

 アンテナはシリウスシェルのコックピットを貫通していた。


「こりゃぁ良いぜ!」


 アンテナを引き抜き再び戦闘加速したジョニーは、次のシェルにも突き刺した。あっという間に5機か6機を撃墜し、そのシェルは推力を失ってニューホライズンへ墜落して行く。


「おぃジョニー! 良いもん見つけたな!」

「さすが兄貴っす! 真似するっす!」


 ヴァルターとロニーも何処からか同じようなものを見つけてきた。

 3機揃って刺々しい姿になり、文字通りの串刺し隊になっていた。


「おらおら! チョレーぞ!」


 ジョニーと共に飛んでいるヴァルターとロニーも撃墜数を稼いでいる。気がつけば最初のクラウドはほぼ全滅し、次のグループに襲い掛かろうかと言う時だった。


「おい! マジか!」

「あちゃぁ~」


 ディージョとウッディの声が響いた。

 やや離れた場所にいたアレックスの声も響く。


「やりやがった!」


 50隻以上いたはずの戦列艦だが、その中の一隻がコースを離れつつあった。

 近接防御火器の猛弾幕を掻い潜ったシリウスシェルの猛攻が著しい。


「支援に行くぞ!」


 エディが全体を率いて大きく旋回した。

 辺りにいたVFAー901も集まり始め、さらにはバンデットも参戦している。

 ただ、各所で爆発を発生させている戦列艦は制御を失い始めていた。


「とにかく追っ払え!」

「救助の支援をするぞ!」


 マイクとアレックスが叫ぶ。

 501中隊のシェルが一斉に襲い掛かるのだが、もはや弾薬の残っていないシェルなど恐れるに足らぬ存在となっていた。


「くそぉ!」


 歯がゆさにディージョが吼えた。

 一気に急旋回したりして慣性運動を追加しシリウスシェルを殴り続けるのだが、飛び道具無しでは目の前のシェルしか撃破出来ないのだ。それほど有利なポジションにいても射撃できない歯がゆさに、全身が燃え上がりそうだった。


「アァーッ!」

「こりゃダメだ!」


 ヴァルターが叫びロニーも嘆いた。

 船体は大きくよじれ始め、各所から艦内気密の空気が噴射して漏れている。

 その反作用で船そのものが軌道を外れ、ニューホライズンへ墜落コースだ。


「逃げろ!」

「脱出しろ!」

「もう諦めろ!」


 エディ以下士官たちが叫ぶ。

 オーリスやステンマルクも『もう良い!』『もう充分だ!』と叫ぶ。


 集中攻撃を受けている戦列艦の浮遊砲塔がコントロールを失って落ちて行った。

 断熱圧縮で真っ赤に燃える砲塔は、尾を引いて地上へと墜落した。

 激しい土煙が見える。


 ――なんてこった


 ジョニーは全身をガタガタと震わせながらも敵機に迫った。

 一気でも多く追い払うしかない。だが、その時、ジョニー機のどこかに何かの接触があった。


 ――……まじかよ


 それは、コントロールを失った戦列艦から放り出された人間だった。

 秒速30キロで飛ぶシェルに激突すれば、一瞬でベシャリと潰れてしまう。

 船内から漏れて出て行く空気の流れにのり、人間が宇宙へ放り出されていた。


「アレをどうにかしてやろう」


 エディの声が響き、宇宙へと飛び出た乗組員の回収を試みようとした時だった。


「脱出ランチだ!」

「こっちにも!」


 墜落しつつある戦列艦からランチが離れた。

 チラリと見えた艇内は、びっしりと人が乗っていた。

 幸運にもランチへとたどり着けた者たちが居るのだろう。


「あれは大丈夫だ……


 そう良い掛けたエディ。

 しかし、現実は余りに非常で無情だった。


「……なんてこった!」


 泣き声のような悲鳴をドッドが叫んだ。 

 シリウスのシェルは、その満員超過のランチを撃墜した。

 夥しい数の人間が宇宙に放り出された。


 ニューホライズンの重力に引かれ、まだ生きたままに大気圏へと落ちていく。

 両手足をバタバタさせる乗組員たちは、あっという間に動かなくなっている。


 その姿を見た各ランチがパニックに陥るも、シリウスシェルは次々とそのランチを攻撃し始めた。絶対に生かしておかないという意思表示だった。


「なんてこった……」


 脱出したランチの全てをシリウスシェルが攻撃している。

 そのシーンを見た連邦軍のほかの戦列艦もパニックに陥り始めた。

 死を免れないと言う恐怖は、予想以上に兵士の精神を蝕むものだ。


「アッ!」


 ロニーが悲鳴に近い声を上げた。戦列艦が同士討ちを演じたのだ。

 近接防御火器を使ってシリウスシェルをとにかく撃墜する腹積もりなのだろう。

 今までは味方を撃たないよう注意を払っていたのに、今は破れかぶれだ。


「撃たれないように注意しろ!」


 エディは連邦軍戦列艦から大きく離れる方向に軌道を取った。

 戦死の恐怖に士気の下がり切った船乗りたちは、ヒステリックに射撃し続ける。


「一旦戻って補給を受けるぞ!」


 エディの声に促されジョニーはハルゼーへの帰投コースを取った。

 ハルゼーの補給管制からはオープンデッキでの補給が指示された。

 艦内に入ってしまうと、その後が大変なのだろう。


 何とか無事な戦列艦が脱出方向へ舵を切って増速を始めた。

 逃げるつもりか?と思ったとき、突然主砲が火を噴いた。

 眩く光る光りの帯が地上に降り注いだ。


「どこ撃ってんだ?」

「何処でも良いんだろ」


 次々と砲撃を開始した戦列艦の主砲群は、シリウスシェルの集中攻撃を受けた。

 主砲をおとりに使ったのかと驚くジョニーだが、生き残るためには何でも試すのだろうと思う。もう理屈ではないのだ。死にたく無いという恐怖が乗組員を突き動かして居るのだろうと思った。


「いくつか巻き込まれてるぜ」

「だろうな」


 驚いて眺めているジョニーとヴァルターは、ハルゼーのオープンデッキに着艦し補給を受け始めた。戦列艦の群れはまだまだ敵シェルに纏わり付かれていて、どうにもならない状況に陥っている。


「補給を完了した機から支援に向かえ!」


 最初に補給を終えたエディ機は、ハルゼーを飛び立って一気に加速した。まだまだ敵シェルは1000機近い陣容だ。VFA901も半分程度が戦闘不能に陥っていて、こちら側の戦力的には、もはや余力も弾力も無い状態だった。


「全員とにかく生き残れ。ここはまだ死に場所じゃないぞ」


 エディの冷静な言葉が無線に流れる。だが、ジョニーは補給を受けて居る間もずっと震えていた。こんな経験は初めてだが理由は分かっている。


 ――こんなところで死にたく無い!


 ハルゼーのスタッフが露天甲板でデブリの危険に身を晒して補給を続けた。その勇気と度胸に応える為にも、ジョニーは奮闘せねばならない。補給完了のサムアップを貰ったジョニーは、ハルゼーを離艦しエンジンを最大推力で吹かした。

 強烈な加速Gがふと緩み戦闘速度へと到達した時、エディ機はもう戦闘エリアへ到達していた。


 ――とにかく支援に行こう

 ――後の事は後で考えれば良い!


 ハルゼーを飛び立ったジョニー機は、燃料と弾薬を満載して鈍重なままだ。

 ただ、両手の中に砲弾があるという安心感は他の何にも変えがたかった。

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