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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
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撤退作戦の始まり


 2247年5月初頭。

 ニューホライズンの地上は、衛星軌道上からの艦砲射撃により荒れ果てていた。


 100年掛けて拓殖の夢を追っていた都市や工場は、その殆どが瓦礫ばかり積み上げられた荒地へと姿を変えていて、その上空は舞い上がった塵や埃により青空を失っている。


 広大な穀倉地帯など、戦略物資になりえないモノを生産する地域には直接の被害こそ無かったものの、地上流通を引き受ける物流網の混乱により、食糧生産の現場も混乱を来たしている。


 ニューホライズンの地上では地球側政府による公式なニューホライズン開発の一旦放棄が発表され、地球への帰還が取り沙汰されていた。地上の対流圏を舞っている粉塵や大量の微粒子粉末が落ち着くまでは、地上における大規模開発もままならない状況だ。


 地表へと到達する日光の現象は平均気温の低下を引き起こし、極地方以外でも温度の低下による氷結や降雪等の被害が出始めていた。地球人類にとっての新たなフロンティアだったニューホライズンは、雪と氷の世界へ姿を変えようとしていた。









 ――――――2247年 5月 8日 午後

         ニューホライズン周回軌道上 空母ハルゼー艦内








「おかえりジョニー。地上はどうだった?」


 地上での支援活動を終えハルゼーへ戻ってきたジョニー。

 ヴァルターはわざわざハンガーデッキまで出てそれを出迎えた。

 余り良い表情ではないジョニーを見れば、その内容は窺い知れる。


「……一触即発って所だな」


 ウンザリ口調で首を振ったジョニーは、遠くを見てそう言った。

 シリウスからの撤退は、もはや規定路線とも言える状況だ。


 何が何でもニューホライズンにしがみ付く真性の独立闘争推進派は、この路を我往かん!と地上で気勢を上げている。どこで死んでも我が故郷と、死を怖れない純粋路線だ。

 ただ、その比率は半分どころか2割も居ない状況で、大多数を占める日和見的な穏健派や、純粋独立派より多少多い地球派のシリウス人は、これからの生活や将来の行き場をどうするのかで胃の痛い日々だ。


「地球へ行けるのかな?」


 疑うように呟くヴァルターはジョニーを斜に見ていた。

 シリウスを離れる補償として、地球派シリウス人へ帰還許可を発給するのは間違いない。だが、その内容を補償と呼ぶには、卑屈に過ぎる内容だ。最初は忍従していた地球派のシリウス人からも、小さくない反発の声が上がり始めている。


「火星でワンクッションが、そのまま永住じゃないか?」


 ジョニーは呆れた声で言った。

 地球から最初に提示されたのは、火星への入植だったからだ。


「そんなにシリウスの過激派が怖いかね?」

「今だってあっちこっちでテロだらけだぜ……」

「……まぁ、そうだよなぁ」


 ジョニーもヴァルターも溜息をこぼす。


 地上では、各派閥間で嫌がらせ的な無差別テロが横行している。

 独立派は地球派を裏切り者扱いし、地球派は独立派をファシズム扱いしている。


 双方で深刻な啀み合いが続くのだが、どちらかと言えば穏健派と呼ばれる最大集団が双方から疎ましがられる状態だった。


「どっちにしろ、俺たちは地球派を連れて行かなきゃいけないって事なんだろ」

「出来ればシリウスを離れないで居たいもんだけどな」

「……全くだ」


 ニューホライズンの地上では、連邦軍により地球派市民の安全審査が行われている。大規模テロなどで死傷者が多発すれば、それだけで政情不安の種だからだ。

 周回軌道を行く戦列艦は、その支援と称して砲を地上へ向けたまま上空に待機していた。シリウスから連邦軍が撤退すれば、地球派は酷く弾圧され奴隷扱いが待っているのだろう。

 それを嫌がって地球に行きたがっている穏健派も多数存在していて、審査をより一層難しいものにしていた。


「嘘か本当かは知らないけど……」


 ジョニーはボソリと呟いた。

 この数日、ハルゼ―艦内のアチコチで囁かれている噂を耳にしたのだ。


「どうも連邦軍の本部は、シリウスを本気で滅ぼすつもりらしい」

「まじでか?」


 ジョニーの言葉にヴァルターは不愉快さを剥き出しにした。

 まさかそこまではと思っているのだが、あり得ない話じゃない。


「地球派を脱出させたあと、地上の全てを焼き払う作戦だって話だ」

「……ぞっとしねぇな」

「ほんとだ」


 どんなに取り繕ったところで、ジョニーもヴァルターもシリウス人だ。

 このニューホライズンの大地で生まれ育った人間だ。


 例えどれほどにヘヴィでシリアスな理由があろうと、故郷の地が焼き払われるのは歓迎せざるる事だ。生まれ故郷が綺麗さっぱり無くなってしまうのを歓迎する者は居ないだろう。


「まぁ、命令なら仕方ねぇけど……」

「やりたくねぇ」


 二人は深い深いため息を漏らす。ハルゼーは戦列艦の近くを航行していて、その戦列艦は地上の地球派市民か集まる街の周囲を狙うようにしている。


 もし、シリウス側が地球派市民ごと街を焼き払うような暴挙に出れば、この戦列艦の主砲はニューホライズンの星都セントゼロを焼き払うことも厭わないだろう。

 シリウス側の抵抗も虚しく、戦列艦の総数は大して減ってはおらず、地球からの航海を経て大気圏外の戦力はシワジワと増強されているのだ。


「地球派に限らず、これがあればシリウス軍も迂闊なことはしねぇだろうな」

「あぁ。だからしっかり護るだけだ」


 ジョニーもヴァルターもそんな結論に達した。

 どんな形にしたって安定するのに越した事はない。


 シリウス軍が何を考えているのかは分からないが、出来ればこのまま安定して欲しい。これ以上母なる大地を壊したくないと、若者なりのそんな希望を持っていたのだった。










 ―――――――― 翌 5月9日 0900










「今日の作戦はシリウスにおけるダイナモ作戦の第一歩だ」


 ハルゼーの501中隊控室では、エディによる状況説明が続いている。

 地球派市民の脱出に向けた動きが本格化するとの事で、連邦軍本部からは戦列艦による大規模な支援砲撃が予告されていた。


「民間機ほどのサイズなシャトルをいくつか地上へ降ろし、選別を終えた民間人を拾い上げて宇宙へと連れて来る。高速輸送船を改造した急造の旅客船で第1陣を火星へと運ぶという算段だ」


 エディの手がモニターを操作して表示を変えた。


「今回はとりあえず10万人ほどがシリウスを離れる事になっている。地球派市民の中でも厭戦派と呼ばれる集団だな」


 地上影像には旅立ちの支度を調えた人々が映っていて、その顔には希望の笑みがあった。多くはシリウス生まれの第二第三世代だろうが、中には随分な老人も混じっている。


「彼等を一旦は工場コロニー群へ運び、そこでもう一度しっかりとした健康診断となるそうだ。まぁ、我々には関係無いが、地球でシリウス病がパンデミックを起こすのはいただけないからな」


 シリアスなジョークだが、中隊の面々はヘラヘラと笑った。

 どんな時にもジョークを絶やさないエディのスタンスは、中隊にとって何よりの息抜きとも言える。例えそれがブラックでダークでビターなモノだったとしても。


「シリウス側はいかなる理由があろうとも、ここを離れる事はまかり成らんと宣言している。そして、我々の救出作戦を誘拐行為と非難している」


 誰かが『ハッ!』と笑った。

 何様のつもりだと笑うしかないところだが、当人たちは恐ろしく真剣なのだから始末に悪い。いつの時代もそうだが、思想的な柔軟性を失って先鋭化した集団と言うのは内外両方に刺々しい空気を撒き散らし、異論を許さない状態となる。


「で、まぁ、スタンスの違いは如何ともし難いが、誘拐にしろ救出にしろ、邪魔を挟まれるのは歓迎しない。彼らは武力闘争を歓迎しているからな」


 再びモニターの表示が変わり、作業手順が示された。

 中隊の任務は地上を離れるシャトルを護衛し、宇宙まで連れて来る事だ。


 地上戦力と宇宙戦力のバンデットが護衛に付くが、その中間地域ではシェルしか使えないと言う事だ。地上からのミサイルを迎撃しろと、無茶な要求が出ていた。


「どう考えても我々しか出来ない仕事だ。レゾンデートル(存在意義)を賭けて任務を遂行することになる。VFA-901も一緒に飛ぶが、向こうは大気圏外専門だ。戦列艦は地上に砲を向けたままでいるし、強力に護衛活動も行う。まぁ要するに……」


 ひどく真面目な顔になったエディは手にしていた資料をテーブルへと置いた。

 ここからが今回の核心に入るんだと皆はもう分かっていた。


「邪魔さえしなけりゃ砲撃しないよと、そう言う通告さ」


 エディは事も無げにそう言うと、笑いを噛み殺した表情で『まず無理だろうけどな』と付け加えた。


 結局のところ、主導権を握りたいと言うシリウスの願望はどうやっても抑えることなど出来やしない。どんな大義名分であろうと『邪魔をしないから砲撃するな』と、上から目線で言えるようになりたいだけだった。


 主導権とは象徴的な事なのだから、地球に対しシリウスが優先的に振る舞っている実績をほしがっているとも言える。


あっち側(シリウス)の戦力ってどんな感じですか?」


 ある意味でチーム一番の心配性なウッディが手を上げた。このひと月ほどは出撃回数がグッと減っている。誰だってこんな時は嫌な予想を立てるものだ。たとえどんなに戦闘能力差があろうとも……だ。


「確かな事はいえないが……」


 エディではなくアレックスが資料の束を見ながら質問に答えはじめた。


「地上観察によれば、独立派支配地域のありとあらゆる工場でシェルのパーツが生産されているらしい。情報部の計算では、推定だが平均一時間で一機が完成している状態だと推測している。地上における物流網を麻痺させようと頑張っているが、地下ベルトコンベアでの大量輸送は如何ともしがたい」


 一日で24機が完成するのであれば、10日で240機が出来上がる事になる。

 つまり、3週間で約500機だ……


「この三週間でシリウス側の攻撃は、その回数を大きく減らしている。これを戦闘兵器生産に支障を来している証拠と考えるなら話しは早い。だが、現実には力を溜めている可能性を否定できない」


 エディの言葉は、僅かに弱気の虫を感じさせるものだった。手に負えない規模で襲い掛かられる危険性も十分にある。五百機で襲い掛かって戦力が足らないなら、一度の出撃で2倍の千機を動員し襲い掛かって来る危険性がある。

 パイロットとなるレプリの量産を急ぐ事は出来ない。ならば最後はシリウス人が搭乗する事になる。人的犠牲を何より嫌がるシリウスの首脳部にしてみれば、性能や熟練度も重要だが、やはりいつの時代も戦いは数と言う事で戦力は集中投入する作戦かも知れない。暫時投入をせずいっぺんに投入し、結果論として人的犠牲を減らす作戦だ。


「まぁ、なんにせよ、我々は10時になっらた出撃する。今日の任務は戦列艦の護衛だ。シリウスが上がってきたらそれを叩く。ただし、こちらからは手出ししないと言うことだ」


 立ったままのジョニーはテーブルに片肘を付いていた。

 随分と背の高いエディゆえに身体は傾き、どこか寛いで居るようにも見える。


「今日の軌道要素だと、セントゼロの上空を数回通過する事になる。かなりの挑発行為だが、向こうが手出ししなければ、こちらも手出しをしないと言う紳士協定に向けた第一歩だ」


 紳士協定なんて言葉の何の意味もない事など、説明されるまでもない。

 生唾を飲み込む様な緊張を覚えたジョニーだが、それと同時に若者らしい無鉄砲さの期待もあった。


「ガンガン行っちゃって良いですか?」

「あぁ、もちろんだ」


 ジョニーの問いにエディは笑って答えた。

 戦闘機乗りの性として、敵は必ず撃墜したいものだ。


「こっちに手を出しそうな奴は撃墜して構わん。何でも噛み付く犬には躾が必要だってことさ。痛い目を見させて覚えさせれば良い。手を出さなきゃ手出しされないとな」


 エディの軽口に皆が笑った。

 出撃前は誰だって緊張するが、こんな気配りで皆をリラックスさせるエディの気の使い方にジョニーは舌を巻いていた。


「準備出来た者からシェルで待機してくれ。今日は長丁場になる。気合いを入れていこう。武装は持てるだけ持て。わざわざ補給に帰らなくても良い様にな」


 エディの声に送られて全員がハンガーへと向かった。

 サイボーグだけにトイレも食事も必要ない。

 こんな時はサイボーグが便利だとジョニーは思っていた。







 ――――――――1時間後







 ハルゼ―の周辺に展開する501中隊のシェルは、散開陣形を取って大きく円を描く軌道を取っていた。この日の宇宙天候は良好で、シリウスからの太陽風は穏やかなモノだった。


「ん?」


 誰かがボソリと呟き、その直後に接近警報が鳴り響く。

 頭の芯に響く音を切ったジョニーは、モニターの輝点を見て言葉を失った。


 ――おいおい……


 ハルゼ―の周囲にいる戦列艦へ向かって、五百機以上の大編隊が急速に接近しつつあった。IFF反応がレッドアラートなのだからシリウス軍なのは間違い無い。

 過去にも五百機クラスの大編隊は何度か見ているが、今回はその敵機クラウドがモニター上に5個ほどグループを作っている状態だ。


「マジかよ!」


 ヴァルターも言葉を失って眺めている。

 想像を絶する大編隊がニューホライズンの上空を目指して急上昇していた。


「こりゃ、今日は飽きそうに無いぞ!」


 アハハと笑ったエディ。

 想像を絶する激しい戦闘が幕を開けようとしていた。


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