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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
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ダイナモ作戦へ向けて


 アメリカ合衆国海軍宇宙艦隊所属の大型正規空母ハルゼーは、この日もニューホライズンの周回軌道を周回し続けていた。

 地球を出発してから早5年になろうとしているのだが、傍目に見るよりもはるかにダメージを蓄積している船体は、各所で空気漏れや遠隔操作不能などのマイナートラブルを頻発させていた。


 ――そろそろ限界だ


 船の修理などを受け持つ船務班は懸命な努力で船を支えている。

 だが、その努力もむなしく船は限界を迎えつつあった。全長800メートルを軽く越え、総身に知恵が回りかねる巨体を持て余している様な状態だ。本格的にドック入りしての重整備を行い、船全体をリフレッシュさせねばならない。

 ただ、このニューホライズンの周回軌道やその近くには、このサイズの艦艇を飲み込んで重整備を行えるドックなど存在せず、いたちごっこの様に各部の補修を繰り返し微妙なモーメントバランスの補正を行い続けているのが現状だった。


 ――なんとか一度地球に戻って重整備を……

 ――だが、そんな事が出来るもんか……


 諦めにも似た声が流れ飛ぶ艦内のサロン。

 士官も下士官も重々承知の上で、ガタガタなコンディションの船と上手く付き合っている。誰が言わずとも分かりきったことだが、命令無しに軍隊は帰れない。モグラ叩きの様ないつ終わるかも分からぬ作業を延々と行いつつ、ハルゼ―は何事も無かったかの様に周回していた。平均で5分に一度はデブリの衝突を受けながら。








 ――――――――ニューホライズン周回軌道上 高度300キロ

         2247年 3月 16日 1200







『ジョニー ヴァルター 大至急控え室へ来てくれ』


 中隊無線の中にエディの言葉が響き、ハルゼーのパイロットピストで待機任務に付いていたふたりは顔を見合わせて『ただ事じゃ無さそうだ』と眉根を寄せた。


「なんだと思う?」

「休暇の相談じゃ無いか?」

「いいな! 地上でバカンスしようぜ」


 相変わらずおかしなテンションで会話しているふたり。

 ハルゼーでの待機任務はふたりずつペアを組んで三交代を繰り返す。

 壮絶な対地砲撃が始まってから早くも半年となり、地上では地球派支配地域の拡大が確認され、数年ぶりにシリウスの勢力圏が減少していた。


「しかしよぉ……」


 少々ウンザリ気味のヴァルターが愚痴をこぼす。


「ここまで優勢なんだから、少しくらい休ませてくれよって思わねぇ?」

「仕方ねぇんじゃねーの? 勝ちきるまで無理だろ」

「だけどよぉ シリウスだって目に見えて減ってるぜ」

「まぁ、地上が粗方焼き払われたって事だろうな」


 この数週間、目に見えてシリウスの反撃力が落ちてきている。大気圏外へ上がってくる戦闘機やシェルの数がガクリと減り、パイロットの錬度も機体の性能も悪化していた。


「例のダイナモ作戦って奴か?」

「そうだろうな。他にやる事もねぇだろうし」


 ダイナモ作戦と呼ばれる計画が説明されたのは数日前だった。

 20世紀の第二次世界大戦で大規模な撤退戦となったダンケルク撤収作戦と同じく、シリウスの地上に残る約2億の地球派市民をニューホライズンから地球へ連れ帰る作戦だ。


「2億とか洒落になってねぇ数字だな」

「ぶっちゃけ、運んでも1千万程度が限度だと思うけどな」

「……だろうな」

「なんせ船がねぇ」


 ダイナモ作戦の時は、川の渡し舟レベルから、はては漁船まで徴発して使用し撤収した。ただ、ドーバー海峡を挟んで数十キロのダンケルクと違い、ここニューホライズンは地球まで約九光年だ。

 大気圏の内外を結ぶ往還型シャトルでおいそれと飛べる距離ではないし、地上から大気圏外まで人を運ぶにしたって大仕事だ。今も昔も惑星の重力を振り切って人を宇宙へ出すのは大事なのだ。


「俺たちゃ最初から宇宙に居るからな」

「地上の連中を上げるだけでも一苦労だぜ」


 ニューホライズンの地上で激戦を繰り広げ、辛くも生き残った者たちを地球へ連れ帰る。その計画に大きな労力が注がれているし、また、戦友を裏切る事は出来ないという思いで大気圏外の連邦軍も一枚岩になっている。

 ただ、人民をどうするかは意見が別れていた。はっきり言えば、シリウス派の活動分子を地球へ入れて良いのか?とシリウス病キャリアをどう選別するか?だ。


「……冬眠モードで20年か」

「その間に非活性キャリアも非発症キャリアも揃って死にます……ってな」

「あまり良い方法じゃ無いけど……」

「他に手がねぇ」


 発症防止のワクチンは存在するが、一定の確率で症状が劇症化してしまうケースは散見されていた。ゆっくりと石化するのではなく、恐ろしい速度でどんどん石化していくのだ。そして、石化した組織は数日中に砕けて粉末状となり、その粉末を吸い込んだ者が連鎖的に劇症型の症状を発露させ数日中に100%死亡する。

 今現在でも劇症化した場合に感染拡大を防ぐ方法が確立されてなく、また、シリウス病を発症したら、代謝を強制的に低下させ病理の進行を防ぐ以外に死を遠ざけるて立ては無い。そして、最も大事な事は、死を免れないと言う事である。


「まだまだシリウス病は研究の途中だ」

「けど、何でレプリは発症しないんだろうな」


 そう。実はレプリカントはシリウス病を発症しない事が知られている。

 陽性キャリアである事が確認されているレプリでも、シリウス病の石化症状が出ないのだ。一説には感染から発症まで15年とも言われていて、予防接種を受けたシリウス人の子供が劇症化反応を見せて死に至るケースが多い。

 古くから予防接種反対と言う意見が叫ばれてきたが、現実問題として10人中6人~7人はシリウス病の発症を永久に封じ込められる上、劇症化で手が付けられず死んでしまうのは100人中3人か4人程度なのだ。犠牲と効果のバランスを考えれば、やめるより続行したほうが良いのは火を見るより明らかだった。


「劇症反応した奴の脳みそ取り出してレプリに移植するんだってな」

「……マジかよ」

「あぁ。昨日、ステンマルク中尉が言ってた。だいぶ研究が進んでるんだと」

「……へぇ」


 余り感心しないと言わんばかりのジョニーは生返事で相槌を打った。


「そうまでして生き残りてぇかなぁ」

「死ぬよりゃましって考えなんだろ」

「まぁ、人それぞれだ」


 無駄話をしつつもエディの居る士官室へとやって来たふたり。

 中隊控え室の戸をあけて一歩中へ入ると、そこにはエディの他に、マイクとアレックスの両大尉にリーナー少尉。そしてドッドが待っていた。


「遅いぞ!」


 冗談めかしてマイクが唸り、ジョニーとアレックスは首をすくめて『すいません』と答えた。部屋の中にはニューホライズンの地上戦況図が広がっていて、エディを中心に何らかの検討を行なっていた。


「さて、役者が揃った。ここに居る面子を見れば分かるとおり、ニューホライズンの地上戦経験者だけを呼んである。臨時任務が我々に出され、なぜかもう一度ニューホライズンの地上へ行く事になった」


 え?

 そんな表情でエディの話を聞いたふたりは思わず顔を見合わせた。


「地上って、ニューホライズンですか?」

「そうだ、他にどこがある」


 薄ら笑いのエディはニマニマと笑いつつ地図を示した。

 地球派優勢圏に再び収まったザリシャグラードが赤丸で囲われていて、目的地がここなんだと皆が思っていた。


「任務は簡単だ。ザリシャグラードに監禁されているらしい地球派市民に食料と医薬品を届け、地球への帰還に際し必要なことを確かめるんだ。まぁ、撤収作戦のリハーサルだな」


 あぁ、そうか……

 エディの言葉にジョニーもヴァルターも納得の表情を浮かべた。

 ただ、それに続きエディが発した言葉はある意味衝撃だった。


「もう一つ任務があって、大気圏内でもシェルが飛べるかどうかチェックする。エンジン的には問題ない筈だが、何せ実験してみないことにはな」


 ポカンと口を開けたジョニー。その隣でヴァルターも唖然としていた。


「いやいやいやいや……………………」

「エディ…… 正気ですか?」


 手を振って意思表示するヴァルター。

 ジョニーは呆然とした様子だ。

 そんな二人にマイクが口を挟む。


「シェルのエンジンは液酸で強制酸化反応をしてるが大気圏内では気化水素を大気中の酸素と反応させて飛ぶことになる。まぁ、色々と面倒が多いが、技術部は画期的なエンジンを作ってくれたって事だ」


 どこか嫌そうに笑っているマイクは、困った様な表情でアレックスを見た。

 シェルに関する教育は随時受けているはずだが、リフティングボディ構造で機体それ自体が揚力を生むのはともかく、エンジン推力がボディを鉛直に持ち上げられるかどうかは聞いたことが無い。


「万が一、重力に負けた場合は?」


 恐る恐るヴァルターは訊ねた。

 少なくともシェルライダーとしてはそれを聞かないと安心出来ない。


「エンジン推力は問題なくあると聞いている。ただし、誰も実験したことが無いから、実際にやってみないと分からん」


 マイクの説明にヴァルターは背筋を寒くした。

 寝言なら寝て言ってくれと、そんな悪態の一つも吐きたい心情だ。

 だが、こればっかりは最初に誰かが実験しなければならない。

 つまり、その外れくじが巡ってきたのが501中隊だったと言う事だ。


「ところで地上に行って具体的に何するんですか?」


 ジョニーはなんとなく嫌な予感を覚えた。

 ただ一口に『地上へ行く』と言われても、目的がピンと来ないのだ。


「現状ではシリウスの人民政府による大規模な地球派市民の統制が始まっている。まぁ簡単に言えば独立派シリウス人の街から地球派が追放されているのさ。で、その追放された人々は連邦軍管理地域に流れてきている。要するに難民キャンプ状態だな。だが……」


 その次の言葉を言いよどんだエディは、怪訝な表情を浮かべた。


「実際、難民化しているのは地球派ばかりじゃ無い」

「え? どういう事ですか?」

「まぁ要するにだな……」


 エディは地図を指し示し、状況の概略を簡単に説明した。余りにも激しい都市圏への砲撃により、ニューホライズンの地上には地獄絵図が広がっている。シリウス独立派と呼ばれる人々も、想像を絶する余りに激しい砲撃に腰がひけているのだ。

 信念的に独立を叫ぶ急進派ばかりであれば、砲撃もやり過ぎ注意と言う事に成るのだろうけど、実際には流行り物的に参加している者も多い。どこかお祭り気分的なスタンスで『独立出来たら良いね!』程度の考えでしか無い者にしてみれば、間違って自分が死ぬ可能性のある事なのは避けて通るのだろう。


「簡単に言えば、同じ独立志向にしたって急進派と穏健派の二つに分かれるし、現実には争いを好まず死ぬのも嫌がる対話志向のグループに手を引かせるには十分な威力だったってことだな」


 ニューホライズンの地上では、数年ぶりにシリウス軍の優勢支配面積が減少しつつあると確認されている。つまり、急進派が少々乱暴な方法で独立を叫んでも、周りの住民が言うことを聞かない状態となっているのだ。

 出来るモノなら話し合いで解決したい。血を流すのは好もしくない。激しい対立と流血の惨事を避け、対話と信義で独立に結びつけたい。急進派から見れば弱腰と受け取られ、地球派から見れば日和見と誹られる。


「なんともどっちつかずなんですね」

「そう言う事だな。ただ、実際はそういう穏健派の方が多い。世の中の流れを見て判断する。流れに乗ってなるべく自分が損をしない様に。そう言う生き方だ」


 少々ウンザリ気味の顔になったエディは、再び地図を指さした。


「我々はまずザリシャへ降りる。そして、地上でキャンプを作る地球派と穏健派に対し、食糧支援などを行って人道的な活動をアピールする。その後に、内部で活動してくれる協力者を仕立て上げ、急進的独立派の活動を内部から監視する」


 なんともまぁ盛りだくさんな内容だとジョニーは苦笑しつつヴァルターを見た。そのヴァルターも苦笑を浮かべている。途中の前線本部から無理難題を押し付けられる事もあったのだが、今回は話の出所が参謀本部だ。断ることはできないだろう。


「で、いつ出発ですか?」


 わかりきった問いにドッドが笑う。エディの作戦はいつも急で突然だ。

 ついでに言えば、そろそろ二人の当直が終わる頃に話を持ってくる鬼畜だ。


「一時間後に出発するから、腹に何か入れてリアクターに仕事をさせとけ。お前もキリキリ働けってな」


 ガハハと笑ったマイクはボリボリとひまわりの種をかじっていた。

 食べるのも仕事のうちと地上で教育されてきたが、宇宙に出てもその原則は変わらない。


「メスデッキでなんか食ってきます」


 ジョニーとヴァルターが部屋を飛び出していった。

 その後ろ姿を見送ってから、エディは小さく笑みを浮かべた。


「だいぶ育ってきたな」

「あぁ、もう一息だ」


 マイクはアレックスと視線を交わし支度を始める。前代未聞なシェルの大気圏内自力飛行ミッションが開始されようとしていた。

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