寝るのも喰うのも仕事のウチ / シリウス開発小史 2
午前中のトレーニングを追え食堂に入った志願兵達は、誰がという事も無く一斉に感嘆の声を漏らす。
ロールアウト方式で食べたいだけ食べられる食堂のミールカウンターには、ボイルチキンやビーフステーキだけでなく果物や牛乳と言った物までしっかりと用意されていた。
そもそもに貧しく厳しいシリウスだ。各地から飯と寝床を求めて集まってきた若者にしてみれば、戦争に駆り出されるとはいえ、この待遇は魅力以外の何者でもないと言えるのだった。
……ようするに、死ななきゃ良いんだろ?
若者らしい軽い考えともいえるのだが、それは他にチャンスがある所での話でしかない。現状のシリウスでは、誰かの奴隷に身を落として生きていくか、それとも餓死する事を受け入れるかの二つに一つなのだ。
地球から貧困層を切り分け、文字通り切り捨てられるようにシリウスへと送られた者たちが根を下ろした地。ニューホライズンは名前ほど美しい場所ではなく、むしろこの世の冥府と言っても良い場所だった。
地味は悪く、大規模に農業を行うには天を突くような巨木を切らねばならず、また、大型肉食獣や爬虫類の襲撃にも備えなければならない。そして、地球から遠く離れたここシリウスでは、まともな道具と言えど整備に不安があり、ニューホライズンにある大型の農業機械は共食い整備が常態化するほど貧しい場所だった。
「すげぇ……」
だからこそ、シリウスの若者たちは一発逆転の夢を見て軍務へ志願する。風の噂に聞くシリウス独立派の志願兵は、食べる物が無いときはレプリの死体を切って、それを焼いて食べるのだと言う。それに比べれば地球派の者たちが集まるサザンクロスは、ある意味で天国のような場所だった。
トレーの上に皿を乗せ、肉や野菜を山盛りにして持ってきたジョニー。ナイフとフォークで切り分けて食べるのも面倒だとばかりに、大きなチキンのドラム部分を豪快に噛り付いた。片手でチキンを齧りつつ、もう片方の手でスープを飲み込む。
厚く切られたトーストにチーズを乗せ、その上から野菜やケチャップを重ねてムシャムシャと食べ続ける。それはまるで戦争でもしているかのようで、さらに乗せられた料理を食べつくし、最後に砂糖多めのコーヒーを飲みつくして、ちょっと下品にげっぷを吐き出した。
「喰った喰った……」
ふぅ……
一息ついて天井を見上げたジョニーは、ふと、リディアを思い出した。
ちゃんと食事は出来ているだろうか? 寝る所はあるだろうか?
少し人見知りな所もあるリディアだから、心配事は尽きない。
練兵場の入り口でリディアと分かれたとき、エディが指示を出していた地球連邦軍の女性士官は心配しなくて良いと笑っていた。志願書を提出した際にもエディ自ら『リディアには別の仕事を用意するから心配ない』と言っていた。
それが何であるかを聞く前にジョニーは志願兵向けのキャンプへ取り込まれてしまい、寝る間を惜しんで基礎教育が始まったのだから、思い出す暇も無かったというのが正しいのだろう。
食事を終えたジョニーは食堂の中にエディを探した。解らないなら直接聞けば良い。それだけの事だと笑いつつ辺りを見回すと、少し離れたところにあるテーブルクロスの掛かった席にエディを見つけた。
ゆっくりと歩み寄っていくジョニーだが、エディの座る席には501大隊の士官7名が揃っていて、そのテーブルにいる階級章を付けていない士官候補生二名を指導している最中のようだった。
「今日のスープは?」
「本日のスープはサザンクロス産のポテトを使ったコンソメスープで有ります!サー!」
「シュガーレーズンパンのカロリーは?」
「100グラムあたり平均220キロカロリー。一日に必要な量は……」
「量は?」
「量は約15個分であります!」
「これが実戦なら今の僅かな間で直撃弾を貰っているかもしれないな」
「申し訳ありません!」
「プッシュアップ二十回!」
「イエッサー!」
士官候補生はその場で腕立て伏せを始める。
何をやっているのか理解出来ないジョニーだが、確実な事は、今は声を掛けてはいけないと言う事だ。おそらく士官候補を鍛えているのだろう。それ位はジョニーにも解った。
「椅子には正しく腰掛けろ」
「イエッサー!」
「現在の連邦軍展開状況は?」
「当地サザンクロスに十五個師団。リューガー大陸全体で五十五個師団が展開中であります」
「うち、歩兵の総数と損耗状況は?」
「現在普通科連隊合計十万人が展開中であります。今日現在損耗率1パーセント未満です」
「作戦進行に関し問題となる障害は?」
「現在食料消化率が上昇中。つまり、糧食不足が問題になり得ます。サー!」
エディを始め士官衆から矢継ぎ早に質問を投げかけられ、正確に回答し続けている。その受け答えをしながら、士官候補生も争うように食事をしている。
だけど、ナイフとフォークは垂直水平のスクエアミールだし、椅子は先端10センチにケツだけ乗せて座っている。
「シリウス軍の展開状況は?」
「我々の正面には第3軍団と第5軍団が展開中であります! サーッ!」
「内訳の情報は持っているか?」
「歩兵戦力は約33万。うち20万ないし25万程度はレプリカントであると予測されています! サーッ!」
「先週の天候から予測される今週後半の天候は?」
「寒冷前線の影響により下り坂なのは明白であります! サーッ!」
「で?」
「前線通過に伴う突風と気温の急降下に注意が必要であります! サーッ!」
「シリウス軍の装備に関する情報は?」
「機甲師団は五個師団。機械化旅団が複数確認されています。その他は低高度戦闘兵器であります!サーッ!」
「ところで先週のメジャーリーグだがパイレーツは幾つ勝った?」
「申し訳ありません。情報を確認しておりません! サーッ!」
「正直でよろしい」
なんだコレは? と眺めていたジョニー。そこへドッドがやって来た。座学で学んだとおり、ドッドの階級章をまず確認するジョニー。複数の横線持ちなのだから、曹長以上なのは間違いない。
「あれは士官学校教育さ。ニューホラで見つけた士官学校の候補生をちゃんとした学校へ入れる前に、エディがああやって鍛えてるのさ」
静かに説明したドッド。
驚いた表情でドッドとエディを見ているジョニー。
だが、疑問がそれで消えるわけではない。
「でも、なんであんな事をするんだろう?」
「あれはな。戦闘中の混乱時に色んな情報がいっぺんに下から上がってくるだろ?その中から自分に必要な情報だけでなく全体を把握して理解して、ついでに言うと整理して記憶しておくって訓練だ。ぶっつけ本番じゃまず出来ないから、ああやってメシの時間にちゃんと答えられないと飯抜きって恐怖を感じながらガンガンいたぶる訳だよ。どんな綺麗ごと並べたって、人間て奴は痛い思いしないと覚えないのさ。だがな」
ドッドがニヤッと笑ってジョニーを見る。
どこか凶悪な笑みのドッドにジョニーは僅かながら恐怖を覚えた。
「それは士官様の候補だけじゃなくて普通の兵隊でも同じって事さ」
「同じ……?」
「そう。同じだ」
ジョニーのほうへ真っ直ぐ向き直ったドッドは二の腕部分に付いた階級表示を殊更はっきり見せるようにジョニーへと見せていた。
良く見ろと言わんばかりにだ。
「上官と話しをする時は言葉遣いに気を付けろ。あと、敬称も忘れるな。わかるか? プライベート・ジョニー」
あ! いけね!
そんな表情がジョニーに浮かぶ。
「この場で腕立て伏せ20回! 俺がカウントしてやる。はじめっ!」
「イッ! イエッサー!」
ジョニーはその場で腕立て伏せを始めた。
遠くからその姿を眺めるエディは、誰にも気付かれないようニヤリと笑った。
午前中のトレーニングで腕が上がらない程鍛えられた筈のジョニーだが、旺盛な若さは飯を喰って回復させたらしく、元気溌剌に動いていた。
――――よしよし
ドッドのカウントに合わせ腕立て伏せをするジョニー。
僅かに震える腕が見えるがエディは気にしていなかった。
ジョニーはあんなモンじゃ無い。
そんな確信があった。
シリウス開発小史 その2
2 調査船の期間と大規模移住計画の始まり
2150年代。
地球はシリウスからの報告で沸き立っていた。手狭な火星と違い地球より大きな惑星であるニューホライズンは、大規模なテラフォーミング無しに人類の生存が可能であると判断された為だ。国連宇宙開発委員会により大規模な移民計画が作成され、人員の募集と書類選考が始まった。同時に、地球の全企業へ向けて公平な宇宙船の設計コンペが行われた。
コンセプトは『エンタープライズを越える大きさで安全な往還船』
全世界から様々な企画が集められ、それらは国連の宇宙開発委員会で2年にわたり詳細に検討され、インターネット上に公開された基本図面は世界中の人民の目に晒されることで様々な問題点が次々と指摘されたのだった。
企業だけで無く工学系大学や医学系機関などからの指摘を受けつつ、綿密に設計を繰り返していったその大型往還船は、一隻あたり約3万人の人間が日々の生活を送りながら、20年にも及ぶ長旅をおくれる設計となって完成した。
一号艦『エンデバー』
二号艦『チャレンジャー』
三号艦『ディスカバリー』
往還船団の旗艦として再びシリウスを目指すエンタープライズを含め、四隻合計で十万人が搭乗する事になっていた。
2160年。
往還船三隻が完成。
手始めに地球と火星の間を何度か往復し、人や物の輸送作業に従事したのだが、あれこれと問題が噴出。いきなりシリウスへ行かなくて良かったと胸をなで下ろしつつ、細かな部分の調整に当てられる。想定していたよりもエンジンの出力が足りない事が大問題となり、急遽設計され装備されたエンジンは核反応を利用した超大推力を実現するタンデムミラー型のとんでも無いエンジンだった。
2165年。
シリウスからの調査船は遂に母なる地球へ帰還。シリウスへの20年と現地調査15年、更に帰り道の20年。合計55年を要し、人生の大半をシリウス観測に捧げた搭乗クルー達は人類の英雄と讃えられた。帰還行程の間に死去した調査クルー達の多くが『シリウスに埋葬して欲しい』と遺言を残していたので、再びエンタープライズでシリウスを目指すこととなった。そして、細かな報告が行われ、改めてシリウス開発計画が練られた。主なテーマはタイムテーブルの再調整と再検討。並びに、途中の『彗星回廊』と呼ばれる太陽周回彗星の通り道について幾度も検討が行われ、様々な危険が指摘されていたので防御手段についての検討が始まった。
2166年。
火星軌道を周回していた惑星開発用レプリカント生産船四隻が惑星系往還船に改造を受ける事が決定。火星周回軌道を回りながら様々な改造を受けた四隻は地球を出発するはずの往還船に先行する形で火星を出航する計画が立てられた。国連の宇宙開発委員会が公選したクルーを乗せ、2170年に火星を出発。シリウスへ向け航海しつつ船内工場でレプリを生産し、事実上使い捨てにしながら船を修理。2186年に力業でシリウスへ到達した生産船は惑星開発用のレプリを量産し続けていた。そして最初の千人と呼ばれるレプリがシリウスへ降りる。最初の作業は大型両生類と爬虫類の駆除。地上生物の寸法は軒並み地球型生物の二倍程度だった。夥しい数のレプリが死に、それにあわせ短期間で成長し短期間で死ぬネクサスⅡやⅢが大量生産される。完全消耗品としての扱いだが、遺伝子操作と薬物制御により最初の十六人を神と崇めるレプリたちは任務を黙々と遂行。駆除作業開始から一年でニューホライズンの地上に大型恐竜並みの生物はいなくなった。