沈痛な日々 下り坂の日常
久しぶりにフルメンバーの集まった501中隊は、この2ヶ月の間に経験した内容をすり合わせていた。シリウスの白いシェルは目を見張るような動きを見せ、暫く見ない間にそうとう訓練を重ねたのだと皆は結論に達した。
「手強さが増したな」
「……勝てねぇことはねぇけど」
ウッディの言にヴァルターが応えた。
途中から士官候補生として参加しているロニーやジャンだけではなく、まだまだ経験の浅いオーリスとステンマルクも、ある意味古参になったジョニー達と一緒にウルフライダーに立ち向かった。
勝てる訳では無いが負けなかった。その事実は大きい。そして、戦術では無く戦略的視点で見れば、残念なことに撃墜こそ成らなかったものの、追い払う事は何度も達成し一定の成果を得たと言って良かった。
「で、みなまで言うなと諸君らも思っていることだろうが……」
ニヤリと笑うエディはモニターに大きなフローチャートを表示させた。
プログラム作成における設計図は、この様な条件分岐型の作戦進行図代わりにも実に分かりやすいテクニックだった。
「本日午後から都市圏への無差別砲撃を加える事になった」
一瞬室内から全ての音が消えた。
ある意味で予想通りだが……
「マジかよ……」
「ホントにやるのか……」
ジョニーとヴァルターが顔を見合わせる。
ディージョはそこへ口を挟んだ。
「奴隷になるのは嫌だってな。シリウス人はその一念ってさ」
「なんだよそれ」
ジョニーにはまだ飲み込めない話だ。
エディは静かに笑って話を切りだした。
「地球が求めるのはシリウスの無条件降伏だ。つまり、地球の奴隷に身を落とせって事だ。負けるって言うのはそう言う事なんだ」
「今までだって奴隷みたいなものじゃ?」
「ソレは否定しないが、より一層酷い事になるぞ?」
僅かに首を傾げたジョニー。
エディは『まぁ、簡単に言うとだな』と話を続けた。
「奴隷は生きてるんじゃ無い。生かされてるんだ、生殺与奪の全てを主が握っている。気に入らないから殺されても文句言えない。奴隷が反乱を起こしても、構わず粛正される。現実問題として、惑星開発はレプリの方が都合が良い。8年経ったら死ぬからな。だから突然『シリウス人を半分以下にする』とか言い出しても文句言えないって事だ。奴隷が反乱を起こして自由を勝ち取るコストを考えれば、戦争を継続した方が良い。ついでに言えば、命がけで抵抗する姿を見せておくのも大事な事で、戦後に理不尽な扱いをすると、容赦なく『コレを再開するぞ?』と、暗黙のプレッシャーになる。全て取り上げてしまえば良いのだろうが、そうしたらシリウス開発が滞るからそれも出来ない。つまりだ」
シリウス側も地球側も、すでに『戦後の関係をどうするか?』と言う部分で暗中模索し始めている。少しでもまともな扱いを勝ち取りたいシリウス側と、反抗の目を摘んでおきたい地球側の暗闘でも在るのだろう。
「連邦軍はシリウス人民政府に対し、都市部への無差別砲撃を通告した。本来、人口密集地に対する砲撃は戦争協定違反だ。だが、シリウス人民政府は地球に対し、独立した異なる文明圏だと自己主張している。だから地球人民の戦争協定は適応されないと言う理屈だ」
「そんなの卑怯っす!」
エディの言葉にロニーが噛み付いた。
まぁ、予想通りと言えるが、それでも忸怩たる思いはある。
「あぁ。卑怯だ。だけど、法や協定はそう規定している以上、そこを踏み外してないのだから非難されるいわれはない。シリウス人民政府も地球文明圏の一部だと認めれば砲撃は回避されるという事さ」
余りに非情なやり方にロニーだけで無くジョニーやディージョやシリウス育ちの者達がグッと奥歯を噛んで悔しさを噛み殺した。だが、法は法だ。そう協定が結ばれた以上、文句を言う筋合いは無い。
「砲撃開始は今週後半。つまり、俺たちは忙しくなる。各自身体を休めておけ。それと機能不全になりそうな部分は早めにケアしろ。戦闘に穴を開けるなよ。話は以上だ。何か質問は?」
エディの言葉に沈黙を守ったジョニー。
だが、その内心は嵐が吹き荒れているのだった。
――――――――ニューホライズン周回軌道上 高度300キロ
空母ハルゼー艦内 501中隊控え室
2247年 1月 9日 0900
「既にシリウスじゃまともな工場は稼動してねぇんじゃねぇか?」
エディ達士官が出て行った中隊の控え室で、ヴァルターはコーヒーを飲みつつ吐き捨てるように言った。シリウス生まれでシリウス育ちだ。母なる大地が焼き払われるのを歓迎する事は無いし、嫌悪感を抱くに充分な理由だった。
「だけど、今日もあっちゃこっちゃの艦隊が襲撃されてるぜ?」
「何処で作ってんだろうな?」
ディージョとウッディは控え室の中でニューホライズンの地上地図を見ていた。
測量チームによる応急修正の痕跡が残るその地図には、蒸発しきった都市の痕跡が遺跡のマークで残されていた。
「地上からの報告では、キーリウスでまだまだ生産が継続されて居るらしい。それに、生産設備は各鉱山などの地下施設に移転済みと聞く。地下工場だと地上スキャンで見つけられないからな」
書類をめくっていたジャンはそんな言葉で全員に注意を促した。
まだまだ戦う相手が居る。そしてその敵は着々と増えている。
「次はもっと増えるかな」
ジョニーは心配そうな言葉を吐いて黙り込んだ。
いまだってかなりの鴨撃ち状態だが、数の暴力で押し切られる事がこの先無いとは言い切れない。戦略的な砲撃で生産力を奪っておかねば、次はやられるかも知れない。
「……時々さ、ラッキーヒット的な一撃、貰うよな」
「あぁ、あるな、それ」
ウッディがぼやきジャンが相槌を打つ。
技量と性能差でカバーしきれない戦争の現実がひたひたと迫っていた。
「だけどやっぱり……」
「あぁ。都市部への砲撃は歓迎しない」
地上戦を戦った経験があるだけに、ジョニーとヴァルターはウンザリ気味だ。
サザンクロスでの総力戦を経てここへ来たのだから、地上が地獄の業火に包まれる様は二度と思い出したくないのだろう。
「だけどさ、連邦軍本部と連邦政府は本気でやると思うか?」
最年長のジャンは同じ年齢なドッドを見てそういった。
まだ30前だが、それでも周りのパイロットと比べれば、充分にオッサンといって良い年齢だ。そのふたりは沈んだような表情で溜息をこぼす。
「ニューホライズンの放棄を視野に入れた総力砲撃の開始ってことだろ」
「本気で焼き払ったら、テラフォーミング以前の状態に戻るだろうしな」
戦列艦を集めた総力砲撃を行えば、地上は核攻撃以上の被害を出す。核弾頭による攻撃は本当に一瞬だが、逆に言えば最大効力範囲と言う視点で見ると、所詮は10キロが関の山だ。風が強ければ放射線はすぐに洗い流され、主力工場以外の周辺工場は生き残り、応急的に仕立て上げられた主力工場は生産を再開するのだろう。
「艦砲射撃は本当にえげつないな」
「根こそぎだからな」
艦砲射撃は点ではなく面で行うモノだ。
帯状に着弾した有質量弾等は地上を根こそぎ破壊し、その威力は一発一発が小規模な核弾頭に匹敵するレベルだ。それを2時間でも3時間でも行ない続けられるのだから、砲撃の目標地域は機能を停止するだけでなく、地形が変わるまで徹底的な攻撃を受ける事になる。
「……地球派市民をどうやって脱出させるんだろう?」
不安そうな声でヴァルターはそう言った。皆があの威力を知って居るだけに、背筋を寒くするのは仕方が無い。支援砲撃を行って居る最中に砲弾が降り注げば、シェルだって影響を受けるだろう。
もちろん直撃を受ければ完全に木っ端微塵なのは確定している。宇宙の何処を探したとて、大気圏外から第1宇宙速度で降って来る数十トンの鋼鉄の塊を防ぐ手立てなど無いのだ。
「船が足らねぇと思うんだけど」
「確かにな。そもそも、地球派がどれ位いるか知らないけど」
地上調査の結果報告には、地球派市民が7億~8億と言う数字が出ている。
この人間をどうするのかも重要な問題だった。ニューホライズンに残しておくわけには行かないが、かといって無条件に地球へ帰還させるわけにもいかない。
いわゆるシリウス派と言う活動家達が紛れ込む可能性は山ほどある。自爆テロ前提にレプリカントを地球へ送り込む危険性も考慮せねばならない。カウンター勢力としての対抗組織を早急に仕立て上げねばならない筈だが……
「問題は山積みで事態は下り坂。俺たちは微妙に負け戦だ。だけど……」
ドッドは自嘲気味に肩を震わせ天井を見上げた。
青い空があるわけでなく、また、サイボーグの見つめる空が本物である保障も無いのだ。すべてはシミュレーションされた仮想現実の可能性がある。
「信じて進まなきゃいけねぇんだよな。文句言うばかりが仕事じゃねぇ」
ジャンは明るい口調でそう切り替えした。
嘆いてばかりはいられない。泣いてばかりもいられない。
とにかく進むしかないのだから、進むだけだ。
「まぁ、テロも反地球派も良いだろうけど、一番やばいのは……」
ヴァルターがジョニーを見て眉根を寄せた。
シリウス育ちならみんな知っている重要な問題だ。
「シリウス病をどうするか?だよな」
「あぁ、その通りだ」
克服宣言こそ出たものの、まだまだ発症する者は多い。
最終的に全身の細胞が珪素化してしまう奇病なのだから、出来ればシリウスに閉じ込めておきたいものだ。
「それも頭の良い奴が何か考えるだろうさ」
溜息混じりの言葉でそう締めくくったドッドは席を立った。一瞬だけ対応の遅れた面々だが、すぐにその意図を理解して立ち上がった。こういう部分で頭が回転しなければ生き残れない環境だ。ドッドは右腕をぐるぐる回しながら言う。
「支度しておくか」
午後から総力砲撃が始まる。
シリウスは全力でそれを止めに掛かるだろう。
つまり、激しい空中戦が予測される……
「あー たまには地上に降りて新鮮な空気吸いてぇなぁ」
ロニーが泣き言をこぼし、その言葉に皆が一斉に笑い出した。
巨大なリアクターを複数装備したハルゼーの艦内は、驚くほどの巨艦ながら常に快適な環境に保たれている。飲料水も艦内の空気も常に清潔で、野菜類などを栽培するバイオプラントからは新鮮な酸素が導入されていた。
ある意味で潜水艦以上に密閉された空間である宇宙船は、驚くほど複雑で精巧なシステムを巧妙に組み合わせて成り立って居るのだ。艦内空気の湿度を一定に保つ仕組みは、余剰水分を電気分解し酸素を生成するだけでなく、乗組員の排尿などから分離した水分を使って完璧な成分リサイクルを成し遂げている。
「酸素なんかボンベで補給出来るじゃねぇか」
「地上行ったって面倒なだけだぜ?」
ディージョやヴァルターがそんな言葉を返す。
そこに珍しくウッディまでもが加わる。
「地上に行けば地上戦だけど、それでも良いのかい?」
地上戦と言う言葉にドッドやジョニーは乾いた笑いで応じた。散々地獄を見たメンツにしてみれば、チェアフォースと揶揄されようと航空戦力担当の方がはるかに良い。たとえ一日中固い椅子に座り続ける事になろうとも……だ。
「……地上は多分面倒だぜ?」
「なんでっすか?」
ジョニーは呆れるように言葉を吐き、ロニーは案の定食いついた。
そんな掛け合いに皆が笑い、ロニーはふて腐ったような顔になる。
だが……
「だってお前、俺たちサイボーグはあんな高粉塵環境で高温多湿環境での動作を想定してねぇだろ」
「あ…… そっか」
常にほこりが舞い、粉塵に胸を悪くする生身の兵士ばかりだ。サイボーグは自発呼吸を必要としないだけに肺を病む事は無いが、身体の細かな隙間から進入した砂埃などでギアの噛み合わせを悪くして作動不良に陥ってしまう。
現状ですら数日に一回は動作部などのブロア作業が欠かせない。入り込んだ埃や砂粒を高圧空気で吹き飛ばし、しっかりとグリスアップして滑らかな動作を実現させているのだ。
「まだまだメンテナンスフリーのサイボーグボディは程遠いってこったな」
「俺たち実験台みたいなもんだしな」
ディージョの言葉にジャンが笑い声で答えた。
サイボーグのメンテナンスがもう少し簡素にならなければ、サイボーグを巻き込んだ地上戦はありえない。そんな事を考えながら、ジョニーはシェルに搭乗するスタンバイを始めた。
猛烈な対地攻撃はもうすぐだ。これがどっちに転ぶかはわからないが、少なくとも地上は本当に大変な事になるのだろう。
――ウンザリだぜ
内心でそうぼやいて俯くジョニー。
艦砲射撃の恐ろしさは、地上でアレを浴びた者にしかわからないのだった。




