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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
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奴隷の真実


 手狭なパイロットピストの中、ディージョはまどろみの中で夢を見ていた。

 何処までも広がる夕日の草原だった。


 そこで展開されたイベントは、つかみ所の無いあやふやな印象のコラージュだ。


 それは自分自身の制御用サブ電脳にストアされた断片的な記憶のようでもあり、若しくは、いますぐにでも忘れたい苦い記憶を幾重にも重ねたレイヤー処理済みの飛び切りの悪夢でもあった。


 不意に何かの物音で目を覚ましたディージョ。

 そこが消毒液臭い保管庫だったパイロットピストである事を認識するのに、多少の時間を要した。


 ――殺風景だな


 改めて一つ息を吐き、多少は気を使ったらしいソファーの上でぼんやりと天井を見上げた。分散待機を始めて早くも2ヶ月が経過しようとしていた。


 ――飽きてきた


 否定しようの無い事実がディージョを襲う。


 娯楽が無いし、息抜きも無い。

 戦闘糧食を飲み込み、電源に注意を払ってまどろむだけの毎日。


 シリウスシェルは不定期に姿を現し、その都度に対処療法的な応戦をするだけ。

 撃墜実績は無く、こちらに被害らしい被害が出た事も無い。


 戦列艦に墜落を出してないのは誇りだ。

 だが、その代償として501中隊のシェルは酷く退屈な毎日を過ごしていた。


 ――そろそろ勘弁してくれねぇかな……


 ウンザリとしつつも、自分の力でどうこうする事は出来ない問題だ。

 抜本的対策を進めているのだろうが、その結果はまだ出ていない。


 対地砲撃は無秩序のようで必ず一定の間隔をあけられている。

 その理由に付いて思考を巡らせていたディージョは、再びまどろむ……


 だが、その心地よいうたた寝の時はけたたましいサイレンによって絶たれた。


「おぃ! 来た! 来やがったぜ!」


 同じようにうたた寝していたジャンはソファーから飛び起きると、すぐさまスタンバイを始め出撃に備えた。その隣ではリーナー少尉が黙々と準備をしていた。ただ、こんな条件でもディージョは早い。


「先に出ます!」


 一番最初に準備を終えたディージョは、最初にピストを飛び出して行った。

 戦列艦サンパウロのハンガーに係留されているシェルへ飛び乗ってシステムを立ち上げた。メインエンジンが目を覚まし、シェル自体が激しい振動を起こして戦闘準備を整える。


「ディージョ機! 発進準備良し! 離艦許可求む!」


 ディージョのシェルは係留ロープをレッコーしてサンパウロから距離を取った。旧式な砲艦ゆえにエアデッキが手狭で、やむを得ずシェルは露天係留されていたのだ。

 ピストを飛び出したジャンとリーナーは、宇宙空間をトラクッションケーブルに引かれてシェルコックピットにたどり着く。すぐさま発進準備を整え、ディージョと同じく離艦許可を求める。だが……


 ――何やってんだ! 早くしろよ!


 勝手に発艦すれば砲撃の邪魔になるし、場合によっては味方の砲撃で木っ端微塵になるかも知れない。だからこその手順なのだが、20秒だっても40秒たってもサンパウロと並び航行する戦闘指揮艦バーナード・モントゴメリーから離艦の許可が出ないのだ。


 ――501中隊のシェル各機へ

 ――襲撃警報は解除された

 ――地上での出撃は断念した模様

 ――しばらくそこで待機しててくれ


 無線に流れた航空管制の声には、ホッと安堵した空気が混じっていた。

 艦内各所には胸をなでおろす乗組員の溜息が溢れた。


 そして、テンション高く出撃の支度をしていた中隊の面々だけが、コックピットの中で呆然としているのだった。











 ――――――――ニューホライズン周回軌道上 高度300キロ

          2247年 1月 7日 1500











「これで何回目だ?」


 溜息混じりにそんな言葉を吐いたジャン。

 ディージョは指折り数えて『4回目っすね』と答えた。


 シリウスシェルによる奇襲攻撃を警戒し、501中隊のシェルが分散するようになって2ヶ月。当初の目論見どおり戦列艦の被害は大きく減り、ニューホライズンへ墜落する砲艦は無くなった。


 ただし、対地攻撃を行なおうとする戦列艦に雲霞の如く襲い掛かるシリウスの量産型シェルは驚くほどの数になりつつあり、VFA-901を中心とする連邦軍側の生身パイロット搭乗シェルだけで防空するのが難しくなりつつあった。


「シリウス側の狙いは我々の分散だったんだな」


 資料の束を眺めていたリーナー少尉が静かに呟く。


 大規模集約砲撃を行う場合は戦列艦が結集する。そこを目掛けて大規模にシェルを投入し戦列艦の攻撃を図ったシリウスだが、VFA-501シェルによる獅子奮迅の戦闘でシリウスシェルの被害は拡大する一方だった。


「俺たちが数を減らせば防御力落ちますからね」


 もそもそとシュークリームなど食べているジャンは、気楽な調子で軽口をこぼしていた。自分たちがどう頑張っても仕方がない状況となり、分散している戦列艦の群れはそれぞれに地上からの攻撃を受けている。


 シェルだけでなくチェシャキャットの攻撃も中々バカになるモノではなく、艦本体が被害を受けずとも、浮遊砲塔を失ったり、或いは、太陽光発電パネルを失ったりと地味な被害が拡大していた。


「戦術的には勝ちだが戦略的には負けだな」


 沈痛な言葉を漏らしたリーナーは、報告書になる書類を書き終え、自らのサインを入れてファイルしていた。この日も追い払った事になるのだが、ストレスのたまる毎日だ。


 シリウスの戦闘機隊が嫌がらせの様にやってくるのだが、連邦側のバンデット隊が活躍していて、大きな被害にはなっていない。だが、そろそろ補給が限界に近づきつつあり、連邦側は追い詰められていた。


「……そろそろ始まる頃だろう」


 突然口を開いたリーナー少尉は、手にしていたコーヒーを飲みきってカップをテーブルに下ろした。そのカップの脇にはニューホライズンの地上地図が広がっている。


 広大な大陸の各所に点在する都市群だが、その近くには鉱山や工業地帯が発達していて、シリウス軍の抵抗をサポートしていた。


「始まるって、なにがですか?」

「都市部への無差別砲撃だよ」


 ジャンの質問にボソリと呟いて答えたリーナー。

 その言葉にジャンもディージョも表情を大きく歪めた。


「……まさか」

「正気ですか?」


 抗議染みた言葉が出てくるのは致し方ない。


 都市圏への無差別砲撃は、事実上の住民虐殺だ。

 そして、人道上の罪と規定された国連の戦争協定違反だ。


 しかし……


「シリウス側政府こう言っている。『()()()()()()()()()()()()()()()()()』と。そう言うスタンスを崩さない以上、他の惑星文明なのだから戦争協定は適応されない」


 ルールの上ではグレー混じりの()()だ。

 シリウス政府がそう言うのだから、遠慮する事はない。

 だが、だからといって無抵抗の市民を一方的に焼き払うのには抵抗がある。


「焼かれる市民はたまったもんじゃ無いな」


 皮肉めいた物言いで溜息を吐いたジャン。

 ディージョとて気持ちは同じだ。


「現実には巨大工場都市の住人は大半がレプリカントだ。8年しか寿命の無いレプリカントを大量動員して大車輪で戦闘兵器を生産している。この戦争が始まって既に3年だが、その間にシリウス政府は、本来交代されるはずだった新しいレプリカントを戦闘にまわしている」


 リーナーは淡々とした口調で説明を始めた。

 そもそもに感情の薄いタイプではあるが、こんな時のリーナーは輪を掛けて感情が無い姿になる。それはまるでオートマタ(自動人形)アンドロイド(人造人間)を彷彿とさせる姿だが、とうのリーナーは一切気にしていない。


「シリウス政府は4年程度で勝ちきる算段だったんだろう。連邦政府も最低4年を持久できるように計画した。我々は補給と言う面で切羽詰っているが、シリウスはレプリの浪費と言う面でタイムリミットが近づいている。今の様に片道特攻前提の行っとけ出撃はもうそろそろ限界だろう」


 ジャンとディージョを順番に見たリーナーは無表情に言った。


「レプリの生産は4年掛かる。そろそろレプリの浪費を止めねば、4年か5年後にレプリが大量に不足する事になる。つまり、シリウスも打つ手が無くなって来ているということだ」


 リーナーの言葉に首をかしげたディージョは『じゃぁ、シリウスは……』と考え込んだ。レプリの兵士が足りなくなる以上、戦線を維持する為には生身が出るしかない。


 およそ30億と聞いているニューホライズンの地上人口だが、まだまだ入植者の年齢分布的には50歳未満の世代が多いのだ。


「じゃぁ次はシリウス人その物が戦闘に出てくると?」


 ディージョの疑問は尤もだ。


 レプリを使い捨てにする様な戦闘を散々とやったシリウスだが、レプリが使えない以上、貴重なシリウス人を使うしか無い。


 高齢者は数えるほどと言って良いレベルで、過酷な開発事業の果てに命を落とす者は余りに多い。その亡骸ですらも土地改良の素材として使われるのだから、ニューホライズンの地上は文字通りの血土といえる。


「……シリウス人全部が全部、シリウス人民政府万歳と言うわけではない。現実に地上には地球派市民も居る。つまり、実際に戦闘へ駆り出される生身の総数はいいとこ100万が上限だろう」


 リーナーは再びコーヒーカップにコーヒーを注いだ。

 完全合成コーヒーだが、味はそれほど悪くは無い。


「レプリによる兵器生産が出来ない以上、シリウス人が兵器を作り、シリウス人がそれに搭乗し、シリウス人が戦って死んでいく。レプリよりはるかに成長の遅いシリウス人をすり減らす事になる」


 戦争の現実を突きつけられたジャンとディージョは身を震わせている。

 最終的に言えば、戦争とはつまり、ひとりでも多く殺した方が勝ちなのだ。

 残存戦力を効率よく磨り潰して削って行って、抵抗力を奪うことである。


 このまま座して滅ぶか。

 それとも、一旦降伏して奴隷に身をやつし再起を図るか。


 それは高度な政治的決断だ。

 奴隷の生涯では身を縛る鎖の奇麗さを自慢するというが、一旦奴隷に身を落としたら、そこから這い上がるのは尋常な努力では成しえない。


「奴隷は嫌だ。植民地も嫌だ。消耗品扱いは嫌だ。だが、これ以上行けば民族が滅亡する。そうなった時、奴隷に身を落とす決断が出来るか?」


 リーナーはそんな命題を突きつけた。

 ジャンもディージョも息を呑んで沈黙している。


「奴隷の革命物語は沢山あるさ。ただ、その革命は戦争以上に犠牲者を生む。市民革命ではないのだ。奴隷革命とは言わない。奴隷は反乱なんだ。つまり、容赦なく武力弾圧されるし、死を悼まれる事も無い。単に労働力が足らなくなるだけで、奴隷が足りなければ増やせばいいだけだ」


 コーヒーを再び飲み干したリーナーはピストの中に立ち上がった。

 狭い部屋だが3人くらいならちょうど言い空間ともいえる。


「南北戦争時代の奴隷部屋はこの大きさの部屋で12名が暮らしたそうだ。二交代で6人ずつ寝る。ただ寝るんじゃない。子供に母親を犯させて妊娠させながらだ。マザーファッカーの本当の意味は、クズ野郎でも馬鹿でもない。そうやって次の労働力を得る為に行なわせた奴隷の処置そのものだ。そして、奴隷自体をそう呼んだのさ。マザーファッカー。本当の意味は、単なる消耗品だ」


 ドサリと音を立てて椅子に座ったリーナーは天井を見上げた。


「それをよく知っているシリウス人は、最後の一人まで徹底的に抵抗する事を選ぶだろう。奴隷に身をやつしたくないなら、最後は血を流して抵抗するしかない。そして、奴隷にしないと。そう明確な確約を取るまで徹底抗戦し続ける」


 ウンザリだと言わんばかりに両手を広げたリーナーは、『わかるか?』と言うようにふたりを見た。


「人類史を振り返れば、奴隷にならずに済んだ敗戦国は、どれもが最期まで激烈な抵抗をし続けた。歴史に学ぶとはそう言うことだ。つまり、我々はそんな集団を何とか屈服させなければならない。故に、手段など構っていられない」


 言葉を失ってリーナーの講義を聞いていたジャンとディージョは、表情を失って顔を見合わせた。いままで余り実感がわかなかったが、実はとんでもない環境でとんでもない事をやっているのだと痛感した。


 そして、これが単なる戦争ではなく、泥沼の総力戦である事も実感した。


 勝利せねば滅亡する。

 敗北ではなく滅亡する。


 その一念でシリウスは戦っているし、歯を食いしばって抵抗している……


「いずれ歴史の1ページさ。どっちへ転ぶかは知らないけどな」


 リーナーの言葉に首肯したふたり。

 重苦しい沈黙が続き、ピストの中に冷え冷えとした空気が流れるのだった。



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