表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
67/424

幸運な撃退


 最初に『ソレ』を見つけたのは、戦列艦の当直士官だった。


「防空班長!」


 戦列艦シャルンホストのブリッジで防空の為に地上監視を続けていた当直達は、ニューホライズンの地上に小さな光りの点を見つけた。直後、シャルンホストの合成開口レーダーは、対地走査の最中に極々わずかな地上の突起物を見つける。


「これはなんだ?」


 士官といえど経験浅ければヴェテランに教えを乞うものだ。

 何年も乗っているヴェテランの下士官は、レーダーパネルについた様々なスイッチをいじり、モニター上に見える輝点でしかない存在の正体を探る。


「ゴーストでは無い…… と…… 思います」


 普段なら見過ごすようなものだった。

 事実、当直についていたこのヴェテランの下士官レーダー要員も、単なるノイズとして処理しかけていたのだ。だが、当直士官はそれを見過ごさなかった。普段ならゴーストに過ぎないと気にも止めないモノなのだろうが、この時だけは見過ごせなかったのだ。


「アラート! フェーズワン!」


 艦隊の防空体制が一段引き上げられた。

 全艦艇がデータリンクされているC4I中に、対地警報が発令された。当直士官の少尉にしてみれば、明確な理由など耳かき一杯無かった。ただただ、頭の中のどこかに居る小人なりが精一杯違和感を叫んでいるだけだった、


「マジかよ!」


 悪態を吐いた下士官はレーダーパネルを睨み付けた。パネルの中に地上での高電圧反応が警告され、その輝点の正体が強力なリニアカタパルトである事を知った。それはニューホライズンの地上に有る巨大な鉱山から切り出された鉱物のコンテナを大気圏外へ打ち出すリニアカタパルトだ。相当な重量があるものまで打ち出せるだけの能力を持っているはずだ。


「中尉! これ、もしかしたら!」

「あぁ。自分も同じ事を思った!」


 当直に付いていた士官は耳障りな音をかき鳴らす警報ボタンを押した。すると、ブリッジじゅうに緊迫した空気を醸し出す警報音が流れ、艦内全ての赤色回転灯が明滅を始めるのだった。


「アラート! フェーズトゥ!」


 全艦に非常サイレンが鳴り響き、同時に乗組員が戦闘配置の準備を始める。非番のモノも当直明けもすべて飛び起き、戦列艦のすべてがハリネズミの様に刺々しい状態へと変貌した。

 収納されていた各部の装甲板が展開され、次々と船体の外部に張り付き、増加装甲となって戦列艦の防御力を上げていく。それと同時に砲撃用の浮遊砲塔が外部に展開し、戦列艦は戦闘体勢となった。


「地上に超高電圧反応!」


 女性オペレーターが金切り声で叫んだ。

 パルスドップラーレーダーのモニターには、ニューホライズンの大気圏内を飛翔する高速移動体が観測された。戦闘班長はブリッジに現れ、砲塔のオペレーションに付いて細かな指示を出し始める。


「実体弾頭を抜け! 高密度荷電粒子モード! エナジーチャージ急げ!」


 小型のリアクターを搭載した浮遊砲塔は豊富な電力を使って荷電粒子の加速を始めた。同じ間合いで防空管制がモニターパネルに映る『ソレ』を敵機認識し始めたのだった。


「アラート! フェーズスリー!」


 当直士官は自らが発令出来る最高位の警戒警報を発した。艦隊の中に襲撃警報が発令され、すべての戦列艦が対空戦闘の支度を始めた。30隻ほどの艦隊でしかない小さなグループだが、その中身は対地攻撃用の砲艦が16隻も含まれる強力な集団だ。

 そして、過去にはキーリウスを焼き払った砲撃作戦で中心的な役割を果たしている。つまり、一番恨みを買っていると言って良い船団だ。


「ここへ来ますかね?」


 不安そうな声を漏らした女性オペレーターが中尉を見た。

 中尉は少々無様に伸びた無精ひげをいじりながら沈黙していた。


「……艦長をブリッジへ」

「了解……」


 その一言でブリッジに沈痛な空気が漂った。

 地上から打ち出されてくる『なにか』が敵シェルである可能性は高い。

 数日前、このエリアを通過中の艦隊が攻撃を受けて居るのだ。


 地上を容赦なく焼き払った戦列艦の集団だ。夥しい犠牲を生み出し、工場労働者もそうでない街の住民もまとめて大量に蒸発させている。つまり、ある意味で容赦なく報復攻撃を受けるのだろうし、そうされる義務があるとも言える。


 ――艦長がお越しです!


 制帽の上面が白いカヴァーに覆われた艦長帽を被る中年の男は、環境に一歩入るなり中の空気を一変させた。


 ハインリヒ・レーマン・ヴィレンブロック大佐


 欧州統合軍宇宙艦隊において長年勤務してきた金柏葉付き騎士十字章を佩用する歴戦のヴェテランは、レーダーパネルをヒト睨みしたあとで渋い声音を吐いた。


「全艦戦闘配備。砲戦用意。被襲撃体制に移れ」


 その言葉に各オペレータが艦内へ一斉放送を掛ける。

 そして艦内の各所から『艦長やる気だぜ』『正気か?』と声が上がる。


「全艦戦闘配備完了!」

「よろしい」


 艦長席に腰を下ろしたヴィレン大佐は、モニターを睨みつけていた。

 断熱圧縮で赤熱化している純白のシリウスシェルが3機。

 モニターのど真ん中に映っていた。










 ――――――――ニューホライズン周回軌道上 高度300キロ

           2246年 11月 3日









 ジョニー達が陣取っているロメルの艦内にも非常警報が鳴り響いた。

 パイロットピストの中で微睡んでいたジョニーは自動的に叩き起こされた。


 ――アラート! フェーズフォー! シェルスタンバイ!


 ロメル艦内の航空管制デッキから発艦を促され、ジョニーはコックピットに滑り込む。まだ頭のどこかが眠っているが、そんな事を気にせずジョニーはメインエンジンの発火準備を整え、同時にデッキに居る整備スタッフに退避を指示した。


「いきなり全開で行くぜ!」


 ロメルのエアデッキハッチが開き、シェルが出撃する準備が整った。


「ドッド! 中尉! 良いかい?」

「おぅ! 最初に飛び出せ!」

「ジョニー 君の後ろを飛ぶよ!」


 返答の言葉を返さずにジョニーはロメルのエアデッキを飛び出した。

 カタパルトの無いデッキからの出発ではブーストが掛けられないので地力加速しなければならない。エンジン全てに火を入れたジョニーは猛烈な加速度を感じながら宇宙を飛翔していくのだが、ふと目を落とせば大気圏外へ飛び出そうとするシリウスシェルが見えた。


「居やがったぜ!」


 ヒャッホー!と声を上げたジョニーは機体を捻って急降下を始める。

 ニューホライズンの引力に引かれ急激に速度を上げていくジョニーのシェルは、その進行方向に例の楽器トリオを見つけた。


「今日は生かして帰さねぇ!」


 ジョニーは考える前に牽制射撃を開始した。

 もはや理屈では無かった。猛烈な加速度を付けて上昇してくるシリウスシェルは回避することが出来ない。強烈な加速度が生み出す強い慣性の力は、機体の細かな制御を一切受け付けないロケットロードその物だった。


「くたばりやがれ!」


 40ミリをバリバリと撃ち出したジョニー。

 真っ赤な尾を引いて敵機に消えていく40ミリ弾がシリウスシェルに命中する。


 ただ、猛烈な射撃を受けているにも拘わらず、シリウスシェルはとにかく上昇を続けていた。ロケットモーターが燃え尽きるまでは止まらない代物だった。


「ありゃ固形燃料か?」

「それっぽいっすね!」


 ステンマルクとドッドも牽制射撃を入れ始めた。

 複数の光跡を残して40ミリ弾が飛び交っている。


「なんで落ちねぇんだよ!」


 悪態をついたジョニーだが、シリウスシェルは燃え尽きたブースターを捨ててメインエンジンに点火した所だった。一気に速度が乗ったシリウスシェルは、戦列艦目掛けて突っ込んできた。


 ――無視しやがった!


 ジョニーのハートに火が付いた。

 戦列艦目掛けて突っ込んでくるシリウスシェルに襲いかかるジョニー。

 つっこで来るシリウスシェルの先頭はピアノマークだった。


「っざっけんじゃねぇ!」


 機体がミシリと音を立てた。

 強烈な旋回Gの負けて機体が悲鳴を上げた。だが、ジョニーは構うこと無く姿勢制御バーニァを吹かして機体を捻り込み、一気に迫っていって必殺の140ミリ砲をお見舞いする。直撃こそ出来なかった物の、ピアノマークのシェルは左腕を失った。


「外した! チキショウ!」


 目の前に現れた楽器トリオといきなりの全開戦闘に入ったジョニー。

 ただ、その3人組の連携戦闘は前回の遭遇時とは比較にならない動きだった。


 ――あいつらもレベルを上げた??


 直撃弾をどうやって防いだのかは分からなかった。

 ただ、現実にシリウスシェルの機体にダメージは無い。


 ――ウソだろ?


 背筋が一瞬だけゾクリとしたジョニー。

 ただ、シェルの制御テクを向上させたのは、何もシリウスシェルだけでは無い。

 なんども戦域を駆け抜け、戦場のピンチを切り抜け、死線ギリギリでタップダンスを踊ってきた501中隊の面々もまた驚く程の技量になっていた。


「ジョニー! 後ろに付くぞ!」


 ドッドはジョニーと縦の編隊を組んだ。

 そこから離れた所にステンマルクが陣取り、敵シェルの機動エリアを削る様に牽制射撃を入れていた。


「ピアノだけじゃねえ! ヴァイオリンもうめぇぞ!」


 機体のメインフレームが歪んでいくのをハッキリ感じたジョニー。猛烈な横Gを受けながらも錐揉みギリギリの旋回を決めてヴァイオリンとピアノの間に入り込んだのだが、流星の様に流れる背景と星々に目をやられ一瞬だけ見失う。


「どこ行きやがった!」


 時間にすればコンマ数秒だ。

 ただ、秒速34キロで飛んでいる双方は、一瞬の会敵距離で全てを終わらせなければならない。双方にその意志が無ければ最接近は無理だし、敵の機動エリアを削って最接近をするにしても速度がありすぎる。


「エリア4-3-3! 戦列艦に張り付きそうだ!」


 ステンマルクが叫んだ。


「奴らの狙いはあくまで戦列艦だ! たたき落とすぞ!」


 ドッドの叫び声は事実上金切り声だった。

 ピアノが先頭を切って突入し、そのケアに気を取られている間にヴァイオリンとフルートが急接近していって戦列艦の直ぐ近くへとやって来た。猛烈な近接防御火器の大歓迎を受けているのだが、シリウスシェルの方も対抗火器で応戦しつつ隙間を狙って突入を図っていた。


「なんであんな動き出来るんだよ!」


 泣き言混じりなジョニ―の叫びだが、その間にも事態は進行する。

 友軍の防御火器をかい潜ってシリウスシェルへ急接近を決めたジョニーは、手にしていた140ミリキャノンを撃つのでは無く鈍器の代わりにして楽器コンビへと襲いかかった。


「ウォォォォォォォォォォォォォォォ!」


 裂帛の叫び声を上げて襲いかかっていくジョニーは、周りの事など目に入っていなかった。目標は戦列艦ソルボンヌへ接近していくフルートだ。距離300を切った時点でジョニーには回避すると言う選択肢が無くなった。

 戦列艦の船体へ強力な爆薬を仕掛けようとしていたフルートは、急接近してくるジョニーに気が付いた。機体をスピンさせ、チェエーンガンと思しき対抗兵器での迎撃を行っている。


 ――いてぇ!


 シェルの機体各所へ着弾したチェーンガンの弾幕がジョニーの神経を削った。

 ただ、ここで引き下がる訳には行かない。痛みを感じているのはシェルだけで、自分の身体にダメージは無いのだと自分を騙した。例え自分自身が陣取るコックピットのカバーを叩こうとも……だ。


 ――死に晒せ!


 140ミリキャノンの砲身を掴んだジョニーは、自分自身の運動エネルギーや慣性運動の持つエネルギーを全て集めて一撃を叩き込んだ。鈍い衝撃を反作用として受け取ったジョニー機は、自機を反時計回りにスピンさせながら戦列艦から離れて行った。


 ――くそっ!


 姿勢制御バーニアで機体を落ち着かせたジョニーは、一撃を入れたはずのフルートを探す。戦列艦の直近には居ないフルートは、やや離れた場所を飛んでいた。慣性運動のエネルギー全てを叩き込まれ、等速運動で離れて行った。


「よっしゃ! ざまぁ!」

「喜んでる暇は無いぞ!」


 ステンマルクが直ぐに注意を促す。

 フルートに続きヴァイオリンが突っ込んできて、巨大な砲身のキャノンで戦列艦の外殻を叩いていた。かなりの至近距離でぶっ放された砲弾は戦列艦の外殻装甲を叩き、薄皮を剥く様に補助装甲を剥がしていった。


「なんてこった」


 ドッドのボヤキが聞こえたジョニーだが、その目の先ではドッドがヴァイオリンの背面へ140ミリ弾を叩き込んでいた。シェルの最も丈夫な装甲であるメインエンジンカバーを一撃でたたき壊し、その内側へ140ミリ弾をお見舞いした。


 ――やったのか?


 バラバラと機体のパーツを撒き散らし、ヴァイオリンが機体制御を失って離れて行く。その機体をピアノが支え、すぐさま離脱方向へ逃げていった。


 ――今日は逃がさねぇぞ!


 ジョニーも再び増速し、逃げに入ったピアノを追いかけた。すぐさまそこにフルートが介入してきて、ジョニーとピアノの間に割り込んだ。機体にダメージがある様には見えず、フルートは気丈に飛び回っていた。


「ダメージねぇのかよ!」


 ジョニーの一撃で機体が落ち着かないらしく、ヨタヨタと飛んでいるフルート。誤魔化しきれない不具合を抱えているのに、それでも果敢な飛行で任務を果たそうとしている。ただ、もはや実際まともな戦闘が出来る様な状況では無く、戦列艦へ貼り付けるはずだった爆薬を投げてきた。


 ――あぶねぇ!


 単純な機動故に回避するのは容易いが、ギリギリを狙って躱そうとしたジョニーは、もの凄い勢いでステンマルクに怒鳴られた。


「もっと距離を取れ! 炸裂する!」


 そんなバカな!と思ったジョニーだが、ピアノは投げ飛ばした爆薬に砲弾を撃ち込んだ。猛烈な大爆発を起こした爆薬は、驚く程大きな火球を作り上げた。ステンマルクの警告がもう少し遅かったら巻き込まれていた。


「スンマセン!」

「良いって事よ!」


 ステンマルクは再び気を捻ってピアノ機を追いかけた。

 速度が死にきらない様に芸術的なターンを決めたステンマルク。

 ただ、この時点で追いつくのが不可能な程の加速度を彼らは得ていた。


「チキショウ! 逃げやがった!」

「逃げたんじゃねぇさ。追い払ったんだ」

「え?」

「俺たちの勝ちだ」


 ドッドは自信溢れる声で言った。

 この一月近くを悩み続けた連邦軍の艦艇は、やっと安心出来る材料を一つ手に入れた。


「俺たちの勝ちだ」


 ドッドは自分に言い聞かせるように、もう一度ボソリと呟いたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ