待ち伏せ
「クソッ!」
忌々しげに悪態を吐いたジョニー。
その言葉の端々に悔しさを滲ませている。
「もう逃げやがった!」
「また無駄足だぜ!」
その声にヴァルターとディージョが応えた。
同じように悔しさを滲ませる二人もまた、とても言葉に出来ない悪態を吐いた。
ハルゼ―をスクランブルで飛び出してから、およそ40分が経過していた。
「……ッチ ……またこれかよ!」
中隊無線にドンッ!と言う音が流れる。
コックピットの壁をたたき、ジョニーは怒りを爆発させた。
「何とかなんねぇモンかな」
「逃げ足まで素早い連中だぜ」
「長居は無用ってか……」
ドッドとジャンもまた悔しさを滲ませていた。
もはや理屈では無いのだ。
辺りに漂う夥しい漂流物には、乗組員の遺体が混じる。
そして、質量の多寡に関係なく落下を始めていた。
気密服無しに宇宙へ放り出された乗組員は、苦悶の表情のまま事切れている。
その無念そうな表情を見るに付け、忸怩たる思いに身を焼かれる様だった。
「せめて…… あいつら回収できねぇか?」
悔しさを噛み殺すようなジョニーの声は、怒りに震えていた。
名も知らぬ者たちだが、少なくとも仲間と言うスタンスだ。
ジョニーの言葉に溜息をこぼしたディージョとヴァルターが言う。
「そりゃ、周りの船にやってもらおうぜ」
「だな。俺たちがやったら木っ端微塵だ。速度差が有りすぎる」
余りに凄惨な光景。だが、地上でも同じシーンがあるはずだ。
あの降り注ぐ砲弾の中に立ったジョニーには、他人事では無かった。
「地上での意趣返しって所だろうね」
いつもどこか醒めた様に冷静なウッディはそう言った。
戦列艦がシリウスシェルの攻撃を受け墜落してから2週間。
501中隊は非常警報が鳴る度に急行する事を繰り返していた。
ハルゼーはニューホライズンの周回軌道を90分で一周している。
だが、シリウスシェルはヒット&アウェイを繰り返し、尻尾すら掴めない。
「何とかなんねぇのかな!」
イラツキを抑える事が出来ずジョニーの声は荒れる。
それは中隊全員の共通認識にもなりつつあった。
駆けつける都度に見せられる酷い光景は心を蝕むのだ。
「何処へ逃げたんだろうな?」
「帰るにしたって地上へ降りたとでも言うのか?」
ジャンとドッドは冷静にアチコチを監視していた。
シェルで大気圏内を飛ぶなんて、考えた事も無いのだった……
───────ニューホライズン周回軌道上 高度300キロ上空
シリウス標準時間 2246年10月12日
通常はハルゼーに陣取っている501中隊のシェル13機。
彼らはこの2週間、ありとあらゆる事を試していた。
交代でコックピットに待機し、緊急警報発報と同時に発進したりもした。
周回一周90分なのだから半周で45分。普通なら充分な時間といえる。
だが、酷い時には15分ほどの距離で見事に艦艇が撃沈されている。
つまり、その15分ですら間に合わない早業だった。
現れると同時に防空網を掻い潜り、一気に撃沈して速攻で撤収するのだ。
時間的な贅肉として削れる所は、もはや全部削った。
安全マージンに当たる部分まで削り取ったのだ。
これ以上の時間的削減はリスクとの交換になる。
「あいつら、どっかでハルゼー見張ってんじゃないかな」
ウッディはそんな推察をした。
例えば地上などからハルゼーの軌道を計算している可能性だ。
どうやっても間に合わない場所を探し、奇襲攻撃を仕掛けている。
ヒット&アウェイは決まれば大きな威力を発揮するのだ。
「俺たちがおっかねぇってか?」
ジョニーはなんとも腑に落ちないと言わんばかりの語尾上げだ。
そんなジョニーにディージョは言葉を返した。
「俺たちじゃなくてジョニーがおっかねえのさ」
「……嘘だろ?」
やはり語尾上げのジョニーだが、ディージョはヘラヘラと笑っていた。
そして、シェルを横へ滑らせ、ジョニー機の隣に付いた。
「ガチでやりあってジョニーは勝ってるからな」
ディージョに続きヴァルターもそんな言葉をはいた。
実際問題、ウルフライダーとやりあえる技量になったとエディは思っている。
たが、前回痛い目に遭っている苦い記憶はそう簡単に消えるものではない。
「しかし……」
ウルフライダーと戦った経験のないステンマルクは控えめにつぶやき始めた。
「どんなに急いでも逃げられるんじゃ、根本的に違う手を考えないとダメだね」
「そうだな」
基本的に士官候補生達の会話を黙って聞いているエディだが、ステンマルクの言葉には反応した。士官には士官の流儀が在るのだと思ったジョニーだが、エディは意外な言葉を皆に浴びせかけた。
「士官候補生諸君。何か良い案はないか? あのウルフライダーに確実な遭遇を果たす方法だ」
このときジョニーは、エディが、確実に答えを持っていると確信した。そして、じっくりと深い思考促すために、敢えて質問を浴びせかけていると思ったのだ。
「弾道ミサイルのブースター背負い込むのはどうだ?」
最初にヴァルターが、そう提案した。
基本的には無茶を無茶だと思わずやるタイプの男だ。
弾道ミサイルの加速用ブースターは確かに強力だ。
軽量なシェルなら一気に最高速へ乗るだろう。
だが
「そりゃ無理だ。加速度なら負けないが、トップスピードはシェルと変わらない」
アレックスはそう冷たく宣告した。
基本的に、宇宙空間における最高速は、推力を生み出すエンジンの燃焼ガス噴射速度が限界だ。そしてそれはシェルのエンジンも対して変わらないときている。
より高速をめざすなら、何かほかの手が要るのだ。
「カタパルトの加速と最高速を変えるとか」
ディージョはそんな提案をした。
ハルゼーの装備するリニアカタパルトは、プログラムを書き換えればとんでもない速度まで加速できるはずだ。質量かハルゼーと比べ数万分の一以下なのだから、反作用でハルゼーが減速しニューホライズンに墜落することは考えにくい。
だが
「理論的には秒速換算で120位まで行けるが、間違い無く俺たちの脳みそが潰されるぞ? 試しにやってみるか?」
マイクは楽しそうにそんな突っ込みを入れた。
間髪入れずに『やめときます』とディージョが応え、中隊無線の中に乾いた笑いが漂った。
「いっそ、艦隊をヒトマトメにしたらどうっすか?」
ロニーの提案は発想の転換だった。
艦隊をまとめて待ち構える作戦だ。
だが
「そもそも艦隊の分散は位相転移ステルスなどの兵器で艦隊が全滅しないための措置だ。シリウス側があのステルスミサイルを使い切っていたなら有りだろうが、現状では無理だろう」
もともと艦載機乗りだったオーリス中尉は速ざに否定した。
可能性論として危険があるなら戦力は分散しておくのが定石だ。
「非常警報の発令を発見と同時にするとか」
戦術ではなくシステムの変更を提案したウッディ。
だが、それに応えたのはエディだ。
「誤報だった場合や、臆病な防空担当が鳴らしっぱなしにしかねんぞ?」
実際は臆病でもなんでもなく、極度の緊張から来る誤認がほとんどだ。
そんな情報に振り回される訳にはいかない。
だが、かといって手をこまねいているわけにも行かない。
現実に被害は拡大し、この2週間で11隻の戦列鑑が戦闘不能に落ちいった。
そして、そのうち9隻はニューホライズンに墜落していた。
「いっそ、俺たちが分散しておくとかはどうだ?」
何気なくそう呟いたジョニー。
日頃のメンテナンスという意味でハルゼーや僚艦であるサイボーグ母艦アグネスを離れるのは少々気が引ける。しかし、間に合わないなら間に合う手だてが要るし、やらなければ被害は拡大し続ける。
「どうせ向こうも三機ずつ位なんだ、こっちも三機ずつで4グループに分かれ、アチコチの空母なりにお邪魔してよ」
半ば冗談のつもりで言ったジョニーだ。
みなが提案しているのだから、自分だけ黙っているわけにもいかない。
だが、その提案がどれほど無茶で無謀かは良く分かっている。
実際やるとなれば相当な覚悟がいる。
サイボーグはまだまだ手厚いメンテナンスを必要としているのだ。
数日もチェック無しでいると、機械的に問題無くとも精神的な不安に襲われる。
だが……
「それいいな!」
そんな冗談を真に受けた男が一人現れた。
一瞬だけ『バカッ!』とジョニーは思った。
だが、その声がジャンだと気が付いて、言葉を飲み込んだ。
誰かが即座に否定するだろう。
余りにばかばかしい提案なのだからそれは間違いない。
そうジョニーは確信していた。
だが、何処にでも空気の読めない奴と思慮の浅い奴はいる。
そして大概はその二つを兼ね備えた、完全無欠のトラブルメーカーだ。
その存在とは……
「さっすが兄貴だ! マジ痺れるっす!」
一瞬だけジョニーの思考が停止した。
そして同時に『いつか絞めてやる』と心に固く誓った。
「いい提案だなジョニー」
アホなロニーへの殺意を楽しんでいたジョニーの聴覚神経は、ある意味絶望的な声を聞いた。その声が意味するのは、過酷な出撃の決定だ。
「エディ……」
何とか言葉を絞り出したジョニー。
その後の沈黙にヴァルターとディージョが口を開いた。
「さすがジョニーだせ!」
「やるときはやる男だからな!」
この二人まで火が付いたら止められない。
なんとかしないと本当にこの作戦になってしまう。
さすがと言われてもジョニーは困る。
「いやっ! そうじゃなくて『誰が撃墜するか勝負だな!』えっ?」
ジョニーの言葉を遮って楽しそうに言ったのはドッドだ。
いつも冷静な下士官の長だった男までもがやる気満々になっている。
──いまさら引っ込みがつかない!
ジョニーの背筋にゾクリと寒気が走った。
「いやっ! だからそうじゃ『メンバー分けはどうしましょうか?』……………」
再びなジョニーの言葉を遮ったのはステンマルクだ。
ジョニーは内心で『おいおいおいおい』と喚く。
だが、既に全員のスイッチは入ってしまっている。
それだけでなく、すでにメンバー分けを考慮し始めた。
まだまだ不慣れと言っていいオーリスとステンマルクだからか、チーム編成については不安を募らせているのかも知れない。
「まぁそれについてはジックリと考えよう。戦力をうまくバランスさせないとな」
エディまでノリノリだと気付き、もはやジョニーも覚悟を決めた。
「必ず仕留めてやりましょう」
前向きな言葉を返して自らに気合いを入れたジョニー。
後戻り出来ないのは慣れているが、それでも一抹の不安が駆り立てる。
ただ、やるしかないと自分を納得させた。
させるしかなかったのだ。
――――────2246年 11月 2日
ナポレオン級戦闘指揮艦 三番艦 エァヴィン・ロメル艦内
ニューホライズン周回軌道上高度300キロ
「この船は狭いな……」
「文句言うなって。これでもエディがあちこち掛け合ったんだぞ?」
「……そうですけどねぇ」
戦闘指揮に特化した指揮艦とは、高度に通信機能を強化し、なおかつ情報収集の為に様々な機材を満載にした艦だった。エディがこの船を選んだのは、砲撃を行う戦列鑑に同行し、尚且つ砲撃を行わないとする特殊な立ち位置だったからだ。
「だけど、シェルを3機入れたら、ハンガーが一杯ですね」
「整備スタッフに迷惑を掛けるな」
「任せてくださいとか言ってましたけど……」
「連中は自分たちが苦労すれば船が沈まないって思ってンのさ」
「……なるほど」
かつて、地球の地上では2度の世界大戦が繰り広げられた。
その最中、北アフリカ戦線で英雄の様に戦い『砂漠の狐』と畏怖された男の名を受け継ぐこの船は、対地攻撃艦ばかりを揃えた猛烈なタスクフォースとしてニューホライズンの空を飛んでいた。
「間に合うかな?」
「意地でも間に合わせるだろ」
船の中。ジョニーはドッドと一緒と並び、整備を受けるシェルを眺めている。
エディは一計を案じ、ジョニーにはドッドと共にステンマルクを付けた。
全てが好戦的でしかも、戦術の次を考慮するタイプだ。
「しかし、俺たちのチームだけ士官が……」
「ステンマルク少尉だけだ。一番信用されてんのさ」
「そうだと良いんですけど」
苦笑するジョニーは整備中のシェルに目をやる。
直ぐ近くでステンマルク少尉が整備班長と話をしていた。
「少尉は熱心ですよね」
「あぁ。あの人は根っからの技術屋なんだよ」
「飲み込みも早いですし」
「むしろそうで無きゃ士官は務まらねぇと来た」
ジョニーはドッドとステンマルクのコンビは、エァヴィンロメルへ布陣。
ヴァルターがロニーとオーリスのチームは、戦列艦シドニーへ布陣。
ディージョはジャンとリーナーのチームは、戦列艦サンパウロへ布陣。
ウッディはマイクとアレックスと共に、戦列艦ボルゴグラードへ布陣。
エディはハルゼ―に残ったまま、ウェイドと何事かの実験をしていた。
ニューホライズンを周回する4艦隊全てに少しずつシェルを配備した501中隊は、罠を張るようにウルフライダーを待ち受けていた。
「あいつら…… 来ますかね?」
「来るだろ。多分、ここへな」
「なんでですか?」
「勘だよ。エディの勘さ。一番やばい所へお前を送り込んだ」
シェルだけで無くチェシャキャットの襲撃を受けつつある戦列艦の艦隊は、各所でジワジワとダメージを蓄積している。ただ、それでも501中隊の面々は待つしか無かった。
「待ち伏せって退屈だな」
「これも戦闘だ。仕方がない」
ドッドは泰然としているようで諦めている風でもある。
続々と被害が出ていた連邦軍の戦列艦は、各所で戦意低下が叫ばれていた。
「俺たちが出来る仕事を俺たちがやる。それだけのことだ」
当たり前の事を当たり前の様に言うドッド。
それだけの事なのだが、いまのジョニーにはかなり重い言葉だった。




