ウルフライダー 再び
「エディはどこ行ったんだ?」
「いや、俺はなにも聞いてないけど?」
不思議そうに話をするディージョとヴァルター。
この日、エディは朝のミーティングに姿を表さなかった。
出撃待機を命じられている501中隊の面々はエディの話で持ちきりだ。
士官であるはずのオーリスやステンマルクですらも首を傾げる有り様で、ある意味行方不明な状況とも言えるのだった。
「なんか嫌な予感がするな」
「あぁ、とびきりの悪寒だ」
「厄介ごとを持ち込まれる気がする」
ウンザリ気味のドッドとジャンは、溜め息をこぼしつつ腕を組んで黙っている。
いつも陽気なラテン系ですらもプレッシャーを感じるのだから、尋常な事ではない。そんな時だった。
――全乗組員戦闘配置!
――ニューホライズン上空全域に敵襲警報!
けたたましいサイレンと共に戦闘配置の非常呼集が掛かった。
非番明け番で自分の寝床へ潜っていた者まで叩き起こされる非常呼集だ。
控え室で出撃命令を待機していた501中隊は全員がシェルへと搭乗した。
ハルゼーのメンテナンスデッキでスタンバイしていた全シェルが起動する。
生身の搭乗するVFAー901シェルが発艦準備を完了するも、先に発艦指示が出たのは501中隊のシェルだった。
「どうすんだ! エディ居ねぇぞ!」
ディージョが叫んだ。
エディを筆頭に、中隊の頭脳と言うべきアレックスもマイクも居ない。
それどころか、リーナー少尉ですらも居ないのだ。
「取り敢えず発進しよう! 管制が発艦指示を出してる以上、出るしかない!」
現状で最高階級であるオーリスがそう判断した。
軍隊の指揮命令権は、一つでも階級が高い者に無条件で与えられる。
「ままよ! 俺から飛ぶ!」
「ドッド!」
ヴァルターが止めるように叫んだのだが、ドッドは止まらなかった。
電磁カタパルトのフックポイントへシェルを前進させると、大声で叫んだ。
「小僧ども! 死にたくなかったら俺のケツに付いてこい!」
ドッドはいつの間にか中隊副長の姿に切り替わっていた。
カタパルトにはじき出され、さらに戦闘増速しつつハルゼーの周囲を飛んだ。
「出るだけでようぜ! 話はそれからだ!」
ドッドに続いてジャンが発艦した。
オーリスとステンマルクがそれに続き、ディージョとジョニーが飛んだ。
「エディ抜きで飛ぶのは初めてだ!」
不安そうな声で叫んだヴァルターにステンマルクが指示を出した。
どんな時でも士官は迷わないし躊躇わない。愚直に任務を果たすだけだ。
「やる事は一つだ! シリウスシェルを見つけたら叩き落とせ!」
士官という存在の在るべき姿を垣間見たジョニー。
オーリスやステンマルクが持つ士官という肩書きは、伊達ではない事を知った。
そして、その姿の延長線上に、エディが居ることも……
「どっからでも掛かってこいッ!」
───────―ニューホライズン周回軌道上 高度300キロ上空
シリウス標準時間 2246年10月12日
宇宙へ飛び出したジョニーは戦列鑑が大混乱に陥ってるのを見た。
普段なら見事な統制の艦隊を組んでいる地球連邦軍の戦列艦だ。
だが、いま現状では艦隊の隊列が乱れきっている。
しかも、危うく衝突し掛けるのを承知で急転舵を試みる船がいる。
「いったいどう言うことだって?」
妙な言葉遣いになったロニーは、戦列鑑から大きく距離をとっていた。
本能的に皆が距離を取り始め、同時に、絡みつくような殺気を感じ始めた。
──航空管制より全戦闘兵器オペレーター
──15分ほど前に南半球を横切っていた戦列鑑がシェルの攻撃を受けた
──被害はニューホライズンへの墜落が3隻! 戦闘不能2隻!
──シリウスシェルは現場を離れ以後行方不明!
──各機は厳重な警戒に当たってもらいたい!
緊張した声音の航空管制は、各シェルのコックピットモニターへ戦域情報をスピンアウトさせた。一周約100分のニューホライズン周回軌道上だが、空母ハルゼーはまもなく南半球へ入ろうとしていた。
「おいおい……」
「冗談じゃねーぞ」
恐怖に震えるような言葉を吐いたジャンとディージョ。それに応えたのはステンマルクだ。兵器開発の現場にいたのだから、その異常性がよく理解できた。
「戦列鑑の装甲ぶち抜くとか、どんな兵器使ってんだよ」
一瞬だけ中隊無線の中が静かになり、ホワイトノイズだけが漂った。
ただ、その沈黙には質量が有った。誰も口を開けなくなる重量だ。
重い空気を払いたくとも、思うようにならない状況だった。
「現実問題として戦列鑑を撃沈出来るのか?」
オーリスも頭を抱えた。
「経験的に言えばあり得ないとしか言いようが無い」
即座に否定したステンマルクだが、可能性が無い訳じゃないのも知っていた。
強靱なんてモンじゃない戦列鑑の外殻装甲を撃ち抜くとすれば、強力なジェネレーターを持つビーム兵器か、さもなくば大口径高初速で侵徹力を限界まで追求したHEAT弾だろう。
自己鍛造しつつ貫通する重元素弾芯型のAPDSでは貫通しても爆発素材がないだけに戦列鑑を撃沈せしめることは難しいと思えた。
「手段は分からないが、墜落したのは事実だな」
オーリスとてシェル戦闘は素人だ。
シリウスシェルがどんな手段を使ったのかは想像も付かない。
だが、現実に戦列鑑はニューホライズンへ墜落している。
となれば、まずは接近を許さないことが一番大事だった。
「ドッド 散開陣形にするべきじゃ無いだろうか?」
オーリスはシェルライダーとしては遙かに先任なドッドへ意見を求めた。
だが、そのドッドはオーリスではなくジョニー達に話を振った。
「小僧どもはどう思う?」
「そうっすね」
最初に言葉を発したのは、やはりロニーだった。
「バラけっと火力分散すんで、3機ずつくらいで良いんじゃねっすか?」
「そうだな。ロニーもたまには良いこと言うな」
軽くあしらったヴァルターの声にロニーは『ひでぇっす!』と笑った。
「ドッド 俺とロニーとヴァルターで東側に陣取る」
ジョニーはその言葉と同時にシェルの進路を変えた。間髪入れずヴァルターが変針し、『ひでぇっす!』と喚きながらロニーが続いていった。
3機とも動きに全く無駄が無く、流れる水のように滑らかな変針を見せた動きは、まるで水中生物のようだとオーリスは思った。
「んじゃ、俺はウッディやディージョと西側へ行くか」
ジャンもそのまま進路を変針した。ウッディやディージョはその動きにスッと合わせ、見事な編隊のままハルゼ―近隣を離れていた。
伊達や酔狂では無く、数々の修羅場を潜って技量を磨いてきたのだとオーリスは気が付く。そして、その次元に自分が到達出来るかどうかについても不安を覚えているのだが……
――各シェルライダーへ通達!
――戦列艦が攻撃された時の映像が届いた
――各自研究されたい
進路を変えつつあったドッドは、モニターに映る『それ』を見て凍り付いた。
「……オイッ!」
その声に追い立てられたのか、ヴァルターやディージョが一斉に喚きだした。
「冗談じゃねぇって!」
「マジかよ!」
モニターに映っていたのは、シリウスシェルの中でもピエロのマークを持つ、あのシェル達だった。3機編隊で突入してきたそのシリウスシェルは、ピアノとフルートとヴァイオリンの音楽トリオだ。
フルートが牽制し、ピアノが急接近して言って外殻ギリギリで巨大な砲をぶっ放し、外部装甲がめくれた所へヴァイオリンが巨大な爆薬を仕掛けて退避する。そして、充分距離を取った所で一斉に射撃を行い、仕掛けた爆薬を誘爆せしめ、戦列艦の装甲に大穴を開けた。
「見事な統制だな」
「あぁ。これは真似出来そうに無い」
ジョニーの呟きにウッディがそう答えた。
それっきり無線の中が静かになり、重い沈黙が中隊を包んだ。
各シェルはハルゼーから距離を取って警戒を続けるしかなかった。
接近させると本気で危ないのだから、接近させないことが大事だ。
――頼むから来ないでくれ
そう願うしか無かった。
なんだかんだ言って、ピエロのシェルに敵いそうに無い。
理屈やシミュレーションの結果ではなく、直感として全員が思っていた。
――3日後
早朝のハルゼ―中隊控え室。
まだまだ眠って居るものも多い時間帯だが、ジョニーはレポートを読んでいた。
厳しい表情を浮かべるジョニーの隣にはディージョとヴァルターがいる。
テーブルを挟んだ向かいにはウッディやジャンがいて、ロニーも真剣だった。
レポートに書かれているのは、戦列艦に襲いかかるシリウスシェルの分析だ。
そして、使われた火器の考察と対処法。
一言でいえば『遭遇しない』以外に無かった。
「信じられないな……」
ボソリと呟いたのはステンマルクだ。
絶対無敵と言う事は無さそうだが、この3日間の被害は洒落にならない。
文字通り数日の間に戦列艦11隻が撃沈され、ニューホライズンへ墜落した。
僅か3機しかいない純白のシェルは、想像をはるかに超える動きを見せている。
全ての防御火器を掻い潜り、見事に戦列艦を血祭りに上げたのだった。
「かつて地球の洋上では――
エディは突然に授業を始めた
――強力な砲を持つ戦艦が航空機の台頭によって主力の座を明け渡した」
全員がレポートを読み終えるまで辛抱強く待っていたエディ。
唐突にそう切り出した話の中身は、今さら言うまでも無い事だった。
「一言でいえば、大口径の火砲だ。おそらく300ミリ程度だろうな」
軽く言うエディだが、事はそう簡単ではない。
少なくとも、重装甲をもってなるシェルですら、一撃で木っ端微塵だろう。
見事な統制を見せるピエロのシェルは、流れるような早業の連携を見せている。
そして、戦列艦の防空網を掻い潜り、一気に接近してしまうのだ。
「防空戦闘にも必ず隙間が有る。味方を誤射出来んしな」
どれほど優秀な防空網でも必ず穴が有る。
シリウスシェルはそこに飛び込んで必殺の一撃を入れてしまうのだ。
宇宙船は高度に気密の取られた巨大な密閉タンクそのものだ。
その気密に僅かでも弱点が出来ると、今度は艦内の予圧が仇になってしまう。
モンロー効果による強い一点突破圧が装甲に強いストレスを与えるのだ。
どれ程強靭な装甲でも短時間で正圧負圧を繰り返せば金属疲労が発生する。
そして、限界を超えると金属は一気に破断し、宇宙船は機密を保てなくなる。
その先は、もはや言うまでも無いことだった……
「我々の仕事は単純だ。ピエロが姿を表したらそこへ急行し、ピエロを撃墜する。現状では戦列艦の高密度防空網も無力だ」
エディが言うとおり、戦列艦の濃密な対空兵器による迎撃が効かない相手だ。
かつて戦艦が航空戦力に駆逐された様に、大型戦列艦もシェルには無力だった。
何度も再生されている映像のなか、戦列艦はシリウスのシェルから良いように攻撃を受けていた。どれほど強力な火砲を持っていても、機動力の前には無力だ。
「……確かになぁ」
「こりゃたまんねぇわ」
ウンザリとした口調で言うジャンとディージョ。
牛に集るハエの如しだが、そのハエは必殺の一撃を持っているのだ。
「そんな訳で……
何かを言おうとしたエディ。
だが、その声を遮って警報が鳴り響いた。
──航空管制より全シェルライダーへ緊急通達!
──本艦より先行する砲艦が攻撃を受けつつあり!
――急行し迎撃せよ!
慌てた声でスクランブルに指示を受けた501中隊は一斉に動き出した。
ストラップとハーネスを受け取ってシェルハンガーへ急行し、整備中隊と共同ですぐさま発艦準備を整える。
「ウルフライダーとやり合うぞ! 全員覚悟しろよ!」
無線の中に響くエディの声が楽しそうだ。
ジョニーの印象は他の仲間達と大して違わない物だった。
ただ、その中でただ一人、ジョニーだけは違う意義を感じている。
――決着を付けてやるぜ!
カタパルトにフックし、強烈な加速度と共に宇宙へ叩き出されたジョニー。
その生体ガラスの瞳には、強い意志が宿っていた。




