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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
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無差別砲撃


 9月もあと数日で終わりとなる頃。

 リョーガー大陸北東部キーリウス州の州都キーリウス上空には、地球連邦軍の対地砲撃を任務とする砲艦およそ300隻が一同に結集していた。


 連邦軍参謀本部はニューホライズンの地上に存在する地球派市民政府を通じ、シリウス独立闘争委員会に対しての停戦に向けた呼びかけを行った。そして、コレを無視した場合は持てる戦力を総動員し、キーリウス周辺工業地帯への総力艦砲射撃を行うと通告した。


 シリウスが停戦協議に応じる事は絶対無い。


 全部承知の上での停戦提案は、その後に派生する膨大な市民の犠牲の矛先を独立闘争委員会へ向けるための、謂わば工作その物であった。









 ――――――――2246年 9月 27日 0600

           ニューホライズン リョーガー大陸

           州都キーリウス上空 高度700キロ









 砲撃開始時刻は9月27日午前7時。

 市街地に対しての攻撃は、如何なる条件であっても禁止とされている。

 これは紳士協定や人道的見地では無く、戦争協定として存在する物だった。


 しかし、激しい市街戦を幾度も行い、そんなモノは既に有形無実だ。

 もはやどちらが先に手出ししたかでは無く、勝てば官軍なのだ。

 つまり、双方の指導部は共に、後戻り出来ない状況だった……


「すげぇ」

「最近のロニーはすげぇが口癖だな」

「んな事ねーっすよ!」


 相変わらずいじられキャラのロナルドをジャンがからかう。

 キーリウス上空で巨大なクラウドを形成している対地攻撃集団は、見渡す限り大型艦ばかりの大船団を形成していた。


「間違っても衝突すんなよ!」


 ドッドの軽口が飛び出し、全員がゲラゲラと笑っている。

 ジョニーやヴァルターだけでなく、ディージョもウッディも笑った。

 中隊に溶け込んだロニーとジャン。そしてドッド。

 士官候補生としてかれこれ半年ほどやってきている。

 だが、この日、中隊には新顔がふたり加わっていた。


「どうだ? 少しは慣れたか?」


 心配するように声を掛けるエディ。

 その後ろには真新しいシェルが並んで飛んでいた。


「……幾ら頑張っても勝てない理由が分かりました」

「自分も同じです少佐殿」


 やや緊張した言葉遣いで飛んでいる二人は、元VFAー901のメンバーだ。


「オーリス もう少し離れろ」

「イエッサー!」


 卒業試験で激しい戦闘を経験し、その中で爆散するシリウスシェルの直撃を受けた二人。中東系のオーリスは元海軍のパイロットだった。

 海軍内部にある全域戦闘機開発計画のテストパイロットだったオーリスは、大気圏内外で自在に機体を制御出来る腕前を買われての501中隊参加だ。


「ステンマルクもだ」

「イエッサー!」


 北欧出身なステンマルクは、北欧系総合重工企業で長くテストパイロットを勤めていた。共に航空産業出身と言う事もあって、エディはロイエンタール将軍を通じて圧力を掛けたと中隊の面々が噂した。ふたりとも生存の見込みが無いほどの重症だったのだが、脳は生き残ったのでアグネスへ運び込まれ施術を受けたのだった。


「ふたりとも、もう少し気楽にやってください」

「ここはぶっちゃけ緩い集団ですから」


 ドッドとジャンが遠慮なく声を掛けた。共に士官候補生で下士官出身だが、エディを初めとする士官たちと遠慮なく言いたい事を言い合い、そして一緒に笑う関係だった。


 本来はまだまだ新入りのはずのジャンたが、すでに十年選手の如き馴染みっぷりで、周囲もそれに何かを言うことはない。オーリスは中尉、ステンマルクは少尉だったので、サイボーグになってもその階級を引き継いでいるが、感覚的にはふたりとも新兵だ。


「軍隊の常識として、一日の長足らば敬意を払わねば」


 毅然として言い切ったオーリスは、シェルの中でまだ緊張していた。

 だが、ステンマルクは既に緩み始めている。


「こういう言い方はどうかと思うけど、居心地はすこぶる良いね」


 その言葉が一切虚飾の無い本音だと気が付き、士官候補生組みが一斉に笑った。

 ロニーなど『あたりまえっすよ!』などと言い放つほどだ。それをジョニーが『調子に乗るんじゃねぇ! 小僧!』と嗜め、ロニーはロニーで『兄貴! ひでぇっす!』と返している。


 なんとも緩い集団だが、それでも見事に編隊を組んで戦列艦の周りを飛び回る中隊の各シェル。最大機動力秒速34キロのモンスターは、搭乗したばかりのオーリスやステンマルクにとって、別次元の()()()()()()だった。


「さて、ソロソロおいでなさるぞ」


 アレックスの声に弾かれ、全員が140ミリ砲の発火電源を入れた。

 真空中なのだから火薬発射式火砲が空気抵抗を受けることは無い。

 ジャイロ効果で一直線に飛ぶ強力な砲を抱え、オーリスやステンマルクは期待に胸を膨らませていた。


「オーリスとステンマルクは俺の後ろを離れるな」

「イエッサー!」

「ジョニー!  ディージョ! ヴァルター! 抜かるなよ!」

「了解っす!」

「ウッディ! ジャン! ロニー! 撃ち漏らすと面倒だ! 抜かるな!」

「分かってますって! ちょーオッケーっすよ!!」


 相変わらず弛いロニーの言葉に皆が笑う。

 命のやり取りが始まろうとしているのだが……


 ――本当に大丈夫なのか?


 オーリスは急に不安になった。誰だって戦闘の前は不安になる。

 その不安や恐れだって、パイロットには必要な能力の一つだ。

 だが、全く気後れしていないロニーの様子に、オーリスは面食らっている。


 その隣を飛ぶステンマルクは辺りを確かめ、機動限界をイメージしていた。

 従来のマニュアル操作シェルでは出来ないことが出来ると確信していた。   

 サイボーグになってまだ四ヶ月と言うところだが、驚くほどに便利だった。

 持病として持っていた各部の疼痛から解放されたばかりか、シェルのオペレーションが、文字通り自分の身体の一部になって居るのだ。


 ――これ…… 凄いぞ……


 教官となっていた士官候補生たちに良からぬ感情を持っていたのは事実だ。

 だが、いざ自分がこのポジションに来た時、これは余りにも凄いと実感した。

 そして、生身でシェルを扱う事の無謀さと愚かさも……だ。


「いけっ!」


 エディのGOサインを聞いたジョニーは一気に斬り込んで行った。

 レーダーのエコーは敵シェル300に戦闘機500だった。


 オーリスもステンマルクもこれ以上無いくらい引きつった顔をしている。

 だが、ジョニーと共に切り込んでいったディージョが奇声を発して笑った。


「んだよ! 前より更に素人だぜ!」


 前衛三人の一斉射撃が始まり、あっという間に36機が火球へと変わった。

 ただ、必殺の140ミリはマガジンに12発しか砲弾が納まらない。

 後衛に付いていたウッディとジャンと、そしてロニーが前衛へと上がる。


「鴨撃ち以下だな」


 ボソッとこぼしたジャンの一言を合図に再び一斉射撃が始まる。

 あっという間に36機を血祭りにあげ、今度はマイクとアレックスにドッドが最前列へと出た。3段構えの陣形で、後ろへ下がったものからマガジンを交換するやり方だった。


「随分バカ正直に突っ込んでくるな」

「まぁいいさ。良い的だ」


 アレックスとマイクも遠慮なく射撃を行った。

 やはり36機が奇麗に吹き飛んだ。

 相対距離が詰まりそろそろ分散するころになってきた。

 だが、エディはオーリスとステンマルクを前に出した。

 すぐ後ろにリーナーのサポートをつけて。


「当らなくても良い。まずは射撃してみろ。良い練習だ」


 ふたりが『イエッサー!』と返答し、射撃を開始した。

 オーリスは7機。ステンマルクは11機を撃墜する。

 最初の射撃にしては上出来過ぎる。敵機はもう散開しつつあるのだから。


「全機散開! 各個戦闘に移れ!」


 エディの指示で全機が散開した。

 ただし、ここから先において最も重要なのは味方を撃たないと言う事だ。


 シェルの射撃管制は自動でIFF(敵味方識別)判定を行い、味方が射線上に入る可能性を考慮した時は、自動で射撃フェーズを停止する。しかし、501中隊のシェルはそれで危険が迫ると判断した場合、構わず射撃を続行するようにセッティングしてある。


 味方の流れ弾に関しては『当るほうが悪い』と言う凶悪な中隊ルールが存在していて、実は過去何度も際どい経験をしているのだった。つまり、それを行なわない為に『面で圧する』と言う訓練が必要であり、散開して戦闘しつつも、一定のところから見れば戦域を行ったり来たりする戦端面を形成しているのだった。


「オーリス! ステンマルク! 俺の後ろ1キロから絶対に離れるな!」

「イエッサー!」

「突撃方向にだけは自由に射撃を行って良い。ただ、味方を撃つなよ!」


 アハハハハと高らかに笑いながらエディも斬り込んで行った。

 新人を連れているという遠慮など何処にも無い。


 これが501中隊のやり方か!と驚いている新入りふたりを他所に、士官候補生たちはアチコチでシリウスシェルを叩き潰していた。


「どうした! チョレーぞ!」

「おおよ! チョロすぎんぜ!」

「素人っつってもレベル低すぎらぁ!」


 相変わらずいかれた声を上げるジョニーにディージョにヴァルター。

 その近くではロニーとジャンがゲラゲラと笑いながら撃ち続けていた。


「ちょれっす! ちょれっす! 全然つまんねーっす!」

「なんだ! ロニーは絶好調だな!」

「ジャンの兄貴もチョレーっす!」

「んだと!」


 300機の大編隊もあっという間に10機少々まで数を減らし、アチコチでなぶり殺しモードが始まった。正直に言えばこうなると戦闘は終わりで、残敵掃討と言うより落ち武者狩りの様相を呈するようになる。


 周囲にいたはずのチェシャキャットもバタバタと撃墜され、対地攻撃を行なう予定の戦列艦は、砲撃準備の為に発電パネルの展開を悠々と始めた。


「あの発電パネルを壊すなよ! あとで文句が来るからな!」


 エディの注意に全員が『了解!』と叫び、残っていたシェルと戦闘機を血祭りに上げた。僅か13機で敵機合計800を叩き潰した事実に、オーリスは身震いせざるを得なかった。


 ――なんて戦闘力だ……


 シェルの大口径ライフル砲は恐るべき威力で、僅か12発しかない不便さを差し引いても十分魅力的な兵器だった。

 半ば無意識にマガジンを替えて砲弾をチャンバーへ送り込むと、視界の隅に浮かんでいる火器状態表示が発射可能を示す青表示に代わった。


「オーリス! そっちへ行った!」


 一瞬誰の声だか理解できなかったオーリス。

 だが、やるべき事だけはすぐに理解した。


 シリウスシェルはノタノタと視界を横切っていき、シェルのコンピューターが計算した機動限界を示す青い花は朝顔状に広がっていた。


 ──この辺りだ!


 オーリスのイメージした領域に対し、シェルはHEAT弾を自動選択して射撃可能を解答してきた。その『シェルの意思』を受け取ったオーリスは、間髪入れずに射撃を行う。鈍い振動と共振が伝わり、必殺の砲弾は宇宙の虚無へと放たれた。


「おぉ! 良いコースだ!」

「いきなり予測射撃とかやりますね!」

「ウヒョッ!! すげぇ!」


 どこでモニターしていたのだろうか。

 ディージョとヴァルターが歓声を上げ、ジョニーも喜んで笑い声を弾けさせた。

 恐るべき速度で飛んでいった砲弾は赤い線を引いて、明後日の方向へ消えていったのだが、シリウスシェルはまるで吸い込まれるようにその進行方向へ進んでいった。


「おっしゃぁ!」


 ロニーの歓声が無線に響き、シリウスシェルは火球になって弾け飛んだ。


「偶然です!」

「偶然だって良いんすよ!」

「当たりゃ良いんす!」


 謙遜したオーリスの声にウッディとロニーがフォローを入れた。

 小さな声で『ありがとう』と応えたオーリスは、中隊の一員に加わったと実感した。そして、仲間に加えてくれた事を感謝した。


「全体! 回れ右!」


 エディの声にリードされ中隊のシェルが一斉にターンを決めた。

 戦端面の移動方向が変わり、再び落ち武者狩りを始める。


「残り敵シェル三機!」


 こんな時に何時も読み上げを行うのはアレックスの役目だ。

 戦闘機がいくらか残っているが、シェルと違い動きの鈍い存在故に戦列艦の防御火器で次々と火達磨になっていた。


 もはや戦闘機の時代ではない。


 そんな事を思ったジョニーだったが、その時突然、ジョニーの機体に付いている全てのセンサーが測定限界を振り切った。


 ──え?


 すぐ近くに漂っていた砲艦の浮遊砲塔が砲撃を開始したのだった。

 射撃警告は一切無かった。本当に文字通りの、無警告射撃だった。


「おいおい!」

「冗談じゃねーぞ!」


 中隊の面々から一斉に悪態が漏れる。

 ただ一人、ジョニーたけが黙っていた。


「ジョニー! 大丈夫か?」


 エディに呼び掛けられジョニーは正体を取り戻した。

 目の前に広がった光の柱は、死を覚悟したあの瞬間を思い起こさせた。


「大丈夫です。問題ありません!」


 毅然と応えたジョニー。

 だが、その声は僅かに震えていた。


「取り敢えず上にあがれ!」

「イエッサー!」


 砲艦の浮遊砲塔高度を追い越して上昇したジョニー。

 それを待っていたかのように次の斉射が行われた。


 数百発の有質量弾頭が大気圏へと落ちていき、ニューホライズンの地上に着弾している。


「スゲェ……」


 ロニーがボソリと呟いた。

 いつの間にかシリウスシェルはいなくなり、砲艦の連続砲撃が続いた。

 言葉もなくその様子を眺めていた中隊の面々は、キーリウスの街が蒸発していくのを黙って見ていた。

 地上の各所に眩いばかりの光りが発生し、その光りが消えるごとに、赤茶けた大地が広がっていった。

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