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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
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時代の転換点


 2246年9月初頭。

 シリウス系第4惑星ニューホライズンの総人口は30億に到達した。


 その地上に展開する地球連邦軍は総戦力人員数100万を切り、正対するシリウス軍は500万余を数えた。ニューホライズン全土での連邦軍拠点は点と線の占領地状態となり、遂に両軍の戦力評価は彼我均衡点を越えてしまった。






 ――――――――2246年 9月 13日

          ニューホライズン周回軌道上 空母ハルゼ―艦内






「おい! 聞いたか!」


 出撃前に寛ぐ中隊控え室へ入って来たウッディは、全員の顔を見るなりそう切り出した。


「なんかあったのか?」

「そうさ。これと言って大騒ぎするような話は聞いてない」


 かったるそうに言葉を返したドッドとジャン。

 共に元下士官と言うことで馬が合うようだった。


「参謀本部はユリームア地方の全基地放棄を決定したらしい」


 緊迫感溢れる物言いでまくし立てたウッディ。

 だが、それを聞いていたディージョは黙ってモニターを指差した。


 ウッディからは見えない位置にあった大型モニターには、地球連邦軍の統合作戦参謀本部が行っている全軍への状況説明が続いていた。


「……これ、なにやってんの?」

「本部が揃いも揃って無能な連中揃いである事を言い訳中だ」


 せせら笑うように肩を震わせたドッド。

 モニターには作戦部長フレネル・マッケンジー少将が映っていた。

 そして、今後の作戦について、大まかな説明を行っていた。


「……いまさら」

「なに、参謀本部の言い分はこうさ」


 ジャンは身振り手振りを添えて説明する。

 その大袈裟なまでのジェスチャーは、さすがラテン系だと皆が思った。


「要するに、西で守って東を叩く。地球派市民を守る義務があるからな」


 土台無理な話だと言わんばかりのジャン。

 ドッドも同じ様に話を続けた。


「最終的には地球派市民を脱出させるつもりだろう。ただ」


 自嘲気味の笑いには、鼻白んだような醒めた姿が見え隠れしていた。

 どうやったって無理だと半ば諦めるような姿だ。


「船が足りない。それに、地球が受け入れる保証も無い。だいたい、現場判断でここから人を連れ帰ったら叛逆罪にされかねない」


 呆れて言葉のないウッディやディージョ。

 もちろん、ジョニーやヴァルターも言葉を失った。


「なんで叛逆罪なんすか! おかしいっすよ!」


 相変わらず直情径行なロニーは声を荒げる。

 それに答えたのはディージョだった。


「例えばこうだ」


 噛み砕く様に話を切りだしたのだが、その目は優しい物だった。


「脱出する市民の中に、シリウス派工作員が紛れ込んでいたらどうする?」

「そりゃ……」


 返答に詰まったロニーは考え込む。

 だが、たたみ掛けるようなディージョの言葉は、やや鋭さを増した。


「地球へテロリストが入り込むとするだろ?」


 ロニーは僅かに首肯する。

 ソレを確かめたディージョは話を続ける。


「シリウス独立の承認を求めてテロしまくったら、収拾が付かなくなる」

「……そうっすね」

「そうしたら、どうするさ」


 ロニーは不承不承ながら現実を受け入れた。

 それを見ていたドッドが話を続けた。


「そうなった場合、地球のお偉方は誰が責任を取るのかで揉めるわけだ。誰だって責任は取りたくない。闇雲に責任を被ってしまえば、それこそ首でも吊るまでマスコミに叩かれることになる。お前のせいだ!お前のせいだ!とな」


 肩をすぼめて笑うドッドは、ロニーの表情をじっと見ていた。

 まだまだ若いロニーには、ある意味難しい話かも知れない。


 だが、執拗に責任を追及すること愚かさは、最終的に誰かを血祭りに上げることがショービジネス化してしまう事に繋がるのだ。


 大人は子供にそれを教えておかねばならない。

 誰かが死ぬまで責任を追及する事は、誰かを呪うことと等しいのだ。


「責任を回避しようとする者達はこう考える。ホカホカのウンチをつかむ奴は、立場的に逃げられない奴にしようと。そして、結果的には現場の人間にそれが押し付けられる。敵と共謀してテロリストを招き入れた反逆者だと……ね」


 ドッドの言葉が続いているときにも、作戦本部長の説明は続いていた。戦線の維持は到底不可能な状態で、もはや戦線の大幅な整理は不可避となった。シリウス軍と正対する全ての戦線はジリジリと後退し、時には手痛い縦深突破を受けて拠点放棄による戦線の整理を繰り返している。


「これからどうなんだろうな?」


 不安そうに言葉を漏らしたロニー。

 いつものベランメェな口調はなりを潜め、年齢相応の言葉になっている。

 それに気が付いても指摘しないのがジョニーの優しさなのかも知れない。


「そうだな……」


 考える素振りを見せるが、ジョニーだってソレが分かる訳では無い。

 はるばる地球からやってきた大軍勢も、現状をひっくり返すには戦力が足りておらず、地球とシリウスの絶対的な距離が最大の障害になっていた。


「まぁ、簡単に言えばだな」


 ジャンが話しに割って入った。案外頭の回転が良く、そして洞察力のある男だ。

 局面的な勝利は戦略的敗北を挽回出来ず、最終局面の到来は不可避と言える。

 その手順は、やはりある程度の場数を必要とするのだった。


「先ずは、シリウス展開軍が地球にお伺いを立てる。高速船で片道80日だ」


 ジャンの手がロケットのようにピューンと振られた。

 その手は反対の手へ着地して、ごそごそと蠢く。


「地球のお偉方は対処を検討する。どうすれば良いのかを考える訳だ」


 ごそごそと揉み手していた手をパッと広げたジャン。

 その後に、ジャンの手がピューンと返ってくる。


「地球がどういう判断をするかは俺にも分からない。ただ、結果としての指示を高速船が持って帰ってくる。それがここに到着するまでザッと100日。つまり」


 ジャンは両手を左右に広げ『あらら』のポーズだ。

 ソレが意味する所は、つまり、絶望的な戦闘の続行に他ならない。


「最低でも半年。180日は現状維持を目指して頑張らねばならない」


 ジャンは最後に話をそうしめた。

 皆が『ウヘェ』と表情を曇らせ、ジャンも苦笑いを浮かべるばかりだった。








 ――――――――2246年 9月 17日 1700

          ニューホライズン周回軌道上 空母ハルゼ―艦内







 この日の戦闘を終えた501中隊の士官候補生は、戦闘後の反省会の席で連邦軍参謀本部がニューホライズン地上の地球側シリウス政府に対し、大幅な後退と居留地の整理を提言した事を知った。


「まぁ、現実的にはしかたねぇな」

「だろうな。それに、味方が居なくなりゃ、容赦なく艦砲射撃出来る」


 ヴァルターの言葉にディージョが恐ろしい相槌を打った。

 現実問題として、現状ではシリウス政府に対する保護活動は不可能だ。

 連邦軍が劣勢である事を認め、地球派市民に対する脱出支援を申し入れたのだ。


「ただなぁ……」

「あぁ、脱出するだけでも相当の手間がかかる」


 ジョニーがボソリと呟き、その苦労を感じ取ったドッドが溜息をこぼした。

 シリウス入植に使われた大型の植民船は、ほとんどが工場コロニーになった。


「高速船はピストン輸送し続けているけどなぁ……」

「とてもじゃないけど間に合わない」

「だな」


 ドッドとジャンはいつの間にかコンビのような関係になっていた。

 ざっくばらんに話の出来る関係は、実にありがたい物なのだろう。

 控え室の中に冷え冷えとした空気が流れはじめ、ジョニーは小さく息を吐いた。


「おいおい。若いモンが葬式みたいな空気になってどうするんじゃね」


 突然開いたドアの向こう。

 エディを従えるように立っていたのは、ロイエンタール将軍だった。

 全員が椅子から飛び起きて整列し、一斉に敬礼した。


「うむ。さすがだなエイダン」

「伯父上に褒められると後が怖いですな」

「褒められた時は素直に喜べ。ソレが長生きの秘訣じゃ」


 ハハハと笑いながら部屋に入り、全員に敬礼を返して手を下ろさせた。

 ただ、笑っては居るものの、その目は全く笑っていない。

 どこか緊張感を漂わせる立ち姿に、ジョニーは威圧感を覚えた。


「諸君等にはこっそり教えておこう。これからの方針じゃ」


 ニコリと笑ったロイエンタールは、最寄りの椅子に腰掛けて一息つく。

 そんな振る舞いは重ねた月日の厚みを思わせるのだが、ロイエンタール将軍は静かに笑って言うのだった。


「地上に残っている地球派市民の脱出は、高速船で段階的に行うこととなった」


 その言葉に一番ホッとした表情を浮かべたのはエディだろう。

 地上にいる市民を見殺しにしかねない状態だったのだから、大きな前進だ。


「ただな、その間の安全を担保するため、最後の手段を取る事になった」


 辛そうに顔をしかめたロイエンタール将軍は、ボリボリと頭を掻いて溜息をこぼした。もはやコレしかないと分かっていて尚、辛い選択だ。

 ジョニーはなんとなくソレが分かってしまった。現状ではそれしか手が無いのだから、軍隊と言う組織においてはやむを得ないことなのだった。


「我々は…… 独立派人民の都市に対しても無差別艦砲射撃を開始する」


 誰かがカタッと音を立てていた。

 たたらを踏んだように姿勢を乱したのは、ウッディだった。

 今までは人民の反地球感情を刺激し過ぎぬよう、控えられていたのだ。

 しかし、状況は逼迫し、戦況は絶望的に悪い。

 ならば……


「最後の手段だ。もはや回避出来ない」

「……辛いですな」

「あぁ。儂ももう打つ手が無い」


 エディの言葉にロイエンタール将軍は辛そうな言葉を吐いて黙った。

 最後の手段がついに開始されることになり、501中隊は今まで以上の働きを求められることだろう。


「諸君らはシリウス軍の行う死に物狂いの抵抗に立ち向かって貰う」


 老いたれど、なお眼光鋭い将軍は、全員の目をグルリと見回した。

 そして僅かに頭を下げる素振りを見せた。


「彼らも必死の抵抗を見せるだろう。なにせ、家族や友人が灰になるのだ」

「回避出来ないのですか?」


 思わず口を滑らせたジョニー。

 ロイエンタール将軍が頼もしそうに笑っていた。


「ソレは無理じゃな。もはや賽は投げられた」

「でも!」

「地球への報告書を持った輸送船は、そろそろシリウス太陽系を離脱するだろう」


 力無く首を振った将軍は、笑いながらも辛そうに溜息を吐いた。

 小さな身体が更に萎むようにしている将軍は、エディの手で近くの椅子へ腰を下ろした。


「地球政府は徹底抗戦を通達して来るじゃろう。だが、現実には不可能だ」


 ジョニーをジロリと見たロイエンタール将軍。

 その姿には、有無を言わさぬ威があった。


「シリウスも装備を調えて来るじゃろう。諸君らは、今ある戦力でコレに対抗せねば成らない。可能な限りシェルの開発に力を入れるが、期待はしないで欲しい。一朝一夕に出来上がる物では無いのだ」


 皆が辛そうな表情で溜息を吐いた。もはや不可避だと腹をくくった。

 そんな姿を見ていたエディは、静かに拳を握りしめた。

 ここまで手塩に掛けて育てた甲斐があったと思ったのだ。


「勝つか負けるかは時の運だ。それは仕方が無い。ただな……」


 整列している者達の前を横切り顔を見上げたロイエンタール将軍。

 その顔には好々爺の色が合った。


「諸君らはそうそう簡単にくたばるようなタマじゃ無い。それは儂も良くわかっている。そして、期待をしておる。諸君らが活躍し、地球全体に、サイボーグアレルギーを無くしていこうというのが主眼だ。つまり、諸君らの一挙手一投足に熱い視線が集まると言う事だ」


 一人ずつ顔を見上げ、目と目を合わせてその表情を確かめた将軍は、ゆっくりと言葉を続けた。


「士官は辛い。士官は我慢を強いられる。士官は立派な死に様を求められる」


 勘弁してくれ!と皆が顔を背ける中、ジョニーだけは将軍の目を見ていた。

 その気合いと度胸と根性を感じ取ったのか、将軍は満足そうにしていた。


「だが、士官は尊敬も受けるだろうし、感謝もされるだろう」


 何を今更言っているんだと冷ややかな視線が集まる。

 そんな中、ロイエンタール将軍は部屋の出口へと歩き、振り返って皆を見た。


「死なないように、頑張ってくれ。先に死ぬのは年寄りだからな」


 ジョニーは思わず敬礼で好々爺を送り出した。

 ただ、激しい戦闘の予兆を、感じているのだった。

しばらく不定期連載になります

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