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黒い炎  作者: 陸奥守
第四章 憎しみの果てに行き着く所へ
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転換局面


「でけぇな……」


 ハルゼ―の観察キューポラで地上を眺めていたディージョ。

 その隣にはヴァルターが居て、ふたりは地上を眺め感嘆の声を漏らした。


 ニューホライズンの地上にあった戦略物資生産設備のひとつ。

 第115鉱業所。通称『太陽鉱山』


 シリウスを開発する上で必須な物資を生産するために、地球連邦政府は莫大な予算を投じて鉱山開発を進めた。ただ、それは独立を志すシリウスにとっても同じ事が言える所だ。


 最初は労働者のサボタージュから始まった闘争だが、やがて全山活動停止という事態に陥り、連邦政府による強権発動を経てシリウス住民の暴動へと発展。ここの争議が最初の独立運動になっていったと言われる場所である。


「で、ここをぶっ壊すのか?」


 キューポラに入ってきたジョニーとロニーも地上を眺めた。

 南北33キロ、東西50キロに及ぶ巨大な露天掘り鉱山だ。

 盛んに鉄鉱石を産出しているその姿は、宇宙からでも見えるほどだ。


「なんか、アレ全部壊すって勿体なくねっすか?」

「しょーがねーだろ。アレがあったらシリウスだってシェル量産するぜ」

「……そうっすけど」


 ロニーが言いたい事も解らないでは無い。

 あの鉱山は、いまでも書類上は地球に存在する企業の持ち物だ。

 公式には、シリウス独立政府が企業と契約し、代金も支払われている。


 地球には企業の株主が多数存在し、連邦軍の活動を苦々しく思っている。

 企業が業績を伸ばせば、株主は配当金を得るし、役員は報酬が増える。

 労働者は待遇を改善され、地域住民は生活の糧を得る。

 端から見れば、誰も困らない仕組みだ。


 ただ、それでシリウスが独立しないとなれば全て丸く収まるだけ。

 それをさせたくない側の利益のために連邦軍はここまで来ているし、シリウスでの戦争で儲ける側は戦争が長引くように工作をする。どれ程時代が変わっても、制度が変わっても、搾取する側とされる側の境目は絶対に無くならないし、無くしたくないのだった。人類という、生き物は……









 ――――――――2246年 6月5日 早朝

          ニューホライズン 周回軌道上 コシャ島上空付近










「で、手順はどうするんだっけ?」


 最後に入ってきたジャンは腰に手を当てて地上を見ていた。

 最年長で士官候補生達の兄貴分に収まったジャン。

 軍属経験が長く、ドッドとも気の合う陽気な男だ。


「大気圏内でシェルを飛ばしたって話は聞かないから、恐らく地上は戦闘機だな」


 ディージョの言にジョニーが頷く。


「実際、シリウスロボならバンデットで充分破壊出来る」

「そうだな。シェルと違って地上を歩くだけだし」


 ジョニーと共に飛んだ経験のあるヴァルターもそう言う。強靱な装甲を持つロボだが、バンデットの大出力荷電粒子砲なら一撃だ。もしダメなら、シェルが使う140ミリを宛がえば良い。バンデットの速度と相まって、シリウスロボの分厚い装甲も撃ち抜くだろう。


「あそこは艦砲射撃しないのかな」


 ウッディはいつも最後に口を開く。

 それも控えめにだ。だが、その着眼点は常に鋭く、ブレが無い。


「壊しちまうと後が面倒なんだろ」


 肩をすぼめたヴァルターは、ウンザリといった空気だ。

 ただ、言いたいことはよく分かる。あれを壊すと再建が大変だ。

 連邦軍だって、出来れば無傷で手に入れたいだろう。

 そして、すぐにでも戦略物資そのものな鉄鉱石を欲しい筈だ。


「戦争って難しいな」

「戦って勝つだけじゃないんだよな」


 改めて戦争の真実を。いや、戦争経済と言うものを感じたジョニーたち。

 ただ、彼ら自身がその尖兵となっている実感は、まだなかった。


『小僧ども! 10分後にシェルデッキ集合だ!』


 いきなり入ったマイクの声に、ジョニーとヴァルターが顔を見合わせた。

 ウッディとジャンは溜め息をこぼす。


「さて、今日のお仕事はなんだろうな」


 そう呟いてディージョはキューポラを出た。

 激しい戦いの予兆を感じながら。





 ――――1時間後





 501中隊のシェル11機は太陽鉱山の上空を静止軌道で飛んでいた。

 周辺には対地攻撃用の砲艦が集結し、周辺への艦砲射撃を準備している。


「あれ、なにすんすか?」

「運び出し施設から締め上げるんだろ」

「あそっか! さすがっす!」


 ロニーとジャンの気安い会話。ただ、微妙な緊張がそこにあった。

 現状、ここはニューホライズン最大の鉄鉱石生産施設だ。

 ここを押さえてしまえば、シリウス側は粗鋼生産に支障を来す。


 そして、戦闘兵器の生産が滞るのは確実視されている。

 連邦側は戦略物資の供給を止める事を選択したのだ。


「さて、全員気合い入れて行けよ。連邦軍上層部が俺たちを見て居るぞ」


 楽しげに言うエディは、遠まわしに先の査問会の案件を思い出させた。

 手をしくじれば槍玉に上げられるし、やり過ぎれば使い潰される。

 程よく被害を出して、尚且つ、敵を全滅させる程度が望ましい。


 味方を見捨てる事になるのだが、最終的に言えば、背に腹は変えられない。

 まず自分の身を護る事。その上で余力があれば最大限味方も護る。

 それが軍隊と言う組織における、裏鉄則でもあった。


「さて、おいでなすったぞ」


 レーダーモニターに映るエコーを見ながら、アレックスが楽しげに笑った。

 エコー解析ではシェル200に戦闘機300程度だ。

 迎え撃つ連邦側は、シェル50機足らずに戦闘機500となる。

 戦力で見れば不利なのだが、そこには数字に表れないアドバンテージがあった。


 ――――航空管制より全航空機へ


 戦列艦団の航空管制が注意を呼びかけ始めた。

 管制業務を受け持つ司令室のオペレーターは女性だった。


 ――――エリア1-1-1より3-5-9までの空域で防御火器を使用します

 ――――非射撃圏内へ立ち入らないように注意してください


 ジョニーの視界に危険ゾーンが赤くオーバーレイされた。

 戦闘機のパイロットが被っているHMDSにも表示が浮かんで居るはずだ。

 航空管制が次々と注意事項を読み上げているのだが、ジョニーはふと『可愛い声だ』と感想を持った。そして、『リディアに似ている声』とも。


 ――リディア……


 一瞬だけ感傷に浸ったジョニーだが、編隊の先頭を飛ぶエディは機を急旋回させて危険ゾーンギリギリ辺りに陣取った。敵機とて危険エリアには入ってこないだろう。だが、そのギリギリを飛ぶのは間違いない。


「ここで待ち構えてやるか」

「良い案だな」

「索敵の手間が省けるぜ」


 エディの言葉にアレックスとマイクが好反応を示した。

 なんとも好戦的な態度にジョニーが苦笑いする。


「さて、まずは戦列艦に活躍してもらおう」


 エディの声が終るや否や、戦列艦のVLSから大量のミサイルが放たれた。

 全部で50隻を越える戦列艦なのだから、一隻辺り20発としても1000発のミサイルによる飽和攻撃が行なわれるのだ。


「おー……」

「すげぇ!」


 ジョニーとディージョが歓声を上げた。

 ややあってジャンとヴァルターも呟く。


「ありゃ、喰らいたく無いな」

「くわばらくわばら……」


 空域の全てから逃げ道を塞ぐ攻撃により、高機動なシェルにも着弾があった。

 ただ、どう見たって余り動きの良いシェルではない。

 『俺なら全部かわせるぜ!』とは胸のうちだ。


「あれ…… 全部素人じゃ無いか?」


 ウッディはなんとなくそんな直感を持った。

 ある程度慣れてくれば、軽くかわせる様な物だと思ったからだ。


 そして、何時ぞや見たピエロマークのシリウスシェルなら、かわすだけでなく迎撃も行なえると思う。実際に戦ったからこそ分かる肌感覚での直感は、得てして正鵠を得るものだ。


「おー…… 俺たちの仕事無くなんじゃね?」


 けらけらと笑うヴァルターだが、事はそんなに簡単ではないとわかっている。

 ミサイルをかわして突入してくる敵機は、つまり相当な手練と言うことだ。

 戦いは数だが、肉壁状態で囮扱いな素人をフィルター除去すると、本当に手強い相手だけが空域に残っている事になる。

 そして、敵機にとっても機動限界の領域が大きく取れるようになるのだ。


「おっ! 戦闘機隊が掛かったぞ!」


 マイクの言葉に辺りを確かめたジョニー。

 シェルとは違う編隊のクラウドを作っていたバンデットが増速して襲い掛かる。

 自由な機動を取りながら三次元空間運動を行なって激しい戦闘を開始すると、各所で次々と眩い火球が発生していた。ニューホライズンの周回軌道であるからして、推進力を失った破片たちは次々と地上へ落下し夥しい流星雨になっている。


「地上から見たら奇麗だろうな……」


 ジャンの一言がなんとも刹那的響きに聞こえたジョニー。

 あの流星は全て命の輝きだと、柄にも無い事を思う。

 だが、そんな感傷に浸っている暇は無い。


「さて、そろそろ出番だ」


 エディ機が前に出た。

 501中隊のシェルはいつもの様にダブル四面体陣形となって戦域へ突入した。


「シリウス残存戦力。シェル60に戦闘機30だ」


 戦闘局面における数字は、58でも62でも60と表現する。

 「やくろくじゅう」を「ひゃくろくじゅう」と聞き違えないようにする為だ。


「手間をかけるな。一気に始末しろ!」


 エディの声に弾かれ、ジョニーは一気に切り込んで行った。

 シリウス側は完成したばかりのシェルを大量投入しているが、その全てを紙の様に撃破されれば良い気分では無いだろう。


「撃ち漏らしを作るなよ。後で面倒だ」


 あっけらかんと笑ったアレックスの声に皆が失笑している。

 ただ、どんな時でも仕事だけはきっちりやる501中隊だ。

 残っていたシリウスシェルに次々と140ミリを御見舞いし、爆産したシェルの破片が流星雨になってニューホライズンへ降り注ぐ。


「あと幾つだ?」

「7機か8機だな」

「何処にいやがる!」


 ヴァルターを先頭に三角編隊を組んだジョニーとディージョ。

 その後方にジャンとロニーがフォローで付いた。


「居たっす! 居たっす! 265! 075!」


 進行方向を0度とし水平右回りに265度、垂直上周りに75度。つまり左後方上側だ。三角形を組んだままクルリと旋回した3機。今度はジョニーが先頭に立つ形でシリウスシェルを追跡する。

 しかし、シリウスシェルはピケット防空艦の隙間を縫って、戦列艦へ急接近して行った。ジョニーは追跡を試みるが、もはや追撃可能限界を超える加速度を得ているシリウスシェルには追い縋れないのが分かった。


 ――こちら防空管制!

 ――近接防御火器を使用する!

 ――非射界圏内から離脱しろ!


 誰とも無く『やべぇ!』と声を上げ、同時に機体を捻って戦列艦の背面側へ逃げ込んだ。戦列艦が持つ強力なファランクスシステム(近接防御連動火器)は、その射程圏内に入った敵機を確実に屠る能力があった。


「荷電粒子砲が来るぞ! スキャナを引っ込めろ!」


 アレックスの注意を聞くまでも無く、皆が速攻でシェルの目と耳を塞ぐ。

 次の瞬間、眩いほどのパルスレーザーによる防御火器が火を噴き、シリウスシェルは次々と爆散して行った。進行方向に運動ベクトルの残っていた破片が次々と戦列艦へ突き刺さるが、ぶ厚い装甲板により被害は殆ど発生していない。


「防空管制! 戦闘機はどうした!」


 はたと気が付いたエディが状況照会を掛けた。

 戦闘機とて一撃必殺の威力を持っている。

 つまり、撃ち漏らしていたなら大問題になる。


 ――おいおい……


 ジョニーの背筋にも寒気が走る。

 責任を追及されるのは歓迎しない事だ。


『こちら防空管制。シリウス戦闘機隊はVFA―901の良いカモ状態だ』


 ホッと息を吐いたジョニー。無線の中に安堵の空気が流れる。

 そして、散々とシリウス戦闘機とやりあった経験を思い出す。

 これで彼らも経験を積むだろう。そんな心境だった。


「戦闘状況を終了する。帰投しよう」


 エディ機が大きく旋回を決めたのでジョニーもその後に続いた。

 ふと下を見れば、ニューホライズンの大気圏内でも、戦闘機同士の激しい戦闘が行なわれているのが見える。次々と爆発が起こり、尾を引いて墜落していく戦闘機が見えた。

 敵機か友軍機かはわからない。ただ、撃墜され地上へ落下していく心境をジョニーは分からない。撃墜された経験は一度しかないのだから。


「地上側も大変な事になっているな」


 ディージョは最大ズームを掛けて地上を見ていた。

 一列に並んで鉱山を防衛しているシリウスロボが見える。

 そのロボに対しバンデットが果敢に攻撃を繰り返している。


 ただ、対地攻撃体制になればチェシャキャットの餌食だ。

 そのシリウス戦闘機を追い払う為にバンデットが飛び回っている。


「あのロボに対抗できる地上戦闘兵器は、連邦軍には無いのかな」


 ジャンの新鮮な驚きにジョニーとヴァルターが苦笑いを浮かべた。

 あのロボの弱点を見付けてしまったが為に、地上では在来兵器での戦闘が続いていた。新兵器を投入するには、コロニーの工場では開発が捗らないのだ。


「何とかしたいもんだな」


 エディはそうこぼした。

 現状、地上では連邦軍とシリウス軍が激しく混交している。

 これでは対地砲撃など出来っこない。


「戦術的には連邦軍有利だが、戦略的にはシリウスの勝ちだな」


 アレックスから悲痛な声が漏れた。

 そして、それっきり無線の中が静かになった。


 一進一退の攻防だが、戦略的な攻撃の応酬が始まっている。

 こんな局面の時、小さな勝利で戦争の流れがガラリと変わる事がある。

 そんな重大な局面に居る501中隊だが、ジョニー自身は全く自覚が無かった。


 ――シェルであのロボ破壊できるかな?


 などと、のんきに考えて居るのだった。

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